……ガギエルが…以下同文……



『策士策に溺れる……または河童の川流れってところかな』



……我らが支配者はお怒りだ……次は必ず仕留めねばならぬ……



『人形が一体増えてしまったからね。こちらも大勢で行くのがいいと思うよ』



……ならば次なる使者は…イスラフェル……行け…そして必ずや……



『一心同体の連携に勝てるかな? 葛城ムーン…』




 
 







 
 
 





 パシャ。シャッターを切る音。
 登校中のアスカをどこからか隠れて撮ったらしき写真。名も無き男子のグループが非建設的な意見交換をしている。

「おい、見たかよ」
「見た見た」
「あの外人の転校生、グーだよなぁ」
「日本人じゃないのか? どーりで、学校で芸名名乗ってるなんて変だと思ってた」
「ハーフだかクォーターだかセンターバックだか、とにかく純和風じゃないらしい」
「惣流・アスカ・ラングレーっていうんだってさ」
「2年A組に転校してきたんだよ、先週」
「帰国子女だろ? やっぱススンでんのかな?」
「バカ言え。きっとドイツでツラぁ〜イ別れがあったんだ。見知らぬ土地で、傷ついた心も癒せずにいるんだよ!」
「「「おぉぉぉぉ」」」

 パシャ。再びシャッターを切る音。
 体育の授業中であろう、体操着で素足が眩しいアスカをどこからか隠れて撮影したらしき写真。
 校舎裏、壁に寄りかかって座るケンスケとトウジ。

「あーあ、ネコも杓子もアスカ、アスカか……」
「みんな平和なもんや。この街を守ってくれとるんが誰なんか、考えてもおらんのやろな」

 その足元には今世紀最後の奇才と将来呼ばれる事になるかもしれないキャァメラマン、ケンスケの切り取った日常の一部が、プリントされ写真の形になって並べられている。
 実はこれ、一枚三十円と言う値段で売られているのだ。日々の売上は決して多くはないが、これがなかなか収入源の限られた子供の懐には潤いを与えてくれる。

「ま、お子様はお子様とよろしくやったらいいさ。葛城ムーンの、その神々しいまでの美と活躍。その秘密に肉薄していいのは、この俺たちくらいってことだな」
「……おまえが言うと大げさで嘘くさ〜く聞こえるんやけどな」
「事実さ。ほら見てみろよこれ。巨大兵器のパイロットって言っても、その実はこんなもんさ」

 売れるカットとお蔵入りの仕訳をしていたケンスケが、ボツのうちの一枚を拾い、苦笑しながらトウジに見せると、彼は眉を顰めてうなった。
 そこには空き缶を投げ捨てた男子生徒の後頭部に、腕がぶれるほどの速さで潰した缶を投げ返しているアスカの姿が克明に刻まれている。次の瞬間にはジャストミート間違いなしの正確な狙いだ。

「このフォームやったら甲子園も夢やないなぁ」
「ああ〜〜また近くで葛城ムーンの活躍が見たいなぁ。この間の空母じゃせっかくのチャンスなのに変身も撮れなかったからなー! また近くで使徒でも出てこないかな〜〜〜」

 バシャ。ケンスケの頭の上に降って来た水が盛大な飛沫を上げて飛び散った音。

「うわっ!?」
「なっ、なんや冷たいのう!」

 揃って天を見上げる二人。遥か上方の窓から顔を出しているのは誰だろう?
 手に銀色のバケツを持った彼女は、濡れメガネとやや濡れジャージになってしまった行商人たちに明るい声を投げ下ろした。

「悪いわね、そんな所に人が居るなんて思わなかったのよ」
「ちっ、見つかったか。ネルフの二番手が小癪な真似を……」
「マ、マズイでケンスケ! 隣でイインチョがこっち睨んどるがな!」
「くそっ、ここはひとまず撤退だ!」

 水を吸ってしまったアルバムと写真をかき集めて逃げていく二人の背中を見失い、またつまらぬモノを斬ってしまったと言わんばかりの顔をしたアスカがバケツを置いて呟く。

「あ〜あ、日本の学校って退屈なのね」

 そう、ついに日本上陸を果たしたプチ台風娘、エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、惣流・アスカ・ラングレーはシンジたちも通う、ここ市立第一中学校に転入してからこちら、マニア層を除いて人気急上昇中なのだった。
 

 そんな退屈なある日の朝。通学路でシンジの姿を見かけたアスカは朝から弾けたテンションで声をかけた。

「ヘロゥシンジ。グーテンモゥゲーン」
「ぐ、ぐーてんもうげん……」

 この前弐号機に相席した際、些細な軋轢に端を発した恨みによって、さんざん「すけべ。すけべったらすけべ。」といぢめられた経験から、アスカさんはコワイヒトだと学習してしまったシンジが、逃げ腰で挨拶をかえす。

「まぁーた朝っぱらから辛気臭い顔して。このあたしが声かけてんのよ? ちったぁ嬉しそうな顔しなさいよ」

 ぺしっとデコピンをくらってますます萎縮するシンジ。

「う、うん」

 お金のかかった都市設計の第3新東京市では、歩道橋にまでエスカレーターが内蔵されていたりする。その橋の上まで歩いてきたところでアスカは切り出した。

「で、ここにいるんでしょ? もうひとり」
「え……誰が?」
「あんたバカぁ? ファースト・チルドレンに決まってるじゃない」
「ああ、綾波なら」

 シンジが目線を送る先、木製のベンチに腰掛け本を読むレイ。ちなみにその書物はネルフから勝手に持ってきたモノ(借りてきたですらないところがミソ)で、中学生程度の知識では到底読み解けないような代物であり、実際に読み解けていないのだが、それには触れないように。
 アスカが近づき、本の上に影を落とす。

「ハロゥ。あなたがアヤナミ・レイね。プロトタイプのパイロットの」

 ちらと目線を送るレイ。

 顔かたちを記憶と照合、知らない人と認識。
 呼称ファースト・チルドレンを知っている事からネルフ関係者と判断。
 頭に赤いモノ発見、プラグスーツの一部・ヘッドセットと識別、パイロットと推測。
 面識の無いパイロットはセカンド・チルドレンである可能性がもっとも高い。
 だから恐らくこの、花壇に登って私を見下ろしている人は惣流・アスカ・ラングレーである。

 レイはそのような段階を踏んで彼女を確認した。

「あたしアスカ。惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機のパイロットよ」
「機密の漏洩はだめ……」
「は? この程度の事、とっくにみんな知ってるんでしょ?」

 それどころか一部識者には、スイカでATフィールドを破れる事も知られているのだが、さておきレイは読んでいた本をベンチに置くと、すくっと立ち上がって花壇に登り、アスカの頭に両手をのばした。

「E計画関連備品の持ち出しは厳罰……」
「やっ、ちょっとなにするのよっ!?」

 ヘッドセットを奪われ、ぱらりと広がるアスカの髪。瞬時に取り返そうと手を伸ばすが、それを持ったレイの手がひょいとそれをかわす。

「返しなさいよ!」
「博士の許可があればそうするわ」
「違うわよ! それは似てるけどあたしの私物なの! 中身の入ってない只の髪留めよっ!」

 言われて手の中のヘッドセットらしきモノを裏返して凝視したり、振ってみるレイ。
 確かにそれは模造品というか、単に形が似ているだけの装飾品であった。

「……そうかもしれない」
「かもじゃないっ!」

 ぱしっとひったくられるアスカの赤い髪留め。彼女はばらけた髪をまとめながら目線だけレイに向ける。

「とにかく! 仲良くしましょ」
「どうして?」
「その方が都合がいいからよ。イロイロとね」
「……命令があればそうするわ」

 虚を突く反応にはアスカもペースを乱されてきょとん、と豆鉄砲を食らった。

「変わったコねえ」


 


