『おや、これは困った事になったね』



……どうした……



『ガギエルが勝手に出て行ってしまったよ。まだ委員会に話をしてないのに』



……構わん……どのみち奴は水の中でしか…動けぬ……



『でも銀十字が海の底に沈んでしまうと厄介だからね。また予定外の出番かな』



……任せよう……自由にするがいい……




 
 















 まったく科学というやつは何と大きな力で、脆弱な生命をこの世に繋ぎとめてくれるのだろう。

 空は青。海も一面に青。
 人類が生身で生息できる青の限界値はとうに超えている。
 そんな致死量の青の中、人類の組み上げた緑の鎧が、そのプロペラで空気を切り裂く音を響き渡らせながら飛んでいた。その機体の名は―――

「ミル55D輸送ヘリ!」

 壮大な景色そっちのけで、カメラを構えたケンスケは機内をぐるりと撮影していた。

「こんな事でもなけりゃぁ一生乗る機会無いよ。全く、持つべきものは友達って感じ。なあシンジ」
「―――えー?」

 騒音が酷くぜんぜん聞こえない。
 だがミサトには聞こえたようで、後部座席に居並ぶトウジ、シンジ、ケンスケを振り向いてにぱっと笑う。

「毎日同じ山の中じゃ息苦しいと思ってねー。たまの日曜だから、デエトに誘ったんじゃないのよぉ」
「ええっ、それじゃ今日はホンマにミサトさんとデエトっすか? ……ならこれどないしよ」
「なに? それ」

 シンジが黒いジャージの人の手元を覗きこむと、丁寧に包装された四角い箱になんとか堂と店の名前が書いてあるシールが貼ってあるのが見えた。

「煎餅や。今日ミサトさんに会う言うたら妹が持ってけってうるさくてなぁ」

 黒いジャージの人の頭には前後逆向きなので肝心のマークが見えないが、明らかにそれと分かる黒い縞模様の入った某野球チームの帽子が被せられていた。

「あら、悪いわねぇ気ぃつかわせちゃって。あとで頂くわ♪ 妹さんにもヨロシクね」
「で、どこに行くんですか?」
「豪華なお船で太平洋をクルージングよ♪」

 ぱちりとウインクするミサトの笑顔もバッチリ、ケンスケのレンズに収まっている。きっと帰ったらすぐに書き込み禁止にして『これが葛城ムーンの正体だ! Vol.4』とかラベルを貼って本棚に並べられたりするのだろうが、それはさておき。

 雲が途切れると海に浮かぶ箱がいくつも見えてくる。どれも巨大な物体なのだが、いかんせん青の力が強い今の視界ではちっぽけに見えてしまう。
 それらは、いわゆる艦隊だった。

「おおっ! 空母が5、戦艦4! 大艦隊だ!! ホント、持つべきものは友達だよな」
「こら確かに豪華なおフネやなぁ……いったい幾らすんのやろ」
「でっかいなあ……50億円くらい?」
「足らん足らん。少なくとも100億円はするやろ」
「それでも全然足りないぞ。どうやらキミたちにはこの壮大なスケールが把握出来ていないようだねェ」
「エラそうに言いなや。お前かて10円20円の細かいソロバン弾いとるくせに」

 ヘリが徐々に近づいて行くと、大きいモノなんだと形が分かってくる。

「まさにゴォージャス! さすが国連軍の誇る正規空母『オーヴァー・ザ・レインボウ』!」
「よくこんな老朽艦が浮いてられるものねぇ」
「いやいやぁ、セカンドインパクト前のヴィンテージものじゃないっすか」

 甲板に並ぶ戦闘機やら何やらを上から捉えるビデオカメラ。窓から空母を見下ろすミサトたち。

 だが逆に下からコンテナ付きヘリを見上げる者も居た。

 プロペラの巻き起こす風が、彼女の長い髪と薄いスカートを躍らせる。
 逆光で陰になったその顔形は見て取れないが、シルエットから察するに美少女である。たぶん。




「おおぉーーーっ!! すっごい、すっごい、すっごい!すっごい!すごーい!すごーいっ!!すごすぎるぅ〜っ!! 男だったら涙を流すべき状況だねこれは!」

 まるでカキワリのように動かない国連軍のへーたいさんの前を、カメラを構えたケンスケが、360度ロックオン状態でくるくる回りながら通り過ぎていく。

「わあぁっ! 待てぇーーーっ! 待たんかぁ〜〜〜〜い!」

 トウジが風で吹き飛ばされた菓子折りを追いかけて走っていく。
 何が入っているのか知らないが、この程度の風で吹き飛ぶなんて異様な軽さだ。かなりの上げ底と見える。

「ふわぁ……」

 欠伸をおさえながらのんびりその後ろを行くシンジ。そして最後にバツの悪い顔をしたミサトが髪の毛を押さえて付いて行く形になる。
 その間もUNの陽気なグラサン野郎どもは笑顔を絶やさない。それどころか微動だにしない。

 通りすぎたはずのシンジが戻ってきてメカニックっぽい人をみつめる。
 そしてぱちぱちと瞼を瞬かせてぽつりと呟いた。

「……人形だ」

 黒いグラサンで隠された顔の前でシンジはひらひらと手を動かして注意を引いてみるも、やはり彼は動かない。

「ミサトさぁ〜〜ん、ちょっと見てください、この人たちみんな人形ですよぉ」
「えー? そんなコトあるワケないで……おおう!?」

 確かにシンジの言った通り、そこに並んでいる人々は人形だった。グラサンを奪われ、頬をぺちぺち叩かれても怒らない仁徳者でないのならば。
 ミサトも手近な黒人さんの鼻に指を入れてみたが反応しなかった。恐竜並みに刺激の伝達が遅いのでなければ、やはりニセモノだ。

「なんでこんなところに、こんなもの並べて……」
「あっちの人も動いてないけど人形なのかな?」
「誰か動いてるヒト見つけたら聞いてみようかしらね」
「そうですね」

 その間にもトウジを嘲笑うかのように菓子折りが転がっていく。既に包装紙の角は破れ、中の箱が覗いてしまっている悲惨な状態だ。

「くそぉーーっ止まれ〜、止まらんか〜〜〜い!」

 転がっていた箱はハイヒールを履いた動く人間の足にコス、と当たってパタリと倒れるとようやく停止した。
 ほっと息をつくトウジ。菓子折りを拾い上げると破れた部分を撫でながらはぁ〜〜と情けない嘆きをあげた。

