美少…女だったあの頃が懐かしい…戦士

葛城ムーン

第2話

「おしおきよ!ミサトハウスはゴミの館」

 


 

これまでのおはなし                           


         さん          しと             
へいわだった、だい3 しんとうきょうしに「シト」があらわれた!     

さあどちるどれん   しんじ       ろぼっとえう゛ぁんげりおん  
サードチルドレンいかりシンジくんはせいぎのロボット エヴァンゲリオン  

しょごうきでやっつけようとしたけれど、うごかなくってたいへん!     

              むうん                   
ようし、それならこのかつらぎムーンがかわりにやっつけてあげる!     

ねるふ                                 
ネルフにかわって、おしおきよ!                     


                 (おかしいようちえん10月号より抜粋)

 


 



 カーテンの隙間から差し込む朝日。

「ん……」

 ベッドの上でシンジが暑さによる寝苦しさで唸っている。
 何も身につけていない、裸の上にタオルケットという状態で右に左に身体をよじる。

「……ぅ……」

 どことなく扇情的な雰囲気だが、暑いだけである。

 やがてシンジはゆっくりと目を開けた。
 そして、ぼんやりと天井を眺めたまま、呟く。

「……知らない天井だ」

 のそりと起き上がり室内を見回すと、知らないはずの部屋なのに妙に落ちついている自分に気付く。
 部屋の隅には、以前の住居から送り出したダンボール箱がぼんと積まれていた。

(僕の、荷物……いつの間に運び込んだんだろう。っていうかここはどこだ?)

 シャッとカーテンを開けて外を眺める。
 知らない風景。
 ふすまを開けて廊下に顔を出す。
 やはり知らない内装。

 ふと自分の姿を見ると、何も着ていない。

「なんで、裸なんだ?」

 部屋の中に戻ると、ダンボール箱から衣類をあさり、さっさと身に着ける。

(ええと……昨日は駅を降りて……車に乗って……ロボットにも乗って……)

 思い出そうとするが、ロボットに乗せられた後の記憶がさっぱり出てこない。

(う〜ん?…………ま、いいか)

 廊下を抜けてキッチンに出た。が、誰もいない。
 それどころか……。

「……ひどい……人間の住むところじゃないよこれ……」

 散乱するビールの空缶、我が物顔で部屋を占領しているゴミ袋。
 シンジは知らないが、そこはまさに葛城家だった。

「僕……本当は一人暮らししているアル中の大学生とかで、昨日の酒が残って記憶が混乱してるのかな……」

 その発想の方がよっぽど混乱しているだろう呟きを漏らして、シンジは部屋を片づけようと思い立った。
 こんな環境に居るのは耐えられないというのが主な理由だ。
 手近のゴミ袋をとりあえず家の外にだそう、とひっつかむ……が。

 指先に奇妙な感触を覚えたシンジは、不吉な予感とともに、ぎぎぎぎぎと首を手の方へひねった。

 縛りきれていないゴミ袋の口から、這い出てきたのか、指に触れている小さな小バエのウジ。
 それも5匹も6匹も。
 うにょうにょうにょうにょ。

「―――っ!!」

 静寂を突き破ったシンジの悲鳴はまたしても「きゃぁぁぁ」だった。

 


 陽光というより熱線が降り注ぐと言えるほど暑い爆発跡地。
 前日の死闘の傷跡である。

《危険 立入禁止区域》

 猛虎模様の看板に書かれた文字が、他球団ファンを拒絶している。

 クレーンで吊るされ回収されていく大きな破片。
 もはや原形を留めておらず一見して分からないが、第参使徒サキエル本体のかけらである。

「ダメね」

 徹夜明けで少し疲れ顔のリツコは破片を一瞥して断言した。
 眠たげにテレビのチャンネルをピッピと変えていたミサトがそれに気付いて手をとめる。

「……何が?」
「高熱にやられて組織がボロボロ。サンプルとしては何の役にも立たないわ」
「サンプル……そんなものが必要なの」
「これからの戦いに不可欠と言っていいわね。……考えてみなさいよミサト。もし、この使徒が巨大生物の姿を維持していたとしたら、あなた……どうやって撃退するつもり?」
「それは……」