 ぴぽ。しゅるるるる、ぱっ。

 先日アスカの手によって軽〜く葬られた六番目の使徒(本体)から採取されたデータが、ノート端末の画面いっぱいに表示される。
 サーモグラフのような色とりどりの棒が何を示しているのかは不明だが、コーヒーをすすりながら検分していくリツコは、珍しく薄い色の入った眼鏡を着用している。

 その後ろから音もなく忍び寄る男。
 不意をついてがばっと抱きついたり、耳元で囁いて口説いたりしようと目論む悪戯な輝きを瞳に秘めて、近づいていく。しかし、あと1メートルのところでその足はピタリと止まった。
 男は彼女の背を見ながら思う。

(あの頭に乗っているモノは何だ)

 それは黒いネコの耳をモチーフにした装飾品だ。
 先日の海上での一件が発端で「非常時に連絡がとれないのは、とても問題なので常時着用しているコト」と命令が下ってしまった『第一種着装式決戦兵器使用承認担当者』の証たる悲劇のネコ耳なのだ。

 しかし男はそんな事情は知らない。単に「危なそうだから声かけるのやめようかな」と思わせるだけの存在にしか見えなかった。
 悩んだあげく男は、ひとまず普通にコンタクトを試みる事に方針変更する。ぽん、と肩を叩いて曰く、

「や、しばらく」

 リツコは振り返ると、そこに懐かしい旧友の姿を確認して微笑んだ。

「お久しぶり、加持君」
「しかしリっちゃんも……変わったな」

 男の目が彼女の頭を視ている。一瞬リツコの眉がぴくりと、もーうんざりな反応をした。
 それもそうだ。仕事中はもちろん、オフの日もこの頭で買い物に行かなくてはならないし、あまり帰れない自宅で寝るときでも、なんと防水になっているせいで入浴中ですら外せないので、ほぼ一日中ネコ耳を装着し続けているのである。
 こんなおいしいネタ、いぢらなくては損とばかりに、ほとんどの人間が突っ込んでくるので、もう飽き飽きなのだ。
 そこで学んだ経験。変に反応しないほうが収束しやすい。
 それに則ってリツコは、摸造耳には触れない事にして微笑みを取り戻した。

「そう? 加持君の方は相変わらずみたいね」
「ああ、時々瞬間移動するクセだけは何とかしたいものだけど、それ以外はこの通り、息災でね」

 記憶が飛ぶ。時間の欠落。空白の不安。それらを全て現実として受け止めている男。気にする素振りも見せず、それでいて知りたがっている男。
 リツコは「消えている」間の彼の行動を教えてやりたい欲求が過ぎり、睫を振るわせた。しかしそれは言えない。それは彼女の友が成すべき役目だから。
 取り繕う必要も無く自然に嘘が言える程大人になってしまっているリツコは、あっさりと事実を隠蔽する決定をして続けた。

「そう……大変ね。暇ならあとで医療班に話、通しておくから最先端の医療機器に診てもらったらどうかしら」
「おかまいなく。もうここの医者からは『異常なし』のお墨付きを頂いてるからさ。……例によって」

 そこへ、ぶいいいいとドアが開きミサトが入ってくる。

「リーツコー、ちょっと聞……あ、加持」
「よ、ひさしぶり」

 男の姿を認めたミサトの瞳がかすかに曇る。そして、数秒の空白を置いて、絞り出すように言った。

「……あんたまだ居たの? 弐号機の引き渡し済んだならサッサと帰りなさいよ」
「今朝、出向の辞令が届いてね。ここに居続けだよ。また3人でつるめるな。昔みたいに」
「お生憎様。こっちも忙しくてあんたの相手してるヒマなんか……」

 心に薄皮を張った彼女が男の言葉を突っぱねようとしたその瞬間、警報が轟き、赤い照明が視界を染めると、壁一面にエマージェンシー(緊急事態)の文字が踊る。

「―――敵襲!?」


 


 今だ総司令碇ゲンドウ氏が出張中で不在の中央作戦司令室だが、その運営には微塵の支障も無かった。

「警戒中の巡洋艦『はるだ』より入電。我、紀伊半島沖にて巨大な潜行物体を発見。データ送る」

 あっ、なんだこれ、データそのまんまくっつけてるじゃないか! ちゃんと暗号化しろよなーと思いながら、てきぱきコンソールを操作する青葉。スクリーンに広がる意味不明の画像。
 人間の眼ではその法則性を識別できないが、ネルフご自慢のMAGIにかかれば解析など朝飯前である。

「受信データを照合。波長、パターン青。使徒と確認」

 解析結果を見て姿勢を正し、朗々と宣言する日向。すぐに反応して一般職員たちもそれぞれの作業を止めて緊急事態に備える。
 どうやらプレッシャーの源泉である司令がいないことによって肩の力が抜けて皆、生き生きしているようだ。

「―――総員、第一種戦闘配置」

 ただひとり、この副司令だけは余計な仕事が増えて嫌そうであるが。


 


 

美…少女がついに変身して影の薄くなりそうな…戦士

葛城ムーン

第9話

「めざせプリマドンナ?アスカの珍特訓」

 


 


「先の戦闘によって第3新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は26%」

 ミサトが状況を語る。
 解体の終わっていないラミエルの残骸が今も残る第3新東京市。双子山での撃ち合いによって周辺施設もまた深い傷痕を残している。

「実戦における稼働率はゼロと言っていいわ。従って今回は、上陸寸前の目標を水際でイッキに叩く!」

 第3新東京市に向かい海中を進む使徒が確認され、既に上陸予想地域からの避難は完了している。

「零号機ならびに弐号機は交互に、目標に対し波状攻撃。近接戦闘で行くわよ」

 発令所から飛ばされる葛城作戦部長の指示は、セカンドインパクトの影響で大きく陸側に割り込んできている海岸線まで遙々、輸送機に載って遠出してきたエヴァンゲリオン両機のパイロットへ伝えられた。

『『了解』』

 ファーストチルドレン綾波レイ、セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー、両者とも明朗な返答をする。が……

 

「あーあ。日本でのデビュー戦だっていうのにどうして私一人に任せてくれないの?」
『パイロットは命令に従う義務があるわ』

 愚痴るアスカの言葉が命令無視の方向に流れないよう、釘を刺すレイ。

「そんなことわかってるわよ。言っとくけど、くれぐれも足手まといになるよーなことはしないでね」
『……ええ』

 分かっているなら何故口にするのだろう?
 アスカの心情が理解できないレイは、心の中の「今日の疑問ボックス」にそれを放り込んで、ひとまず目前の使徒に集中する。

「二人がかりなんて卑怯でやだな。趣味じゃない」

 青緑の海面からわずかに頭を出すビルがかつてこの地にも訪れた惨劇を物語っている。
 左にアスカの弐号機、手には槍のような長い武器、先端にはプログナイフのように切る事も出来る刃が着いているので、ナギナタと言うべきかも知れない。その名もソニックグレイヴっ。
 右にはレイの零号機、パレットガンを手にしてきっちり援護用の装備にしているところが行き届いている。

『私たちは選ぶ余裕なんて無いのよ、生き残るための手段をね。ちなみに司令が留守だから、戦闘に関する全ての権限は私にあります。なんかヤバそうだったら私自らがそこに行くからそのつもりでヨロシク』

「あたしだけでもじゅーぶんやれるわよ!」

 ミサトのセリフにアスカがぷぅーとふてくされてそう言い返したその時、両機の前方、水面にざばぁっと水柱が立った!