 危うく海まで転がっていくかと思われた菓子折りを偶然にも救った人物は、足元でごそごそうごめいているトウジを完全に無視して仁王立ちしたままミサトが歩いてくるのを待っていた。
 なびく長い髪は艶のある茶色。光の加減で金にも見える。
 海と空が映りこんだかのように澄んだ蒼の瞳が、不適に輝きを灯した。

「ヘロォゥ、ミサト。元気してた?」
「ま、ねー。あなたも、背伸びたじゃない?」
「そっ。他のところもちゃんとオンナらしくなってるわよ」

 彼女の身に着けている色彩も生地も薄い、黄色のワンピースはひらひらとギリギリのボーダーラインを描き、思わずケンスケがズームをかけて追ってしまう。

「紹介するわ。エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット、セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレーよ」

 その時ひときわ悪戯な一陣が渦を巻くように彼女を取り巻き、ひゅうぅうぅぅぅ、と口笛を吹いた。
 ひるがえる黄色い裾。
 菓子折りから顔をあげたトウジの前に見える謎の天然素材、コットンの白いフェスティバル。
 カメラはさらにズームアップ。あわせて持ち主もヒートアップ。

 ―――パンッ!

「ぐぁっ!?」

 ―――ドゴッ!

「ぐほぉっ!!」

 閃く手足。鮮やかな連続攻撃。

 ―――ガシャン!





 

美少女…が出て来たのに誰も変身しないねぇ…戦士

葛城ムーン

第8話

「夏よ海よ青春よ!おまけに使徒もよ」

 





「何すんのやっ!?」
「おおおおおお俺の命を賭けて手にした最高級カメラがっ!!」
「見物料よ! 安いもんでしょ?」
「なんだとォ? そんなもんと比較になるような安いカメラじゃないんだぞ! 弁償しろぉぉ!!」
「それになんでワシらだけ殴るんや!? やるんやったら見たモン全員平等にせい!」

 そう言いながら呆然としていたシンジをひっ掴んで差し出すトウジ。

「えっ、えっ、ちょっと待ってっ」
「はぁ? なにワケわかんないコト言ってんのよ? パンツ見て喜ぶバカなんてアンタたちしか……」

 ギロリとトウジに睨みを効かせるアスカ・ラングレー嬢は、目前に突き出された恐怖に引きつるシンジの顔を一瞥すると、懐疑を合点に変えた。

「……ああ、なんだ。あんたも男だったんだ。じゃあ行くわよ」

 ブンと右手を振り上げるアスカ。しかし閃いた平手は空を切る。

「どうしてよけるのよ! タダ見するつもり!?」
「そ、そんな事言われても……」

 不意打ちならまだしも、殴りますよと言われたら身構えてしまうのは仕方ないじゃないかと脂汗がにじみそうな程緊張して後ずさるシンジ。じりじりと距離を詰めるアスカ。
 迫り来る脅威にすくむシンジ。その背後から彼をトウジがグァッシと羽交い絞めにする。

「さあ、バシっとやろうや」
「ト、トウジ!?」
「アカンなぁ、ひとりだけ逃げようやなんて甘い考え許さへんで」
「よーし、そのまま押さえときなさいよ」

 ニヤリと笑みをこぼしたアスカ、大きく振りかぶって第3球……投げました!

 ヒュゥゥンッ―――パシィっ!

 小気味よい音を立てたのはシンジの頬……では無かった。

「まぁまぁ、それくらいにしてあげてよ。彼だって見たくて見たワケじゃないんだしね」

 間に割って入ってきたミサトの手によって見物料の徴収は妨害されてしまったのだった。
 キッとミサトを睨むと掴まれた腕を振り解くアスカ。

「ジャマしないでよっ! こんな冴えないヤツに見たくないなんて言われたら侮辱だわ!」
「僕何も言ってないんだけど……」
「仕方ないわねぇ、目には目をってことで、こうしたらどう?」

 ミサトは真面目な表情でカチャカチャとシンジのベルトを緩めると、するっとズボンを引きずり降ろす。

「――――――っ!!」

 シンジの悲鳴。アスカは余りにバカげた光景にぽけーと口を開けて眉毛をひくひくさせている。

「何するんですかっっっ!!」
「ミサトさん、いくらなんでもそらぁあきまへんて」
「あ、やっぱりダメ?」

「―――ほら泣くなよシンジ。パンツぐらい見られても減るモンじゃないだろ? あ、悪い、そういうつもりじゃなくて、えーと……見られたのが2人で済んで良かったな……もヘンだな。えー、犬に噛まれたとでも思って……ダメだ。つまり、そのー、人の世の不条理と言うものはだな……」





 日頃なら屈強なオヤジたちの祭に等しい人員構成の艦橋も、今日だけは社会科見学の如くにぎやかだった。
 ごつい四角い顔にヒゲを豊富に蓄えた老齢の艦長と、その傍らに控える長身細身の副艦長。相対するは我らが葛城ムーン率いるチルドレン&フレンズ同盟軍。
 不機嫌な艦長が、黒線修正だらけのミサトの身分証を彼女に返しながら曰く。

「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたが、それはどうやらこちらのカン違いだったようだな」
「ご理解いただけて幸いですわ、艦長」
「いやいや、私のほうこそ久しぶりに子供たちのお守りが出来て幸せだよ」

 旧世紀よりずっと海と戦ってきた老兵である彼からすればミサトも“子供たち”の範疇だ。そして、たっぷりと皮肉を篭めて言ってやったわけだが、ミサトはさらりと受け流す。

「この度はエヴァー弐号機の輸送援助、ありがとうございます。こちらが非常用電源ソケットの仕様書です」

 ミサトが持参のファイルを開き、挟まっていた書類を手渡す。が、そこに記されたネルフマークが気に入らないのか、艦長は見やしない。

「……フン、大体この海の上であの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃおらん」

 充実した装備が溢れかえる艦橋を「おお〜っうお〜〜っ」とおたけびを上げながら録画しつづけるケンスケ。予備のカメラを持っているとはあなどりがたし。

「万一の事態に対する備え、と理解していただけますか?」
「その万一に備えて我々、太平洋艦隊が護衛しておる。―――いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」

