たった一字の分岐点
written by 三笠どら
「……雨、止まないわね」
せっかくの日曜日だってのに、これじゃどこへも行けやしないじゃない。
「午後には晴れるって予報では言ってたんだけど……ちょっと無理みたいね」
せっかく来てくれたのにアスカが退屈してる。何とかしてあげないと。
「ねえヒカリ、せーので好きな人の名前言わない?」
あまりにもヒマだったので、ついそんな事を言ってみた。
「え? い、いやよ……そんなの、恥ずかしいし」
アスカったら急に何を言いだすのかしら。
「いいじゃない、減るもんじゃないんだし」
ま、どうせヒカリの事だから黒ジャージの名前しか出てこないんだろうけど。
「へ、減るわよ……羞恥心って無限じゃないのよ。いつか使いきっちゃうものなんだから」
アスカの好きな人って……やっぱり碇君なのかしら……。
「へーきへーき、減ったら足せばいいのよ。ね、せーので」
ヒカリのもじもじしてる姿って可愛いから、ついつい、からかいたくなるのよねー。
「で、でも……」
聞いてみたい……ああっダメよ! 私はそんな興味本位な人間じゃないのよっ。
「じゃ行くわよ。……あたしにだけ言わせないでよね、ヒカリ」
ジト目でぼそりと呟いて、ヒカリにプレッシャーをかける。これで言うわね。
「そんな……やっぱり私……」
そういうの良くないと思う……でもアスカの好きな人って? 誰? 誰なのかしら?
「せーのっ! ―――イカリ…ああっ! 言ってなーい!」
むーっ、せっかくあたしがホントの事教えてあげてるのにーっ!
えっ!?
い、今アスカ……『ヒカリ』って言わなかった?
まさか……私の事を!?
「……ア、アスカ」
「…へ? ………え、えええっ!?」
た、確かに今ヒカリは『アスカ』って言ったわよねっ!?
つまりヒカリはあたしを!?
い、いけないわ!
私とアスカは親友であって、その線を越えることは許されないのよっ。
「あの……気持ちはうれしいけど……」
なんか突然のことで頭の中が真っ白。
「どうして……」
あたしなにかヒカリに惚れられるような事したっけ!?
「そ、そんな目をしないでアスカ……」
アスカが私をじっと見つめている。ごめんなさい、私はあなたの気持ちには答えられない。
「ヒカリ……」
そうなのね、このあたしのつぶらな瞳に捕らえられてしまったのね、ヒカリ。
でも、一瞬の気の迷いかもしれないわ。そう、きっと冗談よ。
でもやっぱり、もし真面目な話だったら、笑うのも悪いし……確認しないと。
「……本気、なの……」
アスカ、真剣なのね……でも、やっぱりダメだわ。私は、鈴原のことが好きなのよ。
だからちゃんと断らないと。
「ごめんなさい……」
あたしが迷惑してると思ってるのねヒカリ。
でもあたし、うれしいのよヒカリに好きだって思ってもらえて。
そりゃあ、付き合ってくれとか言われたらちょっとは困るけど……。
うん、やっぱりヒカリがそういう趣味でも、あたしは今まで通り親友で居てあげるわ!
「……いいじゃない、ヒカリ」
ご、強引なのねアスカ。ああどうしよう、どうやって断ったらいいの?
強く言ってアスカが傷ついたらいけないし……、と、とりあえず理解を示しておいて、
それからやんわりと私の考えを伝えて収めるのが一番ね。
「アスカの気持ち、分かったわ……」
ヒカリ、寂しそうね……そりゃ仕方ないか。
勇気をかき集めて伝えたのに、受け入れてもらえなかったんだもんね。
でも大丈夫、ヒカリとならまた元の通り親友で居られるわよ!
ああ、びっくりした……でも、分かってくれて……
「……よかった」
ああっアスカったら嬉しそう。もしかしてOKされたって勘違いしちゃったの?
だめよ、誤解したままじゃいけないわ。
言うのよ、ヒカリ! 私たちはあくまでも親友の関係で居たいって!
「……私たちずっと一緒よ、ね」
「も、もちろんよ……」
ほ、ほんとに分かったのヒカリ? ずっと一緒って……親友としてよね?
「……」
き、きまずいわ……。
私、アスカの気持ちを知ってしまって本当に親友で居られるのかしら……。
「……」
分かって……くれたわよね? た、多分大丈夫よね! よし、これでこの話終わり!
ああ……ヘンな緊張したら喉乾いてきちゃったな。
「あの、ヒカリ?」
「えっ、あ、な、何?」
私……意識しちゃってる。
何赤くなってるのよ。こ、こっちまで意識しちゃうじゃないのよ。
「あたし、喉乾いちゃったな……」
……熱の篭った目で私を見てる。
「そう……ちょっと待って」
喉が乾いた……水分が欲しい……。
「すぐに……」
水分……液体…………ま、まさか!
アスカ、私に……キスをしろって言ってるの!?
それで私の唾液で喉を潤そう、なん、て…………ふ、不潔よぉーっ!!
どうしたのよヒカリ?
ぼぉっとしちゃって……な、なんか唇が震えてるみたい。
まさか、妙な妄想してるんじゃ……いや、ここは下手に触れないほうがいいわね。
「悪いんだけど、早く、してくれる……?」
「!!」
催促、されてるわ……どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
……嘘、私の心臓が高鳴ってる。
どうしてなの?
