……ラミエルも潰えた……というのにどこへ…行くのだ……
『リリンのところへ』
……待て……まだ…お前が出るには早すぎる……
『ほんの余興さ。直接相対するつもりはないよ』
……なにか…策があるのだな……
『おもしろい玩具が動きそうなのでね。ちょっと遊んでくるよ』
ジオフロント、ネルフ総司令執務室。
来室者に威圧感を与えるために暗くされた室内で、ゲンドウは受話器を耳にあて会話している。
「また君に借りが出来たな」
『返すつもりもないんでしょ。彼らが情報公開法を盾に迫っていた資料ですけど、ダミーも混ぜてあしらっておきました。政府は裏で法的整備を進めていますが、近日中に頓挫の予定です』
ゲンドウの手元に広げられた何枚もの報告書。
その大半は先日ようやっと動き出した人類の切り札ナンバーツー、人造人間エヴァンゲリオンに関するものだが、一部葛城ムーン関連の資料も混じっている。
当然スリーサイズには黒線で目隠しがなされている。あと年齢も。
『で、どうです、例の計画の方も、こっちで手を打ちましょうか』
電話口から聞こえる飄々とした男の声。
「いや、君の資料を見る限り、問題はなかろう」
さらにゲンドウの手元には写真があった。
そこに写るのはヒトの形に似た重機。ただし頭部は平べったい六角形をしており眉目の類は見当たらない。
そして次の写真には技術者らしき細面の男と、赤紺緑とカラフルな髪の毛が綺麗な少女が4人、何か話をしている。
年の頃は下は12〜3歳から成人に近い年齢までさまざまだ。ただ共通する特徴として頭にアンテナが立っているように見える。
さらに4人全員が黒いスタッフジャンパーを着ている。その背中にはカッコいい斜体文字のロゴで「JA」と記されていた。
『まさか、あんな方法で制御するとは、この目で見るまで信じられませんでしたよ』
「確かに面白いが、邪魔をするまでの事もあるまい。あんなモノは使徒の前では役に立たんよ」
それにシンジやレイの方が可愛いしな……と声にこそ出さないがほくそえむゲンドウ。ちょっと不気味だ。
『――では、シナリオ通りに』
「何がシナリオ通りなのですか?」
「……赤木博士、いつからそこに」
「例の計画もこっちで……の辺りからですわ。何か妨害工作をしかける予定でも?」
リツコは小脇に抱えた封筒をゲンドウのデスクに置いた。
「聞いての通り不要だ。……それで、これは何だ」
「ようやく2つ目のモジュールの改造に着手できるようになりましたので、承認を」
「……あれか。よかろう、早速取りかかってくれたまえ。しかし、使用者が見つかったとの報告は聞いていないが?」
「まだそこまでの段階には達していません。やっと動くようになった、というだけの事です」
リツコが出ていった後、封筒を開けるゲンドウ。中にはこれまた何枚かの写真が納められていた。
「……なるほど」
美少女戦士…が全然出てこない勿論今回も(汗)な戦士
葛城ムーン
第7話
「私だってアレが欲しい!旧都心のワナ」
ガシャンとトースターから飛び出す8枚切りの食パンは、こんがりとキツネ色で見るものの食欲を刺激してくれる。
淹れたてのコーヒーから立ち上るフレーバーがまた食欲を刺激してくれる。
そしてトーストの上で溶けるバターの匂いがくぅぅ〜〜〜っと唸りたくなるほど食欲を刺激してくれる。
そんな朝の碇家……じゃなくて葛城家のダイニングキッチンでは、シンジとペンペン一等兵(胸のプレートに階級章がついているのでそう呼ぶ)が朝食を食べていた。
シンジはトースト、ペンペンは焼き魚を頭からぱくりといっている。
「ぐわぁ(ちょっとシンジくん)」
「なに?」
「ぐわぁくわっく(ちょっと塩効き過ぎ)」
「……よくわかんないけど、コーヒー飲む?」
「くぇー(ダメかぁ)」
伝わらなかったのでがっくり肩?を落とし、諦めて塩辛い魚を食べつづけるペンペン。……味覚があるのか……謎である。
そこへふすまが開いて登場したのは部屋の主ミサトではなかった。
「……おはようございます」
「おはようシンジくん、ペンペンちゃん」
そのヒトは誰あろう、赤木リツコ博士の右腕として働いている彼女。ネルフのオペレーターで一番人気の伊吹マヤ嬢である。
ぶっちゃげた話、本来の主である葛城ミサトさんは、某蒼い上下ピラミッド第5使徒戦で使っちゃいけないパゥワーを開放した影響からか、翌日「もンのすっっっごい全身筋肉痛」を訴え、検査も兼ねて現在中央病院に入院中なのである!