 副艦長に目配せを送る艦長。打てば響いて副艦長は涼しい顔のまま答える。

「某組織が結成された後だと記憶しておりますが」
「玩具ひとつ運ぶのに大層な護衛だよ。太平洋艦隊勢揃いだからな」
「エヴァーの重要度を考えると足りないくらいですが。……ところで、この艦についてお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だ」
「なぜ甲板にダミーを配置しているのか、その意義についてご説明願えますか?」
「何を言っているかわからんが、エヴァ弐号機及び同操縦者は、ドイツの第3支部より本艦隊が預かっている。君らの勝手は許さん」

 取りつくしまも無い艦長。その態度からは話す気が無いだけなのか、本当に知らないのかの判断がつかなかったのでミサトは、ひとまずニセ乗組員について後回しにして話を合わせる。

「では、いつ引き渡しを?」
「新横須賀に陸揚げしてからになります」

 副艦長は直立不動のまま落ち着きのある声で告げた。

「海の上は我々の管轄だ、黙って従ってもらおう」
「わかりました」

 ミサトはパタンとファイルを閉じると、幾ばくか硬い声で宣言する。

「但し、有事の際は我々ネルフの指揮権が最優先であることをお忘れなく」
「……カッコえぇ」
「まるで調子が悪い時のリツコさんみたいだ」
「調子エエときはアカンのかい」
「耳がついてたりするから、ちょっとね」
「……耳が無いときもあるんか?」

 そこへ入り口の扉から新たな声が飛び込んでくる。

「相変わらず凛々しいなぁ」
「加持センパイっ♪」

 暇そうだったアスカの表情が晴れわたり、弾けるように振り向いた先には不精ヒゲの優男が立っていた。

(!!)

 ミサトの外面が一瞬ではがれ「ゲゲェェェェェッ」と叫ばんばかりに驚き歪む。
 あのよれよれのスラックス、第1ボタンを留めないでネクタイも緩みっぱなしのだらしない、それでいてフェロモン全開なあの男は間違い無くヤツだ!

 艦長は彼の姿をみとめるとやれやれまたか、とげんなりして言う。

「加持君、君をブリッジに招待した覚えはないぞ」
「それは失礼」

 悪びれず軽く流し、加持と呼ばれた男は艦橋へ入り込んできた。聴いちゃいない。




 やかましいネルフ一行がようやく口先ばかりの謝辞を述べて退出した直後、艦長は心を落ち着けるために母なる海を眺めながら舌打ちをした。

「Shit! 子供が世界を救うというのか」
「時代が変わったのでしょう。議会もあのコスプレに期待していると聞いてます」
「あんな小娘にか!? バカどもめ、そんな金があるんなら、こっちに回せばいいんだ」
「まったくです。ですからその願い、私が叶えて差し上げましょう」
「ああ、できるなら是非そうしてくれ……ん?」

 背後に妙な空気を感じた艦長がいぶかしげな目を向けると……鉄仮面とあだ名される副艦長が冷笑を浮かべていた。

【そのためには準備が必要です。完璧な計画が……】
「どうした、寝不足か? 目が真っ赤だぞ」

 違和感、それは未知なる事態への恐れを呼び起こし、永い間死と近しくも命永らえてきた艦長ですら身がこわばるのを感じた。

【あなたはリリンの中では優秀な破片だ……だが、ワレラに抗がう事が如何に無意味かを知らない】
「何を言っているのだ!?」
【暫く活動を休止するがいい。目覚めたときには願いが実現しているだろう】

 不意に目にも止まらぬ早業で、首筋を人差し指と親指の2本でがしっとホールドされる艦長。
 彼の指は冷たい。氷を押し付けられたかのように。

「な、なにをする!? うっ……うわぁああ…ぐっ!!……うっ」

 ぐったりと崩れ落ちる艦長から手を離した副艦長は、指先から吸収した生命エネルギーで元気いっぱい。やや興奮気味に肩を上下させながら動かない上官の身体を見つめていた。
 そこへ緊急の通信が入る。
 ドキリとする副艦長の耳に、少年らしき年頃の美声が聞こえてきた。

『―――戦艦はいいねぇ。船旅は人の心を癒してくれる……』
【こっ、これはタブリス様。何時の間にこのフネへお出でに……おや? タブリス様? どちらですか?】
『アンドロニカスとか言う取り巻きの中さ。ところでガギエル、この艦隊にはリリンの姿が見えないようだが、どういう仕掛けだい?』

 副艦長はタブリスの声色から、無断で作戦を開始した自分を咎めに来たわけでは無さそうだと判断してほっと安堵すると、自信たっぷりに語り始めた。

【極東支部で唯一の頭脳派と呼ばれるこの私の作戦は完璧です。力押ししか能の無い若番の奴らとは一味違いますよ】

 くくくく、と喉を鳴らす副艦長。真紅の瞳がギラリと鋭く輝く。

【まず邪魔の入らない状況を作るため、時間をかけて艦隊のリリンほぼ全員からエナジーを奪い支配下に置いたあと秘密裏に佐世保で降ろし、怪しまれぬように人形を代わりに乗せて無人航行をしています】
『エナジーを奪うなんて芸当は僕らには出来ない筈じゃないかな? それに人形はかえって怪しいと思うけどね』
【それは、その……見解の相違ですな。私はどちらも是と考えます。ええと、そして―――】

 ネルフへ非常用電源ソケットの貸し出しを依頼。その際使徒襲撃の可能性を強く印象付ける事で予備パイロットか、出来れば葛城ムーン本人を呼びつける。
 罠は効果的に発動しており、見事葛城ムーン(では無いかと噂されている作戦部長)を引きずり出す事に成功した。

 後は駒を進めるだけだ。
 空母ごと海に沈めるもよし、チルドレンとやらを人質に取って幻の銀十字を要求するもよし。

 孤立無援の海上で、誰にも届かぬ悲鳴を上げるがいい!