「―――来た!」

 瞬時に戦う顔になったアスカがぐっと操縦桿を握る手に力をこめる。
 敵は一体。頭の無い人の形をしたモノ。胸の辺りに顔っぽいモノと赤い球が見える。
 傘が無いときにトウジが、着ているジャージの襟を引っ張りあげて被り、頭を雨から防御して走って帰っている時がたまにあるが、その姿に良く似ている。故にレイの中であの使徒は「雨の中の鈴原君」と名づけられたりしていたが、当然アスカは知るべくも無い。また知らなくても人生に支障は無い。

『攻撃開始』

「じゃ、あたしから行くわ! 援護してね!」

 一方的に宣言したアスカは、両手を上げて威嚇している?のかも知れない使徒へと、海面に飛び石の如くならぶビルの上を跳ねながら近づいていく。
 零号機がパレットガンを構える。狙いは鈴原君(違う)の胸に輝く赤い球2ヶ。
 バララララララ、と断続的に銃口が光り、弾丸は使徒の前面で弾ける。効いてるようには見えないが、気は引いているだろう。

「いけるっ!」

 足場の悪い中で驚きの高さまで飛びあがる弐号機。使徒は顔らしき部分の眼孔らしき部分で弐号機を追うが、見ているのかどうなのか。そもそも眼とか耳とかあるんだろうか?

「ぬああああああぁっ!!」

 気合一閃、振り上げたビームナギナタじゃなくてソニックグレイヴで唐竹割を見せながら弐号機は、飛び石ビルのひとつに着地した。
 ずばしゃっと縦に切れ目の入った使徒が、そこからふたつに割れて、ぷるぷるした切り口を見せつつ活動を停止する。

『お見事っ!』

 ミサトもついついガッツポーズ。
 カッコ良く決まって気分が良くなったアスカはハーフ&ハーフになった使徒に背を向けた。

「どう?ファーストチルドレン! 戦いは常に無駄なく美しくよ!!」

 だが! ソニックグレイブの刃はふたつのコアの間を抜けて、その破壊にまでは至っていなかった!
 ひくひくと動き出した使徒の残骸は、切断面から裏返るかのようにビュルリンと変形し、それぞれが一体のヒトガタとして再生していく!

「―――あ」
「えっ?」
『ぬわんてインチキっ!!』

 弐号機が振り向くと、使徒はオレンジとグレーの双子になっていた。





 
 




 暗い部屋。
 光源はスクリーンに映像を投射するプロジェクターのみ。

『本日午前十時五十八分、十五秒。二体に分離した目標甲・乙の胴上げを受けた零号機は、5回目で手を離され、駿河湾沖合い2キロの海上に水没』

 海の中にさかさまに突き刺さっている零号機の頼もしくない映像。
 観客席に並ぶアスカ、レイ、ついでにシンジ。後ろの方にマイクに向かい何かを読み上げるマヤの姿も確認されている。

『同四十秒。弐号機は目標甲・乙により両脚部に四の字固め攻撃を受け「痛い、痛い、ギブ」と悲鳴を上げシンクロ切断』

 山間の畑のそばに放り投げられた弐号機が突き刺さっているカッコ悪い映像。

「うわー…」
「うわーとか言うなぁっ」
「ご、ごめん」

 アスカ、そしてレイも回収されエントリープラグから出たそのままの姿でここに座っているので、LCLに濡れた髪から滴が垂れている。首にかかったタオルにも液体が染みている。

『この状況に対するE計画責任者のコメント』
『―――ブザマね。』

 後ろには冬月副司令も居た。彼はまたしても余計な仕事が増えてとてもとても嫌そうである。

「もーっ、あんたのせいでせっかくのデビュー戦がメチャクチャになっちゃったじゃない!」

 ギブアップでシンクロをカットしてもらったなんて恥ずかしい結果にプライドが耐えきれず、とりあえず手近な人間にあたって精神的バランスを取ろうと自律神経辺りから命令を受けるアスカ。

「あなたが確実にとどめを刺さないからよ。コアの破壊が確認されるまでは作戦遂行中よ」
「うっ……わ、わかってるわよそんなこと! あんたイチイチごもっともなのよっ! そんな脚の露出した非常識なプラグスーツ着てるクセにっ!」
「……スーツは関係ないと思うけど……」
「あんたは黙っててよ! このスカート男!」

『午前十一時三分をもってネルフは作戦遂行を断念。国連軍第2方面軍に指揮権を譲渡』

 国連軍所属の爆撃機が雲の合間を飛んでいる映像。

「まったく、恥をかかせおって……」

 副司令はお怒りのご様子。恥、とか言っているが単に仕事が増えて帰りが遅くなるので不機嫌なだけなのだ。が、それは子供たちには預かり知らぬところである。

『同〇五分、N2爆雷により目標を攻撃』

 爆撃機から使徒へ爆弾が投下される映像。
 それにより破壊された範囲を丸く示した地図の映像。

「また地図を書き直さなきゃならんな」

『―――構成物質の焼却に失敗』

 爆心地で無傷で立つ使徒の映像。

「ダメだったの!?」
「あ、ケンスケ、あんなとこでなにしてるんだろ」

 N2爆雷の威力が弱かったり、不発だったからではない。それが証拠に爆撃地点では、巨大なババロアの型を地面に押し付けたかのように近隣の山々がえぐれており、使徒の周囲を除いた地域に“しゃぶしゃぶ鍋”型クレーターを描き出している。そして、その鍋の煙突にあたる部分に、巨大生命体の体躯が健在なのだ。

『同〇九分、目標上部に民間人1名を確認。既に使徒に憑依されており、先の爆撃が通用しなかったのは目標が爆雷の存在を察知し、ATフィールドを傘状に展開、上部からの攻撃に対し集中して保身を図った為と推測されます』

「ヤバイじゃない! もうそこまで来てるんじゃないの!?」

 使徒の上に立ち、状況を中継するヘリのカメラに向かいピースサインを出しながらニヤリと冷笑する、赤い目をしたケンスケの映像。

『同十五分、憑依された民間人が葛城一尉との交戦を強く要求。同二十三分、お腹の調子が悪いから一週間待って欲しいと提示。民間人これを快く承諾』

「そんなバカなっ!」
「でもケンスケならあるかもしれない……」
「違うっ! 待ってくれって言った側の正気を疑ってるのよっ!!」
「あ、そっか」

『期日等諸条件の立案・決定はE計画責任者の権限で執行。同二十七分、目標との交渉成功直後のコメント』
『―――予測通りね』

「……ウ、ウソよっ! 追いつめられて出鱈目な行動に出たのが偶然いい方に転んだだけだわっ!」

 即座に否定を吐く彼女だがその裏には、このあたしがネコ耳装着してるよーなオ…………ネエサンに(今の間はなんだ)有用度で劣ってるって言うの!? いーえっ、そんな事認めてなるもんですかっ!との自尊心が隠れているのだった。

「……気休めに過ぎん。再度侵攻は時間の問題だ」
『でも、建て直しの時間が稼げただけでも良かったじゃないですか』
「伊吹君……横に居るんだからマイクで話し掛けるのはやめてくれないか……」
『あ、すいません』

 副司令は心労を色濃く顔に表して、ふぅ、と溜め息をつくと、突然ガタンと立ちあがる。パイロットたちの視線が集中する。

「いいか、君たち。君たちの仕事は何だかわかるか」
「エヴァの操縦」
「碇司令の愚痴を聞く事」
「違う! 使徒に勝つことだ」

 怒り爆発でデスクを叩く冬月だったが、直後間の抜けたぽかんとした表情になって、レイに問う。

「……碇にそんな事をさせられているのか?」
「はい。最近は用事も無いのに呼び出されて困っています」

 今度は苦虫を噛み潰した顔になる冬月。百面相お忙しい限りである。

「そうか……それは私から言っておこう。そんな醜態をさらすために、我々ネルフは存在してる訳ではない」
「はい。可能ならばエプロンの着用を強制するのもやめるように言ってください」
「……碇め、恥をかかせおってっ………ともかく、二度と負けるような事の無いようにな」