で、留守の間シンジの保護者役として抜擢されたのが、マヤなのであった。
「トーストでいいですか?」
「ええ、ありがとう」
黒のTシャツに短パンという出で立ちはちょっぴりドキドキな感じで落ちつかない。これがミサトだともっと露出の高い服装でも「そんな格好でうろうろしないでよ、恥ずかしいから……」くらいにしか思わないのだから不思議だ。
歳が近いせいなのか(それでも10年ひとむかしは差があるのだが、見た目の若さをもうちょっと引いておこう)、それともキャラクターの違いなのか……まあそんな事はどうでも良くて。
「やっぱり朝はこれよね」
こぽこぽとポットから茶色っぽい液体がカップに注がれる。
このポットもカップもマヤがわざわざ自分の住居から持ってきたものだ。
ミサトが入院する際、シンジをマヤの家に泊まらせる案も出たが、マヤさんちもちょっと手狭だったので、止む無く現代の秘境葛城ムーンのお部屋を切り開いて……じゃなく大掃除して借りているワケである。
「ハーブティーですか? いいですね」
「今日はガラムマサラティーなの」
「……それってハーブじゃないよーな……」
いずれにせよ「朝ゴハンの代わりにビール。ういー、もう一本」とのたまうミサトよりは人間らしい食生活なので深くは突っ込まない。
マヤがトーストをかぷっとかじった瞬間、誰も居ないはずのミサトの部屋のふすまがガラっと開いた。
びくっと反応して振り向くシンジの前に、予想外の人物が不機嫌な顔で立っている。
「あ、先輩、もう支度終わったんですか?」
「お、はよう、ございます…」
「おはよう」
それは手に何やら大きな紙袋を持った赤木リツコさんであった。
袋を冷蔵庫の横に投げ出すように置いたリツコは、マヤの隣に陣取って欠伸を手で覆いながら言った。
「コーヒー頂いてもいいかしら?」
目をしぱしぱさせるリツコは眠たげで怒っているようにも見える。
「あ、はい」
慌てて席を立ったシンジは、どうしてマヤさんの部屋からリツコさんが……と、つい想像をたくましくして真実を導き出そうとしてしまう。
(まさか……ミサトさんの部屋には秘密の抜け穴があって自由に出入りできるんじゃ)
わざと遠い方へ行ってるんじゃないかと思うほど、まったくピントがずれているようだが。
「仕方ないとは言え、災難でしたね」
「本当にね。ミサトったら朝の5時に電話してくるのよ。それも悲痛な声で『どうしよう……あたし……もう生きていけない』なんて言うからこっちも眠いところ我慢して聞いてあげたのに、着替えが無いからもってきてくれだなんて」
「別に朝じゃなくてもいいのに……」
「私もそう言ったんだけどね、『すぐ持って来てくれないなら脱走してやる』なんて言い出す始末なのよ……」
「ミサトさん、そんな事言ってたんですか……すいません、僕が昨日気付いてれば……」
「シンジくんが謝る事じゃないわよ。それに今日はもともと病院に行く予定もあったから。……ありがとう」
コーヒーカップを受け取りながら微笑むリツコ。ようやく目が覚めてきたらしい。
「それってこの間の『スーパー葛城ムーン』についてですか?」
「そうよ。あなたたちも見ていたから分かったでしょうけど、彼女にはまだまだ多くの謎があるわ。そのひとつがあの『スーパー』化現象なのよ」
正式な手順ではリツコの持つ「ルナ(黒いネコ耳)」と呼ばれるプロテクト解除器具の他に、もうひとつ「アルテミス(同じく白いネコ耳)」が無ければ発現できないように、厳重な使用制限を課せられた特殊モードなのだとリツコは噛み砕いて説明してくれる。
それなのにミサトは自力で封印を打ち破った。
そして『空中要塞』と称されるほどの巨大な使徒を撃ち落とすまでの力を見せた。
これが国連辺りの耳に入ったら「じゃあエヴァ要らないじゃん」との決定がなされる可能性もあり、冬月副司令あたりは事実の隠蔽に大忙しなのだが、それはシンジたちの預かり知らぬ所である。
「……あら、もうこんな時間、そろそろ行かなくちゃ。じゃあマヤ、引き続きミサトの代わりお願いね」
「はい、頑張ります」
なるほど紙袋にはミサトさんの着替えが入ってるのか、と納得したシンジがリツコを玄関まで見送る。
「いつもこうしてここまで見送りに?」
「はい、そうですけど」
「……あんまりミサトを甘やかさないでちょうだいね」
リツコの苦笑の意味がシンジには良くわからなかったが、とりあえず、はぁ、と言っておいた。
キッチンに戻ってくるとモスグリーンのエプロン姿をしたマヤが洗い物を片付けていた。
「あ、僕がやりますからマヤさんは座ってだらだらしててください」
「いいのよ、もう終わるからシンジくんは学校へ行く準備しててね」
「でも……ミサトさんの代理だったら、もっとこうだらしなくてガサツでズボラにしててくれないと僕の仕事が……」
お皿を拭いていたマヤの動きがぴたりと止まる。
「苦労してるのね……」
「そ、そうですか?」
「よしっ、じゃあ葛城さんが退院するまで、シンジくんは休暇だと思って普通の学生生活をしましょう!」
普通ってどうしたらいいんだろう……という疑問は残しながらも、ミサトの留守の間家事を代わってくれるというマヤの申し出は嬉しかった。
「それから今日、学校に行くわね」
「進路相談に、ですか?」
「そうっ、葛城さんの代わりって事は、シンジくんの家族って事だもの。お姉さんみたいなものかな」
「そうですか……ありがとうございます」
シンジのはにかんだ笑顔はとっても可愛らしい感じだった。だもんでマヤは本当にこんな弟がいたらなぁ、とか葛城さんいいなぁ、とか思ってしまったりしたのだった。
―――ぴんぽーん♪―――
マヤが手の水滴をさっとぬぐい、インターホンを取ろうとするが、一瞬早く朝刊を片手に持ったペンペンに先を越される。
「あっ」
「くわぁ♪ くわっくくぉ〜くぁっく、くわわ〜(はぁい♪ あらーわざわざありがとう、少し待っててね)」
そして手をインターホンに向けてのばしたまま唖然と立ち尽くすマヤの横を抜けて玄関へパタパタと走っていく。
「……ペンペンって普通のペンギンじゃないみたいなんですよね」
「そ、そうね……さっきも新聞読んでたし、随分賢いのね、びっくりしちゃった」
シンジが苦笑をもらし、マヤはぎこちなくも微笑みを返す。
「じゃあ、いってきます」
―――ぶしゅん。とエア駆動の音を立ててドアが開く。
その向こうにはトウジとケンスケが雁首並べて立っている。かたやケンスケの興奮ぶりに比べてトウジは寝とぼけた顔をしていた。
「おっはよう碇君!」
「くわ!」
「おうペンギン、おはよーさん。シンジはまだか?」
「ペンペン一等兵、任務ご苦労! 今日もこの家の平和をしっかり守ってくれたまえ!」
「くわっ!」
びしぃっと敬礼するペンペン。そこへ遅れてシンジがやって来る。