『―――なるほど、悪くない。しかし、沈めるのはいただけないね。銀十字はガラスのように繊細な品だ。海底に沈めば水圧で破壊されてしまうかもしれない。彼女の始末は艦内でつけるように。いいね?』
【はっ、かしこまりました。すぐに幻の銀十字と葛城ムーンの亡骸をお目にかけられるでしょう!】

『……ただ、ひとつ気がかりな事がある』
【と申されますと、ずっとこの艦隊のどこかから発せられているアノ気配、ですかな?】

『そう。君の本体もそれを探したくてうずうずしてるんじゃないかい?』

 図星をさされてふう、と吐息をつく副艦長。

【実は先ほどから押さえつけるのに苦心しています。ここはひとつ開放してやろうかとも】
『まあ、好きにするといいさ。僕は船旅の続きを楽しませてもらおう。やはり空母もいいねぇ……』





 これだけ大きなフネになると艦橋から船内深くへ降りていくエレベータまでついていたりする。
 金網で囲われた小さな箱の中に、ミサト、加持、そして子供たちが詰め込まれていた。
 空間は狭く、壁に押し付けられるような形でなんとか乗っている彼ら。

「なぁんであんたがここに居るのよ!」
「彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」

 ミサトの噛み付くような声にも動じない加持は、アスカを顎で指し示しながらひょうひょうと答えた。ミサトはこの世のお終い、終焉、大晦日がいっぺんに来たみたいな苦悩を浮かべて目をそらす。

「……迂闊だったわ……充分考えられる事態だったのに……」

 ぎゅうぎゅうと音を立てそうな密度で乗り込んでいるので当然接触も起きる。

「ちょっとォ! さわんないでよっ!!」「あ、あの……手が、当たってるんだけど」
「仕方ないだろ?」「仕方ないでしょ!せまいんだから!」




 これだけ大きなフネになると割と大きな食堂が用意されている。しかも昼時にはまだ早いのでガラガラの貸し切り状態である。
 ひとまず用事が済んで待機に移行したミサトたちはひとつテーブルを囲んで茶などしばいていた。
 何故か加持もその席に混じっていたが。

 ミサトの真正面に陣取った加持は、彼女の顔をじっとみつめながら微笑みのような、そうでないような微妙な表情を見せている。

「今、つきあってる奴、居るの?」
「それがあなたに、関係あるわけ?」

 ミサトはかなり苛立っているような、そうでないような微妙な表情で即答する。なんとなく二人を見てしまう子供たち。

「あれ、つれないなぁ」
「……」

 二人の過去になにやら浅からぬ因縁があるようだと感じ取ったアスカが、むっと眉根を寄せて不愉快をあらわにする。
 次に加持はシンジに目を向けた。

「君は葛城と同居してるんだって?」
「え、ええ」
「彼女の寝相の悪さ、直ってる?」
「「「えぇ〜〜〜っ!?」」」

 ガタガタン!と椅子が振動する音。
 アスカ、そしてトウジとケンスケも、目前で繋がれていない猛獣が口をガバッと開いたかのように危機一髪!な驚愕のポーズを取った。ひとりその深〜い意味が理解できていないシンジだけは額面どおりに受け止めて、正直に答えていいものかどうか迷う。
 テーブルに手をついてぐぁたぁん!と立ちあがったミサトは茹で蛸のように赤い顔で爆発する。

「な……なっ! なな何言ってるのよっ!!」
「相変わらずか。碇シンジ君」
「あ、ええ。あれ? どうして僕の名前を?」
「そりゃあ知ってるさ。この世界じゃ君は有名だからね」

 加持はシンジに意味ありげで実は無い薄笑いを見せると、淡々と述べる。

「何の訓練もなしに葛城ムーンを実戦で動かしたサードチルドレン」

 テーブルにゴンと額をぶつけ、突っ伏すミサト。

「いや、そんな……誤解ですよ」
「誤解も運命の一部さ。才能なんだよ、君の」
「あの……わけわかんないんですけど」

 さしものシンジも苦笑い。

「俺もわからない」
「へ?」
「普通に考えれば葛城ムーンを操縦できる筈がない。なのに、どうしてそんな噂が広まったのか全然理解できないんだ。ま、噂なんてどこかしらいい加減なモノだけどな」
「……はぁ、そ、そうですか」
「じゃ、また後で」

 加持が席を立ってもミサトは暫く顔を伏せたまま拳を震わせていた。
 怒ってるのか笑ってるのか、無いとは思うが泣いているのか。微妙なぷるぷるを見極められず、その場の誰もミサトに声をかけようとはしなかった。
 それ以前にトウジやらケンスケなどは「えぇ〜〜っ」のポーズで固まったままだが。





 海原をかき分けながら関東地方を目指す空母の後尾あたりで、空を眺めながら落下防止のフェンスによりかかる加持。隣りには海を眺めながらフェンスに両腕をついて身体を支え足をぶらぶらさせているアスカ。あぶないから真似しないでね。

「どうだ、碇シンジ君は」
「つまんない子。あんなのが選ばれたサードチルドレンだなんてゲンメツ」
「しかし、いきなりの同居で彼の耐久日数は40を軽く超えてるぞ」
「ウソっ」

 驚き、ちょっぴりシンジを見直すアスカ。
 驚かれたり見直されたりする辺り、やはりミサトに関する噂は大きな誤解・尾鰭が着いて伝わっているようだ。

 そして彼女は考えた。

 今まで現われた使徒は全て葛城ムーンの手によって屠られたと聞いている。
 日本で唯一稼動している零号機の戦績は芳しくない。
 一部では維持費の高いエヴァンゲリオンを増産する事に疑問の声が上がり始めているらしい。

 イコール。
 弐号機は初戦から華々しい戦績を上げて目立たなくては、せっかく掴んだパイロットの座もエヴァそのものと合わせて存続の危機である。

 ではどうするか?
 まずは敵の姿かたちについて情報が欲しい。
 使徒の倒し方を良く知っている葛城ムーン本人から戦い方を聞くのが一番だが、超えるべき対象に教えを請うというのは今ひとつカッコ良くない。
 ならば、彼女と住居を同じくするあの少年から聞き出すとしよう。