 矛先が留守中の司令に向いたため、パイロット両名はそれ以上の追求をされる事はなかった。クビを言い渡されなかったことに安堵の吐息をわずかながら洩らしたアスカは、シャワーを浴びに行こうと席を立つ。
 お説教がおしまいになってはじめて、ここに居る筈の人物が居ないことに気付いたシンジが、マヤに尋ねた。

「―――あの、ミサトさんは?」
『後片づけですって。葛城さん責任者だから、責任とらされてるんじゃないかしら』


 


 どどんっ、とミサトのデスクに積みあがった紙束の山、山、山山山。
 ぐえええええと口を開けたままうんざりするミサトの耳に、リツコが淡々と語る説明が飛びこんでくる。

「関係各省からの抗議文と被害報告書。で、これがUNからの請求書。広報部からの苦情もあるわよ」
「……」
「ちゃんと目、通しておいてね」
「読まなくてもわかってるわよ。ケンカをするならここでやれってんでしょ」
「御明察」
「言われなくたって、使徒が片づけばここでやるわよ」

 腕を組んで中空をにらみつけるミサト。その瞳には熱い炎が燃えている……かもしれない。

「使徒は必ず私が倒すわ」
「でも今回は分が悪いわよ。完璧な連携を見せる2体だけでも厄介なのに、指令塔までいる相手と、どう戦うつもり?」
「数だけなら3対3か……気が重いわねぇ」

 はふぅ、と溜め息をつくミサト。
 幸いにしてエヴァ両機の損傷は少なく、一週間後には万全の状態まで回復する事が可能だ。だがアスカ、レイの現在の能力では、隙をつかれれば即座に各個撃破されるのは目に見えている。
 また今回の被害者である相田ケンスケ氏はかなりの事情通であり、どんな策を巡らせていないとも限らない。

「なんか…いい手なぁい?」
「―――1つだけ、あると言えばあるけど」

 歯切れの悪い、気乗りしない返事だったがミサトは気付かず、笑顔をみせる。

「さっすが、赤木リツコ博士! 持つべきものは心優しき旧友ね」
「残念ながら…旧友のピンチを救うのは私じゃないわ…。……後ろを見て御覧なさい」
「うしろ?」

 振り向くミサト。そこには―――誰だっ!?

「…か…かかか、加持っ!?」

 黒いシルクハットをかぶり、バタフライなマスクで目を隠した、タキシード姿のあやしい、この上なくあやしい侵入者が居た。
 勿論、さわやかな笑顔で白い歯もキラリと光っている。

「―――多くの敵を倒すには、多くの仲間と力を合わせなくてはならない。勇気が力になるように、また友情も大きな力になる。葛城ムーン、これを使え……さらばだ!」

 呆然と脱力するミサトに彼―――タキシード加持様は、小脇に抱えていたスイカをくれる。
 そしてマントを翻すと颯爽と部屋を駆け出して廊下の向こうへ消えていった。

 リツコが呆れたようにつぶやく。

「……よくあんな格好で本部内うろついて捕まらないわね」
「これでどうしろってーのよ……」

 ミサトは受け取ってしまったスイカの処断に困って天を仰いだ。
 それは「マイハニーへ(はあとまあく)」と書かれた紙切れが貼られているものだから余計に、怪しさを増していた。


 


「ただいまぁ。ぺんぺーん、イワシに似た魚買ってきたよー。……な、なんだこれぇ」

 ネルフから解放されたシンジが買い物袋片手に帰宅すると、家中が国際便のダンボールによって占領されていた。一瞬だがミサトの海外左遷を考えて重い気分に支配される。しかし直後、

「失礼ねっ、あたしの荷物よ!」

 との声を浴びせられて疑問は払拭された。なるほどこれら所狭しと積み上げられた箱は彼女の物か。
 しかしそれならそれで新たな疑問が生じる。

「な、なんで惣流がここにいるの…かな」
「あんたこそ、まだいたの」
「まだって―――え?」

 面食らうシンジにアスカはふふんと鼻で笑うと、半目で手をひらひらさせながら哀れむように言った。

「あんた今日からお払い箱よ」
「え? えぇぇぇっ?」
「ミサトはあ・た・し・と、暮らすの。ま、どっちが優秀かを考えれば当然の選択よね。ホントは加持さんと一緒の方がいいんだけど」

 ピシャァアァァン!ゴロゴロゴロ……と蒼白なシンジの背景にショックの稲妻が走る。

「しっかし、どーして日本の部屋ってこう狭いのかしら。荷物が半分も入らないじゃない」

 おいだされちゃうんだ……ぼくはもういらなくなったんだ……きっとあれだ、チーズオムレツに椎茸の微塵切りを入れたりしたからだ……

「おまけにどうしてこう、日本人って危機感足りないのかしら。よくこんなカギのない部屋で暮らせるわね。信じらんない」

 それともあれかな……燃えないゴミを分別してないのを怒ったりしたから……じゃなきゃ掃除の邪魔だからって無理に家を追い出したから? それとも……

「日本人の心情は覗きと夜這いだからよ」
「そうなの!?」

 瞳孔の開きかけた瞳でバッドトリップしているシンジは気付いていなかったが、何時の間に帰ってきたのかアスカの傍にミサトが立っていた。

「あ、違った。察しと思いやりだからよ」
「……ぜんぜん違うじゃない。というより前者が本音に聞こえたわよ」

 この居候(シンジ)にしてこの家主(ミサト)ありね、すけべ。と冷ややかな目で年齢ダブルスコアのオ…………ネエサンを見上げるアスカ。

「……そうか、ペンペンのエサより安いおさかなをおかずに並べたのがバレちゃったんだ!」
「へ?」「はぁ?」
「それじゃしかたないか……怒るのも当然だよね」
「なにが?」「なんの話よ?」

 ついに妄想が口から飛び出しているのにも気付かないシンジに、唖然としたふたりの視線が向けられる。そしてようやくアッチの世界から戻ってきた彼は、ミサトを見るや涙をにじませて頭を下げると、

「ミサトさんごめんなさい! もうニンジン残すなって言いませんから……」

 怯えながら許しを請うのだった。

「シンジくん………なんか、悪いモノでも食べた?」

 家事のしすぎでストレスが限界を超えちゃったかと思ったミサトは、精密検査を受けさせて休んでもらった方がいいかしら、などと冷や汗混じりに思うのであった。

「もう先生の所へ帰るのはイヤなんです……」
「は、はぁ……」

 30秒以上に渡って続いた氷点下の時間だったが、はたと我に返ったミサトが二人を引きずるようにしてダイニングキッチンまで連れてくると、ネルフから持ってきた様々な資料を広げて二人に見せながら、ついでに手土産のスイカを切ってくれとシンジにお願いしつつ、今回のアスカ転居が作戦の一端である事を告げるのだった。

「第七使徒の弱点はひとつ! 分離中のコアに対する二点同時の荷重攻撃。これしかないんじゃないかって噂だわ」

 まだ夕闇まで幾ばくかの時間があるのにもう缶ビールを速攻で2本空けた彼女は、半月型に切り分けられたスイカをしゃくっとかぶりつきながら、説明を続けた。

「ふまり、エヴァー二体のタイミングを完璧にあわせた攻撃よ。そのためには二人の協調、完璧なユニゾンが必要なの」

 しゃくしゃく。

「ほ・こ・で、あなたたちに、これから一緒に暮らしてもらうわ」
「ええ〜〜〜〜っ! イヤよっ!昔っから男女七歳にして同衾せずってね!」

 別に一緒に寝ろとまでは言っていないのだが脊髄反射するアスカ。対照的にほっと胸を撫で下ろし、赤い果肉がみずみずしいスイカに先割れスプーンを向ける余裕を取り戻したシンジ。まず種をほじくって排除。それからおもむろにえぐりとる。