「では、ミサトさん! 行ってきます!」
「あ、ミサトさんは今……」
シンジがミサトの留守を告げようとするが、それより早くキッチンから手だけがにょきっと生えてくると、ひらひらと振られた。
「いってらっしゃい♪」
「おぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜ぉぉぉっ!!」
(マ、マヤさん……そんなことまでミサトさんみたいにしなくても……(汗))
脱力しながらシンジは、友人の後について学校へと旅立って行く。
かたやシンジたちを送り出したマヤは、一応エヴァのパイロットであるシンジを影から護衛している保安諜報部の黒服さんに連絡を入れようと電話を探した。しかし……
『――はい』
「くわ、くわぁくくぇくわっかーくわ(今、ウチを出ました。後のガードはよろしく)」
『了解しました』
ペンペンにまたしても先を越され、手持ち無沙汰のままテレビをつけると、ちょっぴりいじけながら普段見られない奥様向けの情報番組を見るのだった。
箱入り贈答用の高そうなクッキーが戸棚にあったので、ミサトの代理という任務に準じて、勝手に空けて食べたりしながら。
そして学校。シンジは窓から電線の向こうに並び立つビルどものさらに向こうを眺めていた。
ハート型の風穴が開いたラミエルが、解体撤去されようとしている。あんなに蒼が綺麗で面のまったいらな生物が存在しうるとは。
そんなのと戦って勝っちゃうなんて、ミサトさんってスゴイなぁ、と改めて思うシンジである。
その耳に、乗用車が舗装道路を切りつける激しいタイヤの音が飛びこんできた。
顔を向けたシンジの眼下で、赤い車が急ブレーキをかけて半回転し、きゅいいいいいいいいっどっすん!と駐車枠ぴったりに停車する。
あれはミサトさんの車かなぁ、と居ないはずの人間の登場に困惑していると、シンジ同様爆音を聞きつけたケンスケがビデオを構えて窓から落ちんばかりに身を乗り出してきた。
「おおっ! 来たよ来た来たっ生葛城ムーンがっっ!」
「んな年中コスプレしとるワケやないやろ。……しとったらおもろいけどな」
なんのかんのいいながらトウジも見に来る。
ケンスケのレンズがぐぐいとズームアップする。が、スポーティなクルマから降りてきたのはミサトではなかった。
「かっわいい〜! 誰、あれ?」
「碇の保護者!?」
「なに! 碇ってあんな美人に保護されてんの!?」
口々に褒め称える同級生男子諸君。その注目を浴びて恥ずかしそうにうつむいて歩いていくマヤ。
ちなみにミサトばりの華麗な運転テクニックは決して狙いではなく、彼女が5年以上無事故無違反を貫き通す、清く正しいペーパードライバーだからである。
もっと端的に言えば、ブレーキのタイミングが良く分からなかったからである。危ない。
「どういうことだシンジっ! ミサトさんをどこへ隠したっ!?」
「まさかセンセ、あの姉さんとも一緒に住んどるなんて言わんやろなぁ」
「え? なんで?」
「あの美形っぷりは間違いなくネルフ関係者だ……しかも進路相談に来るということは、少なくとも作戦部長クラスの重要人物と言っても過言ではない!」
「とどのつまり両手に花っちゅうことかいな……ほんま許しがたい幸せもんやのぉ」
ジト〜〜〜〜っとまとわりつく視線は今日の陽射しで溢れる汗よりも粘着力の高〜〜い、とっても困っちゃうシロモノだった。
「な、なにを言ってるのかわかんないよ……」
「ま、シンジの処断はさておいて、あの可憐なお姉さんの裁定に移ろう。トウジ、お前はどっちがいいと思う?」
「せやな、あっちの姉さんもいいが、やはり男気と言う点でミサト姐さんには敵うべくもないな」
「わかってないねぇトウジクン。葛城ムーンの真の魅力はその内側に隠れた永遠の乙女心にあるのだよ! とは言え、ミサトさんが上という意見には賛成だ」
シンジには理解しがたい専門用語で語り合う二人。互いに不適な笑みを浮かべて肯きあう。
「「よっしゃ! あの(お)姉さんはお前に任せた! だからミサト(姐)さんは俺(ワシ)らに任せろ(い!)!」」
ずばあんっと背中を叩かれたシンジは目を白黒させて、ぐはっとむせた。
一方その頃ミサトの居る病院では。
「零号機はどう?」
「胸部生体部品が大破。それで済んだわ。新作するけれど、どうにか予算の枠には収まりそうよ」
まだ全身シップと包帯でぐるぐる巻き状態のミサトは、不恰好に白くふとーくなってしまった指で器用に楊枝を持って、凍ったパイナップルをしゃくしゃくと食べている。
「これでドイツから弐号機が届けば、少しは楽になんのかしら」
「逆かもしれないわよ。立て続けでやってる使徒の処理もタダじゃないもの」
ベッドの端に腰掛けたリツコは、持ってきたコンビニの袋から取り出した缶ビールをぷしゅっと開けてごくごく飲み干した。
「ああーーーっ!! それ、あたしのために買ってきてくれたんじゃないのっ!?」
「違うわよ。あなたがアルコール止められてるって聞いて、日頃の恨みを返そうと思って嫌がらせに」
「むっかぁ〜〜〜! なによっ意地悪で性悪なリツコなんかもう知らないっ!」
「……あら、もう一本あるのに飲みたくないの?」
してやったりと笑うリツコ。途端にミサトの顔が面白いように青ざめる。
「あ゛っ、うそっ! うそですごめんなさいっ! 謝るからちょーだいっ! お願いっ!!」
「どうしようかしらねぇ……私って意地悪で性悪だからねぇ」
「そんなこと言わねーでくだせぇよお代官さまぁ! オラそのムギを持っていかれたらこの冬食うものがねーですだぁ!」
「人はビールのみにて生きるにあらずよ。パンが無ければケーキを食べれば?」
「う゛う゛ぅ〜〜似合いすぎよそのセリフぅぅぅ」
相手が動けないのをいいことに、リツコは20分くらいミサトをからかって帰った。
ビールはもちろん上げるつもりで買ったので置いてきたが、まさかミサトが包帯で太った指のせいで開けられずに唸っていようとは、流石のリツコでも寝不足の妨害によって思いつかないのだった。
Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon
日付は幾日か経って、第28放置区域(旧東京都心)
グレーで平たく塗り潰されたような広大な敷地を見下ろして飛ぶネルフマークつきのヘリコプター。その後部シートに並ぶリツコとマヤ。
リツコはノート端末をひざの上に広げて、なにやら打鍵していた。
マヤは着慣れないネルフの正装を着て、青い顔をしている。
「心配しなくても、滅多に落ちるものじゃないのよ」
「で、でもやっぱり苦手なんです………あの、まだ、着かないんですか」
「着いたわよ。……かつてはネオンに彩られ不夜城とまで言われた都市の跡地にね」