 ミサトは表情を翳らせて、使徒の破片から目をそらした。

「だから、私は使徒を分析して、このサイズでも始末できる方法を探す。あなたは元の力を取り戻すために努力する。それが今の、エヴァを使えない私たちの……使命なのよ」

 動かないミサト。
 リツコは友の肩に手を置いて優しい……だけではない、意味ありげな微笑みを浮かべる。

「ほら、元気だしなさい……正義のヒロインには落ちこんでるヒマなんてないわよ。それに……彼が今のあなたを見たらどう思うかしら?」

 ミサトはハッと顔をあげる。

「忘れたわけじゃないんでしょ? 彼との約束」

「……うん」

 ぽつりと、消え入るようなか細い声。

「じゃあ頑張るのね。……大丈夫よ、葛城ムーンに超えられない障害はないわ」
「のわぁたたた………あんたってばどうしてこの場面でその名前言えるのよ」

 苦笑するミサトのジト目がリツコに突き刺さる。が、リツコはどこ吹く風。

「さ、早く回収して本部に戻りましょうミサト。………………ちゃん」
「ちゃんって言うなぁぁっ!」
「ふふ……その元気よ」

 


 闇に浮かび上がる男たちの影。
 それぞれ顔の下から、赤や青などの光を浴びせられているため、化け物じみて見える。

 怪しい一つ目バイザーの老人、キール・ローレンツは厳かに言った。

『さて諸君、議題に入る前にひとつ正しておかねばならない風紀の乱れがある』

 そして他のメンバーが返答するより早く、赤い男と緑の男を指し示す。

『何だね君たちの格好は! この神聖なる委員会の会合に、よくもそんな姿で居られるものだな!』

 指摘を受けた二人は―――寝巻きを着ていた。

『し、仕方ないだろう! 日本では朝なのかもしれないがこっちは午前2時なんだぞ!』

 会合と言っても、世界各地から送られてくるネットワーク回線を通じての立体映像によって行われているため、当人たちの居場所はバラバラである。

『そうだそうだ! 緊急の呼び出しだからと取るものも取りあえず来てみれば何だ! 使徒が来たというだけではないか!』
『くだらん事で呼びつけておいて格好の事をとやかく言われたくはないものですな!』

『くだらんとは何たる言いぐさだ! 発言を慎みたまえ! 我々の目的はここでそのような滑稽な姿を見せることでは断じてないっ!!』

 思わぬ強い反撃にキールもついついヒートアップ。

『それに緊急招集などではない! 日本時間で昨日の昼に使徒が出現した直後には、会合の予定が通知されているはずだ!』

『―――キンキュウ呼び出しはワタシがしたのデスよ議長』

 黄色の男が口を挟む。

『何だと!?』
『議長はお忘れのヨウだが、今彼らの担当地域で、原因フメイの通信障害が多発してオルのデス。議長が送られた通知もオソらくはドコかで道草をくってイルに違いナイ……そう思ったワタシが先ほどキンキュウ呼び出しをしてオイたのデス』

 キール議長の頭にが〜〜んと衝撃が走ったが、そこは老練の精神力で立ち直る。

『……わかった。そういう理由ならば咎め立てするいわれはない。君たちも、許してくれ』

『いや……わかっていただければそれでよいのです議長』
『通信障害の原因をつかめない我々の不行き届きもあったのですからな』
『衛星に問題が起きているのではないか、との報告が上がっており、早急に調べさせています。すぐに原因は究明され、今後はこのような事にはなりますまい』

 ようやく誤解が解け、場の雰囲気もとりなされた……と思われたその時。

「しかし……お二人ともその寝巻き姿、良くお似合いですな」

 それまで押し黙っていたゲンドウが口を開いた。
 その場を圧倒する声の響きに、つい全員の視線が集中する。

 そしてゲンドウはニヤリと笑って言い放った。

「……惚れそうだ」

『がっ……!』
『う゛……。』

 パンダ模様のパジャマを着たオヤジと、レースのネグリジェを着たヒゲオヤジは下を向いてガタガタと震え出した。
 見る見るうちにじっとりと脂汗を流しだす。
 残るメンバーもあんぐりと口を開けたまま動く事もできない。

 さすがは人類補完委員会のメンバー、補完が必要な人材目白押しである。

『……と、とにかくまた通信障害が起こらないとも限らない。全員揃っている今のうちに報告をしてもらおうか碇』

 なんとか自我を取り戻したキール議長が、胃のむかつきを押さえながら開会を宣言する。

「……では敬愛する諸兄に、我が熱き胸の内をじっくり聞いてもらうとしよう」

 ニヤリ。

 一斉に顔面蒼白となって身を引く委員会メンバー。

 まさに無敵のスマイルを見せたゲンドウは、さほど深い追求をされることもなく葛城ムーンによる使徒撃退+人類補完計画第17次中間報告を行い、予算増額までもを勝ち取った。

 この卓越した演技力(?)によってゲンドウはネルフ司令の地位を揺るぎないものとしているのである。

 