「使徒は現在野営中、決戦の約束は六日後。時間がないの」

 使徒監視中のヘリからの報告では、使徒本体は阿吽の羅漢のよーに立ち尽くしたままだが、その足元でケンスケがテントを張って飯盒で飯を炊いている姿が確認されている。

「そんなムチャな」

 しゃく。なんのかんの言いながら赤く熟れたスイカは食欲を刺激したようでアスカも誘惑に屈する。

「そこで、ムチャを可能にする方法! 二人の完璧なユニゾンをマスターするため、この曲にあわせた攻撃パターンを覚え込むのよ。六日以内に、一秒でも早く!」

 ミサトがびしっと突き出した旧世紀の遺物たる、今やプレーヤーを見つけるのも困難であろう音楽用光ディスクには『月の光レジェンド(1995年録音)上書き厳禁』とラベルが貼られていた。
 顔を見合わせるアスカとシンジ。

「あんた知ってる?」
「ううん、ぜんぜんわかんない」
「「……それ、誰の歌?」ですか?」
「時代のばかやろぉぉぉーーーっ!!」

 青春ってなにかしらね。


 


Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon


 


 エレベーターに乗った鈴原少年は、登るにつれて点灯位置が右へ移っていく階数表示のランプを見上げながら考えていた。

(しかし、シンジのヤツもケンスケもどないしたんやろ……学校休んでもう…三日か……なんかアヤシイで)

 ―――チーン。お待たせ致しました、このマンション唯一の住人、葛城さんのお宅はこちらでございます。
 開く扉から踏み出すと、左手に人の気配がしたので振り向く。するとそこには委員長こと洞木ヒカリ嬢の姿があった。

「あれ? イインチョやんか」
「すずはら」
「なんでイインチョがここにおるんや」
「惣流さんのお見舞い。あなたこそどうしてここに?」
「探りを入れにな」
「え?」
「なんでもあらへん。碇クンのオミマイや」

 のたのた葛城家へ向かうトウジの後ろを怪訝な顔をして歩くヒカリ。そして二人は『葛城』のドアの前で立ち止まる。

「「なんでここで止まるの」るんや」

 顔を見合わせながら同時に呼び鈴に手を伸ばす。
 ぴんぽーん。

「「はぁい」」

 家の中から、男の子と女の子の声が答える。ややあって、プシュンとエアがドアをスライドさせる音とともに現れたのは、スカートのひだが何重にも積層されてラメとスパンコールで派手さも大増強、プラグスーツらしきレオタードのような、キラキラ眩しい舞台衣装を着たアスカとシンジだった。
 気力を根こそぎ奪われ、両手をだらりと落としたままトウジはぼそっと言う。

「その恥ずかしいペアルックはいったい何の冗談や……」
「「こ、これは日本人は形から入るものだって無理矢理ミサト(さん)が……」」

 言われて思い出したようで、恥ずかしいペアルックの二人は目を逸らしてごにょごにょと言い訳を洩らし始める。

「ふっ…不潔よ二人ともっ!」
「「ご、誤解だよ!」だわ!」

 いったい何がどう不潔だと思ったのかは謎だが、委員長の追及に慌てて釈明をしようとする恥ずかしいペアルック。

「ゴカイもロッカイもないわぁ〜〜!」

 だが聞く耳が圧倒的な妄想力に支配され、釈明の立ち入りを禁止してしまったヒカリは顔を両手で覆い、いやんいやんと首を振るのであった。
 そこへ紙袋を抱えた家主が綾波レイと日向マコトをお供に連れて帰ってくる。

「あら、いらっしゃい、えーと……鈴原君と、船木さん」
「洞木です」
「ミサト姐さん、これはどういうコトか説明してください」


 


 テーブルに広げられたスナック菓子やらアタリメやらサキイカだのカラシレンコンとか(一見酒のつまみのようだがそれは気のせいである)を囲んで、軽妙な笑い声が葛城家を包む。
 狐につままれたような顔をしていたトウジもヒカリも、ミサトからの解説によってその疑問を消化していた。

「そんならそうと、はよ言うてくれたらよかったのに」

 ただ彼女らが着せられているあのラメがキラキラで金糸銀糸バリバリの派手な衣装についてはまだ納得していない。なぜならその点については『みゅうじかるだから衣装は果てしなく派手にってのが世界の常識なのよ』と意味不明な説明しかもらえなかったからである。

「で、ユニゾンはうまくいってるんですか?」
「それが見ての通りなのよ」

 ミサトにうながされて皆の注意が前方に向く。
 左側にアスカ、右側にシンジ。二人の足元には足型のたくさん並んだマットが敷かれている。そして恥ずかしいペアルックは手に手にマラカスのような物体を持っている。

 ふたりの頭に装着されたヘッドホンから音楽が流れ出すと、足元のマットが光ってここを踏んで〜と主張しつつ更に、ミサトたちの背後の壁に広げられた巨大スクリーンにマラカスの位置・方向が表示されて振って〜と要求する。

 音楽に乗せて手足全てを動かすなんて、街中のゲームセンターに置いてあったとしても難度の高い芸である。
 ましてや二人の動きを合わせなければ、たとえ片方が合格水準に達していたとしても―――

 ブブー。

 ブザーが「アスカの」ミスを10カウントして鳴り、音楽をストップする。
 蛍光灯の光を反射して衣装がとても眩しいダンサーズの滑稽な小躍りに、はぁ〜〜、と盛大に落胆を露にする観覧者たち。その表情を読み取ったアスカはむっとしてヘッドホンを外すと床に叩きつけるように捨てた。

「あったりまえじゃない! このシンジに合わせてレベル下げるなんてうまく行くわけないわ! どだい無理な話なのよ!」
「じゃ、やめとく?」
「他に人、いないんでしょ」

 精一杯の強がり。彼女も自分を知らない子供ではない。自分には音楽センスがほぼ無いに等しい事、それでもこの難題をクリアしなければならない事を承知している。

 ……じゃ、もうちょっと焚き付けてみるか。

 ふふん、と軽く厭味な笑みを演出したミサトは、ぼーっとシンジの小躍りを眺めていたレイの頬を指でつついた。

「―――レイ」
「はい?」
「やってみて」
「はい」

 すくっと立ったレイはアスカが投げ捨てたヘッドホンを拾って装着するとマットの上に直立不動。まるでやる気を感じさせない。
 溢れ出す音楽。光る足型。無造作に振り上げられる手。
 さきほどシンジがしていた奇妙な踊りを見ていたレイは、どうしたら良い点が取れるだとかの一切を何も考えておらず、ただシンジの真似をして小躍りした。

 しゃっしゃしゃしゃっしゃっとマラカスが閃き、タンツタタンタンタタン♪と軽快に音符は流れていく。

 ぜんぜん愛想のないサンバダンサーに見えたりもしてヒカリには怖かったが、それでもぴったり合ったシンクロニティで高得点を弾き出すレイとシンジ。それを目の当たりにして小さからぬダメージを受けるアスカ。

「……あらま、予想外にいい点ね」
「葛城さん、これは作戦変更して、レイちゃんとシンジくんが組んだ方がいいかもしれませんね」

 作戦参謀的分析によって、残された3日ではアスカには無理っぽいと判断した日向が進言する。しかし、

「……いいえ、アスカは外さないわ」
「葛城さん?」

 不意に経ちあがったミサトを不思議そうに見上げる日向。
 腰に手をあてたミサトはアスカを指差し、胸を誇示するようにそらしながら言い放った。

「アスカ! 今の結果を見てわかるとおり、あなたは今回の作戦に適任じゃない!」
「っ!!」

 直球ど真ん中、アスカの心臓にグサリと、飾らない言葉が突き刺さる。

「だからレイにも別途特訓をやらせます。あと3日のうちに完璧にマスターできなかった時は、レイを代役に立てて、あなたにはエヴァーを降りてもらうから」

「―――っ!!!」

 その時のミサトの真剣そのものの口調と眼差し、そして唇を噛んでうつむくアスカの痛ましい姿にトウジは「そらちと酷なんとちゃいますか」と言いそうになったが、カラシレンコンが予想より辛かったようで涙をにじませながらウーロン茶を流し込むのに全力投球だった為、言うタイミングを逃した。

