……サキエルが消える……



……銀十…の力か……しかし……



……それでこそ……手にす…価値がある……




……第四使徒……シャムシェル!……






………ぬかるでないぞ………



 
 






 

美…人なのは認めるけど…少女は……(汗)…戦士

葛城ムーン

第3話

「シンジの災難!エセ関西人にご用心」

 







 エントリープラグの中で、シンジは目を開く。
 肺に満たされたLCLが直接酸素を取り込んでくれるので溺れる心配はない。無いのだが、シンジは怯えたような不安な表情をしていた。
 いや、溺れる心配をしているわけではなさそうだ。
 おどおどした目でちらちらと周囲を見まわしては、操縦桿をぎゅっと握り締めたりしている。

『―――おはようシンジくん、調子はどう?』

 聞こえてくるリツコの声で、シンジは平静を取り戻す。

「悪くないです。だいぶ慣れましたし……あ、でもお願いですから、暗くしないでくださいね」

 そう答えながらシンジは弱々しく微笑む。

「わかってるわ。回線は接続状態でホールドしてあるから、気分が悪くなったらすぐに言ってちょうだい」
「はい」
「エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、全部覚えられた?」
「……あんまり……」
「慌てなくていいわ、徐々に覚えてちょうだい。では昨日の続き。マヤ、シミュレーション開始」
「了解。仮想ヴィジョンと初号機の接続開始します」

 うぃーんと作動音が響き、シンジの視界に第3新東京市のビル街が広がる。

 まるで実物そのものだが、全てMAGIが作り出した幻影である。
 幻の都市の中でパレットガンを構える初号機。しかしそれも虚像。
 シンジは未だ初号機を起動できるほどのシンクロ率を出していないのだ。

 視界の真中に巨大生物、第参使徒サキエルの姿がある。

『目標をセンターに入れて』

 シンジの操作で照準が使徒に合わせられる。

『スイッチオン』

 カチ、プダダダダダダダ。
 パレットガンから放たれた幾粒もの光弾が目標に当たり、倒れた使徒が爆発する。と同時に、視界の右上に表示された数字が0から100に増えた。

『次』

 現実の初号機は固定されたまま動かないため、モニターの映像を眺めるリツコ。
 的確かつ迅速に動く初号機。次々と破壊されていく使徒。加算される得点。

「しかし、よく乗る気になってくれましたね、シンジくん」
「閉じ込められた事を言ってるのなら、文句はミサトに言ってちょうだい。指示したのミサトだもの、ねえ?」
「う……うっさいわねぇ……」

 意地の悪い笑みを浮かべたリツコの流し目に刺され、あさっての方向に視線を向けたままミサトが答える。

「あの後、ちゃんと謝ったわよ……」
「あら、ゴメンで心の傷が癒えるとでも思ってるの?」
「そ、そういう言い方しなくてもいいでしょぉ……あたしだって、あんな事になるって分かってたら―――」
「すっごぉい! 先輩、見てくださいよ! またスコア伸びてますよ、それも2000点も!」
「……初号機が動いてさえくれれば、頼もしい戦力なんだけどね、彼……」

 モニターに踊るコングラッチュレイショーンの文字を眺めながらリツコは小さくため息をついた。




『日本列島を覆った高気圧は、未だ勢力を衰えさせる事無く、厭と言う程停滞するでしょう。
 これにより、今日も平年通り苛烈な猛暑になる事が容易に予想できます。
 お出かけの際は帽子などを被り、直射日光から―――』

 朝から不快な予報を聞かせてくれるテレビ。
 手早く朝食の仕度を済ませたシンジが、時計をちらっと見てカバンを手にする。

『―――ときどき晴れ、降水確率はゼロパ』ぷつん。

「電気OK、ガスOK、水道OK……うん、全部いいな」

 ご丁寧に指差し確認をしてからシンジは、ミサトの部屋をそっと開けて、頭まで布団に潜ったミサトに声をかける。

「ミサトさん、朝ですよ。朝食テーブルに出来てますから。―――それじゃ、行って来ます」

 起こす気などさらさら無いようだ。
 ミサトの方も明け方まで当直で、ついさっき帰ってきてさあ寝るか、という状態だったため、

「……いってらっしゃーい」

 布団から手だけがのびてはたはたと振られる。
 シンジが出ていくとその手はぐったりと横たわり、動かなくなった。

 ―――5分後。布団の中から右足が飛び出してくる。

 ―――10分後。蹴られて押しやられグシャっと山になった布団へ、頭から潜り込んだような姿勢で上半身だけ埋まっている。

 ―――15分後。完全に布団は跳ね飛ばしてしまい、上下さかさまに大の字になっている。

 ―――20分後。電話が鳴る。

 ……RRRR……RRRR……

 ミサトはたっぷり8コール鳴るのを聞いてから、ようやくもぞもぞと動き出して受話器を取った。

「ふぁい、もひもひ……何だぁ、リツコか……あんたまだ居るの? 大変ねー」
『エヴァの調整だけならもう帰ってる筈なんだけど、どうしてかしらね?』
「……はいはい、あたしが居るせいで余計な仕事増やしてゴメンナサイねー」
『気に障ったかしら。
 あなたのお蔭で予想より被害が安く済んでるんだから、居残りくらい喜んでするわよって言いたかったんだけど』
「……へいへいそりゃどーもー。で…何の用…?」
『彼氏とうまくいってる?』
「彼……あー、シンジくんねー。相変わらず文句無しよぉ……良く気は利くしぃ、煮物が上手だしぃ……」
『よかったわね。引越し以来ようやく部屋が見渡せる環境に戻れて』
「ただ……電話がかかって来ないのよねー…」
『……電話?』
「そー。必須アイテムだから随分前に渡したんだけど、誰からもかかってくる様子が無いのよー。
 やっぱ見た目どおり照れ屋なのかしら……ふぁああ」
『……使ってないわけではないのね?』
「うーん……でも相手は友達じゃないみたい……司令とかー以前住んでたところとか……」
『そう…………』

