「目標に再び高エネルギー反応!」

 円周部を加速、収束していくエネルギー。蒼いキューブの砲撃が兵装ビルを貫いて零号機の胸部を焼く。

『―――!!!!!!!!!!!!!!―――』

 レイの悲鳴が耳を激しく叩く。
 エントリープラグ内に充満しているオレンジの液体、LCLから酸素が分離して泡を作り、上へと立ち上る。

「戻して! 早くっ!」

 沈んでいく零号機に浴びせられつづける加粒子砲、それはまるで零号機と使徒が光のコードによってつながっているかの如く追尾して舗装道路をも切り裂く。

 爆発が起こり爆炎が上がると、使徒は零号機の反応を見失ったのか砲撃を止めた。

「目標、緘黙!」
「レイはっ?」

 日向の座る椅子の背もたれに手をかけて身をかがめたミサトがスクリーンを凝視したまま日向に問う。

「生きています」

 そう聞くが早いか昇降機に飛び乗るミサト。

「ケイジへ行くわ。あとヨロシク」
「あっ、ぼ、僕も行きます!」
「シンジくんはここに居て」
「ミサト! あなたこそここで待機すべきよ。シンジくん、行ってあげて」
「は、はい!」

 ミサトを押し出すように昇降機を占領したシンジがケイジへと沈んでいく。
 それを目で追い唇を噛んだミサトは、振り向いて使徒の映像を睨みながら呟いた。

「もっと早く気付いてれば……」
「無人偵察機は攻撃開始するまで撃墜されなかったわね」
「ミサイルがATフィールドの表面で爆発した後に撃ち落されたから、攻撃するまでは大丈夫だって過信してた」
「近づいた高エネルギー体を探知しているのかしら?」

『零号機、固定完了』

 ケイジからの映像では回収された零号機が固定される様子が見て取れる。えぐられた胸部が痛々しい。

「パイロット、心音微弱。生命維持装置最大、心臓マッサージを行います」

 日向の操作でレイのプラグスーツの一部がぐっとへこんだような動きを見せ同時にバスンと電気的なインパクトを生じ、苦しげに喘ぐレイの身体がびくっと震える。

「パルス確認! 続けてエントリープラグ強制排出!」

 機械の手で引っ張り出されるエントリープラグ。
 さらにLCLの強制排水が行われ、プラグ各所からオレンジの液体が噴出された。



「いいからハッチを開けてください! 早く!」

 シンジが受話器を持って誰かに訴えている。

 お願いが通じたのか、クレーンがエントリープラグからシートを掴んで取り出す。
 ぐったりと目を閉じたレイが、手すりから落ちそうに身を乗り出すシンジの眼前を通り過ぎた。

「綾波……」

 救い出されたレイは給気マスクに口を覆われ、担架に乗せられて病院の廊下を運ばれていく。
 早足で後を追いかけるシンジ。

 レイを乗せた担架とそれを押していた看護婦は、無機質で物々しい医療設備を備えた部屋に吸いこまれ、扉は堅く閉ざされた。
 『緊急処置』と書かれた赤いパネルが扉の上からシンジを見下ろすように光る。

 立ち尽くすシンジは掌ににじむ汗を無意識に、プラグスーツのスコート部分でぬぐった。



 一方その頃、その蒼く輝くボディに第3新東京市の風景を映りこませながら飛来したラミエルは、ネルフ直上で進行を停める。
 ラミエルは八面体の下半分……逆さピラミッドの頂点から、光る紫色の鉛筆のような形状のシールドを伸ばした。

 舗装道路を削り、地下深く沈んでいくシールドの傍で、信号機が赤い光を明滅させ無人の都市に警告を放っていた。





 

美少女…よりも美獣のほーが似合いそーな…戦士

葛城ムーン

第6話

「砲手はミサト?使徒ラミエルの熱線」

 





 ギラギラと刃のような眼差しを投げかける太陽を映して青い水面は白い光を踊らせる。

 初号機をかたどった1分の1バルーンダミーが、芦ノ湖対岸から船に引かれてラミエルを目指して進んでいく。
 遠隔操作で初号機の右腕が上がった。
 手には本物のパレットガンが据えつけられており、これも遠隔操作で発射できるようになっている。反動でダミーがぶれて照準が狂う恐れがあるので実際に撃つ事は出来ないが、エネルギー体や兵器の類を認識する能力の有無を確かめる意図で持たせてあった。

 ラミエルが光り、盛大に水柱が上がる。



『敵、加粒子砲命中。ダミー蒸発』

「次」

 トンネルから動力車に引かれて出てくる独12式自走臼砲。横向きにビームが出そうな太く短い砲身が載っている。
 オレンジ色のフィルタをかけたように周囲の景色を染めながら発射された砲撃は、ラミエルの手前で六角形のピンクの光に弾かれて方向を変えた。
 直後、再びラミエルが光り、今度は水でない柱が轟音とともに上がる。



『12式自走臼砲、消滅』

 睨みつけるように状況を見ていたミサトは、肩の力を緩めた。

「なるほどね」

「―――これまで採取したデータによりますと、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと、推測されます」
「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。しかも相手の攻撃能力を察知し、害を成し得ないと判断した場合には無視を決め込む程度の知恵もあることが、範囲内の芦ノ湖を遊覧していた海賊船の乗員からの証言で分かっています」