銀灰色の砂漠の中に棺桶が建っているかのような違和感を受ける、大きなビルヂングが視界に入る。
「何もこんなところでやらなくってもいいのに……はぁ、葛城さんが入院してなければ……」
「もう1日遅ければね。まぁ、外の世界を知る貴重なチャンスと思いなさい」
「確かに、戦自の絡んでない兵器がどんなものか興味はありますけど……」
「戦略自衛隊ね……なんにせよこの場所から察するに、面白い見世物になると思うわよ」
会場は無駄に広く、スーツ姿の冴えないおじさんが結構な人数酔っ払っていた。
真正面に一段高いステージが設けられ、ご大層な看板には「祝 JA完成披露記念会」と書かれていた。
丸いテーブルがたくさん並べられているが、それらの中央に位置するテーブルに「ネルフ御一行様」と書かれた案内札が立っている。
壇上に立ち時田と名乗った男が、挨拶を始めた。
「本日はご多忙のところ、我が日本重化学工業共同体の実演会にお越し頂き、誠にありがとうございます」
周囲のテーブルと対照的に、ネルフ席にはマヤとリツコの二人きり。
しかも絶対手の届かないようなテーブルの真ん中辺りに申し訳程度のビール瓶があるのみ。歓迎する意図ゼロ。
「皆様には後程、管制室の方にて公試運転をご覧頂きますが、その前にここで、我らがJAを遠隔操縦する優秀なオペレーターをご紹介しましょう。ドラムロール!!」
突然会場の照明が暗くなった。
どるろろろろろろろろろ……とスネアドラムが緊張感を演出し、どこからか浴びせられるスポットライトがぐるぐると丸い光を飛びまわらせる。
「な、なんですかこれ」
「さあ……」
不安げに小声で尋ねるマヤにのんびり答えるリツコ。
リツコ的には陽電子頭脳のひとつも積んでない、ましてや自律制御も出来ないよーな金属の塊を、ヒト型をしているからという理由だけで「ロボット」と呼ぶような人種にはこれっぽっちも興味がないので、JAだろうとFA宣言だろうと好きなようにすればいいわ、と思っていた。
葛城ムーンの活躍で最近エヴァそっちのけになっている事も影響していないとは言いきれない。
「内燃機関を内蔵し、連続150日間の作戦行動を実現したJA!」
時田がマイクに言葉を吹き込むと、ジャーン!!とシンバルが鳴った。
そして彼の背後に立つ金屏風の脇にスポットライトが集中する。
すると屏風の裏側にずっと隠れていたのだろうか、そこから人が出てきた。
それは赤い髪の毛の長い16〜7歳の少女だった。ぬぼーっと出てきたタイトな紺のミニ+薄いブラウスの彼女はぺこりと一礼する。
「遠隔操作の採用によって搭乗型の機体と比較して負担が小さい、人道的な戦闘を実現したJA!」
―――ジャーン!!
続いて12〜3歳の青いおさげ髪の少女が現われて、フリルの無駄に多い格子模様のスカートの裾をつまむと可憐におじぎをする。
「あらゆる問題を想定し対処すべく作成したプログラムにより、適切で確実な作戦活動を約束するJA!」
―――ジャーン!!
次は金髪というか黄色のおかっぱ髪をしたメガネで14〜5歳の少女が出てきて、すべって転んだ。
「だ、大丈夫か」
即座に時田に助け起こされた黄色い少女は、鼻の頭とズボンのお尻をなでさすりながら立ちあがり、パタパタを手を振って照れ笑いを浮かべつつ挨拶した。
「えーと……人類に仇成す敵性体を滅ぼすため、ATフィールドの解明に全力を投じるJA!!」
―――ジャジャーン!!
最後に18〜9歳の緑色のウェーブがかった髪が腰まで伸びている少女が、白いロングスカートを翻しながら登場し、空手家のように押忍!と頭を下げた。
その場の招待客ほぼ全員がキツネにつままれたような顔で、時田と4人の少女を眺めている。
「今皆様の前に並ぶ4人の少女。彼女たちは決して、宣伝の為に結成されたアイドルユニットではありませんし、また予算を取るための接待に呼んだコンパニオンでもありません!!
彼女たちは、複雑なJAの制御をより正確に、安全に行うために私と優秀なスタッフたちによって開発された、世界最高水準の自律式ヒューマノイド型演算装置! 名づけて『JAガールズ』です!!」
あらかじめ打ち合わせしていたポーズを決める4人の少女……に見える計算機。
それぞれの頭に立っているアンテナは、文字通りアンテナの役目を果たしているのだろう。
ぽかーんと口を開けて言葉を失う招待客たちの中で、リツコはキラリと瞳を輝かせて呟いた。
「……意外にやるわね」
ぷち。
ぷち、ぷち。
普段重化学工業共同体職員の更衣室として使われている部屋は、折りたたみテーブルによってネルフ御一行様控え室に変えられている。
ぷち、ぷち、ぷち。
マヤは先日食べたクッキーの箱に入っていた空気の粒々がそそる緩衝材を手にし、ぷちぷちと潰している。
その表情は暗くかげり、記号論的に語れば縦線が入っている。
「何を落ちこんでいるの」
鏡に映るマヤの横顔に話し掛けるリツコ。
「ううっ、だって先輩……女の子の形をした高性能コンピュータなんて物が造られてるって、すごくショックで……」
「なかなか予想を上回る出し物だったわね」
嬉しそうに「JAガールズ」とやらのピンナップ満載のパンフレットをバッグにしまっているリツコ。
マヤはリツコの反応もショックなようで、ますます影を濃くしてぷちぷちする。
「基本的にはMAGIと同じく人格移植型有機コンピュータをベースにしているようね。小型化と自律駆動の為に演算能力が犠牲になっているところと、それを数で補おうとしてる単純な所がとても面白いわ」
「それは、そうですけど……でもやっぱりイヤです! あの筐体を作成してる場面を想像しちゃって耐えられませんっ!」
マヤの言葉がリツコの曲解用推論エンジンを起動させた。
途端に、重化学工業共同体の技術者たちが寄り集まって『フリルは絶対に外せない』とか『やっぱり一人はメガネっ娘がいなくては!』なんて語り合っている姿が思い浮かび、それはすぐに頭痛に変わった。
「……うちの利権にあぶれた連中が、趣味に命を投じて作ったのかも知れないわね……」
「そんな人たちにATフィールドの事まで知られてるなんて……諜報部は何をしてるんでしょう」
ぷち。
「……もしかしたら、知られても影響が無いと判断したんじゃないかしら……あのコンピュータを見て」
流石にちょっと、哀れに思えてきた。
ヘリから見えた巨大な棺桶ビルが真っ二つに割れた。
左右にスライドして開くビルの中から、巨大なヒト型兵器ジェット・アローンが魁偉な姿を見せる。
「これより、J・Aの起動テストを始めます。なんら危険は伴いません。そちらの窓から安心してご覧ください」
遠く離れた管制室では時田と、JAガールズ、そしてサポート人員たちが配置についている。