 使徒を回収したネルフの特殊車両が、陽炎たちのぼるアスファルトの上を走っていく。
 ミサトとリツコは並んで座っている。
 普段通り白衣のリツコに比べてミサトの風体はラフ、あるいはだらしない。
 乗りこんだ瞬間から最強に設定された空調が、茹で上がる寸前だった身体に冷たい風を浴びせてくれる。

「はぁ〜やっぱクーラーは人類の至宝よねぇ〜、まさに科学の勝利ね」

 ぴく。
 リツコの耳が動いたような気がした。
 次の瞬間ミサトの鼻先にリツコの人差し指がびしぃぃぃっとつきつけられる。

「ミサト、エアコンよ。エアコンディショナー」
「なっ、何?」

 見ればリツコがおどろおどろしい威圧感を出して憮然としている。

「そんなこともわからない人に科学なんて語って欲しくないわ」
「へ、な、なんなのよぉ……あたし何かヘンなこと言ったぁ?」
「そもそもクーラーと言うものは―――」

 ぷるるるるる、ぷるるるるる。
 着信音がリツコの抗議を止め、しぶしぶ受話器を取らせる。

「―――はい。……ええ、わかったわ。ありがとう、後はよろしく」

 受話器を置くリツコ。

「彼女、目を覚ましたそうよ」
「ホント!? ……よかった……。それで、容態はどうなの?」
「外傷はなし。少し記憶に混乱が見えるそうだけど」
「まさか、精神汚染じゃ!」
「……その心配はないそうよ。ただ、かなり衰弱してるのと、その後の影響を見る必要があるから、しばらくは入院生活になるわね」

「そう……そうよね、まだ子供なのにいきなり……あれだもんね」
「脳神経にかなりの負担がかかったでしょうし、無理もないわ」

「……心、のまちがいじゃないの……」

「……そういう言い方するものじゃないわよ。いつもの希望的観測はどうしたの?」
「うん……わかってる。……ごめんね、なんか今日……あたしらしくないわね」

 言葉は途切れ、もやがかかったように不透明な空気が車内を支配する。

(……こんな事じゃダメね……よし、帰ったら気合入れるかっ)

 揺れる特殊車両は病院で止まり、ミサトは降りた。

「使徒には絶対に勝てる。―――それくらい楽天的に考えないと、この先持たないわよ」
「わかってるってば! ……じゃね」

 車両は走り去る。

 


 ミサトが病院に来た理由は2つあった。
 ひとつは意識が回復したと言う少女の様子を見に……こちらはまだ面会できない状態とのことで諦める他なかった。
 もうひとつは、ミサトの管轄下にあるファーストチルドレン・綾波レイの回復状況の確認。

 ミサトはいつもどおりノックせずに病室のドアを開けた。
 たとえノックしても、レイの返事がドアにはばまれて聞こえないため意味がないからだ。

 しかし今日は叩いておくべきだった。
 開いた途端に、厳めしい顔と鉢合わせしたのである。

「いっ! いっ、いっいっ碇、司令っ!」
「……なんだ」

 ドアを開けたらゲンドウ。ドアを開けたらゲンドウ。
 ミサトでなくても気を失わんほどの衝撃を受けるであろう。

「……どきたまえ」
「はっ、は、はいぃぃ〜〜っ!」

 慌てて避けるミサトには目もくれずにゲンドウは去っていく。
 不遜なように見えるが、実は美人のミサトの前で照れているという真実を窺い知る事ができるものは居まい。

「……あの司令が見舞いとは……人は見かけに寄らないものねぇ」

 ミサトは唖然としたままドアをくぐった。

 ベッドから上体を起こしたレイがこちらを無表情に見ている。
 ゲンドウの背中を見送っていたらしい。

「レイ、調子はどう?」
「葛城一尉……」

 赤い瞳がミサトを映す。
 ぱち、ぱちと瞬きを二度。

(……ちょうしはどう……ちょうしは……ちょうし……)

「……セカンドインパクトの影響で、現在は漁業を営んでいる人はいないはずです」
「いや、その銚子じゃぁなくてね(汗)……身体の回復状況はどうかって聞いてるのよん。医者は何て言ってた?」

「―――そろそろいいね、って……」
「そ。じゃあもうすぐ退院できそうね、良かったじゃない」

 ミサトが笑顔を浮かべる。
 人が笑う顔に接し慣れていないレイは、それを見て少し戸惑いを感じた。
 紅い瞳に映る光が、わずかに揺れる。

 何を言えばいいの?