 数秒の間。
 電話の向こうでリツコは何か考えているようだった。

「……もしもしぃー?」
『ミサト』
「何よー? マジな声してー……」
『あなた……ときどき信じられないくらいズボラだから、一応聞くけど……渡した携帯の番号、シンジくんには教えたのよね?』
「…………」

 またも数秒の間。
 布団の中でミサトは何か考えているようだった。

 ―――ぷつん、つー、つー、つー。
 突然通話が切れたのでリツコは驚いて受話器を見つめる。
 そして、ふっと笑って一言。

「……飽きれた」




 始業前の教室。まだ早い時間のためか人影はまばらである。
 メガネの少年は何かの古めかしい模型を手に効果音やセリフを口にしていた。

「ドドドドドドーーーッ! ゴゴゴゴーーーーーーッ!
『……兄さん、誰かに正体を見られたみたいだ』
『何だと!? オレたちの秘密がバレてしまうな、ヨシ、弟よ。目撃者を抹殺しろ』
『何を言うんだ兄さん! 僕たちの役目は人々を救う事だろ!?』
『ああ、もちろん、そのためには秘密を護らなければならない。その秘密は人命より重いのだ』
『……分かったよ、兄さん!』
 ドシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ、ボカーーン!
『オッケー始末したよ兄さん、島に帰ってパパに報告しよう!』
 ドドドドドドーーーーーーーーーッ!」

 鬼気迫る表情でイメージファイトに興じていたメガネの少年は、髪をふたつに分けて束ねた責任感の強そうな少女が目前に立っているのに気付いて顔を上げる。

「……何、委員長」
「昨日のプリント、鈴原に届けてくれたの?」
「あ、いや……なんかトウジの家、留守みたいでさ」
「相田くん、鈴原とコンビ組んでるんでしょう? 2週間も相方が休んで心配じゃないの?」

 委員長こと洞木ヒカリ。彼女の方がよほど心配しているのが見て取れる。
 言われた方のケンスケは頬をぽりぽりかきながら呟く。

「いや、相方……じゃないんだけどな。少なくともグループ名はないし」

 そこへ、黒いジャージを着た少年が入ってくる。
 顔には怒りが張りついたまま、不機嫌な歩調で座席に向かい、カバンを放った。

「なんや……随分減ったみたいやな」
「疎開だよ、疎開。みんな転校しちゃったよ。……街中であれだけハデに戦争されちゃあね」
「喜んどんのはお前だけやろな。ナマのコスプレ見れるよってに」
「分かってないなぁ、コスプレじゃなくてアクションヒロインだよ、ヒロイン」
「んなことはどーだってええんじゃ。……ったく、けったくそ悪い」
「どうしたんだよ、随分といらついてるみたいだけど。こないだの騒ぎで巻き添えでも食ったの?」
「妹のヤツがな」

 苦々しく吐き捨てる。
 こりゃマジだと感じたケンスケは口をつぐむ。

「……よう分からんのやけど、化け物に身体乗っ取られて無理矢理引き剥がされたらしくてな。命は助かったけど、ずっと入院しとんのや。
 うちンとこはおとんもおじいも、研究所勤めやろ。今、職場を離れるワケにはいかんしな。
 オレがおらんと、あいつ病院でひとりになってまうんや」

 かける言葉が見つからず、黙ったままのケンスケ。

「しかしあのコスプレ女の戦い方はホンっっマにヘボやなぁ! 無茶苦茶ハラ立つわ!
 味方が暴れてどないするっちゅうんじゃ!」
「それなんだけど……聞いた? 転校生のヤツがさ……」
「―――転校生?」
「ほら、あいつ」

 ケンスケが顎でシンジを示す。

「トウジが休んでる間に転入してきたヤツなんだけど、あの事件の後に来るなんてヘンだと思わない?」
「おう、ちょー待ちやケンスケ。ワシは今コスプレ女の話をしとるんやで?
 なんでそこでオトコの転校生の話が出てくんねん―――まさかあいつがコスプレしとんのんか!?」
「そ、それはないと思うけどな……とにかく何か関わりがあるような気がするだろ?」

 そのシンジは教室に到着してからずっと、携帯電話を持ってボタンをいじくり回していた。

(機能たくさんあるみたいだけど、どうやって使うんだろ? ……そういえば今日もコレの番号聞くの忘れちゃった。
 ま、いっか、帰ったら聞こうっと)

 トウジが胡散臭い眼差しを向けているとは露知らず、シンジは使い方の今ひとつわからない携帯をしまい込んだ。
 ……が、しまった途端にそれは鳴り出す。


 ♪〜♪〜♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪♪〜♪〜
 ざーんーこーくーなてんしーのてーぜー


「うわっ?」

 ビックリしてうわずった声を上げてしまったシンジは慌てて口を押さえながら携帯を取り出して、多分これかなぁと受信ボタンを押し、耳に当てる。
 そして恐る恐る……

「もしもし?」
『あー、シンジくん……? おはよ……、あたし…ミサトだけど……ふぁ〜〜〜……』

 聞いているシンジまで眠たくなるような蕩けた声が、見えない受話器の向こうを想像させる。

「……もしかして、まだ布団の中ですか?」
『そーよー…これから寝るのー。……んでね……シンジくんが今使ってる…それの番号…』

 ―――ガラララ。
 ドアが開いて、老教師が現れる。

「ご、ごめんなさいミサトさんっ切ります」
『え? なに』ぴっ

 そして、委員長の鋭い号令が響き渡った。

「―――起立!」




「―――このように、各国が科学力の世界一ィを競いつつ人類は文明を発展させ、その恩恵に浸りきっていました。
 例えば乗用車。先生は古い時代の人間なので、どうしても車と言うとガソリン車のエンジン音を思い出してしまうのですが、最近のモノは電気になってしまって面白味に欠けますね。
 それから今や必需品のクーラーも、この時期に電気代が半分になったりと革命的進化を遂げたのです。高機能化が進むに連れてエアコンなんて洒落た呼び方をする人も増えましたが、いけません。あくまでもクーラーはクーラーなのです。
 ……おっと、脱線してしまいましたね。
 とにかく、そんな人類にも、ついに試練の時が訪れたのです」