「待てい」

「何ですか」
「非常警戒宣言が発令されてて誰であろうと立ち入りを禁止されているエリアにどうして民間の遊覧船が浮かんでるの!」
「なにぶん海賊ってのは気性が荒いですからねぇ、警報ぐらいで船を降りるのはプライドが許さなかったんでしょう」
「ああ、なるほど、船から降りる時は俺が決めるって言う船長以下荒くれ者が集まって……って観光用のお船でしょーが! そのバカ船員ども連れてきなさいっ!」

 かなり本気で怒るミサトに、ちょっとジョークが過ぎたかと反省した日向が咳払いをする。

「ホントのところは逃げ遅れただけのようです。幸い船員の誰にも使徒の反応は出ませんでしたし、乗組員たちも妙な行動を取った者は居ないと言っています。未だ使徒は単独行動を取っていると判断して良いでしょう」
「そうすると……良かったとは言いきれないわね」
「確かに、肉眼で相転移空間を確認できる程強力なATフィールドと、兵装ビルを貫通しエヴァをも溶かす加粒子砲を備えているとなると……」
「攻守ともにほぼパーペキ。まさに空中要塞ね。人質を取る必要もありませんって言われてるような気がしてくるわ」

 そして向かうところ敵無しのラミエルは直径17.5メートルのシールドでネルフめがけて目下掘削に夢中である。

「明朝、午前0時、06分54秒。その時刻には22層全ての装甲防御を貫通してネルフ本部へ到達するものと、思われます」

「(あと10時間足らずか)……で、こちらの零号機の状況は?」



「胸部第三装甲板まで見事に融解。機能中枢をやられなかったのは不幸中の幸いだわ」
「あと3秒照射されていたらアウトでしたけど……」

 リツコとマヤの前をかろうじて装甲板らしき形を留めたモノが通りすぎる。

『―――3時間後には換装作業終了予定です―――』

 初起動直後の実戦という悪条件に敗退したとも言える零号機を修復するため、第7ケイジを走りまわる技術者たち。



「―――状況はかんばしくないわね」

 レイの様態は神経パルスの僅かな上昇を除いて異状は無い。しかしレイはエヴァによる実戦経験が砲撃を受けていた間の数秒しか無く、またラミエルのATフィールドを中和できるかどうかも分からない。そして訓練の時間も無い。
 また葛城ムーンに変身したとしても、まだまだ現役当時のコンディションには程遠く、やはりあの強力なATフィールドは破るに至らないだろう。

 かんばしくないどころか絶望的である、と日向は感じた。

「白旗でも揚げますか?」
「その前にちょっち、やってみたい事があるの」





 エスカレーターを降りるミサトとリツコ。リツコは一段上からミサトの肩に声をかけた。

「しかし、また無茶な作戦を立てたものね、葛城作戦部長さん?」
「無茶とはまた失礼ねぇ。残り9時間以内で実現可能! おまけにもっとも確実なものよ」
「これがねぇ」

 呆れたような声を出すリツコ。
 確かにミサトの出した案「目標のレンジ外からの高エネルギー収束体によるATフィールドの一点突破」にはMAGIも賛成意見を出している。反対する理由もない。

 壁に埋め込まれた巨大な銃器を見上げながらリツコは訊いた。

「ウチのポジトロンライフル(陽電子砲)じゃ、そんな大出力に耐えられないわよ。どうするの?」
「決まってるでしょ、借りるのよ」
「借りるって……まさか」
「そ♪ 戦自研(戦略自衛隊技術研究所)のプロトタイプ」

 事も無げに言い放つミサトの笑顔に、やっぱりリツコは呆れる他無かった。

「借りるのはいいけど……戦自研からここまで、どうやって運ぶつもりなの?」
「へ?」
「いいことミサト、ポジトロンライフルは精密機器なのよ。輸送にも細心の注意が必要なの。毛布巻いてトラックに載せておしまい、なんてワケにはいかないのよ?」

 そこまで言われてようやくミサトは気付く。

「……零号機の修理って」
「まだ2時間かかるわね。それにレイもまだ目覚めてないわ」
「じゃあ……」

 レイが起きるまで待って。わざわざ戦自研まで出向いて。時間が無いからと無理矢理嫌がる戦自研から強奪して。持って帰ってきてエヴァーが使用できるように改造して。それを射撃地点まで持っていく。
 改造にどれだけの時間が必要になるかは技術局に聞いてみないと分からないが、6時間足らずでは厳しいかもしれない。

 腕時計を見てさーっと青ざめたミサトは、がばっとリツコの白衣の襟をつかんだ。

「あと1時間でなんとかして、お願い」
「無理よ。もし零号機がなんとかなっても、専属パイロットが寝てるんじゃね」
「そこをなんとかぁ〜〜! 今人類の未来はリツコの双肩にかかってるのよぉ〜〜」
「情けない声出さないでよ……要請はするけど、期待はできないわよ。それでなくてもギリギリの予定なんですからね」
「そうこなくっちゃ! さんきゅっ、恩に着るわ! じゃよろしくぅっ!」

 ぱっと明るさを取り戻したミサトは、一分一秒ごとにカシャカシャと音を立てて下がっていく8.7%の勝算を惜しんで駆け出した。リツコは頭の中でスケジュールを圧縮しながら溜息をつく。