 実力に天地の差はあれど(とアスカは思っている)、一応同じチルドレン仲間である。
 この天才美少女アスカ様に質問していただけると言う栄誉を喜ばない筈はない。

 ないのよっ。





 ということでシンジはアスカに呼び出されて、弐号機が格納されている改造タンカーの格納庫に来ていた。

 アスカが格納庫全体を覆う布の端っこをめくって中へシンジを誘う。
 紫っぽいヘンな色の液体に半分漬かった妙な物体は、目玉レンズが4つもついていてお徳だった。

「……赤いんだ、弐号機って。知らなかったな」
「違うのはカラーリングだけじゃないわ」

 アスカはジャンプしてタンターンと弐号機を登って行く。目を見張るシンジ。

「所詮、零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ。起動も出来ない、起動しても満足に戦えないのがそのいい証拠よ」

 弐号機の上で雄弁するアスカ。驚きに声も出ないシンジ。

「けどこの弐号機は違うわっ。これこそ実戦用に作られた世界初の、本物のエヴァンゲリオンなのよ! 制式タイプのね」

 いや、そんなことよりあなたは今どうやってそこへ登りましたか?と訊きたくてしかたないシンジ。

 しかし口を開くよりも早く―――ドゴォォォォォォォン!―――と破壊音が響く。

 何らかの外的要因により震動するタンカー。

「なっ……なんだろ?」
「水中衝撃波! 爆発が近いわ」

 格納庫を飛び出したアスカたちは波飛沫の塊が戦艦に体当たりして爆発を起こしている場面に出くわした。

「―――あれは……まさか、使徒?」

 波間にちらちら、水泡でない白い色彩の何かが見える。

「あれが!? 本物の?」
「どうしよう……ミサトさんの所に戻らなくっちゃ……」

 どばしゃぁぁぁぁん!と爆音を巻き起こしつつ盛大にアタックをしかける謎の水柱。
 アスカは千載一遇の好機に恵まれたと感じ、ニヤリと口の端を引き上げると、呟いた。

「……チヤ〜ンス」





Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon





 その巨体からは想像もつかぬような高速で泳ぐ使徒に体当たりされ、真っ二つに折れた艦が無惨に沈んでいく様子を副艦長は楽しそうに眺めていた。

【シンペリン沈黙。タイタスも沈黙。そして目標は確認できず、と】
『派手にやってるようだけど、間違って僕のアンドロニカスまで沈めないようにね』
【どうですかな……アノ気配の正体が発見されるのが早いか、そちらの艦が沈むのが早いか。まあ、3隻も沈めればネルフが飛んできますよ……おっと、ウワサをすれば】

 バタバタと足音が近づいてくる。もちろん壁の向こうの通路なので人間の耳では聞こえないような音だ。
 あらかじめ用意しておいた双眼鏡を持って、暴れる自分の本体をながめる副艦長。

「ちわー、ネルフですが見えない敵の情報と的確な対処はいかがっすかー?」

 顔を出したミサトは真顔で小洒落たツカミを披露してくれる。つい、じゃ一杯もらえる?とノリたくなるのを抑えて、副艦長は静かに言う。

【戦闘中です。見学者の立ち入りは許可できません】
「これは私見ですが、どー見ても使徒の攻撃ですねぇ」
【全艦任意に迎撃】

 取り合わないフリをする副艦長の指示に苛立ち、目線をそらしミサトは苦々しげに吐き捨てた。

「…ムダなことを」

 無人のはずの戦艦の一隻から魚雷が発射され使徒を直撃する。しかし当然ATフィールドに阻まれて効果は認められない。

「しかし何故使徒がここに……まさか、弐号機?」

(残念ながらハズレだ。ワレラの狙いは幻の銀十字……葛城ムーンなのだよ……くくくくく……)





 アスカに手を引かれて青空の下の通路を走るシンジ。

「ねえ、どこ行くんだよー」

 アスカは船内に降りる階段を見つけるとシンジを引っ張りこんで、赤いバッグから取り出した赤いプラグスーツを放り投げた。

「ほら」

 それは不思議な形状で、カラフルなスコートもついてなければ、手足も露出していないまるで全身タイツのようなフォルムをしていた。

「え、これってプラグスーツ?」
「そうよ。プラグスーツって言ったらこれしかないでしょっ」
「で、でも…ミサトさんのとか……あの、それでこれ、どうするの?」

 まさか着ろって言われるのかな……と6割方予想しながらも、否定の言葉が聞きたくて尋ねるシンジ。
 でもやっぱり裏切られる。

「あんたも!来るのよ!」

 びしぃっと人差し指を突きつけられ厳命されてしまったので、しぶしぶ階段の下で着替え始めるシンジ。
 着づらいよおおお、恥ずかしいよおおお、と泣きそうになっていると、上からアスカがひょこっと顔を出す。

「きゃぁあっ! のぞかないでよっ! エッチっ!!」
「ご、ごめん……」

 まさか悲鳴が返ってくるとは思いも寄らなかったのでガラにもなく謝ってしまったアスカ。

「なんで女の人って、ああ無神経なんだろ……くすん」

 悪戦苦闘するシンジよりも早くスーツを着込んだアスカは、再びそーっと顔を出して、うなだれた彼の背中を見た。そして複雑な表情をしたまま手首のスイッチを押す。
 ぷしゅんと空気が抜けるような音がして、ボディラインに密着する真紅のスーツ。

 ぐっと表情を引き締めて、戦士の顔に変わった少女は高ぶる自身に言い聞かせるように宣告した。

「―――アスカ、行くわよ」



 格納庫に舞い戻ったアスカは勝手に弐号機の出撃準備を進める。
 いつもの脚が出てるヤツよりも厚着なのに何故だか恥ずかしいらしいシンジはもじもじしながらその様子を見ている。

 エントリープラグが生えてきて、パコンと蓋が開いた。

「さぁ、あたしの見事な操縦、目の前で見せてあげるわ」
「やっぱり……乗るの?」
「そうよ。但し、邪魔はしないでね」

 シンジの襟首をネコ掴みしてプラグに放り込んだアスカは、しゅぱっとジャンプして次の瞬間にはシートに着席していた。
 そして蓋の閉じたプラグは二人の操縦者を乗せて弐号機に吸い込まれる。