双眼鏡などを手にJAを視察する客たちを離れた位置で壁に寄りかかって眺めるリツコ。
なんとなくJAガールズにも興味が薄れてしまったので、JAのフォルムもがっかりな事だし、我関せずで居るつもりである。
『ジェット・アローン起動用オペレーティングシステム、ロード完了』
『日本語認識システムKOZAIC7のロードも完了しましたぁ』
『起動準備よろしいですわ』
頭のアンテナから無線で直結しているだけあって、JAガールズによる制御は早く正確だった。
「テスト開始」
『全動力、開放ッ!』
『圧力、かなりいけてま〜す』
『冷却器の循環、異状なしですわ』
『制御棒、全開へいっちゃってくださ〜い』
『動力が臨界点を突破ぁ』
『出力問題なしッ』
音声は合成なのだろうか。どの個体もアニメっぽい個性的な声色で状況報告をしている。
「……なんだか気の抜ける光景ですねぇ」
「まぁ緊張感を殺ぐ能力にかけては某組織の作戦部長も、一人であの4人分に匹敵するわね」
すっかり敵情視察の意思を失ったリツコとマヤはのほほんと構えてJA起動プロセスを見物していた。
赤い頭の少女のアンテナが、彼女が口を開く度にピカピカちらちら光っているのがとても気になる。
「歩行開始!」
『歩行開始ぃ。前進微速、右足前へぇ』
『了解。前進微速、右足前へぐぐ〜っと』
JAの大きく重たい右足が持ち上がり、ゆらりと空を切って前へ出る。そしてズシン、と大きな一歩を踏み出す。
『バランス正常ですわ』
『動力、異状なぁし』
『了解ッ! 引き続き左足前へッ。よーそろー!』
ズシ…ン、ズシィ…ン、と歩行を完遂するJA。
「―――一応まともに歩く事は出来るようね」
そうリツコが呟いた瞬間、赤い長髪の少女のコンソールからぴーっ!とエラーらしき音が飛び出した。
「どうした」
「侵入者ですわ! 何者かがバックパックのハッチを破壊して潜りこんだ模様!」
「なんだと!?」
「マスタートキタ、機内モニターに工作の形跡を発見ッ! 既に侵入者は管理ブロックまで到達していますッ」
「あぅっ、制御システムに異状発生ってことはぁ……侵入者がいろいろ壊してますぅっ!!」
モニターを流れて行く警報の赤い文字。上昇して行くリアクター内圧と一時冷却水の温度。
「いかん! 動力閉鎖、緊急停止!」
「停止信号を発信……受信されませ〜〜ん!!」
「無線回路もやられちゃいましたぁ!」
「制御不能ッ!!」
―――ズシャァァァァァァァァァァァァン!!―――
JAの足が、管制室の屋根を踏みぬいた。そしてそのままバキバキと建物を蹴破って突き進んでいった。
赤い髪のねーちゃんが時田へ鋭い声をかける。
「マスター、このままでは炉心融解の危険もありますわ。早急にJA内部から侵入者を排除する必要が認められます」
「そんなバカな……! JAは完璧なセキュリティシステムでガードされているはず……そう易々と侵入されるはずがない!」
狼狽する時田に冷ややかな目を向ける緑のウェーブヘアの少女。
「だが現に侵入されてるんだマスタートキタ。早く突入命令を出してくれッ」
「ま、待ってくれ、そういう重要な件は許可を得ないと、私には…決められん……できれば戦自にも来て欲しいし……」
混乱する時田は受話器を取り、内務省長官へ緊急事態を告げようとして來来軒に電話してしまう。
「―――私だ。第2東京の万田さんを頼む」
『あぁ? 第2東京だぁ!? そんな遠くまで出前できねぇよ!』
かたや機械だけに冷静なJAガールズの面々は見物客に避難勧告を出すと、ひとかたまりになって顔を向き合わせた。
赤、黄色、青、緑の頭でなければ人間と見間違えそうな完成度の模造ボディ。
「……私たちはどうするべきか、みんなの意見を伺いますわ」
「あたし思うんですけどぉ、既に内部には汚染物質が充満しているはずなのに、どうして侵入者はあんなに速く行動できるんでしょうねぇ?」
「そうね〜、レベル5スーツなんて着てたらあの早さで破壊工作するのは無理よね〜」
「……人間では無理だな」
「あっ! そうかぁ! つまり侵入者はぁ……」
「使徒、と言う事ね」
演算に集中し周囲への注意が鈍っていたJAガールズの傍に、いつの間にか金髪のお姉様が立っていた。
「あなたは……ご高名なアカギリツコ博士! お目に掛かれるとは光栄の至りですわ!」
リツコは赤い髪の少女に微笑で答えると、すぐに鋭い表情に戻って一同をぐるりと見回した。
「……あなたたち、人類の命を救う手伝いをしてもらえないかしら?」
結局、時田がたらい回しにされた上でようやく約束を取りつけられた戦略自衛隊が到着するまで、推定45分を要する。
到着してもJA内部で暴走を引き起こしている侵入者を排除できるのか、まったく未知数である。
それでは間に合わない可能性が高いと計算機は答えを出した。
爆発を防げる確率は僅か0.0002%……まさに奇跡と呼ぶべき低さである。広がる空気は重い……が。
―――まだ手段は残っている。
そう語ったリツコはなかばネルフ本部へ連絡を入れ、レイと零号機を呼びつけた。
巨大なゲイラカイトのようなフォルムの黒い輸送機によって大空を運ばれてきた零号機。
輸送機にはリツコとマヤが乗り込んで、レイと顔を突き合わせていた。
リツコは真剣な表情で頭に黒いネコ耳を装着、くいっくいっと位置を合わせながら語った。
「目標はJ・A。10分以内に炉心融解の危険があるわ。だから目標をこれ以上人口密集地に近づけるわけには行きません。……日向二尉」
「はい」
「零号機を切り離した跡は速やかに私を管制室に降ろして、その後離脱。安全高度まで上昇して」
「了解」
マヤはキラキラした瞳でリツコ(の頭の上のそれ)を見ている。
「目標と併走しマヤを背後部に取りつけて。以後は目標の移動を可能な限り堰き止めるのよ」
「……乗るの?」
レイは顔色の悪いマヤを見てぼそりと言った。
「そ、そうよ。だ…大丈夫…、これが、あるから」
マヤがウエストポーチから取り出したボールペンらしき物体を見て、納得し肯くレイ。
「目標を肉眼で確認」
日向の緊張がにじんだ声を受けてリツコはマヤとレイに言った。
「頼んだわよ」
「はい」「は、はいっ」
マヤはボールペンの先端についた青い球体と、その中に封じ込められた金色のラインが描く水星のマークを見つめると、上手く動作してくれるように祈った。あとついでに、どうかこの輸送機が落ちませんようにと。
そして、リツコの顔をちらりとうかがう。すると彼女が咳払いをし、全員に背中を向けて小さく呟く。
「……マヤちゃん、変身よっ……」
「せ……先輩が私のことを…マヤちゃんって呼んでくれるなんてっ!」
「いいから早くしなさい!」
マヤはほんのり耳を染めているリツコを横目に右手を高くかかげると、開発中プロトモデルであるそれに向かって唱えた!