 授業そっちのけで思い出話に浸りきっている老教師。

「南極に飛来した巨大隕石は、一瞬にして氷の大陸を溶解させました。海洋の水位は急上昇し、様々な異常気象が世界中を襲い、その他諸々あって人類の半分は永遠に失われてしまいました。
 これが世に言うセカンドインパクトであります」

 どうやら老教師の脱線は毎度のコトらしく、誰も聞いちゃいない。

「―――ですがみなさん」

 ゆえに老教師のメガネがキラーンと光った事に気付いたものもいなかった。

「私は知っています!」

 バンっ!
 老教師の手が教卓を打ち据え、クラス中の視線が前方に集中する。

「セカンドインパクトが巨大隕石というのは一部識者によって張り巡らされた隠蔽工作なのです!!」

 突如ギラギラと輝き出した老教師の相貌には、ただならぬ気迫が感じられる。

「みなさんに真実を教えましょうっ!」

 両腕を大きく開く。

「セカンドインパクトは人災なのですっっ!!」

 教室は静まり返った。

 シンジは唖然として瞬きをぱちぱちする。

 老教師はせきばらいをひとつすると、それまでと打って変わって静かに語り始めた。

「それは歴史の影に隠れる闇の組織により、裏死海文書と呼ばれる文書が発見された事から始まりました。
 そこに記されていたのは、恐るべき……そう、神の計画とも言えるほどの壮大な預言が記されていたのです!
 生命の根源である、リ―――」

 ガララガラララッ。

 教室前後のドアが同時に開いた音で、老教師は語りを止めた。
 ドアからは次々と黒服の男たちが入りこんできて、老教師を囲む。
 老教師は男たちを鋭い眼差しで睨みつけた。

「なんですか、君たちは。授業の邪魔をしないでもらいたい」
「―――老教師だな」

 黒服のリーダー格であろう一回り体躯の大きな男が言い、老教師は片眉をあげる。

「私は老教師などと言う名前ではないのですがね……確かに老いた教師ではありますが」
「我々は特務機関ネルフ諜報部の者だ。機密保持条項にもとづき、貴殿の身柄を拘束する。―――やれ」

 がしがしっと老教師は取り押さえられ、教室から連れ出されていく。

「何をするんですか! 離しなさい! 私には子供たちに真実を伝える使命が―――」
「その真実とやらに用があるんだ! おとなしくついて来い!」

 ガラガラガラ、ピシャン。
 教室には静寂。突然の出来事に誰も声を上げる事ができなかった。

 凍りついたように静寂。

「……なあ委員長、こーゆー時は自習になるんだろ?」
「……そ、そうね」

 ケンスケの問いに答えてヒカリは席を立ち、『セカンドインパクト』とか『AD2000』とか『50%OFF』とか書いてある黒板を拭き、チョークでカカカッと『自習』と記して戻る。

(……今の人たち……誰?)

 ずっと硬直したまま成り行きを見ていたシンジは、着信音を聞いて自分の端末を見た。
 キーをポンと押すと、チカチカと点滅する四角が文字を表示しながら動いていく。
 それはシンジには一生思いつかないような独創的な文章をつづった。

『碇くんがあのコスプレのパイロットとゆーのはホント? YES or NO』

「……え゛?」

 誰からだろうと周囲を見まわすと、後ろの方の席でニコニコしながら手を振る女子が居る。
 数人で一台の端末を覗いているところを見ると、お友達同士で共謀しているようだ。

『ホントなんでしょ? Y/N』

 シンジはどうしよう……と考えを巡らせる。
 何となく二週間も過ぎてしまったが、持ち前の内気な性格のために打ち解けて話せる友達も出来ていない。特に女子は名前も良く知らない人がかなり多い。

 明らかにヘンな設問だけど、話しのきっかけになるかもしれない、と勇気を出してシンジはキーを打つ。

 YES

 ―――え(中略42文字)えっ!?―――

 ガタガタガターンと立ちあがる音が聞こえ、シンジの周囲に人垣が出来る。

「ねえねえどうやって選ばれたのォ?」
「ああっ、誰だよコードに足ひっかけたの!?」
「テストとかあったの?」
「お、おれの端末がぁぁぁっ!」
「怖くなかった?」
「ヤバイって、まだローンが残ってるのに……仕方ない、こいつのと取り替えとくか」
「おいコラ」「げっ」
「操縦席ってどんななの?」

 答える間もなく浴びせられ続ける質問の雨。
 これはしくじった、と困った様子で愛想笑いを浮かべるシンジ。

「いや……操縦席とかは無いんだけど……乗るワケじゃないし……」

「えーっ、つまんなぁい」
「ねえあのコスプレなんて名前なの?」

「意味は良く分からないけど、みんなは葛城ムーンって」

「へぇ、変わった名前なのね」
「それで、必殺技とかあるんでしょ?」

「なんとかロッドっていう武器があって……先端から凄い光が出るんだ。
 ……確かプリンセスハレーションとか……違ったっけ」

 自分の事でもなければ、一度記録を見たきりなので細部までは覚えておらず、どう答えて良いものか思案顔のシンジ。
 そもそも機密事項だから話してはいけないという事もすっかり忘れている。

 そんなシンジをトウジは、自習とは名ばかりの交流会の間中ずっと睨みつけていた。

「―――みんな自習だって一応授業中なのよーっ!」

 委員長の渇も渦中の彼らには聞こえないようだ。




「おう、ちょっと顔かせや」
「いいけど……何?」

 と校舎裏へ連れて行かれるシンジ。
 声をかけてきた人間が悪鬼羅刹のような表情をしてるのにひょいひょいついて行ってしまうあたり、善良過ぎである。

 ―――ドゴッ。

 いきなり殴られてシンジは倒れる。
 口の端が切れ、わずかに流れる血を掌で拭うシンジに、トウジはセリフを投げつけた。

「すまんなぁ転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな、気が済まへんのや」

 背を向けて去ろうとするトウジ。
 さすがに説明が足りないと思ったのか、ケンスケがフォローを入れる。

「……悪いね、こないだの騒ぎであいつの妹さん、入院したらしくてさ。
 ハッキリ言って八つ当たりだけど、あれだけちやほやされてるの見ちゃったら、腹も立つだろうって事で我慢してくれないか?
 ……ま、そういうことだから」