 どう答えればいいかわからないまま、こくん、と頷くレイ。

 それからしばらく、ミサトは普段よりも饒舌にレイに話しかけ、レイは時々不思議そうに首をかしげながら聞いていたが、巡回の医者が来たところでミサトは病室を出る事にした。

(退院、か……)

 廊下の窓から見える景色は、穏やかな平和そのものである。

(でも……退院すればまたエヴァーに乗らなくちゃいけないのよね……)

 使徒と戦う事の苦しさを知るミサトは、レイの快復を素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 

Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon



『よろしいのですか、葛城一尉と同居だなんて』
『碇直々の命令だからな。私には奴が何を考えているかなどさっぱり分からんが、まあ奴には奴なりの考えがあっての事だろう』
『しかし、葛城一尉の性格が伝染してしまう可能性も捨て切れません。もしそんなことになれば悲しむのは司令なのではありませんか?』
『もしそうなればそうなったで………シンジくんには申し訳無いが、いい気味だ』
『……(くす)』

 などという会話が行われているとはつゆ知らず。

 コンビニでひとしきり酒のつまみを仕入れたミサトは、まだ転居して日の浅い我が家へと帰り着く。

 まだ日は高く、帰るには少し早かったかなとは思ったが、まあ取りたててすることもないし、家の中はエライ状態になっているし、やむをえずイヤイヤながら仕方なく掃除でもしようか―――ああ、そういえば昨日は本部に泊まったから忘れてたけど、今日はゴミの日じゃぁないか! また捨て損ねた―――と、深ぁぁく溜め息をつきながらドアを開けた。

(……ん? 誰か勝手に入ってる!?)

 途端に漂ってくる香ばしい香り。肉が焼ける匂いか?
 足元を見れば、自分の物ではない靴がある。それも2足。
 片方は見覚えのある気がするスニーカー。もう片方は……ネルフの支給品じゃないか。
 ということは室内に居るうちの少なくとも1名はネルフ関係者。
 なぜ勝手に上がり込んでいるのか。

 ミサトは靴を脱ぎ捨ててバタバタと室内に踏み込む。

 するとどうしたことだろう!
 あれだけ散らかりっぱなし、ほったらかしだった室内はキレイに片付けられ、食卓には人の手による料理の数々が並んでいるではないか!

「……あ、ミサトさん、お帰りなさい」
「葛城一尉、お邪魔してます」

 侵入者はシンジとマヤだった。

「シンジくん!? それにマヤちゃんまで、どうしてここにいるの!?」
「勝手にお邪魔しちゃってごめんなさい。先輩の代わりにシンジ君の転居手続きの書類を持ってきたんです」
「てんきょ?」
「ええ、正式には明日から、葛城一尉と同居することになります」
「はいぃ!?」
「それが……父さんが決めたらしくて……」

 シンジはバツが悪そうに頭をかくと、視線をマヤに送って助けを求めた。
 マヤは持ってきていた書類ケースから『承認』の判がでかでかと押された、ゲンドウ直筆のサイン入り豪華和紙作りの辞令を取り出してテーブルに置いた。

「碇司令のご命令で、シンジ君は葛城一尉のバックアップを担当することになりました。これがその辞令です」
「へ……ばっくあっぷ? って何を?」
「家事全般をですけど」
「は……? ……ごめん、ちょっと悪いんだけど、どういう事か最初っから説明してくれるぅ?」

 マヤの説明をかいつまんで記述すればこうだ。
 1.シンジは初号機を動かせない。今後、訓練は行っていくが、動くようになるまでは戦力にならない。
 2.零号機はパイロット入院中。現時点では葛城一尉以外に使徒を殲滅する手段が無い。
 3.葛城一尉は生活能力に幾分か問題があり、メンテナンスの意味からサポートが必要である。
 4.3年も離れていて急に同居するのはこっぱずかしいし、だからといって一人暮らしさせる訳にはいかん。

「……というわけで家事を行うことで負担を軽減し、葛城一尉が充分な力を発揮できるようにとの配慮から同居を―――」
「ちょちょちょぉっと待ってよ! 最後のは何よこっぱずかしいってのは!?」
「そ、そこまでは私には……(汗)」
「大体見知らぬ男女が一つ屋根の下で暮らして何も起きないと保証できるの!?」
「ミ、ミサトさん……僕そんな人間に見えます……?」
「見えないけどあたしはどうか分かんないのよ!?」
「葛城さん……不潔」
「あっ、違うっ、そうじゃなくって……とにかくそういうのは心の準備ってもんが―――」