 そして顔を上げたアスカは、小さな声で、しかしハッキリと言った。

「わかってるわ。私はエヴァに乗るしかないのよ……。やるわ、私」

 

 少しばかり重たい空気を背負ったまま、愉快な小躍り鑑賞会はお開きになり、子供たちも帰り、ミサトはレイを車で送って行った。ふたり、残された主役たちは……

「……こうなったらなんとしてもレイやミサトを見返してやるのよ!」
「うん、がんばろうね。じゃ、僕はとりあえずご飯とお風呂の支度すませちゃうから」
「何甘いこと言ってんのよ男のくせに! 傷つけられたプライドは十倍にして返してやるのよっ! そのためには一秒だって無駄に出来ないわ! Aメロマスターまで今夜はノンストップよっ!!」

 火がついてしまったアスカに付き合わされて夜中まで踊らされるシンジは泣きそうだった。


 


 一方その頃、第3新東京市郊外にてキャンプを張っている相田ケンスケ氏の元に、なんと先ほどまで葛城家に居たはずの日向マコトニ尉が訪れていた。
 ケンスケは陽気な鼻歌を歌いながら、煤が染みついたように使い込まれた飯盒からライスを大きなスプーンで皿に盛って、カセットコンロの上に載せられた鍋からカレーをかける。その芳しい香りに日向はごくりと唾を呑む。
 差し出される皿。受け取る日向。続けて自分の分を用意しながら、ケンスケはニヤリと笑った。

【そうですか。やっぱり惣流とシンジですか。思ったとおりだ】
【どうしてなんだい? 俺なら絶対レイを使うところなんだけどな】

 焚き火の赤い火に照らされてとても判別しにくいが、メガネレンズの奥に見開かれた日向の瞳は、確かに赤く輝いていた。

【そこが素人の浅はかなところですナ】
【……俺、一応プロなんだけどな……】
【甘い!! 例え軍事について知識を持っていても、あまつさえそれを行使して日々の糧を得ていようとも! あなたはアクションヒロインについては何も知らないんだ!!】

 びしぃぃぃぃっっとカレーのこびりついたおたまを鼻先に突きつけられ、飛び散ったカレーの滴が制服を汚してしまう。

【ああっ! これ落ちないんだぞ!】
【……まあそれはいいとして【よくないっ!!】……そうなると、楽勝とはいかなくなる。こちらも戦闘訓練をはじめなきゃいけないな】

 それから数十分後。
 星明りの元、巨大な使徒の足元で、マットを広げて踊り狂うメガネの青年と少年が居た。

 葛城ムーンとの決戦が待ち遠しく、楽しくて仕方が無いといった感じのケンスケに対して日向は、

(俺…いい大人だよな……こんな所でなにやってんだろ……その前にいつ使徒に憑依されたんだっけ……?)

 と憂鬱な空しさに比例して足の動きも鈍く、腰のキレも悪いのだった。

 ―――ブブー。

【右足おそぉーいっ!!】



 
 



 踊りも踊ったり、カレンダーには×印が刻まれていき、ついに決戦前夜。
 歌詞カードを見なくてもソラでフルコーラス歌って踊れるくらいまで身体に曲が染み付いてしまったシンジたちは、それでも尚繰り返し音楽を聞きながら、最後の夜を過ごしていた。

「ミサトはまぁだ帰ってこないの?」
「また仕事。今夜も本部で泊まりだって、さっき電話が」
「はぁ………なーに考えてんのかしらあのスットコ保護者はっ! 結局いつだったかしらっ? そう、ファーストを送っていった日からずっと帰ってきやしないじゃないのっ! こんな叫んでも誰も助けにきてくれなさそうなヒト気の無い立地条件の家に、こともあろうにか弱い女の子と、いつケダモノに変じるともわからない坊やを二人っきりにするなんてっ! 信じらんないっ!」

「かよわいって……誰が?」
「あたしがよっ!!」
「……そう」
「なによ、そのヘンな間はっ」
「お、おやすみ」

 頭からタオルケットをかぶるシンジにちょっぴり腹が立つアスカ。
 て言うか三日三晩二人っきりでいて、何もモーションがないってのはどういうことよ! ……いや、起こされたらそれはそれで困るけど、なんとなーく魅力が無いとか思われてるよーに感じてイヤなのよね。
 などと複雑な乙女心をスパークさせながらアスカは布団を抱えると、足でふすまを開けて隣の部屋へ持っていき、ばさっと落とした。
 物音につられてそっと顔を出したシンジは、昨日は無防備な寝姿さらして横に寝てたってのに、なぜか今日は離れていくアスカと目が合って、ヘビに睨まれたカエルの如く動けなくなった。

「これは決して崩れることのないジェリコの壁」
「え?」
「この壁をちょっとでも越えたら死刑よ。子供は夜更かししないで寝なさいっ!」

 バシンッ。乱暴に閉じられるふすま。

「どうして日本人は床の上で寝られるのかしら。信じらんない」

 初日にミサトが口を滑らせて語った『日本人の心情は覗きと夜這い』からヒントを得て、もしかしたら入っちゃダメって言ったら入ってくるかしら、とジェリコ作戦を持ち出してみるアスカ。もちろん入ってきたら入ってきたで容赦なくぶっ飛ばすのだが、それは複雑な乙女心の為せる業なので理解しようとしてはいけない。感じるんだ。
 ピッタリ閉じたふすまを呆然とみつめながらシンジは、何か怒らせるようなコトしたかな?と悩みだしたが、あんまり考えてると折角つめこんだ振り付けがトコロテン式に出てしまうような気がしたので、途中で諦めて、もぞもぞと布団に潜り込んだ。


 


 深夜。月明かりがベランダの窓からガラス越しに染み込んでくる。青と交ざるレモンライトが静かに、ただ静かに。
 バタンとトイレの方から物音が聞こえてくる。しばらくして、ざーっと水が流れ、再びバタン。
 廊下を歩く足音がぱたぱたと、そしてそれはアスカの部屋の前で止まり……

 がららら。
 ふすまが開いた音にビクっと身をこわばらせたアスカは、枕を小脇に抱えたシンジが、半分閉じた眼で部屋に侵入してきたのを見て頭がパニックになった。

(まっ、まさか本当に来るなんてっ……ミサトの言ったとおり日本人は夜這いが信条なのっ?)

 覆い被さってきたら急所に膝蹴りを入れてやろうと隙を窺うアスカだったが、シンジがあと少しのところでくにゃりと崩れ落ちて、そのままぺたりと横になって寝息を立てはじめると、緊張を解いて、はぁ〜と大きく息をついた。

 ……寝ぼけた状態で侵入してくるなんて、やっぱり天然すけべね。明日戦いが終わったらきっちり復讐してやらなきゃ。

 そんな事を考えながらシンジの寝顔を見ていると、ふと思い当たった事がひとつ。
 こいつは男の癖に犯罪誘発的に可愛い寝顔をしているのでとても腹が立つ。

 ……ルージュで頬にぐるぐるでも描いてやろーかしら。

 ……それとも唇に塗ってやったほうが面白いかしら。気づかないで本部まで行っちゃったりして。

 むかむかするくらい柔らかそうだからつい、そんな悪戯を思いつく。

 ……まぁったく幸せそーな顔しちゃって……ん?