 悪びれず言ってトウジの後ろを行くケンスケ。
 彼らの後姿を見ながらシンジは呟く。

「……辛いのは自分だけだとでも思ってるのかな」
「―――なんやと」

 耳ざとく聞きつけたトウジはくるりと踵を返すと、シンジの胸倉をつかんで引き起こす。
 睨みつけてくるトウジの目をじっと見詰め返すシンジ。

「ミサトさんは……自分が死ぬかも知れないのに、一番前に出て戦って、街を護ってくれてるんだよ」
「……それが仕事やろが。それも半端しよってからに……ヘボが」

 仏のシンジもこれにはカチンと来た。目つきが険しくなる。

「ミサトさんが使徒を倒してくれたから僕たちはここに居るんだよ。君の妹だってミサトさんが居なければ……死んでた」
「っ! このっ!」

 ―――ドグゥッ。

 再び殴られてシンジは吹き飛ぶ。

「コスプレ女に言っとけ! こんど戦うときは足元よう見てやれってな! ……行くでケンスケ」

 ドスドスと歩き出すトウジ。
 ケンスケはトウジの背中をちらりと見ると、シンジに近寄ってハンカチを差し出しながら小声で話しかけた。

「オレはネルフにも葛城ムーンにも感謝してるよ。あいつだって妹大事で興奮してるだけで、わかってるはずなんだけどな。
 あ、オレ相田ケンスケ。あいつは鈴原トウジって言うんだ。
 ……今度さ、あいつに内緒で葛城ムーンに会わせてくれよ。な?」

「―――なにしとんねん! はよ来いやっ!」

「おっといけね。じゃ、よろしくな」

 トウジたちの姿が見えなくなっても、シンジは空を見ながら倒れていた。
 まだ痛い。血の味がする。

(もしエヴァが……初号機が動いてたら、僕があんな風に言われてたのかな……)

 そう考えると身体が3倍くらいに重くなったような気がして、起き上がれない。

 ……。

 ふと、側に人の気配を感じて視線を向ける。
 そこにはレイが立っていた。ぼんやりとシンジを見下ろしている。

「……非常召集」
「え……君は……?(確か同じクラスの……名前なんだっけ?)」
「本部で副司令が呼んでる」

 ぽつりぽつりと言うレイ。
 その断片をなんとかつないで意図を悟ったシンジは、見間違いようのない蒼銀の髪と紅の瞳によって彼女がレイであると識別した。

「ミサトさんが話してた綾波さんって、君のこと?」
「……葛城一尉があなたに何を話したのかは、私にはわからないわ」
「あ、そっか……」

 トボケたおのれの物言いに照れ笑いを浮かべるシンジ。

(……司令に似ている。でも違う。もっと暖かい感じ……微笑みは遺伝?)

 まだ他人の笑顔に答える方法を知らないレイは言葉に窮し、逡巡する。

「……先、行くから」

 考えた末にそれだけを告げると、逃げるように駆け出した。

「待ってよ綾波さん! 僕も一緒に行くよ」

 その背中を追ってシンジも走り出す。




 その頃、特別非常事態宣言の発令によって起床を余儀なくされた葛城一尉は、眠い目を擦りながら同居人が用意してくれた朝食を取るべくキッチンへ向かっていた。

「……う〜〜〜〜、徹夜明けに来るんじゃないわよ、も〜〜〜せっっっかくいい気持ちで寝てたところなのに……こっちの都合はお構いなし……あたしの嫌いなタイプだわ……」

 しかし、テーブルに並ぶのは空の食器ばかり。

「……ありゃ?」

 そして足元で満足げに寝転がるペンギン。因果関係の推測は容易だった。

「こいつ……食い物の恨みがどれほど恐ろしいか教えてやる……っとそんなヒマないんだっけ。
 命拾いしたわね……帰ったら覚えてなさいよぉ」

 ギロリとペンギンを睨みつけて冷蔵庫を開け、缶ビールを3本空けて朝食代わりとしたミサトはバタバタと家を出ていく。




Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon




 大きな目玉模様で鳥たちを威嚇しながら、悠然と飛来する第四使徒シャムシェルは、対空砲などの歓迎にもクールな態度で第3新東京市を目指す。

「……ふわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 発令所の隅々まで響き渡るような大欠伸をかましたミサトが、閉じかかった瞼を必死に開いてスクリーンを見る。

「碇司令の居ぬ間に第四の使徒襲来、か……」
「委員会から再び、葛城ムーンの出演要請が来ていますが」

 青葉が告げると、ミサトはうんざりした顔を見せる。

「うるさいやつらねぇ、言われなくても出撃するわよ……で、リツコ、やっぱり今回もあのドギューンって昇るヤツで行かなきゃいけないワケ?
 ……あれ気持ち悪いのよねぇ」
「あなたが本部で迷子になってる間に使徒が到着したらどうなるか、少し考えれば分かるはずだけど?」
「う゛……わかったわよ……それじゃ、ちょっと行ってくるわ」

 ミサトが再び欠伸しながら発令所を出ていく。

 それと入れ替わりに入ってきたのはプラグスーツ姿のシンジとレイ。

「あのー……僕たちはどうしたらいいんでしょう」
「おはようシンジくん、レイ。あなたたちはここにいて見ていてちょうだい」
「見てる……だけですか」
「葛城一尉と使徒との戦いを見て、使徒の殲滅手段を研究する仕事だと思ってくれればいいわ。実際、動かない初号機を発進準備させるのも予算の無駄だし、ここにいてくれた方がいいのよ」
「わかりました。使徒を見てればいいんですね」
「あら……シンジくん、その怪我はどうしたの?」