「いざとなったら司令でもコアに詰め込んで初号機を使う他ないかしら……」

 どうせ委員会から予算取る以外に仕事してないし。





「……以上の理由により、この自走陽電子砲は本日15時より特務機間NERVが徴発致します」

 日本国政府お墨付きの強制借用ライセンスたる徴発令状を見せながらミサトは、戦略自衛隊つくば技術研究本部の皆さんを困らせていた。

「かといって……しかし、そんな無茶な……」
「可能な限り、原型を留めて返却するよう勤めますので。では、ご協力、感謝致します!」

 内心、時間に追われてあくせくしているがそんなそぶりはおくびにも出さず、超然と振舞うミサト。

「いいわよ、シンジくん! 持っていって!」

 ミサトが何故か天井に向かってそう言うと、格納庫の屋根が持ち上げられ零号機がおっかなびっくり覗き込んできた。
 零号機は外した屋根を脇に置くと、危なっかしい手つきで自走陽電子砲を運び出す。

「精密機械だから、そーっとねー」

 ガシャンとかパリンとかイヤーな音を立てつつ零号機が見えなくなる。
 さっき初めて歩いたくらいだから仕方ないけれど、こけるなよー…こけたらシャレにならないぞー…とミサトは祈るのだった。

「――しかし、ATフィールドをも貫くエネルギー算出量は、最低1億8000万キロワット。それだけの大電力をどこから集めてくるんですか?」

 連れだって来ていた日向は、初めて肉眼で見るエヴァが動く光景に、少なからず感動を覚えながら尋ねた。

「決まってるじゃない」

 ミサトが自信を瞳にたたえて振り向く。髪がふわりと広がる。

「日本中よ」





『番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝え致します。本日、午後11時30分より明日未明にかけて、全国で大規模な停電が―――』

「なんや、コレは」

 ゲーム機のコントローラを握ったまま、トウジとケンスケは突然割り込んできたニュースを呆然と眺める。

「ゲームにまで割り込んでくるんだから、災害速報級の優先度って事だよな」
「……ちゅうと、ネルフか」
「だろうな。停電か……これはもしかするともしかするかもしれないぞ」

 ケンスケが手持ちの情報からヒットを引いたらしく、ニヤリとマニアパワー全開の笑みを漏らす。

「もしかすると、コスプレ姐さんの出撃かいな?」

 一応コスプレ女から姐さんにランクが上がっている。

「違うよ、葛城ムーンは電気を使わないだろ? エヴァだよ、エヴァンゲリオンさ」
「葛城ムーンは電気を使わないんか? そうか、ほならどないして光っとるのやろなぁ」
「くぅ〜〜〜っ、こうしちゃいられないぞ! さっそくパパのデータを失敬して、どこから出撃するか調べなくちゃな!」

 すくっと立ち上がるとパソコンを起動し、楽しそうにキーを叩き出すケンスケ。こういう時のケンスケの動きの速さは常人たるトウジには捉えられない。ちょっとブレて見えるくらいだ。

「あの使徒とか言うやつらも目的がよう見えんかったな。あないに地味なペンダント奪ってどないしようとしとったんやろなぁ」
「おおっ、ここなら学校から見えるな! よし、行こうぜトウジ! S席クラスだぜ!」
「あ、ああ……別に構わんが。ところで……そのエヴァなんとかってのは、何なんや?」
「くっくっくっ、そいつは見てのお楽しみさ。お、そうだついでにクラスの奴らも何人か誘っていくか」

 ひじから先が見えなくなる程のスピードで携帯電話を手にしたケンスケが、タイピング練習ソフトの如くボタンを押していくのを呆れた顔で眺めるトウジ。

「ネルフがらみの話は内緒とちゃうんか?」
「気にすんなって。葛城ムーンに比べたらエヴァなんておもちゃみたいなもんさ。だいたい必殺技のひとつもなくっちゃぁこの新世紀渡って行けないぜ!」
「そういうもんかいな。ま、いいっちゅうならかまわんが……」

 遅くなりそうやからウチに電話入れといたほうがええかな、とトウジは頬をぽりぽりかいた。



『―――停電があります。皆様のご協力をよろしくお願いいたします』

 現在の首都・第2新東京市、広報ヘリの飛ぶ鹿児島県新枕崎市、セカンドインパクトの傷痕も既に見られない北海道別海市、一部旧市街が水没している山口県宇部市、カラスの鳴き声だけが響く無居住地帯旧東京市三鷹区、などなど日本中を停電の報が駆け抜けていく。

 そして夕闇を背にドリル三昧のラミエルのシールドが第7装甲板を突破したころ。

 ネルフ本部総合作戦司令室発令所では、初の葛城ムーン以外の手段による使途殲滅を目論んだ作戦準備が進められているのだった。

「―――エネルギーシステムの見通しは?」

 全国の発電所から電気を持ってくるという奇抜な発想は、多量のケーブルを敷設するという地道な方法で実現されようとしている。
 車道を占拠して走るケーブルの束は、神奈川県新小田原市民が10年でも使い尽くせぬ程のエネルギーを伝送できる。