 不意に、2歳児でも見せないような天使の寝顔が曇り、息苦しそうに身をよじりだすシンジ。

「う……ぅん……」

 目元には涙がにじんでくる。
 ぐぬっ、と息を詰まらせ、見てはいけないモノを見てしまっているような気がしてきたアスカは、背を向けようとする。その時、シンジの唇が動いた。

「―――ぁ……た……」

 ?

「…ごめん…なさ…い……でも…」

 ……???

「―――」

 零れ落ちる涙。紡がれた言葉。

(何よ? 何? 何なの!?)

(なんでこんな一日ぼさーっと生きてるヤツの口からこんな寝言が出てくるのーっ!?)

 なんだか怖くなってしまったアスカは、シンジにタオルケットをかけてやると、さっきまでシンジの寝ていた布団へと避難して、蓑虫ぐるぐる状態になって懸命に眠ろうとしたが、今ひとつ深く眠れなかった。


 


 ネルフ本部では、作戦部長葛城ミサトがアスカらと同じフォルムのラメがキラキラな派手で意味不明な衣装を着て、練習の合間に一息ついていた。

「はい」
「ありがと」

 リツコの差し出したコーヒーは濃いブラックなので苦かったが、数時間後には夜明けを迎え、戦闘を行わなくてはならない身体に渇を入れるには丁度良かった。少し熱かったのでふーふー冷ましながら口にするミサト。

「あ、レイは?」
「やっと寝たわ。自分も徹夜するって言いだした時には少し驚いたけど」
「ま、今回一番危険なのはあの子だもの。ちょっとでも振り付けを完璧に近づけたいんでしょ」
「……それだけかしら」

 含むところのありそうな小さな呟きはミサトに届かなかったようだ。

「で、レイのアレ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「MAGIの判断を信用するしかないわ。いろいろ調べたけど結局、私のこれもこの形以外にはどうしても出来なかったの。畑違いとしか言えないわ、残念だけど」
「えー、可愛くていいじゃない、その耳」
「……一度変身した姿でショッピングにでも行ってみれば私の気持ちがわかるわよ」

 繁華街で市民の注目を集めて恥ずかしそうにうつむいて歩くリツコの姿を想像したミサトは、ぷぷぷ、と噴き出しそうになるのをこらえて肩を震わせた。

「……ところでミサト、ひとつ、聞いてもいい?」
「なに、コワイ顔して」
「まだ彼には打ち明けるつもり、ないのかしら?」

 んぐっ。飲み込みかけたコーヒーが喉から逆流したミサトは、げほんがほんと盛大にむせる。

「そろそろ決着をつけてもいい頃じゃない? あなたも、彼も、八年前とは違うんだから」

 友の声はあの懐かしい学生時代よりも優しい。年月に磨かれて丸くなったのか、ネコ耳つけてツンケンしても苦笑を誘うだけだからか。
 どふどふと胸を叩いていたミサトは、咳が収まるとはふぅはふぅと呼吸を荒げながら、目を閉じて、髪をかきあげた。

「……………ごめん……まだ、無理みたい……」

 懺悔のように、苦渋に満ちた声。
 ゆっくりと目を開け、暗い窓の外へ視線を向ける。

「……変われてないわ、ちっとも。大人になれてない」

 孤独色の瞳。
 まだ彼女の心には、夏しかなくなってしまった日本の気候でも溶かし切れない雪が残っている。

 リツコは、少しおせっかいが過ぎたかしら、と肩をすくめ、無言を以って彼女の告白を許した。

 そして、いつもの明るくて、楽天的で、無鉄砲な、よく知った彼女が戻ってくる。

「―――さーて、仕事仕事っ。明日はたった一度の舞台発表だもんネ。大きなおともだちに、ヘタなとこ見せらんないわっ」



 



 翌日は快晴!
 再度侵攻を開始した使徒は主モニターにしっかり捉えられていた。
 照りつける真夏の太陽をものともせずに、山を登る使徒イスラフェル甲・乙の頭の上にはそれぞれ、腕組みしたケンスケが立ち、日向が振り落とされないように必死にしがみついていた。

「目標は強羅絶対防衛戦を突破!」

 なにやってるんだマコトの奴、カッコ悪いなあ、と思いながら青葉はカッコ良く仕事をこなしている。
 今は落ちついている彼らネルフの面々だが、3日前に日向二尉が使徒監視中のカメラに補足されたときはかなり大きな騒動になったものだ。
 まさか第8の使徒が既に本部侵入を果たしているのか?などと取り沙汰されたが、結局のところ日向が非番の日に地上でケンスケが接触していたとの情報もあり、第七使徒は複数の人間に憑依する能力があるらしい、またそれは憑依された人間を仲介役にする事が可能らしい、との調査結果を以って一応の沈静を見た。
 日向の席には代理の職員が座っているが、はじめての大役に緊張している様子なので余り期待はかけないほうがいいだろう。

「来たわね、葛城ムーンのファンが」
「……あのねぇ」
「今度は抜かりないわね、ミサト、レイ」

 びしっと親指を立てて応えるミサト。すぐにレイを連れてケイジへと走る。
 ふと辺りを見回すと、ミサトも日向も居ないし、他に指示のできる人間が副司令しか居ないと気付くリツコ。振り返ると冬月と目が合う。
 その目線が無言で語るところ曰く。「そういう面倒な事は君がやってくれ」だ。
 仕方ない。

「音楽スタートと同時にATフィールドを展開。後は作戦通りに。二人とも、いいわね」
『『了解』』
「ミサト、レイもいいわね?」
『了解…(はぁはぁ)』『走ってるときには呼ばないでぇ〜〜〜っ……(ぜぇぜぇ)』

「―――目標は山間部に侵入!」

 頑張って走りぬいたミサトとレイは、稼働していれば初号機の乗るはずだった余った昇降機に登る。
 両隣にはシンジの乗る零号機と、アスカの乗る弐号機が出撃準備完了しており、見上げると改めて巨大さを感じる。使徒もこれと同じくらい大きいのだと考えると、薄ら寒い本能的な恐怖がにじんでくる。だが、そんなモノに惑わされていては戦えない。

『いいわね。最初からフル稼働、最大戦速でいくわよ』
『わかってるよ。八十二秒でケリをつける』

 ミサトの出した条件をクリアし、見事エヴァ弐号機専属パイロットの地位を守り抜いたアスカは少し浮かれているので、足元にミサトが居ることも、そこにレイが従っていることも気付いていなかった。
 シンジも同様。ただしこちらは初の実戦で頭のキャパシティがいっぱいいっぱいになっていて、余裕がまったく無いので。

「……レイ、大丈夫?」
「はい」
「私たちはシンジくんたちのようにエヴァーが守ってくれるワケじゃないわ。気をつけてね」
「はい」

 ミサトは胸のロザリオを外して握りしめる。
 レイは以前セキュリティカードと共にシンジが届けた鈍色の小箱を取り出すと、その蓋を開けた。中には一見何の変哲もない白い包帯が一巻き、入っている。
 箱を投げ捨て、包帯を見つめる。

 
『―――美少女戦士?』

『そう。ドイツ支部から弐号機が提供されたとしてもエヴァは2機。ミサト、いえ葛城ムーンがこのまま前線配備になったとしても、複数使徒の同時展開を考えると、戦力としては心許ないわ。だからと言って初号機は起動しないし、3号機完成までどんなに早くても半年かかる。わかるわね?』

『はい』

『不足を補えるとすれば、サードチルドレンに本来の仕事をしてもらう以外無い。だからシンジ君に零号機を操縦してもらう事にしたの』

『―――私は、葛城一尉のバックアップになるの?』

『あなたには変身モジュールを準備しているわ。理論上では葛城ムーンと同じように戦える筈よ。ただ……私が一から作ったモノじゃないから構造に不明確な部分が多くて、確実に動作するとは限らないわ。使用しないで済むなら使うつもりは無いの』