 リツコはシンジの顔を見て眉をひそめる。

「あ、いえ、これは……」

 さすがに「使徒に操られていた少女の兄に殴られました」とは言いづらく、口篭もるシンジ。
 リツコはあえて聞き出そうとはせず、目線を隣りへ向ける。

「……レイ。シンジくんを医務室へ案内してあげて」
「はい」

 リツコは申し訳程度に巻かれた包帯から、レイの怪我がもうほとんど治っている事を見て取った。

(失敗したわね……零号機の再起動実験やっておけばよかったかしら。……いえ、無理ね。包帯が取れないうちは司令が許可するはずないわ……)

「処置が済んだらすぐに戻ってきてちょうだい」

 リツコはドアから出ていくシンジたちの背中に声をかけ、スクリーンへと向き直る。

「目標は発進ルートの軸線に乗りました」

「マヤ、もう上げてしまっていいわ。ただし、速度は押さえて、ミサトを弾き飛ばさない程度にね」
「了解。―――進路オールグリーン、葛城一尉、出撃します……えっと、これだったかしら」

 おそるおそる、ピッ。

 グイーーーーーーーーン。
 ミサトを乗せた昇降機は地上へ向けて上昇を開始する。

 仁王立ちして目を閉じているミサト。集中しているのか、考えを巡らせているのか。

 それとも居眠りか。




 トウジは、ケンスケの欲望に正直な説得に負けて、山間部の非常ハッチから神社の敷地へ出ていた。

 ビルの影から姿を現す使徒。平たく飛行していた形態から、ぐぐっと折れ曲がって着地する。
 そして光る紐のようなモノが二本、人で言えば肩に当たる部分からしゅるっと伸びて臨戦態勢。

「おおっ、あれが使徒かぁっ。これぞ苦労の甲斐もあったというもの……おいトウジ、見ろって!」

 トウジは腕組みをしたままやぶ睨みしている。

「ワシは興味ないゆうとるやろが。お前だけ好きなだけ見たらええやろ」
「そう言わずに見てみろって、スゴイから」

 ビデオの撮影をしながらトウジの脇腹をひじでつつくケンスケ。
 渋々顔を向けて、ビルの谷間にたたずむ使徒の姿を視界の隅に入れるトウジ。

「なんや、たいした事あらへん―――」

 使徒の身体がこちらを向いているのを見てトウジは言葉を失う。
 巨大で奇妙な生物から伸びた光る紐が、ぴろぴろぴろぴろ動いている様は見ていて気持ちいいものではないが、そのせいではない。そんな単純な嫌悪感を超えた何かが、第六感に触れたのだ。

 トウジが使徒を睨み付けるかたわら、ケンスケは喜びの声を上げる。

「おおおっ、なかなか分かってるじゃないか! ナイスカメラ目線だ使徒っ!」
「アホか。なんであの化け物がお前のカメラに愛想振りまかなあかんねん……」

 声に張りが無い。自分でもそう思う。
 緊張している。震えている。何かは分からないが、自分は何かに恐怖している。

 巨大な使徒の身体の中心で鈍く輝く紅い球体に、視線が吸い寄せられる。
 その色が……赤から茶色……そして黒へと変わった。
 するとうねうね動いていた光る紐も、輝きを失ってだらんと垂れ下がる。


……憎いか……


「……おい、今お前何か言うたか」
「いいや、何も。……どうかしたのか?」
「……何か聞こえへんかったか?」
「……いいや」
「そうか……」


……葛城ムーンが憎いか……


「やっぱり聞こえるで……」
「何がだよ?」
「誰や! 何かワシに用があるんか?」
「いきなり何言ってるんだよトウジ」
「何かは知らんが出てこい! 相手になったるわ!」


……力をやろう……葛城ムーンを消せ……


「―――うっ! ぐぁあああっ!」
「どうした? おい、大丈夫か!?」

 突如、強烈な頭痛がトウジを襲った。両手で頭を抱えて唸るトウジにケンスケが声をかけ、肩に手を置く。
 だが、トウジはそれを振り払って、よろよろと2、3歩足を進めると、ばったりとその場に倒れた。

「トウジ!!」

 ケンスケはトウジの側にかがみこんで身体を揺する。

「おい! しっかりしろよ!」
【う……】

 寝起きのように呆けた顔をしたトウジがのっそりと身体を起こし、ぶんぶんと首を振る。

「具合悪いなら戻るか?」
【いや……ワシなら大丈夫や。それよりしっかり撮っときや。葛城ムーンと……このシャムシェル様の戦いを】

 トウジは笑っていた。
 今まで見せたことも無い邪悪な笑みを頬に張りつかせて、使徒を見つめていた。

「シャム……何だって……?」

 いぶかしげな表情のケンスケは気付かなかったが、その時トウジの瞳は鮮血のように鮮やかな赤い色をしていた。



「諜報部特殊効果部隊より作戦準備完了の報告が入りました! いつでも撮影開始できます!」
「構わん。撮影を始めるよう伝えてくれ」
「了解!」

 青葉の指示で地上に散った情報収集のエキスパートたちが各自動き出す。
 次々とカメラから映像が届き、それらの構図をチェックしてカメラワークを組み立てる青葉。

「葛城一尉、地上まであと100です」
「よし、1カメさんぐっと寄って、葛城一尉を―――なんだ!?」

 モニターに表示されていたパターン青、の文字が消えた。代わりに―――

「パターン・オレンジ、第参使徒の時と同じね。……構わないわ、作戦通りミサトが地上に出たら兵装ビルから攻撃。使徒がATフィールドを張ればミサトが中和、殲滅よ。―――日向ニ尉」
「兵装ビルの攻撃準備も完了しています。いつでもやれますよ」
「葛城一尉、地上に到達しました!」