「マ○キュリー×××ーーーーーメーーーイクアーーップ!!」
「伊吹二尉……そのままは問題だと思います」
「うっ、だ、だって……開発中のを持って来ちゃったからまだカスタマイズが終わってないんだもの……」
とにかくマヤの手の中にあるそのペン状の物体から、その青い球体から水星のマークが飛び出した!
それはどんどん拡大して視界を覆い尽くさんばかりに膨れ上がると、弾けて白と水色の水玉模様になって空気を染め上げて行く!
「レイ、良く見ておきなさい。いずれあなたにも必要になるわ」
「……はい」
半透明で裸身に見えていたマヤの身体に、どこからか飛んできた水流がまとわりつき、プラグスーツとかブーツとか、美○○戦士の戦闘服を形作っていく!
「○ー○ーマ○キュリー!! ○でもかぶって反省しなさい!」
びしっと決めポーズが炸裂ずるマヤ。このポーズとセリフまで言わないとプロテクトは解除されないのである。
正直ミサトよりもちょっぴり良く似合っているかもしれない戦士がここに誕生した! 仮に!!
「博士、全部そのままは問題です」
「あとで諜報部に修正かけてもらうから大丈夫だとは思うけど……ならこうしましょう、マヤ」
あなたがネルフ上層部の人間で無いならば、この映像は極秘機密漏洩防止の為、該当部分には修正がかけられているであろう。
そしてリツコから耳打ちされたマヤは、もう一度決めポーズを作って言った。
「伊吹マヤキュリー!! LCLでもかぶって、反省しなさいっ!」
なぜリツコがいつも恥ずかしそうにしているのか、彼女はようやく身を持って理解したのだった。
「……先輩自ら考案のネーミングなんて……幸せですっ」
でもなかった。
黒ゲイラから切り離された零号機は
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!」
と絶叫を上げるマヤを手の中にしっかりホールドしながら落下して落下して落下して、JAより僅かに前方へと着地した。
盛大な土煙を上げる零号機はJAが横を走りぬける瞬間を狙って、不恰好な機体の後部から飛び出している取っ手を掴む。
下を見るな見るなーと思いつつも、ついつい下を見てしまいその高さに頭がクラクラするマヤ。
それでも果敢にJAへ乗り移って行く。
JAの前方に回りこんだ零号機が、全身でそれを受け止めて、押されて足をズズ…ッと滑らせながら抑え込む。
既に破壊されているバックパックのハッチからは尋常でない熱が溢れていた。
「スゴイ熱……急がないと、厚木が危険だわ」
赤い光におおわれた通路を見て眉根を寄せるマヤは、壊れたハッチに歩みよって行った。
「コントロールルームに辿りつくまで私の体力が持つかしら……」
そしてマヤは右手を自分のこめかみに当てた。するとシャラランと涼しげな音を立ててクリアブルーのゴーグルが現れる。するとゴーグル内蔵の通信機が電波をキャッチした。
『マヤ、聞こえる?』
「先輩?」
『やっとつながったわね。今、管制室に向かっているわ。着いたらそこから指示するから』
リツコが装着しているであろう黒いネコ耳には、プラグスーツ戦士たちと音声通信が出来る機能があるのだ。
「はいっ!」
いいお返事を返したマヤは腕をクロスさせてその場で一回転ターンを見せた。
「シャボーーーーーンLCLぅーーーーフリージングっ!!」
交差させた腕の交点付近に生じるオレンジ色の液体のボールが、勢い良く弾けてたくさんのシャボン玉を生み出し、霧のように飛び散る。
たちどころにシャボン玉の霧は広がり通路の壁に付着すると、冷気を帯びて凍り付いていく!