 ぷるるるるる、ぷるるるるる。
 電話の音が狼狽するミサトの声を打ち切った。

「……ったく、こんな時に誰よぉ?(ちょっち助かったけど) ―――はい、葛城ですが」

『……葛城一尉か』

「しっ、司令!?」

 受話器を取ったらゲンドウ。受話器を取ったらゲンドウ。
 ミサトでなくても気を失わんばかりの衝撃を受けるに違いない。
 しかもミサトは昼間も心臓に悪い対面をしているので、そのショックがよみがえって2倍の苦しみだ。

『……シンジは任せた』

 ぷちっ、つー、つー、つー。
 受話器を持ったまま凍りつくミサト。

「……ミサトさん?」

 あまりに長いこと動かないので心配になったシンジがそっと声をかける。
 ぎぎぎぎぎぎと首が振り返り、ミサトの血の気の引いた顔がシンジに向けられる。

「……こ、これからよろしくね、シンジくん……」
「あ、はい、よろしくお願いします……どうしたんですか? なんか顔色が悪いですよ?」
「……なんでもないわ……」
「そ、そうですか?(なんでもないようには見えないけど……) あ、そうだ、夕飯できてますけど、食べます?」
「……うん、食べるわ……」
「じゃあ、おつけ暖めますから、ちょっと待っててくださいね」
「……うん……」

 ミサトのそれほど繊細でもないハートですらちょっぴり傷を負うほどにゲンドウの威圧感は大きかった。
 ちなみにゲンドウが電話を入れたのは純粋に息子が心配だったからなのだが、ミサトがそれを知る日は永遠に来ないだろう。

 

「それじゃ、どうもごちそうさまでした〜♪」

 シンジ初仕事の夕飯はマヤも美味しそうに食べて帰った。
 その味を評して曰く、

「おふくろの味って感じですね」
「よかったじゃな〜いシンジくん、いいお婿さんになれるわよ」
「そ……そうですか?」
「ホントに、ドッグフードが好物の葛城さんにはもったいないくらいです」
(……リツコがまた何か吹きこんだわね……(汗))

 とのことだ。

 精神に亀裂が走っていたミサトも、おなかに物が入って落ち着いたのか爪楊枝をくわえたまま上機嫌にビールを空けている。器用だ。

 洗い物を終えたシンジが手を拭きながら、あっ、と声を上げた。

「そうだ、ミサトさんに渡してくれって言われてたっけ」
「何〜? 誰から〜?」
「伊吹さん……じゃなくて赤木さん?からです。はいどうぞ」
「ん、ありがと。……何これ? ビデオディスク?」

 ラベルには『【極秘】対第参使徒戦闘記録・監修赤木リツコ』と書かれていた。
 ミサトのほろ酔い気分は一気に吹き飛び、真剣な眼差しでディスクを見つめる。

「……シンジくん」
「はい?」
「ちょっちこれ、見るの付き合ってくれる?」
「別にいいですけど……それなんですか?」
「それは見てのお楽しみね。……さてっと、準備じゅんび」

 昼間ミサトが留守の間に行ったシンジの献身的な清掃が実を結んで、見通しのよくなった部屋からは簡単にプレーヤーが発見された。

「へぇ〜、ここってばこんなに広い部屋だったのねぇ〜……こりゃ同居も悪くないかしらん」

 現金な感想をもらしながら至極テキトーに配線を済ませ、ディスクをプレーヤーに押し込んだ。
 なんとなく明かりを消すミサト。

 画面は暗くなる。

 そしてドバーンと大写しになる赤いマーク。


(N倫)
NERV倫理委員会


 コケるふたり。

「えぬりんんん!? ネルフ倫理委員会……なんていつの間に出来たのよぉ?」
「これ……僕が見ても大丈夫なものが映ってるんですよね……?」
「年齢指定は書いてないから……平気だと思うけど……ははははは……(汗)」

 


 別段、最低だと思うようなコトは映っておらず、淡々と記録は再生され、伴ってミサトの昨日の記憶もよみがえる。

 

対第参使徒戦
 
戦闘記録

 第3新東京市の夜空を引き裂く十字の光……爆炎。
 吹き飛ぶ兵装ビル。

 発令所に緊張が走る。

「……ミサト……」

 自然と握った手に力が篭るリツコ。

「葛城一尉とパターン青の反応を確認! 3カメから狙える位置だ、3カメさん右に振ってくれ!
 ―――メインスクリーンに映像、出ます!」

 ミサトと紅い瞳の少女は、破壊された兵装ビルに程近い、別のビルの屋上で相対していた。
 ミサトも、向かい合う少女も爆風を浴びたとは思えない、無傷の状態だ。

「……ハラハラさせるわね」

 ほっと息をつき、緊張を解くリツコ。

(でも……どうやってあの爆発から逃れられたと言うの?)