 せり上がる搬送ボックスがズシンと停止。そのシャッターが開いた。
 狙いを定めていた望遠レンズが、ボックスを出て使徒を見上げるミサトを捉える。

『―――動いてないみたいだけど?』

「使徒のパターンはオレンジのままです。その他にパターン青の反応ありません」
「既にその使徒は停止しているわ。周囲にコアを持った人間が潜んでいる可能性があるから気をつけて」




「おっ出てきたかな? ……なんだ、ここからじゃビルの影になって見えないなぁ」

 カメラを構えたまま右に左にと移動して、なんとかミサトの姿を収めようとするが、適わず落胆するケンスケ。
 トウジは凍りついた笑みのまま、街を眺めている。

(さぁ、間抜け面さらして行けや葛城ムーン! ひょこひょこ鞭のレンジに入った時が最後や。生きては帰さんで……)




 リツコは白衣の下から黒いネコ耳を取り出すと、頭部に装着した。
 そして、マヤがじっとこちらを見ているのが非常に気になるので彼女に背を向けると、ぐっと拳を握ってプロテクト解除のキーワードを唱える。

「ミサトちゃん……変身よっ……」

 すぐにネコ耳を外そうと手をかけるリツコ。だが。

『……あのーリツコ? 悪いんだけど、声小さくて届かなかったみたいで、もっかいやってくれるー?』

 ロザリオを握ったまま苦笑を浮かべるミサトの声に耳を刺され、ネコ耳をつかんだままリツコの動きが固まる。
 ……やがて小さく溜め息をついて、すうーっと肺を膨らませ、吐き捨てるように言った。

「……ミサトちゃん変身よっ!(何度も言わせないでよ……)」
「先輩!」
「(びくっ)な、なにマヤ?」
「お願いがあるんですけど……」

 瞳を輝かせるマヤの視線の先には、黒いネコ耳があった。
 意図を汲み取ったリツコは額を押さえてかぶりを振る。

「……ダメよ。これはロザリオの力を制御するための大切なキーなの。オペレータとしても半人前のあなたには任せられないわ」
「そんなぁ、まだ何も言ってないのに……。分かりました……じゃぁ、頑張って先輩に見とめられるようなオペレータになります!」

 宣言したマヤはそれまでより3割増しくらい真面目にコンソールを操る。

(何でこんなモノのために真剣になれるのかしら……)

 科学で解明できない謎はひとつ増えたが、ロザリオの封印は解かれた。




「シルバーーーーロザリオパワーーーーーーッメーーーーーイクアーーーップ!!」

 掲げられた銀の十字から放出された光のリボンが、ミサトの身体と融合して姿を変える。
 セーラー服のような、レオタードにスカートが着いたような、手足の露出したプラグスーツのような。

「―――よしっ、行けるっ」

 発令所では葛城ムーンの残り稼働時間カウンター『葛城』が表示され、減少を始めている。

『葛城一尉、残り稼働時間4分53秒です』
『ミサト、名乗り上げる部分は前回撮ったバンクシーンを使うからしなくていいわ。すぐにATフィールド全開で援護射撃の巻き添えを避けて』

「オッケー! ギリギリまで近づくけど、気にしないでバンバンやってよ日向くんっ!」

 言うが早いかミサトは人間とは思えない滞空距離のジャンプで、軽快に使徒への距離を縮めていく。

『は、はいっ!』

 名前を呼ばれてちょっぴり嬉しそうな日向。




「葛城一尉ATフィールドを展開!」
「―――日向ニ尉」

 またネコ耳を外し忘れたリツコが冷静に指示を飛ばす。

「第15、18、21兵装ビル攻撃開始します!」

 日向の操作でスクリーンの地図上にぽぽぽっと赤い点が灯る。




【……なんや?】

 葛城ムーンを油断させて不意打ちするべく、わざと活動を停止して無防備になっているシャムシェル。
 その周囲のビルからジャキンジャキンと銃口が伸び、巨大な的へ向けられる。
 ―――斉射!

 シュドドドドドドドドド―――ドゴゴゴゴゴゴォォォンッッ!!

 連続的な発射音と共に弾頭は使徒の表皮で爆砕する。

【ぐっ……な、なるほど……これでサキエルはやられたっちゅうことか……】

 トウジは心臓に刺さるような痛みを覚え、胸を押さえて顔をしかめる。

【こらあかん……作戦変更やな……】
「なにブツブツ言ってるんだよ?」
【撮り損なうなや。今、目の前でドンパチ見せてやるわい】
「はぁ? お前……やっぱりどっか悪いんじゃないか? シェルターに戻った方が……」
【だぁって見とれ!】

 怒声と共にトウジの瞳が光った。

 シャムシェルのコアが茶色までパワーを取り戻す。




「―――使徒のパターン、反応は微弱ですが再び青に変化しました!」
「使徒ATフィールド展開! 攻撃は遮断されています!」
「なんだこれは……!? 旧市街部付近にもうひとつパターン青の反応をキャッチ!」
「なんですって?」

『きゃぁぁぁぁっ!』

「―――ミサト!?」
「葛城ムーン、使徒の紐状部分により捕獲されました!」
「小さくて見えないわ! 拡大して!」

 全身をぐるりと、光と高熱の鞭で取り巻かれ、苦悶の表情を浮かべるミサトの姿がスクリーンに映る。




【このまま握りつぶしてやってもええ……せやけど、それではあかんねや……】

 怒りに拳を震わせながらトウジは低く呟いた。

【来いっ! 決着つけたるっ!!】
「トウジ……お前、その目はどうしたんだ!?」
【トウジやと……? 知らんなぁ……ワシは第四使徒シャムシェル様や!】

「お前……まさか……」
 
 ―――ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅドゴォォッ!!