『現在予定より3.2%遅れていますが、本日23時10分には何とか出来ます』

「―――ポジトロンライフルはどう?」

『技術開発部第3課の意地にかけても、あと3時間で形にしてみせますよ!』

 電磁光波火器担当技術者も、かつて無い重要なプロジェクトの中核を担う立場にテンションが上がっているようだ。

「―――防御手段は?」



「……無いわ」

「でも、先輩、これは盾じゃないですか?」

 第8格納庫のリツコの前には、急造仕様ながらSSTOの底部を流用した巨大な黒光りする盾が存在した。

「そう、盾よ。あの砲撃にも17秒は耐えられるらしいわ。2課の保証書つきよ」
「使わないつもりですか」
「……上手く起動したとはいえ、シンジ君のシンクロ率はレイの半分に満たない。それなのに初戦でポジトロンライフルの制御を任せられ、そのうえ盾を使えなんて無理な注文よ」
「念の為手元に配備しておいた方がいいと思うんですが」

 遠慮がちに進言するマヤの意見をもちろん採用するリツコ。



「―――日向君、狙撃地点は逃げる事も視野に入れて考えて」

 一撃で屠る他なくなった事を知ったミサトは万一の事態に備えて選定条件を追加する。

「目標との距離、地形、手頃な変電設備も考えると、やはりここです」
「撤退ルートは?」
「連発が効かないのは使徒も同じでしょう。盾に持ち替えて後退すれば充分山陰に隠れるだけの時間はあるはずです」
「……確かにいけるわね」

 緑の等高線が第3新東京市周辺を描き出すモニターを見つめていたミサトは、背筋を伸ばして声を張った。

「狙撃地点は双子山山頂。作戦開始時刻は明朝0時。以降本作戦を『ヤシマ作戦』と呼称します」
「了解!」





 レイは緊急処置室、集中治療室を経て身体に異常が無い事を認められたのち、中央病院第3外科病棟に移されていた。

 自動ドアがぶいーんと動作する音でレイが目覚めると、すでに陽は地平ギリギリまで傾きつくし、消え入るのを待つばかりだった。

 シンジが病院支給食の載ったワゴンを押して入ってくる。

「綾波、大丈夫?」
「……碇、君」

 自分の顔を心配そうに覗き込む人物の名を呼びながらレイは、使徒の攻撃を受けた事、そしてそれが酷く熱かった事と、まだ自分が生きている事を思い出した。
 たちまち背中を走る悪寒。
 唇をわななかせながらレイは、今まで感じたことも無い異状感覚が心を支配していると気付いて震えた。

「……こわ、い……」
「綾波? どうしたの綾波!?」

 異変を察知したシンジは青ざめた顔で虚ろに焦点をさまよわせるレイの両肩をつかんだ。

「……こわい………もう…あれにのる、のは……いや……」

 シンジはその誰にともなく発せられる呟きに一瞬、悲しげな表情をする。
 そして、自分でも何故そうしたのか分からないままに、レイの身体を抱きしめていた。

「……大丈夫だよ。もう怖くないよ。もうエヴァに乗らなくていいから。僕が乗るから、綾波はもう大丈夫だよ」

 ぽん、ぽん、と背中を軽く叩きながら、泣く子をあやすように暖かい声で包む。
 しばらくそうしていると、レイの瞳に弱いながらも光が戻ってきた。

「……碇君……? なにを、してるの?」
「えっ? あっ! ゴ、ゴメン!」

 普段の落ちついた声を取り戻したレイの素朴な疑問は、シンジの発達しすぎた羞恥回路を直撃し、その頬を変色させながら小さくホールドアップさせた。
 そしてさらに、レイにかけられていたシーツがはだけて肌を晒している事に気付くと顔をそむける。

「あ、あの……今夜………さっきの使徒を倒す作戦があるんだけど、綾波は…寝てていいよ」

 余裕を失ったシンジが唐突に変えた話題にも、レイの思考反応速度は追いつくことができた。

「……葛城一尉が出撃するの?」
「ううん、零号機に僕が乗る」
「……」
「綾波が、寝てる間にリツコさんが零号機のパーソナルデータの書き換えしてくれて、起動実験したら動いたんだ。だから僕が綾波の代わりに戦うよ」

 シンジの言葉はレイにふたつの感情を呼び起こした。
 ひとつは安堵。恐怖から解放された生物が示す自然な反応。それは嬉しい事。
 だがもうひとつは、ラミエルの攻撃にさらされた痛みよりも大きな衝撃をレイにもたらした。それは自分の形が溶けて無くなってしまったかのような喪失感だった。

「……ダメ。零号機には私が乗る」
「えっ」

 驚いたシンジがレイの顔を見る。

「でも、綾波……もう乗りたくないって……」
「ダメ。私が乗らなくてはいけないの……」

 裸のままベッドを降りようとするレイに慌てたシンジは、取り合えず替えのプラグスーツを渡し、食事をするようにすすめると、病室から逃げるように飛び出していった。





Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon





『敵シールド、第17装甲板を突破! 本部到達まで、あと3時間55分』

 午後8時11分、ラミエルは飽きもせずだらだらとネルフ本部へ向けて掘りつづけている。
 状況報告は否応無く身体中の緊張感を引きずり出す。そしてそれはポジトロンライフルへの電力供給の為に集められた双子山山中朝日滝付近で停滞する運搬車のドライバーたちにも伝わっていた。