 ふと視線を葛城ムーンの活動限界を示しているパネルに向けて表情を曇らせる。
 残り時間は2分強……大幅に減少している。

(……なるほどね……大量にエネルギーを使う、何かの防御手段を持っているんだわ)

 3つの光点が、ミサト、使徒、少女をそれぞれ現していた。
 使徒にはパターン・オレンジの表示が出ていて、1カメの画像で見ても電池が切れたかのように微動だにしていない。
 問題は少女を示すパターン青の点。

「音声も入ります!」
「もうビルを移動したのか? さすがはネルフ諜報部の誇る特殊効果部隊だな」
「照明当てて音出すだけじゃないってわけだ」

 日向と青葉の呟きとともに、スピーカーから戦場の音が聞こえてくる。

 

【今のをかわせるとは思わなかったわ……さすがは葛城ムーンと言っていいわね……。
 でも……『コレ』ならばどうかしら……うふふふふふ……】

 すっかりイってしまった目つきの少女が両手を突き出すと、その掌からそれぞれ光の槍が生えてくる。
 ブンっと一振り、ブブンっと二振りして空気を斬り、その感触を味わう少女。

【んんーいい感じ……元の身体もいいけど、やっぱりリリンの姿が一番楽しいわ……うふふふふふ……】

「なぁるほど、使徒がとりついてるってわけか……」

 ミサトは確信的に呟いた。
 少女との距離は10メートル足らず。
 どうすればいい……!?
 ミサトは自問する。

 少女が一歩踏み出す。

【さぁ……『幻の銀十字』を渡しなさい……そうすれば、せめて苦しまずに神のもとへ送ってあげるわ……
 命乞いがしたければしてもいいのよ……あははははは……】

 じりじりと間合いを詰めてくる使徒に気圧されて、ミサトは後退していく。
 屋上の端まで、もうそれほど距離は残っていない。

(やるしかない……でも、できるの葛城ミサト?)

 使徒はミサトにそれ以上考える時間を与えてくれなかった。

【消え去れぇぇぇぇぇぇっ!! 出来そこないがぁぁぁぁぁぁぁっ!!】

 両手に光の槍を構えて特攻をかける少女。

「プログレッシブ・ムーン・ロッド!!」

 気合一閃、ミサトが両手をロザリオの前で向き合わせると、銀の十字が光を吹き出す。
 その粒子らが結集すると、先端にハートのついた装飾の美しい棍棒に姿を転じた。

 ガキィィィィィィン!!
 間一髪、槍をプログロッドで受けるミサト。
 そのまま相手の勢いを利用して槍を払いのけ、ロッドを叩きつけるべく振り上げる。
 しかし、相手が人間の……幼い少女の姿であることがとまどいを呼び起こした。

【甘いわっ!!】

 一瞬の躊躇を見逃さず、少女の槍はミサトの手からプログロッドを弾き飛ばした。

「しまった!」

 カラーン、と乾いた音を立てて屋上に転がるロッド。

【終わりだ! 葛城ムーン!!】

 少女はミサトを串刺しにするべく、両手の槍を同時に突き出す。
 ミサトは反射的に両腕をクロスさせて身をかばい、目を閉じる。

 人類の脆い身体など貫通、いや、蒸発間違いなしの威力を持つ光の槍はミサトに―――

 ガキキィィィィィィィンッ!!

【何ぃっ!?】

 ―――触れる事すら出来なかった。

 同心多角形の赤い光がミサトを護るように壁となって出現、少女の槍を受け止めたのだ!

 

 驚いたのは少女だけではない。

「葛城一尉の前面にATフィールドの発生を確認!」

 オペレーターの中で唯一マニュアル無しに操作を覚えている日向が叫ぶように状況を告げる。
 リツコはそれを聞いて目を細めた。

「ATフィールド……やはり葛城ムーンも持っていたのね……!」

 大マジに呟くリツコの言葉を隣りで聞いたマヤが、がばっと両手で顔を覆ってうつむいた。
 ……ふるふると肩が震えているところを見ると、笑いをこらえているらしい。

(せ、先輩……そんな真剣な顔で『葛城ムーン』なんて言ったら……面白すぎますっ……)

「マヤちゃん……モニター見なよ、ほらあそこに出てる表示、報告しないと」
「えっ?……は、はい!……ええと……パターン青を持つ少女もATフィールドを展開!
 位相空間を中和して行きます!」

 少女の槍がじわじわと赤い壁にめり込み始める。

「……まずいぞ碇、どうする」
「……問題ない。手段はある」

 顔の前で手を組んだままニヤリと笑ったゲンドウ。そして、命じた。

『使徒本体に攻撃を加えろ!』

 慌ただしく動いていた発令所の動きが一瞬停止する。

「……了解! 攻撃可能な範囲にある全ての兵装ビルから、使徒本体へ攻撃を開始します!」

 いち早くゲンドウの意図を理解した日向。その指はコンソールを華麗に走り、攻撃指示を飛ばす。

 まだフル稼働ではないにしろ、対使徒迎撃要塞都市であるこの街が誇る兵装ビル。
 その火力が、微動だにしない巨大生物に向けて容赦無く浴びせられる!

 キュゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!―――

 

 ズドドドドド―――バラダダダダダッダダダダダダッ!!

 何かは良く分からないがとにかく凄い攻撃を浴びた使徒は、なんら反撃する事無く―――いや抵抗する事すらせず、大地に仰向けに倒れた。
 と同時に、ミサトを貫通すべく槍を突き出していた少女が胸を押さえて、膝をつく。

【……く、くそぉっ! リリンごときが小癪な真似をををををっ!!】

(―――チャンス!)

 ミサトは横っ飛びに飛んで、転がっていたプログロッドを手にすると素早く起き上がり、じゃきっと身構えた。

「リツコ! セーフティ解除お願いっ!!」

 

 リツコはちらりと残り稼動時間を見て、30秒を切っているのを確認すると、小さくため息をついて懐から黒いネコ耳を再度取り出した。
 それはリツコの頭に装着され、周囲の注目を集める。

(どうして……私がこんなことをしなければならないの……)

 リツコはもう一度大きくため息をついた。
 そして自分の中のロジックにお休みいただくために、かぶりを振って拳を握り、気力を奮い立たせる。

「―――今よ! 葛城ムーン!!」

 黒いネコ耳型のインターフェイスは、リツコの声を受けて解除信号を発する。

 

 パキンっ。
 乾いた音を立てて、プログレッシブ・ムーン・ロッドの安全装置は解除された。
 その先端のハートがぼんやりとピンク色に輝き出す!

「……よしっ」

 ミサトはプログロッドの真の力を解放すべく、適切な操作を行う。
 ……と言っても傍目には棍棒を持って舞い踊っているようにしか見えないのだが。

 

「赤木博士……あれには、何の意味があるんですか?」

 日向が尋ねたくなるのも当然だろう。

「あの力は独りの人間が占有するには大きすぎる……そう考えたある人が、乱用できないように複雑なプロテクトを施したのよ。あれはそれを解除するために必要な手順―――」

 

 その手順とやらもいよいよ山場。小粋なダンスも収束していく。

「ムーーーン・プリンセスーーーー―――」

 プログロッドは立ちあがろうとする少女に、その先端を向けられる。

「ハァァァレルヤーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 ミサトの声と共にハートからはひときわまばゆい輝きが溢れ出した!

 強烈な閃光によってカメラは映像を捕らえられず、発令所のスクリーンは全く用を成さなくなっていた。

 プログロッドからほとばしる、目も開けていられないような爆発的なピンクの光を浴びて少女は、ぎゅっと目を閉じて硬直する。

 光は、どういう原理なのか少女の胸部から赤い球体を引きずり出す。

 少女の唇が苦痛の形に歪む。

【……う…、………ぁ……、……り……】

 赤い球体は完全に少女から分離する。

【リ…………】

 ―――パシャァーーーンッ!

 ガラスが砕けるような音を立てて赤い球体は千の破片に姿を変えた。

 くわっ!と瞼が開かれ、少女は叫ぶ!

【―――リバァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーァァスッ!!】

 奇怪な断末魔の声と同時に、倒れたままだった巨大生物の身体から、夜の帳を引き裂いて、今までで最大の十字爆炎が上がった。

 瞳の紅がすっと消え、第参使徒サキエルの力を失った少女は、その場に倒れこむ。

 少女の身柄を保護しようとするミサトだが、

「……く……ぅっ……やっぱ……だめ、か……」

 過度に力を使った彼女は自身を支える事もままならず、その場に倒れる。

 

「……使徒の活動停止、および葛城一尉と少女の生存を確認!」
「救急隊に伝達! 至急二人の身柄を保護して! 葛城ムーンを最優先!」

 黒ネコ耳型インターフェイスを外すのを忘れたまま、リツコの鋭い声で指示が飛ぶ。

「……勝ったな。かろうじて、だが」

 冬月は飄々とした表情のまま、ゲンドウに話しかけた。

「……この程度のザコに負けるようでは役にたたんよ」

 ゲンドウはあくまでクールに手を組んだまま答えたが、その額にじっとりと汗が浮かんでいるところを見ると、相当緊張していたようだった。

「―――マヤ! 笑ってないで仕事しなさい!」
「そ、そんな……無理言わないでください〜……(ひぃひぃ)」

 