「……えるつぃえるうぃゅんぐ……」

 プラグ内を虹色の光が走り、それが収まるとアスカは妙ちきりんな言葉を紡ぎながら目を閉じる。

「あんふぁんでーべうぇぐーん……あんふぁんですねるふぇん、あんしゅっせぇす……おうぞろれいすぃずふぉん、りんくすくらいぐぅん……しんくるしゅたぅと」

「何語?」
「ドイツ語。多分ね」
「多分?」

 アスカの唱えたジュゲムに呼応して動き出す起動プロセス。しかし赤い文字(多分ドイツ語)が周りじゅうに浮かび上がり、ピーピーと鳴る音と共にエラーを示す。

「あ、バグだぁ……発音が良くなかったから?」
「違うわよっ! これは思考ノイズ! ジャマしないでっていったでしょ」
「何で?」
「あんた日本語で考えてるでしょ。ちゃんとドイツ語で考えてよ」
「わ、わかったよ。……バ…バームクーヘン?」
「バカっ! いいわよ、もう! 思考言語切り替え、日本語をベーシックに!」

 音声による命令を受け付け、プロセスをやり直してくれる弐号機。

「エヴァンゲリオン弐号機、起動!」

 でも本当は発音が良くなくて出たエラーなのだが、恥ずかしいから秘密にしておこうと誓った。





「なぁ、ケンスケ」
「なんだ?」
「あのサカナはうろうろうろうろと何を探しとんのやろな」
「それはオレの方が聞きたいよ。トウジ、お前だったら検討つくんじゃないか」
「いやぁ、さすがにサカナの気持ちはわからんなぁ……でも、そうか……この辺におるとアブナイんちゃうか? もう誰か使徒に憑かれとるヤツがおるかもしれへん。ちょっとケンスケ目ぇ見してみいや」
「あ? ―――いてっ! おい、やめろって! オレは大丈夫だって!」

 子供たちの会話を小耳にはさんで副艦長の顔がこわばった。

(なぜこの子供たちが使徒の情報を持っている? まさか、こいつらもパイロットなのか? ……いや、パイロットなら幾らでも御し様がある。計画に変更は必要ない)

 一瞬で自己完結したらしくすぐに元の鉄面皮に戻るが、再び彼の顔をこわばらせる通信が飛び込んできた。

『エヴァンゲリオン弐号機、発進しまーす!』
【なにっ!?】

 双眼鏡を改造タンカーに向けると、弐号機は格納庫を覆い隠していた白いカバーをマントのようにまとって立ち上がっていた。

【しまった、既に向こうに乗り移っていたのか……】

 艦隊を沈めてやればチルドレンともどもここに来ると思っていたが、こうなるとここで正体を明かして二正面作戦になるのは不利だ。まずあの赤いヤツを叩いてから、後にこの寄代のリリンにコアを移して……

「アスカ、ナイスっ! 非常用の外部電源を甲板に用意させるから取りに来て!」
『りょーかいっ』
『ミサトさん、一応僕も乗ってますー』
「あらま、それじゃ狭そうねぇ。二人とも、頑張ってね!」

(いや、場合によってはネルフ本部進入にこの女を利用する方法もあるな。ならば子供たちからエナジーを奪って無力化させ、寄代をあの加持とか言う男にするか? そうするならば問題はこの女が葛城ムーンなのかどうか、だが……)

 弐号機に視線釘付けでマイクを握り締めたミサトを横目でちらりと見る。

『ねぇこれB型装備のままだけど、海に落ちたらヤバイんじゃないの?』
『落ちなきゃいいのよ』

【……となればアレは破壊せずに仕留めた方が好都合、か……】

 ようやく作戦方針の再構築が決まったらしい副艦長は双眼鏡をのぞいたままボソリと漏らし、ガギエル本体が弐号機を襲うように向きを変えた。





 接近するにしたがって白い波飛沫はその巨大さを増してくる。

「こっちに向かって来てる!」
「さ、跳ぶわよ」
「とぶ?」

 白マントの弐号機はぐぐっと膝を曲げると、タンカーを蹴ってその巨体よりも高く跳び上がった!
 そしてお隣りの甲板へ着地、足跡は刻まれ、飛行甲板はぐしゃぐしゃに踏み荒らされてしまう。

 さらに二度三度と跳躍を重ね、フネからフネへ軽快に飛び移っていく赤い巨人。

【くっ、ちょこまかと落ち着きの無いヤツめ……】

 ガギエル本体に弐号機を追わせるも、追いつくに至らない。双眼鏡を構える副艦長に苛立ちが見える。
 ぴょんぴょこ飛びまわる弐号機についつい気を取られてチェイスに没頭してしまっていた彼が、空母で待ち伏せすればよかったと気付いたときにはもう遅かった。

『エヴァー弐号機っ着艦しまーーーす!!』

 ひときわロングジャンプを決める弐号機の衝撃で、空母が傾く。
 甲板でバランスを取り、傾きと反対方向に重さを乗せて補正する弐号機。しかしその過程で戦闘機やら何やらがザバンザバンと海に落ちていく。

「もったいな〜〜〜〜い!!」

 激震の中、涙を流してヒコーキの殉死を撮影するケンスケには、トウジも呆れを通り越して感心するばかりだ。

 着地した弐号機は足元を見まわして電源ソケットを探す。だが見つかったそれはリアクターと接続されていない、輸送ヘリから降ろしたまま、コンテナに入ったままの姿をしていた!

『ちょっと何よこれ!?』

 バキっとコンテナをこじ開けてソケットを手にした弐号機が艦橋にそれを見せて叫ぶ。
 ミサトはさぁっと顔色を青に変えると、すぐに気色ばんで副艦長を睨みつける。

「ちょっとぉ! 電源ソケット、なんで用意してくれてないのっ!?」
【いや、その……】

 乗組員が足りないからだ、とは言えない副艦長は口を濁す。

『来るよ! 左舷9時方向!』
『ああもうっ、どうなっても知らないわよっ!!』

 肩からプログナイフを取り出した弐号機は、接近するガギエルうぇ〜ぶを視界のど真ん中に捉えて、両手を伸ばす。シュィィンと刃が伸びて淡い光をまとうプログナイフ。

 空母に近づきながらガギエルが姿を波間からさらす。

『随分大きいみたいだ』
『思ったとおりよ!』

 さらに浮上したガギエルは空母に被害を与えないよう、最新の注意をはらって弐号機に飛びかかった!
 そして捕食もしないのに何故かついてる口を大きく開けてかぶりつく。

『くちぃいいいいいいっ!?』
『使徒にも口なんかあったんだ……』

 ―――ズドォォォォォォン!!