『四国及び九州エリアの通電完了』
『各冷却システムは試運転に入ってください』

 張り巡らされた太いケーブルの集中する所でレイの駆る零号機はEVA専用改造陽電子砲(ネルフ仕様・もと戦自研自走陽電子砲)ことポジトロンスナイパーライフルをセッティングしている。

「あんな野戦向きじゃない兵器、役に立つんですか」
「仕方ないわよ、間に合わせなんだから。……でもシンジ君、いつになく真剣ね。レイの事、心配?」
「えっ、あっ、そのっ……」
「心配してくれるのは悪い事じゃないけど、ネルフとエヴァも少しは信用してくれないかしら」
「……す、すいません。……あの、それで、大丈夫…ですよね?」
「理論上はね。でも銃身や加速器が持つかどうかは、撃ってみなければわからないわ。こんな大出力で試射したこと、一度も無いから……」

 リツコの説明はシンジの不安を増大させこそすれど、無くす役には全く立たなかった。
 シンジは双子山仮説基地に停車しているモニターだらけの14式大型移動指揮車車内で、画面に映る零号機の横顔を見ながら、祈った。何に祈ったのかは分からない。

 そんな彼の脳裏に、つい数十分前の記憶がリフレインする。



『本作戦における各担当を伝達します』

 指示するミサトはシンジたちに背を向けていた。
 そのポーズが、レイを再び使徒の前に送り出さなければならない事への歯痒さに渋面した顔を隠すためだとは、シンジたちは知らない。

『―――レイ』
『はい』
『零号機で砲手を担当。作戦開始と同時にポジトロンライフルで目標を撃破。反撃は、MAGIによると使徒の高エネルギー敵性体探知エリアから外れてるし無いはずだけど、なにかあったら用意された盾を装備して撤退』

『……はい』

 シンジはちらりと背後を振り返りレイをみやった。
 病室で見せた小鳥のように弱々しく震える姿など、夢だったのではないかと思わせるほど毅然とした立ち姿。

『これはレイと零号機のシンクロ率の方が高いからよ。今回は、より精度の高いオペレーションが必要なの。……陽電子は地球の自転・磁場・重力の影響を受け、直進しません。その誤差を修正するのを忘れないでね』
『修正のやりかた、知らないわ』
『大丈夫、あなたはテキスト通り、真ん中のマークが揃ったらトリガーを引くだけよ。後の調整は機械がやってくれるわ。それから、一度発射すると、冷却や再充填、ヒューズの交換などで時間がかかるから』

『あの、僕はどうしたら……』
『シンジ君はここで待機』
『はい』

『いいわね、レイ。正確にコア一点のみを貫くのよ』
『わかりました』

『時間よ、二人とも着替えて』
『『はい』』



 仮設の更衣室で薄いカーテンを挟んでプラグスーツに着替えるシンジとレイ。
 きちんと折りたたまれた制服はシンジのものである。
 プラグスーツの手首のスイッチをカチリと押すと、レオタードの紛い物のような奇抜な衣装は空気の抜ける音とともにシンジの素肌に密着する。
 どうしても足がスースーするのには慣れない。

『これで……死ぬかもしれないわ』

 カーテンの向こうから聞こえてきたセリフはとてもレイのものとは思えなかった。いや、今のレイだからこそ、その言葉が口を突いて出たのかもしれない。

『どうして……そういう事言うの?』

 白い布に映ったレイの影がぷしゅーっと音を立ててスリムに変化する。

『……やっぱり僕が乗るよ』
『ダメ』

 ばさっとカーテンが開かれる。
 レイの足元には無造作に脱ぎ捨てられた衣服が散っている。

『あなたと葛城一尉は、私が守るの』
『綾波……?』

 シンジはレイの真意を掴めず、ただ見上げるばかりだった。






 日本が太陽に背を向ける時間。

 ヒトの心が生んだ光は、その力を陽電子砲に貸し与えるべく、しばしの眠りにつく。

 文明の版図たる光点が地図から徐々に欠けて行く。消えて行く。

 ペンペンは俄かに活気を取り戻した星空を眺めながら、言いようの無い不安が体中を巡っているのを感じた。

「……くわぁ(イヤな予感がする……)」

 外灯も、信号機も、電光掲示板も。
 全ての生命の灯火すら消えてしまいそうだと錯覚させるほど静かに、短時間で、闇は広がっていった。



 屋外に配置された零号機の傍で、レイとシンジは並んで膝を抱えている。
 満月もまた、その単眼に輝きを増して、世のすべてを見透かすように地球を眺めている。

「綾波は……どうしてエヴァに乗るようになったの?」

 空は濃密な紺色をまとい、山々は漆黒をまとい、その境はおぼろげに輪郭を見せている。

「……絆だから」

「絆?」

「そう。絆」

「……父さんとの?」

「みんなとの。碇君と、葛城一尉と、赤木博士と、おかあさんと、碇司令と、みんな」

「母……さん?」

 シンジは何故か意外に感じて反復した。だがレイは気付かない。

「私には、他に何も無いもの……」

 物憂げでもなく、淡々と事実としてそれを述べるレイ。

「他に何も無いって―――」

「―――時間だから、行くわ」

 立ちあがったレイは、翠の光に包まれた満月を礎として、月の女神をかたどったレリーフのように、整った横顔を見せていた。
 それは空気に溶けてしまいそうなくらい儚く。それでいて水晶体に焼きついてしまいそうに印象強く。