 カメラを構えるのも忘れて立ち尽くすケンスケのすぐ側に、放り投げられたミサトが着弾する。
 飛び散る土砂。

「うわぁっ! な、なんだ敵襲かっ!?」

 咄嗟に腕で顔を覆うケンスケ。仁王立ちでミニクレーターを睨んでいるトウジ。

【寝とるヒマはあらへんで。はよ起きいや、葛城ムーン!】

「くっ……かはっ……」

 シャムシェルの鞭に焼かれ、地面に叩きつけられたミサトは既に常人なら死んでいるはずのダメージを負っている。スーツによって守られているとはいえ、無傷ではありえない。
 それでも気力を奮い起こして、必死に立ちあがる。

 そして、向かい合う二者。

「トウジ……」

 傍観者。

 シャムシェルが飛行形態を取り、ゆっくりと浮遊してトウジの元へと向かう。




 上空を旋回していた武装ヘリからの映像がスクリーンの中央にどーんと居座り、そこに映る部外者のIDデータも表示された。

「シンジくんのクラスメイト? 何故こんなところ……まさか―――青葉二尉、もうひとつの反応はどこなの!」
「彼です! あの少年から発生しています!」

 スクリーンの光点が葛城ムーン、使徒の他にトウジを指し示している。

「そう……日向ニ尉、葛城ムーンのプロテクト解除の時間が欲しいわ。武装ヘリに援護させて」
「無理です! 側に民間人がいるんですよ!?」
「―――葛城ムーン、プログロッド装備!」
「か、葛城ムーンの(くす)残り稼動時間(ふふふ)3分を切りました!(あははは)」
「時間がないのよ。何とかしてあの少年の動きを止めて」




【ワシはあんたを殺さなあかん……殺しとかな、気が済まんのやぁぁぁっ!!】

 シュバッ、シュババッ!
 トウジの両手から伸びる光の鞭が次々に繰り出され、かわす葛城ムーンの足元に爪あとを残していく。

(くっ……これじゃロッドが使えない……!)

【どうした!? 逃げることしかでけんのか葛城ムーン!
 根性みせやぁぁぁぁっ!!】

 苛烈なまでの押しの一手。
 復讐の刃をなんとか避けながらミサトはトウジの隙を窺う。が、変幻自在に形を変える光の鞭に死角は見えない。

「あっ……!」

 草に足をとられ転倒するミサト。
 トウジの瞳がギラリと輝いた。

【妹の仇じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!】

 ぐわっと両手を振り上げるトウジ。そして光の鞭は空気を裂いて葛城ムーンを襲う!
 ヒュヒュンッ!
 ―――ひゅっ―――ガシャン!!

 しかし鞭が切り裂いたのはミサトではなく、視界を遮るように飛来したカメラだった。

 トウジは殺意の篭った視線をカメラの持ち主へ向ける。

【なにさらすのやケンスケ!】
「トウジ! お前はそれでいいのか? そんな事して妹さんが喜ぶとでも思ってるのか?(うっわぁ〜クサイ台詞! こんな事オレが言うとは……世も末だな)」
【アホなこと言うんやないで! 葛城ムーンを倒すんが、ワシら使徒の使命や、な…い……か……】

 使徒……誰が? 使命……なんだそれは?
 自分の口から出た言葉に衝撃を受けて脱力するトウジ。

「違うんだよ。人を殺したいなんて思ってないんだよ、トウジは(そんな度胸ないもんな、お前には)」
【ワシは……】
「(よし、とどめだ)お前がいなくなったら妹さん、病院でひとりになるんだろ?」
【ワシは……うっ、ぐ、ぐぁああああああああっ!!】

 トウジの瞳が赤と黒にチカチカとめまぐるしく変色し、割れるような頭痛に頭を抱えたトウジはその場に倒れて暴れる。

(チャンス!)

 ミサトは跳ね起きてプログレッシブ・ムーン・ロッドを構える。




 隙は見逃さない。
 リツコは日向としていた相談を中断して、スクリーンに目を向けた。

 もう二回言わされるのはイヤだったので、お腹に力を篭めてしっかり声を出す。

「―――今よっ、葛城ムーン!!」

 リツコの頭の上で存在を忘れられていた黒いネコ耳型インターフェイスが、命令を受けて解除信号を発する。




 封印の解除を受けて、プログロッドを手に華麗に舞う葛城ムーン。

「ムーーーーーン・プリンセスーーーーーーー・ハァァァレルヤーーーーーーーーーーーっっ!!」

 真の力を解き放たれたロッドがトウジに向けられて輝きを放った。
 ロッドの先端から溢れ出す爆発的な閃光が浴びせられる。

 びくんっ、と硬直したトウジの目が見開かれ、震える唇から言葉がもれる。

【リ………リバースなんやな……そうなんやな……】

 しかし、トウジからコアが露出する気配はない。

【―――リバぁぁーーーーーーーーーーーーースやぁーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!】

 光の奔流の中で絶叫するトウジの瞳は赤から黒に戻った。
 目を閉じたトウジは静かに倒れる。

 急激に力を失い、足ががくがくと震えて膝をつくミサト。

「……つ、疲れるわね……」

『ミサト! まだ巨大生物が残っているわ!』

 見上げると陽光を遮って浮遊する使徒の姿があった。
 ようやくたどりついた使徒本体は、トウジに与えた力を失い、黒に近いダークブラウンのコアを弱々しく輝かせながら、身体を曲げて着地する。
 しゅるしゅると動く紐の動きもキレがない。

「―――なんか、もう死にかけてる…みたいだけど……?」

 プログロッドを握る手に力を篭めてミサトは懸命に立ちあがる。

『葛城一尉、残り稼働時間20秒です!』

 ミサトは唇を湿らせながら、目を細めた。

「時間がないか……仕方ない、一かバチか!」

 ミサトはぐっと足場を固めて、プログロッドを持った手を大きく振りかぶった。

「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ぶんっ!と投擲する。
 ぶおんぶおんと回転しながら、巨大使徒のブラウンのコア目掛けて一直線に飛ぶプログロッド。