 弐号機が足を甲板にめり込ませながらもガギエルを受けとめる……しかし残念ながら上半身は口の中だ。

「アスカ! よく止めたわ」
『いったぁぁぁいっ! なんで歯まであるのよっ! こんのぉぉぉぉぉっ!!』

 ズシュ!っとガギエルの上顎につき立てられるプログナイフ。

【ぐあっ!】

 不意の叫びにミサトは、ケンスケたちもついつい副艦長に注目する。すると何故か彼は口を押さえており、そこからは赤い血が一筋、たらりと……。

 ズシュッ! ザシュッ!
 見れば弐号機は懸命に足を踏ん張りながら、中で奮闘しているらしく微妙にジタバタと暴れている。

【くっ、お、おのれぇぇぇっ……ぐああっ!】

 憎しみの篭もった赤い瞳を弐号機に向けてギリリと歯をきしませる副艦長だったが、疑いの目が自分に集中している事に気付くと慌てて口元の血をぬぐい、帽子を深くかぶり直して平静を取り繕った。

【……どうかしましたかな?】
「今更誤魔化しても遅いっちゅうねん」
「バレバレだぞあんた」

 冷ややかな子供たちの視線が痛い。

「あなた……実は使徒ね!」

 びしぃっと指をさされた副艦長は、もはや偽装もこれまでと覚悟を決めると、なにがおかしいのかくくくくく、と忍び笑いを漏らした。

【気づかれては仕方ない、いかにも私は使徒、その名も魚の天使ガギエル! 天に召されるその魂にしっかと刻んでおけ葛城ムーン!!】

 両手をばばーんと広げて正体を明かしたガギエルはついでに、ミサトが葛城ムーンなのか確かめる為にちょいとカマをかけてみたりした。

「なるほど……こっちもお見通しってワケね……」

 変身していない、幻の銀十字の力を解放していない状態で正体が悟られるとは思っていなかったミサトも、少なからず衝撃を受けてたじろいだ。
 右足を一歩引いて油断無く身構えるミサト。

 その瞬間、弐号機がガギエルの口をこじ開け、何故か中へ飛び込む。

「なんやぁ? 喰われたんちゃうか!?」
「いやいやぁ、そうとは限らないぞ。見た目巨大で頑丈でも、中は意外に脆いって事もある」

 ケンスケの指摘は正しかった。
 直後ガギエルの上部がずばばばばばっと割け、なにかいやーな色の体液にそまった弐号機が上半身を出す。

 そして赤い巨人は4つの瞳から輝きを失うとそのままガクンと糸の切れた人形のように停止した。
 しかし副艦長はくくくくと冷笑を続けている。

「本体がやられたのに随分余裕なのね」
【なに、既にコアはこちらに移した。古い器は赤いヤツを停められただけで充分なのだよ】

 副艦長の両目がギラリと輝き、その身体が赤い同心六角形の光で覆われる。



 どべんと飛行甲板を占拠するガギエルの亡骸。その白い巨体を下敷きにぐったりする赤いエヴァンゲリオン。

「……あんたさぁ」
「なに?」
「いつまで人の手握ってんのよ、すけべ」
「え? あっ、ご、ごめん! 僕、いつの間に……」
「アレの口こじ開けたときからずーっとよ、すけべ」

 さきほど着替えのときにエッチよばわりされた借りをここぞとばかりに返すアスカ。

「ごめん……わ、わざとじゃないんだ」
「じゃあ天然すけべ」
「うう……」




【はぁっ!!】

 副艦長の赤い光も美しい絶対恐怖パンチが艦橋の床をえぐる。飛び退るミサト。ドアの向こうからそーっと覗くトウジ。
 そして堂々と両者の間でカメラを回す、生きるジャーナリズム相田ケンスケ氏(14)

 ぐっと胸の十字架を握り締めたミサトはいつも遠くで見守ってくれている勇敢なネコ耳姉さんを呼ぶ。

「リツコっ、プロテクト解除お願いっ!!」

 そしてカチリと封印解除の音が……しなかった。

「あれ? リツコっ! リーツーコーッ!?」

 壊れたのかと思いロザリオをばしばし叩きながら繰り返し呼びかけるミサト。しかし直後、重大なミスに気づいて顔色を蒼白に変えた。

「……圏外だわ」

「あのー、仮にも国連直属の組織なんですから、通信衛星とか使いましょうよ」
「うん、今度リツコに言っとく。とりあえず今は……逃げろーっ!」
【させるかっ!】

 ドゴーンとミサトの退路に先回りして飛び来る副艦長の鉄拳が、今度は艦橋の壁をぶちぬく。
 その破壊力に恐怖感を抱いたミサトは、足を止め隙を作ってしまう。

 そこに容赦無く繰り出される裏拳。

 尻餅をつきながら危うくギリギリでそれをかわしたミサトだったが、艦橋の隅に追い詰められた形になってしまい逃げ場が無くなる。

【くくくくく……変身しないならそれでも構わん、その幻の銀十字を渡せ!】
「……イ…イヤよ! これは…あなたたちなんかに渡さない!」
【ならばどうする! リリン如きが、銀十字の力も借りずにワレラと戦うつもりか?】
「諦めるもんですか……最後まで、絶対諦めない!」

 懐に隠し持っていた銃を抜いたミサトは、連射して一気に全ての弾を撃ち尽くした。しかしATフィールドは破れず、ひしゃげた弾がパラパラと落ちるのみ。

 完全に副艦長が勝利を確信し、嘲るような笑みを浮かべ右手をミサトに向けた。
 その掌にブクブクと赤い色の泡が立ち、浮かび上がるように真紅の球体が迫り出てくる。

【弱すぎだ。話にならんよ、君は】

 その球体を握り締めて副艦長がトビウオの様に跳躍した。そして全力を篭めて拳を繰り出す!

 赤く光るATフィールドの塊となった彼が目前に迫る!!

 その時だった。

 後にケンスケが語る『砲弾のような黒くてツヤのある丸い物体』が艦橋のガラスをぶち抜いて飛来し、なんと副艦長のATフィールドをもぶち破って!彼の側頭部に激突したのは!!