……。
…………そ…そんな、違うわよね? 私は大丈夫な人よね?
「ヒカリ……?」
目が大丈夫じゃない人みたいになってるけど、平気かしら……?
……それとも、そこまで思い詰めていたの?
アスカは私を好きで、キスして欲しいと言ってて、私はドキドキしてて……。
ああ、もう気が遠くなりそう……!
私は、私はアスカを……。
本格的にヤバイ感じだわ……。
雨音がやけに耳について……ヒカリの部屋にあたしたちはふたりきり。
あたしはどうするべきなの? ヒカリの気持ちに答えてあげた方がいいの?
あ、あたし何考えてるんだろう……なんだか頭がくらくらしてきた……。
「アスカ……」
ずっと、私はアスカを支えてあげたいのだと思ってた。
アスカの心から拭われない孤独の影を、少しでもやわらげてあげたいから側に居るのだと想ってた。
違うのね……私がアスカの側に居たいと想ったのは、アスカに惹かれていたからだったのね……。
アスカが……。
頭の中にもやがかかったみたいにぼんやりした感じがする。
目に映るのはヒカリだけ……。
あたしはシンジが好きだと言ったのに、ヒカリはそれを乗り越えて心を開いてくれた。
ヒカリはあたしをずっと見ていてくれてる……。
独りで生きるんだって思ってたのに……あたし……恵まれてるわね……。
ごめん鈴原、やさしいあなたの事が好きだったけれど、今はアスカの方が大事なの……。
だから……、さようなら……。
……失いたくないわ。
バカシンジなんて居なくても平気だけど……ヒカリが消えてしまったらあたしもう……。
どうすればいいの? ヒカリと…離れずにいるためには。
……な、何……何なの、この動悸は……やっぱり、あたしも……。
そう……なんだ……。
アスカが私を見つめてる……。
……奇麗だわ、見とれてしまうくらいに。
ヒカリがあたしを見つめてる……。
……可愛いわ、抱きしめたいほどに。
「あ……」
アスカの指が私の手に触れた。
暖かい……まるでアスカの想いが指先から私に流れ込んでくるみたい……。
ヒカリの手があたしの手を握り返してくれる。
そして、一本、また一本と、指を絡ませて結びついていく……。
アスカの身体が近づいてくる……違うわ、私が引き寄せられてるのね。
私は逆らわずに身を任せてる……そう、任せてるの私……。
ヒカリは抗わずにあたしに身体を預けてくれる。
あたしはヒカリの頬に手を当てる。
……その手はゆっくりと首筋を撫でながら、背中へと独りでに動いて。
あたしは……ぎゅっとヒカリを抱きしめていた。
……アスカの頬が私の頬に触れてる。
熱い……。
こんなに間近にアスカの呼吸を感じるなんて……考えもしなかった……。
ヒカリ……。
……アスカ。
……。
……。
(ガチャ)
……。
……。
「……あなたたち……何してるの……?」
「!! お、お姉ちゃん!?」
いつの間に入ってきたの!?
「! あ、お、お邪魔してます!」
しまった……ま、まずいとこ見られちゃったわね……ど、どうしよう?
「今……いや、気のせいよね。
うんうん、気のせいだわ……私の妹に、私以外に姉がいるはずないもの……
……ましてや同い年の姉なんて……」
「なななななにいってるのよお姉ちゃん!! そ、そんなはずないじゃない!」
慌ててアスカから離れる私。
「そそそそそうですわ! あああああたしたちは、その……ええっと」
何も言葉が出てこない。
あ、そ、そうだわ!
「劇……そう、劇の練習をしてたのよ!」
「え? ……あ、そ、そうなんです! あたしたち、こ、恋人役なんですっ!」
って、いつ上演するの? どこでするの?
学校で? ……そんなはずないじゃない。
ううう……なんてウソくさい言い訳……もうちょっと何かないの? ヒカリ……。
……ちょ、ちょっとヘンな言い訳だったかしら。
……し、視線が痛い……。
「……………………………………………………ふーん。……ま、がんばって」
(バタン)
……出て行っちゃった……。
……何しに……来たのかしら……。
……お姉ちゃん、信じてない目だった……。
当然……よね。
「……私たち……どうすればいいのかしら……」
分かっちゃったわよね、私とアスカの事……。
ヒカリが不安そうに目を伏せている。
「……どうしたって、なるようにしかならないんじゃない?」
少しわざとらしい明るさで言ってみた。
「……そう、ね」
私自身が、アスカを好きだったって事にこんなに驚いてるんだもの……。
きっとお姉ちゃんはもっとびっくりしたわよね……。
ヒカリ……今日はお姉さんと顔あわせるの辛いんじゃないかな……そうだ。
「……今日……泊りに来る?」
アスカ、私を気遣ってくれてるのね……。
問題を先送りするだけのような気もするけど……。
……でも、さすがに今日は家には居られないわ。
「そ、そうね……お邪魔させてもらうわ」
お姉ちゃん、ノゾミ、それから……お父さん、ごめんなさい。
明日のお昼は自分でなんとかしてね……。
さて……と後の事は後で考えるとして。
「それじゃあ、とりあえず……」
「!」
アスカの手がまた、私の手を握った。
今、きっとあたしの顔、真っ赤だわ……。
「………つづき……………しよっか」
1999.06.18/v1.00
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