JA内部は今も暴走によって爆発寸前まで発熱しているとは思えないほど涼しい環境たりえるのだった。
『あー、あー、ミズイブキ、聞こえますかー? どーぞ』
「だ、誰ですか?」
『聞こえるようね。今のは「JAガールズ」の青い髪の子の声よ。彼女たちにもサポートしてもらうわ』
「は、はい、わかりました」
ちなみにマヤにはATフィールドは扱えないが、もともとプラグスーツにはその外見からは想像もつかないほどの強靭な防御力が備わっているので、汚染物質如きではびくともしないのだ。手足が剥き出しに見えても、全然大丈夫なのだ。そうったらそうなのだ。
『あと6分しかありませぇん! 急いでくださぁい!』
多分黄色い髪のメガネの子であろう声に急かされてマヤは、ゴーグルの左側に小さくついたボタンらしきモノを押す。と、半透明なJA内部の地図が表示される。
あまり視界のよろしくない通路を必死に走るマヤ。
途中、いくつかの曲がり角で天井付近にぶら下げられた監視カメラが破壊されているのが見えた。
「……何かに押しつぶされたみたい」
『通路に破壊された痕が無いところを見ると、侵入者のサイズはそれほど大きくないと推測できますわ』
「カメラが壊されているのに、こちらが見えるの?」
『今はミズイブキの装着しているゴーグルから映像を送ってもらってま〜す』
そしてコントロールルームを発見したマヤは、ガシャンと非常スイッチのカバーを殴り壊して(プラグスーツを着用していない人は真似をしないで下さい)奥へと入り、そこに発見した、
「先輩!コンソールがありました!」
壁からオブジェのような丸い棒にしか見えない制御棒が何本も生えている場所に、手動操作用端末が生き残っていた。
『使徒はそこには居ないかしら? ではこちらからの指示に従って打鍵してちょうだい』
リツコに促されてすぐに端末に取りつくとキーを叩くマヤ。PASSWORDと表示してパスワード入力を求めてくるコンソール。
キ
キボ
キボウ
希望
しかし無情にも端末は受付を拒否、甲高いピーという音で答えた。
『エラー!? 何か変よこれ!』
『もう一度お願いしますわ!』
再度打ち込まれるパス。しかしまたしてもエラーの音が拒絶を返してくる。
『……間違いないな。プログラムが変えてあるんだ』
『よほど訓練を積んだ工作員なのね。ここまで鮮やかには私たちでも出来ませんわ』
―――ロボットはいいねぇ。ロボットは人の心を潤してくれる……
「誰っ!!」
―――名乗る程の者じゃないさ。悪いけど、顔も見せられないしね。
「そこね!!」
マヤがゴーグル内蔵センサーに微かな反応を見つけ、制御棒の陰に隠れている人物をびしっと指し示した。そして間髪入れず必殺技を放つ!
「シャイーーーンLCLぅーーーイリュージョーーーン!!」
手のひらから発生したオレンジ色の液体が塊となって陰へ飛んでいく。それは飛翔しながらマヤキュリーの形に変化し、ドゴォッ!!と流星キックをお見舞いするっ!
しかし一瞬早く声の主は身を翻し軽々と攻撃をかわすと、消えた。文字通り消失したのだ。
攻撃を外し床を凹ませるに留まった分身マヤキュリーはオレンジ色の液体に戻るとパシャンと弾け、こちらも消失する。
―――そろそろ僕も引き取るとしよう。それにしてもロボットはいいねぇ……―――
そして一瞬後にはコントロールルームの入り口から出て行く後姿を『残像』として、通路の奥へと音も無く『歩き』去った。
「……反応が消えた!? ……だめだわ、もう何も見えない……あれが、使徒なのね……」
ゴーグルに点滅していた光点が見えなくなり、呆然としていたマヤだったが、次の瞬間耳に飛び込んできた黄色い悲鳴で我に返った。
『うきゃぁぁぁぁ動力炉、臨界点まであと0.2ぃっ!』
『制御棒も作動しませ〜ん!! こうなったらっイチかゼロか……押してみるってのは?』
『ダメに決まってるでしょぉ』
『マヤ、どうやら制御システムが書きかえられているようなの。アレをつないでくれるかしら?』
「アレ、ですか……? あ、はいっ、了解です!」
マヤはどこから取り出したのかポケットサイズのコンピュータから青いケーブルをぴーっと伸ばし、赤い文字でエラーが点滅する手動操作用コンソールにつなぐと、普段オペレータとして働いているときの3倍近いスピードでキーを打ちはじめた。
『何をするつもりですか、アカギリツコ博士?』
『もう一度システムを書きかえるの』
『無理ですわ! もう時間がありません! ミズイブキに逃げるよう命令してください!!』
『それは出来ないわ』
『博士。私たちには「人間を守らなければならない」と言う鉄の掟が刻まれています!』
『これ以上彼女をJA内部に留まらせるつもりならば、我々が突入し、実力で機外へ出ていただかなくてはなりませんの!』
『それは出来ないと言っているのよ。みすみす止められる暴走を見過ごすワケにはいかないわ』
『止められる……どうやってです!?』
そんな会話を聞き流しながらマヤは、知の神の象徴でもある水星のマークがついたポケコンを操作してMAGIと接続した。
「MAGIですって!? あの芸術的なまでに洗練されたシステムに触れられるのですか!」
「3人が3つのユニットそれぞれへ信号を送って操作。残りの1人は演算結果をまとめてJAのシステムを再度書き換え。良いわね?」
時田は的確に指示を飛ばすリツコの手腕に見とれ、立ち尽くしていた。
なんという判断力、なんという人(?)徳、なんというネコ耳だ! 今日はじめて接触した計算機をもはや手足のように操っているではないか!
役に立たない主人を完全に無視している4人の少女がそのアンテナから電波発信フルパゥワーで、マヤのポケコンを通じてMAGIとリンクする。
激しく光る赤い少女のアンテナ。瞬間的に流れ込んでくるMAGIの膨大なデータ。
「「「「ぅぐっ!!!!」」」」
突然重力が倍になったように重たい(圧縮率の高い)信号が全身を巡る。オーバーヒートしそうになる頭脳を酷使して、JAのシステムを再び書き換え、支配者に戻ろうとするJAガールズ。
マヤは制御システムのコンソールを高速で流れて行く文字が速すぎて、人間である自分には読み取れないことに苛立ちを感じながら待っている。
「急げッ! 早くッ!! ……うぅッ、熱いッ……頭が焼けそうだッ!!」
「ひぃぃぃぃ臨界まであと0.1ぃぃぃ!!」
「ダメですわ! ばく…爆発しますっ!!」
「諦めるなッ! 改造オペレーティングシステムファイルの転送完了まであと2.08秒ッ!」
「ミズイブキ! 画面が変わったらさっきのパスワードを!!」
コンソールに流れていた文字が消え、黒い画面にオレンジの文字が新たに現われた。
『ジェット・アローン操作用オペレーティングシステムの消去
及び改変プログラムのロード完了
全てを白紙に戻す最後のパスワードを入力してください』
キ
キボ
キボウ
希望
カタカタカタ、タン!とマヤが指を振り下ろした。
瞬間。
ガクゥンと制御棒が壁に潜りこみ、照明が赤から緑に色を変えた。
減速材や冷却材も注入され、急激に低下するJAの温度。
「やったぁ!」
ある者はバンザイし、またある者はデスクに突っ伏すJAガールズ。
「内圧、ダウンッ…」
「全て正常位置です…わ……」
頭脳をフル稼働させていた計算機たちは、冷却機能を最大まで動かして発熱に対応していたため皮膚の温度が下がりすぎ、結露を起こしていた。
それはまるで、この緊張状態がもたらした汗のように見えた。
そしてもうひとり、急展開にすっかり翻弄され汗だくになっている開発者がいた。
彼は生涯最大最強の感激に打ち震えていた。まさかこの科学の世にジャンヌダルクが再臨していようとは!