 ごっ。

 一瞬にして赤い光は消え、副艦長は『物体』が飛んできたのと反対方向へ、どぐしゃっ、と墜落した。

「なに……なんなの……?」

 ミサトが呆然と、泡を吹く副艦長と砕けた丸い『物体』の破片を見比べている。

 すかさず窓側に駆け寄ったケンスケは今にも飛び上がろうとしている青いヒコーキを見つけて声を上げた。

「あああーーっ! ヤク38改! っていうか誰だあんなところに乗ってるのは!?」

 ケンスケには、カメラに映る光景が現実のモノであるとはとても信じられなかった。
 いや誰だって信じられないに違いない。

 その機体の『上』に彼は立っていたのだ。
 真夏だって言うのに、上下真っ黒の礼服を着て、シルクハットまでかぶった怪しげな仮面の男が!

 彼の声はエンジンの爆音が響く中、どういうカラクリかハッキリと聞こえた。

『花の命は結構長い……戦士の心に咲く、いかなる困難にも負けじと立ち向かう、勇気と言う花だけは……』

「何を言ってるんだ……あのヤバゲなタキシードの男は」
「タキシード!?」

 ミサトが割れた窓から落ちそうな勢いで顔を寄せ、飛び上がる機体とその上に立つ男を見つめる。

「……加持君……」

 ぼそっと漏れた呟きにげげげっと驚き、慌てて飛び去る機体をレンズで追うケンスケ。
 彼らの耳に再び男の声が聞こえる。

『さらばだ葛城ムーン、また会おう』

 ミサトは飛行機が見えなくなるまで空を見つめて何かを思っていた。




 ようやく騒ぎが収まったかなーとドアからそっと覗き込むトウジは、白目をむいて昏倒する副艦長と、

「……スイカ?」

 砕け散ったスイカの残骸を見つけて謎のラビリンスに囚われるのであった。






 新横須賀(旧小田原)

 自動車の後部座席に並ぶミサトとリツコ。
 色つきメガネをかけたリツコは停泊する空母の酷い有り様に苦笑を漏らす。

「また派手にやったわねぇ……」

 太平洋艦隊の被害は金額で言えば悲しい状態だったが、見た目はもっとひどかった。
 なにせ、甲板に使徒を載っけたまま港に現れたのだ。しかも切れ目からエヴァが出てるし。何か変な臭いするし。

「遠距離通信を考慮すべきだったわー」
「マヤを連れて行けば良かったかしら? それは次の課題として、今回は貴重なデータが取れた事でよしとしましょう」
「まあねー」

 ぱらりと報告書をめくるリツコ。そこに踊る文字に興味を惹かれ、思わず食い入るように見てしまう。

「……! ミサト」
「ん?」
「これは本当に貴重だわ」



 リツコたちが乗る自動車から少し離れて。

 自動で下るタラップに運ばれて降りてくるアスカとシンジ。
 彼らを見つけたトウジは素っ頓狂な声を上げて指差す。

「ペ、ペアルックー!?」
「いや〜んな感じ!……でもないな」

 撮らないでよぉと涙目で訴えるシンジをレコードしつづけるカメラ。



 リツコは報告書に印刷されたケンスケ氏スクープの衝撃写真を見て驚く。

「スイカでもATフィールドって破れるのね」
「理由がわかんなきゃタダのまぐれでしょ」
「あら、奇跡はあなたの十八番じゃなくて?」

 いろいろ複雑な心境らしく不機嫌なミサトの前に、ぴょこんっとアスカが走ってくる。

「ねーっ加持さんは?」
「先にトンズラっ。もう本部に着いてるわよ、あのぶわぁかっ!」





 ゲンドウの前に立つ加持。残念ながら(?)もうタキシード姿ではない。
 彼はゲンドウのデスクに頑強そうな銀色の合金製ケースを置く。

「いやはや、波瀾に満ちた船旅でしたよ。……船旅だったよな……なぜか飛行機に乗ってきたような気が……」
「途中で使徒の襲撃に会ったから脱出したそうだが」
「ああ、そうですか。いえ、どうも子供の頃の事故の後遺症か、時々記憶が無くなるんですよ」

 さらっととんでもない事を言う加持。しかしゲンドウはそれを知っているのか、無反応だ。

「やはり、コレのせいですか?」

 そしてケースを開く。

「すでにここまで復元されています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きてます。間違いなく」

 その中身はカラだった。

「人類補完計画の要ですね」
「そうだ。最初の人間……アダムだよ」

「では俺はこれで」
「待ちたまえ」
「……まだ何か?」
「中身が、無いようだが」

「…………こりゃまいったな。どこかで落としたかな……ちょっと探してきます」
「いや、無いなら無いで構わん。老人たちの手元に無ければ今はそれでいい」
「いいんですか? 重要なパーツじゃあ……」
「おいおい見つけてくれたまえ。その代わり、それよりも優先度の高い依頼がある」





 そして翌日、休み明け初日から疲れた顔をした少年たちは波乱に満ちた船旅について早くも想い出を語っていた。

「ホ〜〜ンマ、顔に似合わずいけ好かんオンナやったなぁ」
「ま、俺たちはもう遭うこともないさ」
「センセは仕事やからしゃーないわな。同情するで、ホンマ」
「そんなことよりケンスケ……昨日のディスク返してよ。どうするのさあんなの撮って……」
「やーだよ。そんなの決まってるじゃないか。葛城ムーンの秘蔵お宝グッズと交換だよ、こ・う・か・ん♪」
「うう……、ひどいよ。ミサトさんから物貰うのって、大変なのに……」

 そんな毎度の掛け合いを遮るように、がららっとドアの開く音がして入ってきた人物はお馴染み老教師と、髪のなが〜い、赤いヘッドセットを着けた美少女だった。

「……やっぱそうなるわな……」
「二度と会わないように言霊大作戦、大失敗か……」

 ガビーンと天を仰ぐトウジとケンスケ。

 彼女は流れるように流麗なチョークさばきで黒板に横文字で名前を記すと、太陽のような笑顔でハキハキと言った。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく!」







つづく 

 
2000/11/07 誤字修正改版

「早く変身しろー」なご立腹は三笠どらまでどうぞ。

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