「……じゃ、さよなら」

 去ってからも、月面の凹凸がレイの姿に見えるほどの残像を感じた。







 都市中央部に突き立つラミエルは、巨大な出来そこないのオブジェのように湖の向こうで侵攻を続けている。
 照準を合わせるためにライトがそれを照らし、闇から浮かび上がらせている。

 指揮車の中では十数分後に迫るヤシマ作戦開始に向け、1秒を争う準備が進められている。
 ただひとり見学が仕事のシンジだけがヒマだったので、抜け出そうとしているミサトにいち早く気付いた。

「―――どこへ行くんですか、ミサトさん」
「ちょっと確かめたい事があるの。後は日向君に任せてあるから、作戦に支障は無いわ」
「ミサト……今の使徒の目的ならあなたじゃないわよ」
「え? なんで分かるの?」

 ドアを開けようと手を伸ばしたまま顔だけ振り向くミサト。

「可能性の域は出ないけれど、使徒の狙いがあなたの持つ『幻の銀十字』だとしても、封印が解かれない限り奴らに場所の特定は出来ないはずだからよ」
「……じゃぁ、アレはなにをしてるの?」
「それは恐らく本部の…………マヤ、手が止まってるわよ」
「す、すみません……っ」
「本人を前にして笑ってられるたぁ根性の入ったお嬢さんだわね……」

 声は殺しているが確実に涙をぬぐいながら震えているマヤには、ミサトも怒る前に苦笑を漏らした。

「彼女に悪気は無いのよ。ただ葛城ムーンなんて名前が面白すぎるだけで」
「悪かったわねっ!! ったくどいつもこいつもコスプレだぁイメクラだぁ好き放題言ってくれるちゃってもぉおおおおおおっ」
「それで、あなたの確かめたかった事項はそれなの?」
「え? あ、うんうん、そうなんだけど、もうひとつあるんだわ。じゃ、リツコも後よろしく頼むわね」

 作戦開始直前に抜け出して行くミサトを止める者は無かった。わざわざ彼女がこのタイミングを選んで切り出した意味を考えての黙認である。

 そして、午前零時を知らせる時報が日付のカウントアップと、ヤシマ作戦の開始を告げた。

「作戦、スタートです」
「レイ、作戦開始よ。今そちらにミサトが向かったから、踏み潰さないようにね」

 そう呼びかけながらリツコは、白衣の懐から黒いネコ耳を取り出して頭部に装着した。

『……はい』

「第一次接続開始」
「第1から第803管区まで、送電開始」

 方々から集められて来た冷却システムが回りだし、本体表面に結露を起こしながら温度を下げて行く。

『陽電子流入、順調なり』



『最終安全装置、解除』
『撃鉄起こせ!』

 センサーに目標ラミエルをロックした零号機が、ポジトロンライフルから生えたレバーを引くと、弾丸代わりの巨大なヒューズが銃身に送りこまれる。
 銃身のサイドに表示された「空」の文字が「実装」に切り替わる。

『地球自転、および重力の誤差修正。プラス0.0009。電圧、発射点まであと0.2』

 レイの視界を覆うモニターでは三角のマークが徐々に中央に向かって移動している。

 限界ギリギリの負荷がかかった送電システムから火花が散り、冷却機は煙を噴き出す。

『第7次最終接続、全エネルギー、ポジトロンライフルへ!』

 レイはじっとカウントダウンと待つ。

 8、7、6、5―――

 ポジトロンライフルに流れ込んだエネルギーを感知したラミエルが唸りを上げはじめる。



 マヤが振り返る。

「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって!?」



『―――3、2、1、発射!!』

 モニターのマークが丸に変わった瞬間を確実に捉えて、レイは引き金を引いた。
 それと同時にラミエルが光った。

 ポジトロンライフルから噴き出した白い光線は使徒へと襲いかかる。一方使徒の放つ赤い光線は零号機へ。

 湖面に分身を映しながら邂逅するビームは、さながら二匹の龍の如くからみあい、それぞれの進路を曲げた。

 ―――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ―――

 零号機の頭上を超えて墜落した使徒の砲撃は、激しい轟音と共に大地をえぐり、赤い光の柱を天へと伸ばす。

「くっ……ぅ…っ…」

 震動は零号機をも揺るがし、レイは使徒の砲撃がよみがえらせた胸部の幻痛から意識を逸らそうと、モニターを睨み据えて目標を確認した。あちらもビームは逸れたようで健在だ。



 衝撃波は指揮車にも届き、強固な防弾ガラスまでもが砕け、バランスを崩したリツコは転倒してしまう。

「―――きゃぁっ!」
「うわぁっ!」
「ぐぁっ…うぅっ……!」

 車内のモニターは無事だが映像は一時的に途絶えており、赤い非常灯の光とノイズだけが感じられる全てである。

『……コ! リツコ!! プロテクト解除して! リツコっ!』

 揺れが収まると、倒れたリツコの右手側遠くから小さくミサトの声が聞こえる。
 はっとして目線をやれば転倒した衝撃で外れたネコ耳が床を滑り、オペレーターの足元まで行ってしまっていた。