「赤木リツコ……そのネコ耳に完敗だ……」
研究一筋に生きてきた男の胸に「濃い」の花が咲くまでには、さほど時間はかからなかった。
ジオフロント、ネルフ総司令執務室。
来室者に威圧感を与えるために暗くされた室内で、ゲンドウは部下の報告を聞いている。
「零号機の回収は無事終了しました。汚染の心配はありません。重化学工業共同体の人型兵器は使徒と思われる敵性体の侵入を許し、対策方法を実現するまで全面的に計画を凍結したようです。開発中の変身モジュールを無断で持ち出していた伊吹二尉は1週間の自宅謹慎処分としました」
「ご苦労。だが、彼女の働きによって多くの人命が救われたというのに謹慎は厳しすぎるだろう」
顔の前で手を組んだままゲンドウは言う。リツコは少し動揺した。
この司令はこんなに良い人だったろうか? まさか既にニセモノと入れ替わっているのじゃなかろうか?
「しかし、お咎め無しというわけにはいきませんわ」
「では、恩賞を与えよう。何か無いか、冬月」
「……確か彼女はあの役職を希望していたと記憶しているが、それを与えてはどうかね。見た目にも適任だと思うが」
「よかろう。では赤木博士、彼女は謹慎明けから『第二種着装式決戦兵器使用承認担当者』を兼任するものとする」
「……わかりました」
リツコはさらに動揺したが、ことさら冷静を装った。
ミサト全開。もとい全快。
葛城家は再び平穏な日常を迎えていた。
「おはよぉー」
相変わらず薄着で家の中をうろつくミサト。冷蔵庫を開けると颯爽と缶ビールを取りだし、ぷしっと開缶。
喉を鳴らしながら一気に煽る。
「ぷっはぁ〜〜〜〜〜! くぅ〜〜〜っ! さてぇ次は朝シャン♪朝シャン♪ ブラっとパンツはどっこかいなぁ〜♪」
「葛城さん! 年頃の男の子が居るのにハシタナイ格好でうろうろしないでくださいっ!」
「おひょぉっ!? な、なんでマヤちゃんがウチに居るのよ!?」
「シンジくん、コーヒーお代わり貰えるかしら?」
「あ、はい」
「うわぁぁっ!? リツコまでっ!? どうしてハムエッグを食べてるの!?」
「私は今日から謹慎になるので、置いてあった荷物を取りに……」
「私はマヤに届け物があって来たのよ」
「え、私にですか?」
「ええ、あなたの家がどこか知らないから、ここの方が確実と思ってね。はい、これあなたに辞令よ」
「あら、マヤちゃん転属しちゃうの?」
「そ、そんな、私先輩のお傍を離れるなんてイヤですっ」
「あのー、辞令って紙袋に入ってるものなんですか?」
「なんかこー、いろいろ期待感を煽る怪しいカーキ色の袋ねぇ。ね、早く開けてみてよ」
「こんな……こんな袋で私は……」
がさごそとマヤが涙目で袋の中を覗きこむ。そしてふにゃ?と首をかしげて手を突っ込んだ。
「ドイツ? それともアメリカ支部勤務?」
なぜかわくわくしているミサトの前でマヤの手がつかんだモノは……。
「こ、これはっ!」
「ネコの…耳……ですか」
「うわぉ、これでマヤちゃんも念願かなって美人戦士のセコンドねっ!」
「……自分で美人って言い切るのはどうかしら」
「ありがとうございますっ! あの、つけてもいいですか!?」
と尋ねながら返答を待たずに白いネコ耳を艶やかなショートカットにオンするマヤ。
「どうですか先輩っ!」
「どう……って言われても……」
自分は好きで着けているのではないので、苦笑するほか無いリツコ。
「これで私も先輩みたいにカッコ良く『ミサトちゃん変身よっ!』って言えるんですね!」
「……それは言わないで」
さっくりとリツコの恥ずかしいポイントを突き刺すマヤ。しかもその悪気のゼロな満面の笑みで破壊力2倍。
「……それに、あなたのは本来『男性用』だから、私のモノとはキーワードが違うのよ。確か……『ミサト、変身だ』じゃなかったかしら」
「えぇ〜〜〜っ!? そうなんですかぁ〜〜!? そんなぁ……せっかく先輩とお揃いになれたのに……」
「って言うか男性用なんですか…それ……」
父さんが着けてたら似合それはない。とツッコミが早すぎてかぶるような想像をするシンジをにこにこしながら見ているミサト。そんな彼女にだけ聞こえるような小声でリツコは言った。
「ミサト、勝手に持ち出してごめんなさいね……副司令のアイディアなのよ」
「……あ、ううん、いいのよ。全然気にしてないから……」
僅かに微笑を翳らせて答えるミサト。
そんなやり取りにはさっぱり気付いてないマヤとシンジはまるで姉妹のように(笑)じゃれていた。
「マ、マヤさぁん! やめてくださいよぉ!」
「男の子用ならシンジくんにも似合うと思うの! ほぉら、可愛いわよ♪」
「あらぁ、ホント、良く似合ってるわよ〜シンちゃ〜ん」
「そんなミサトさんまでっ!」
この日、チャイムを何度鳴らしても出てこないシンジに痺れを切らした友人たちは先に行ってしまい、シンジと、そして愉快なお姉様方も遅刻の憂き目にあったのであった。
つづく
2000/07/20 初版。
「オレにも耳をくれ〜」な世迷いごとは三笠どらまでどうぞ。
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