 それは、すっかり弱まってATフィールドも満足に張れなくなっている使徒のコアに直撃!
 バチバチバチバチッと大量の火花を散らしながら、コアに突き刺さった。

「よぉっし……! 殲…滅………完、了……」

 今度こそ完全に力を使い果たしたミサトは、その場に倒れ、静かに寝息を立て始める。




「葛城一尉、活動を停止!」
「目標は完全に沈黙しました!」

「―――葛城ムーンと民間人2名の回収急いで!」




 医務室で治療を終えたシンジが、レイと一緒に発令所に戻ってきた時には、既にリツコ、マヤ他主要メンバーは出払ってしまっていた。

 慌ただしく行き交う職員を見ながら、シンジは所在なげに笑顔を見せた。

「……終わっちゃったみたいだね。ごめんね綾波さん、僕のせいで戦闘見られなくて」

 また、笑う。何のために、彼は笑うのだろう。
 シンジの笑顔が理解しきれないレイは目線を外して告げた。

「命令だもの。碇君は悪くないわ」
「そうだ、赤木さんに言って記録もらえばいいよね。……どこ行っちゃったのかな」

 キョロキョロするシンジの後ろから冬月の声が降って来る。

「赤木博士なら使徒の亡骸を見に行っているよ。記録なら後で届けさせるから、君たちは先に帰るといい」
「え……あ、副司令さん、こんにちわ」

 振り返ったシンジがぺこんと頭を下げる。
 その姿を見て(碇と違っていい子だな……)と思いながら冬月は、

「今日は葛城一尉も疲れているだろうし、精のつくものでも作ってやってくれ……では私も失礼するよ」

 と言うと、さっさと発令所を出ていってしまった。




 夜、ミサトは思いの外早く帰ってきた。
 玄関まで迎えに出るシンジ。こういう甲斐甲斐しいところがミサトのお気に入りだ。

「―――多分ね、2度目だから慣れてきたんだと思うわ。あ、これ、今日の戦闘記録。お風呂上がったらまた一緒に見ましょうねん♪」
「あ、それだったら綾波さんも」
「レイのところにはリツコが持っていってるはずよ」
「そうなんですか……」

「何よぉ、残念そうな顔しちゃってぇ〜……もしかしてシンジくん……レイのこと」
「えっ、ち、違いますよっ」
「またまたぁ、別に隠さなくてもいいじゃないのよぉ、お姉さんに教えてみってば」

「それよりもっ、今日は頑張ってくれたミサトさんのために、僕も頑張っていろいろ作ったんですよ。早く食べてみてくださいよ!」
「へぇ〜、そりは愉しみだわねぇ」

 ご馳走といえばステーキを思い浮かべるミサトの頭の中が、豪華な肉料理の想像で埋められていく。

 そして、廊下を抜けてキッチンへ。
 そこには食欲をそそる料理の数々が……乗っていたであろう空の食器が並んでいた。

「……あれ?」

 目が点になるシンジ。
 ピキーンと勘に触れたミサトはテーブルの下を覗きこむ。

 満足そうに惰眠をむさぼるペンギンを発見。
 過去の事例と照らし合わせても、原因は明確だった。

「こ……こぉんのゴク潰しがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「あっ、ミ、ミサトさんっダメですよっ! 相手は罪の……あるけど、動物なんですからっ!!」
「ええいっ止めないでシンジくんっ! 今こそ正義の鉄槌が下される審判の時なのよっ!!」
「くわっ!? くっ、くわぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」
「天誅ぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「あああっ、ペンペンが……ペンペンだったものにぃ〜〜っ!」

 暴走するミサトが空腹で倒れるまで、ペンペンの悲劇(あるいは自業自得)は続いたと言う。




 勢いの強い雨粒がグランドを抉るようにざぁざぁと降り注いでいる。

 だらだらした空気が流れる昼休み。
 窓から雨を見るふりをして、窓に映るシンジの姿を見て何事か思いにふけっているレイ。

 パソコンで作業をしていたケンスケが顔を上げて声を出す。

「おーい碇、ちょっといいか?」
「ん? なに?」

 呼ばれたシンジが、ちょいちょいと指差された画面を覗き込むと、そこには葛城ムーンの衣装の絵が描かれていた。

「どうだ、こんな感じだろ。葛城ムーンのコスチューム」
「うん、そっくりだよ。上手いね相田くん」
「そんな他人行儀な呼び方すんなよ。ケンスケでいいって」
「あ、うん……」

 嬉しいと同時に少し恥ずかしいシンジは歯切れ悪く頷く。
 そして、何気なくトウジの席を見て、ふと寂しげな目をすると、ぼそっと呟いた。

「今日で3日目か……」
「オレがコッテリ叱られてから?」
「鈴原くんが入院してからだよ」
「……お前はたいしたヤツだよ。自分を殴った相手の心配できるんだもんなぁ」

 言いながらも手は「図解・葛城ムーンのひみつ」作成に動き続けている。

「それとこれとは別の話で……」
「気になるなら電話でもしてみるか? ほら、病院の電話番号」
「……うん。ありがとう」

 ケンスケから受け取ったメモを手に教室を出ていくシンジ。




 廊下に設置された公衆電話の受話器を取り……携帯を持っていた事を思い出したシンジ。
 緑の受話器を戻すと、黒い携帯電話を取り出す。

 メモを見ながらダイヤルしようとした瞬間。


 ♪〜♪〜♪〜♪〜♪♪♪♪〜♪♪〜♪〜
 ざーんーこーくーなてんしーのてーぜー


「うわっ」

 急に鳴り出して驚かされるシンジ。

 ふぅ、と息をついてから受信ボタンをぴっと押した。
 耳に当てると、聞き慣れた声が流れてくる。ただし、そのトーンは沈んでいて、かなり低い。

『シンジくん……大変なのよ……』
「どうしたんですか!? まさか、鈴原くんに何か!?」
『へ? 鈴原くんって?』

 違うらしい。
 少し安心したシンジは、じゃぁなんだろう?と目をぱちぱちさせた。

「違うならいいんです。それで、何があったんですか?」

『ええ、それがね……
 ……ペンペンが家出しちゃったのよぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

「はぁ!?」







つづく 

 
1999/08/15 初版。
1999/08/28 誤字修正。
1999/08/30 また修正。間違い多いの。

「ペンペンをいじめる奴は許さん!」なお怒りは三笠どらまでどうぞ。

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