 さっとヘッドスライディングで手をのばしそれを手にしたリツコは、

「レイ、盾を持ってポジトロンライフルも守りなさい!」

 と命令を下すと、マイクが全作業班に音声を中継している事も忘れ、思いきり叫んだ。

「ミサトちゃん、変身よ!!」




 樹木の幹を背に、腕で暴風から顔をかばいつつ、ミサトがロザリオを掲げる。

「―――シルバーーーロザリオパワーーーーーメーーーイクアーーーーップ!」

 溢れる光の帯がミサトをプラグスーツで包んで行く最中、ラミエルが再び閃光を放った!
 体内に侵入してくる大きな力を受け止めきれず苦悶のうめきを上げるミサトの瞳の中で、零号機の盾がホースの水を弾くように加粒子砲を散らしている。
 盾は零号機と、背後のポジトロンライフルを防護出来ているが、徐々に超々高熱によって表面が溶解していく。

「はやく気付きなさい……あたしはここよ……銀十字はここよ!」

 ミサトが自分の胸に飾られたロザリオに触れながら、到底声の届く距離ではないがラミエルへ宣言した。



「やはりそうするつもりだったのね……」

 立ちあがったリツコは想像が外れていなかった事に僅かながら緊張を解いた。
 ミサトは万が一に備えて自らと「幻の銀十字」を囮にするつもりだったのだ。
 そしてリツコはラミエルの砲撃が止まったのを確認すると、マイクに向かって言った。

「レイ! 第二射、急いで!」

『了解』

 零号機が手を離しても溶けかかった盾は地面にめり込んでいて倒れなかった。すぐにポジトロンライフルの状態を確認し、ヒューズを交換する。

「使徒の狙いが銀十字の奪取であるならば、葛城ムーンに向けて加粒子砲は撃てないはず。でも……」

 もし違っていたら?
 ラミエルは躊躇無くミサトを撃つだろう。そうなれば一瞬にして蒸発し、後には何も残るまい。
 とても誉められる確率の賭けではなかった。だがこの攻撃チャンスを逃せば次は無い。そしてミサトがここにいればもう一度撃てと言っただろう。

「銃身、冷却開始」

 無限にも思える時間、ゆっくりと秒が数えられていく。

「まだなの!?」
「あと10秒!」

 ラミエルの判断、挙動次第でミサトとレイの生死が決まる。
 ミサトはそこまで考えて行動したのだろうか?

 リツコの不安は直後、恐るべき形で具現してしまった。

「目標に再び高エネルギー反応!!」





 ラミエルの放った第三撃は、咄嗟にライフルを投げ捨て盾を構え直す零号機を直撃した。

「レイ!!!」

 視界を埋め尽くす赤い光。ぐにゃりと曲がる砲身、一撃目を受けて防御力の落ちた盾が溶ける。そして零号機の装甲板もまた同じく。

 間に合わなかった。

 使徒の狙いが銀十字である、それは間違いなかった。ならば、ミサトを撃つ事は出来ない。
 そしてラミエルは零号機の、ポジトロンライフルの抹殺を図った。当然の流れである。それはミサトにも易く想像できた。

 だが早すぎた。使徒の加粒子砲のブランクは予想よりも短すぎた。
 あれほど連射が効くと知っていたら、一撃目を外したら逃げろと命令していた。

 撤退させるべきだった。

 だった。

 後悔の重苦しい自責がミサトを石にする。

 レイが傷ついている。

 レイがまた悲鳴をあげている。

 レイが死ぬ。

「死ぬ……? レイが……あたしのせいで……死ぬ……」

 ミサトの脳裏にずっと閉じ込めてきた記憶がスパークした。

 一面氷に覆われた大地。

 吹き荒れるブリザード。

「いや……もう、失いたくない……仲間を…死なせたくない……誰も………誰も…!」

 再びスパークする記憶。

 父の顔……そして……。

 光の巨人。

 うすぼんやりと光るハネがソラをヒキサイテ

「―――いやぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 見開かれた瞳と逆巻く髪が天を仰ぎ、ミサトの魂が鳴いた。





「―――これは何!? 先輩、ヘンです! か、葛城一尉のエネルギー反応が、異常に高いです!!」
「そんな、こんな数値ありえないわ!」

 右端のモニターに『葛城』稼働時間カウンターが表示されているが、その残り時間はまるでエヴァが外部電源ソケットを装着しているかの如くオール8、即ち無限を示している。
 そしてエネルギー反応は零号機よりも、ラミエルすらも超えているではないか!

 度重なる衝撃にセンサーが故障したのだろうかと考えたリツコだったが、画面に映るミサトの後ろ姿を目撃すると、そこから導き出される推論に驚愕し、更に声量を上げた。

「あれは……まさか!!」

 プラグスーツが違う。葛城ムーンの青いスコートでは無く、白い。

「スーパー、葛城ムーン……!?」

 プログレッシブ・ムーン・ロッドを手にしたその白い戦士は、先端のハートに白い閃光をたたえて回り出す。
 そう、ロッドを持ったままその場で、フィギュアスケートで良く見られるようなスピンをし始めたのだ!