 映像はとぎれ、画面は黒に戻った。

 ミサトもシンジも無言のまま、暗い部屋で黒い画面を見詰めている。

 音の無い時間。

「……シンジくん」

「……はい?」

「今見てもらったのが、私たちの敵、使徒よ」

「……はい」

「あなたがエヴァーを……初号機を動かせるようになったら、あんなモノと戦わなくちゃいけないの」

「……はぁ」

「だから……ここに居るのがイヤだったら、司令にかけあって元の家に帰れるようにしてあげるわ」

「………出来ればそうして欲しいです」

 ぽつりと呟くシンジ。
 ミサトはふぅ、と息をつく。

「……じゃあ、明日―――」
「でもそれじゃあミサトさんの家がまた、あのおぞましいゴミの山に埋もれちゃうんですよね」
「……え?」
「そんなの許せませんから、僕ここでお世話になります」

 立ちあがったシンジは、風呂にでも入ろうかと部屋を出る。

「あの、ちょっとシンジくん―――」
「それからミサトさん」

 シンジは隣室から漏れる明かりを背に振り向いた。
 逆光になって、その表情は読み取れない。

「使徒とかって良く分からないですけど、ミサトさんは人に誉められるような立派な事をしたんだと思います。
 それって……なんかすごいですよ」

「シンジくん……」

 ふすまが閉じてミサトは暗い部屋にひとり。

「人に誉められる立派なコト、か……」

 複雑な心境で呟きながら、イジェクトボタンを押そうとしたミサトは、突然画面が明るくなったのに驚いて手を止めた。
 まだ再生は終わっていなかった。

「ありゃ、まだ何かあるの?」


初回特典映像

対第参使徒戦時のサードチルドレン


「…………はぁ?(汗)」

 

 恐らくリツコが洒落で入れたであろう映像が流れ出す。
 それは、エントリープラグに放りこまれた後、通信を切られたまま忘れ去られたシンジの記録だった。

『―――ミサトさぁぁぁぁぁんっ! 父さぁぁぁぁぁんっ!  誰でもいいからここからだしてよぉぉぉぉぉっ!!
 やっぱり僕は要らない子供なんだぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!』

 操縦管をがちゃがちゃ動かしながら開け! 開けぇっと暴れているシンジ。

 その頃、発令所の面々は使徒の対応にかかりきりなので、当然誰も気付かない。

 

《22時38分》

『誰か助けてよぉ……ぐす…うぇぇぇえええぇえぇぇ……』

 えぐえぐと泣きじゃくるシンジ。
 4時間以上経っているのに、声一つかけてくれないとは、もうみんな僕の事なんて忘れちゃったんだ!
 僕は残る人生をこの中で過ごすんだぁぁぁっ!―――というコワイ考えになってしまって怯えているようだ。

 その頃、発令所の面々は、使徒の後始末におおわらわなので、当然誰も気付かない。

 

《23時40分》

 泣き疲れて眠るシンジ。

 この後ようやく存在を思い出され救出されるが、あまりにぐっすり眠っていたために起こすのを忍びなく思った碇司令の指示によって、赴任先の葛城家に、静かに運び込まれたのだった。

 


 今度こそ再生が終わったらしく、独りでにプレーヤーからニュイィィンと顔を出してくるディスク。

「ぷ……ぷぷぷ……(シ、シンジくんって……結構面白い子なのね……)」

 手にリモコンを構えたままで固まっているミサト。その顔は笑いが爆発するまで後一押しの状態だ。

 そこへシンジの悲鳴が聞こえ―――バタバタと走る足音が近づいてくる。

 ガラッ、とふすまが開き、

「ミ、ミサトさんっ! ふ、風呂場に、な、な、な、なんかヘンな生き物がいるんですっ!!」

 風呂に入ろうとしていた裸のままのシンジが、大慌てで駆け込んできた。
 その間の抜けた姿をバッチリ見てしまったミサトのダムは、ついに笑いの堰を切る。

「ぷ……ふふふふ……ははははははははは―――!!」

「なっ、何がおかしいんですかっ! ―――あっ」

 自分のあられもない姿にようやく気づいたシンジが、真っ赤になってフェードアウトしていく。

 ツボにはまってしまったミサトの笑い声は、それからしばらく止まなかった。

 

 ミサトがシンジのことを「なんて可愛いヤツ」と思った事は、リツコさんにも秘密だ。

 



 

つづく 

 
1999/07/08
初版。

「こんなネタはどうだい?」なご提案は三笠どらまでどうぞ。

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