「あのロッドが高エネルギー反応の中心のようです!」
「葛城ムーンを中心に円周部を加速しつづけています!!」
「1000……2000………4000……まだ上がって行く……」

 リツコの呟きはエネルギー反応の数値が上がるに連れて喜色を帯びて行く。





 ぐるぐると回転するミサトの速度はぶんぶんからぎゅいんぎゅいんを超えて、既にしゅおんしゅおんに変化していた。
 ムーン・ロッド先端のハートから発せられる白光も眼を刺すほどに強烈になっている。

「ムーーーーーン・ポジトロンーーーーーーーーーーー―――」

 その光が持つ力を感知し、無視できなかったのだろうか、ラミエルの砲撃が再び止んだ!
 すぐに第四撃を放つべく唸るラミエル。狙いは葛城ムーンに移行したようだ。
 奪うべく「幻の銀十字」を消し飛ばす危険を侵してまでもミサトを撃つと言う事は即ち、ラミエルは感じたのだ。葛城ムーンの内包するエネルギー量は今や日本中の総電力合計を上回り、確実におのれを滅ぼす力なのだと!

「―――ヒーーーーーーーーーーーーーーーート・アターーーーーック!!!!!!」

 裂帛の気合と必殺の気迫を声に乗せ、回転していたミサトの身体は慣性の法則を完全に無視してピタっと静止した。
 白熱するロッドの先端は髪の毛1本の狂いも無くラミエルのコアを狙い定めている。

 わずか数十ミリ秒の間を置いてプログ・ロッドから白いビームが発せられた。
 その断面はどうしてかハート型をしている。







 ―――世界が白一色に染まった。







 誰もがあまりの眩さに眼をかばい、ただ光が収まるのを待った。

 そして、ようやく瞼を開く事がかなう光度まで発光が収まった後……。

 その青い巨体にハート型の風穴を開けたラミエルが、根元からシールドの折れた状態でビル街に沈んでいるのを見たのだった。








 零号機に駆け寄るミサト。まだその衣装は白いままだ。
 荒く肩で息をつき、顔色も真っ青に近い程悪いが、その疾走速度はそこらの乗用車でも敵わない程異様に高速だった。

 溶解しかけた装甲板の上をミサトが跳ね飛んで登っていく。なんと一足毎に身長の2〜3倍は軽く飛びあがっている!

 零号機の首筋近い部分まで登ってきたミサトは、何を考えているのか、足元の装甲板の僅かな隙間に手を突っ込んだ。
 そして……

「ぅぅううううううおおおおおおおおっ!! どっりゃぁぁああああああああああっっ!!!」

 信じがたい事に、零号機の首筋を覆っていた装甲が剥がれ飛んだ。既に人間とは認められない力である。
 エントリープラグは押さえ付けていた部分が外れたことで排出可能となり、緊急排出信号によって半ば飛び出す。

 ―――ガシュン! ―――ブシュゥゥゥゥゥ……

 排出口から噴き出す熱いLCL。

 さらにミサトは、非常ハッチではない部分にプログ・ロッドを連続突きして枠を作り(これがまた鈍器だと言うのにバターに熱したナイフを入れるようにすんなり切れた)、エントリープラグに足をかけてはがし、中に入りこんだ。

「―――レイっ! レイっ!?」

 迷い無くプラグに全身飛び込んだミサトは、ぐったりとシートに身を預けるレイの唇から息が漏れているのを確認すると、緊張の糸が切れ、その場にへたりこんだ。
 レイの目が静かに開く。

「……葛、城一…尉……?」
「レイ……ごめんね……あたし、ごめんなさい……」

 生存を喜んでいるのか、不手際を謝罪したいのかミサト自身わからなくなっていた。
 ただ、いつの間にか高ぶる感情が嗚咽に変わっていた。

「……何、泣いてるの?」

 すがりついて涙をこぼすミサトに、レイは尋ねた。

「嬉しい、から……レイが、生きててくれて、嬉しいから……」

 蚊の鳴くようなか細い声はとても聞き取りづらく、また始めて聞く言葉に戸惑う。

(嬉しいときにも……涙が出ることがあるのね……)

 そして泣き続けるミサトをどう扱っていいか分からず、なんとなく抱きしめてみた。

 それは病室でシンジがしてくれた抱き方と同じだった。
 あの時レイは意識が混濁していたのでハッキリとは覚えていないはずだが、なぜか同じだった。

 そして、ぽつりと言った。

「……大丈夫よ。もう、大丈夫だから……」

 何が大丈夫なのかはレイにも全然分かっていなかったが、それでもミサトはすんすんと鼻を鳴らしながら肯き、涙をぬぐう。

「ごめんなさい……あたし…ダメね……もう、泣かないって……決めたのに……」

 やっと落ちついてきたのかミサトは、とめどなく流れ出す涙に止まってくれと願いながら、笑顔を作ろうとした。

 ぎこちなく微笑むその頬にレイの手が触れる。プラグスーツ越しだったが、それはとても暖かかった。

「泣きたい時は、泣いてもいいのよ」

 レイは自分の口から勝手にそんな言葉が飛び出したので戸惑った。

 そして、ミサトは、また溢れようとする涙をこらえて、ぐっと奥歯を噛み締めて、それでも、泣いた。







つづく 

 
2000/06/19 初版。
2000/06/24 誤字修正。怪作さん有難う御座いました〜。

「オチは?」なご質問は三笠どらまでどうぞ。
「ゴメン今日売り切れ」ってお返事します。

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