『わかりました』

『完成したらすぐ、あなたにモジュールを渡すけど、シンジ君が零号機の起動実験に成功するまでは厳重に保管しておきなさい―――』
 

 山を越え、都市部に足を踏み入れた使徒は市街中心部へと近づきつつあった。

「目標0地点に到達します!」
「外電源、パージ!」

 零号機、弐号機からアンビリカルケーブルが切り離される。

 役者は揃った。あとたった一言発するだけで、舞台の幕は上がる。夜を徹して積んだ稽古の結果は、人類の存亡と言う形で評価が下る。

「―――発進」

 自分の言葉で、子供たちが、そして友が戦場に赴いていく。命を失うかもしれない、また世界を失うかもしれない戦場に。
 それがこんなにも嫌な気分だったとは。
 ミサト、あなたは強いのね。だから早く勝って、戻ってらっしゃい。

 

 まずミサトたちの乗った昇降機がゆっくりと上昇を始めた。エヴァとエントリープラグで保護されたパイロットと違って、急激な加速は生身の人間である彼女らに良くないので、段階を踏んで加速するように調整されている。
 速度が上がるたびに慣性で軽いGを感じながら、地上へと運ばれていくミサト、レイ。

「リツコ、こっちはいつでもいいわよ」

『わかったわ。……ミサトちゃん、へんし……な、何を余所見してるのっ! 自分の仕事に集中しなさい! (ゴホン)……ミサ―――だから見ないで頂戴っ!』

「……なにやってんだか」
「博士でも取り乱す事があるのね」

『マ、マヤっ。あなたやりなさい』
『え、いいんですか?』
『いいから早く』
『了解っ♪ ええと、それじゃあ……。
 
 ―――ミサト、レイ、変身だっ!
 
……でいいんでしたっけ?先輩』

 ―――パキンっ。パキンっ。マヤの白いネコ耳から発せられた最終安全装置解除信号が届き、ミサトのロザリオと、レイの包帯から何かが割れたような音がする。
 ……なぜ包帯からそんな音がしたのかは謎だが、ふたりはそれぞれ右手を掲げてキーワードを発した。

「シルバーーーロザリオパワーーーッメーーイクアーーーップ!!」
「……ホワイトバンデージパワー…メイク…アップ……」

 

 葛城ムーンの変身プロセスについては過去の記録を参照していただくとして、今回はファーストチルドレンであり3人目の美少女戦士である綾波レイの変身を見てみよう。

 白い包帯はレイの手から浮かび上がり、空中で回転を始めると白い光を発しながら5つに分裂した!
 と同時にレイの着ていた中学の制服が光の粒に変わって四散し、包帯は独りでにしゅるしゅると解けながらレイの四肢に、そして細い身体を覆うように巻き付いていく!

 その過程で強大なエナジーとの融合がレイに及ぼす影響は大きく、使徒に侵食でもされてるかのように上気した表情を見せる。

 指先の一本まで綺麗に巻かれた包帯の先から、小さな炎が灯ったかと思うと、それは一瞬にして包帯を走り、レイの身体を包み込んだ!
 しかし熱さを感じていないのかレイにそれ以上の変化はない。

 次の瞬間には風が火を散らし、その下からは赤を基調とした美少女戦士っぽい感じのプラグスーツが顕現した!!
 赤いピンヒールが少女と女の境目をたゆとう色気を醸し出しているクールビューティである。

「綾波…マーズ。……司令に代わって、折檻よ……」

 一応決まり事なのでそう言った綾波マーズことレイだが、碇司令が誰かを折檻してるところは見たことがないし、この靴は歩きにくくて嫌だと思ったりしていた。

 

『きゃーっ、やりました先輩っ上手くいきましたっ♪』
『……錆びついてはいなかったようね……』

 ほっと一息つくリツコ。

『でも先輩、レイちゃんのスーツ、足元がハイヒールになっただけのように見えるんですけど』
『もともとチルドレンが着ているプラグスーツは、あれを参考に設計されてるからよ』
『ええっ、そうだったんですかぁ?』
『アスカのはドイツ支部設計だから違うけどね』

 

 葛城ムーンの登場を使徒の頭上で待つケンスケたちから4つ離れた十字路の辺りで、道路が割れて、搬送ボックスがせり上がってきたのを確認。

【来たッ! ついに葛城ムーンの活躍が目の前で見られるぞ〜〜! わざわざ使徒の襲撃地点まで行った甲斐があったぜっっ!】
【な、なんだって!?】

 日向は使徒にしがみつきながら耳を疑った。
 わざわざ憑依されに行ったのかこの少年は!?

【さぁ〜〜〜負けるぞぉ〜〜〜〜っ!!】
【なにぃーーっっ!?】

 またまた耳を疑う問題発言。
 いつ使徒の洗礼を浴びたのか記憶に無い日向であったが、それでも事あるごとに頭の中にヘンな声が響いてくる。

(葛城ムーンを殺せ……葛城ムーンを殺せ……殺せ……殺せ……殺せ……)

 目覚めている間中ずっとダンスをさせられていたお陰で正気を保っているが、もしその声を聞くに任せていたらいずれマインドコントロール状態になってしまっただろう、と思う。
 それなのにこの少年は、俺より長く使徒の支配下にあるというのに、こんなに大喜びで、しかも負けると言い切れるのか!?
 彼は何者なんだろう……と悩ましげに唸る日向を余所に、ケンスケは使徒の頭上からジャンプした。

 それはひととびで近くのビルの屋上へ到達し、次のひととびで車道へと降りる。

【お、おい! 待ってくれよ!】

 慌てて後を追おうとする日向だが、足を踏み外して転落し、したたかに尻餅をついて使徒の足元でぐったり倒れこむ。

【いたたたた……俺が何したってんだよぉ〜……】

 かなり悲痛であるが彼を顧みる余裕のあるものはどこにも居ない。
 そして、昇降機が登りきると、そこに立つ人物ふたりが軽く跳び上がって、すちゃっと着地する。
 ケンスケはニヤリと笑みを浮かべると、彼女たちが誰なのか知っているのだが、あえて尋ねた。

【誰だ!?】

 

「今よ、音楽スタート。零号機、弐号機も発進させて」
「了解っ」

 

 月の光レジェンドのイントロが聞こえてくる。

「……好きになってくれるのは嬉しいけれど! もっと近くで見たいと言うその私欲の為に使徒にワザと憑依され、あまつさえ学校を1週間もサボるなんて、文部省が許しても、この葛城ムーンが許さない!!」

 リツコとケンスケの交わした一週間待ってもらう約束の交換条件に「目の前で『おしおきよっ』をやってくれ」が含まれてると聞いた時は正直ずっこけたが、いざその場面になってみるとノリノリのミサト。

【おおぉ〜〜〜〜っ、これだっ、これが見たかったんだっ! すばらしいぃ〜〜〜っっ!!】

「ネルフに代わってっ、おっ仕置きよっ!!」

 今日は残念ながら昼間なので、レーザー光線で夜空に浮かび上がるネルフマークは見られない。その代わり、大型のヘリが2台、垂れ幕を下げてネルフマークを見せている。

【うおおおおーーっ! もう死んでもいいーーーーーっ!!】

 ミサトは、この子すっげぇコワイ(汗)と思ったが、今がチャンスみたいなので、傍の綾波マーズに目線を送った。

「行くわよっ」
「……はい」

 その瞬間、彼女らの背後で零号機と弐号機が宙高く舞い上がった。


 


<Aメロ>

 葛城ムーンが振り下ろしたハートつきの鈍器、プログレッシブ・ムーン・ロッドは、残念ながら日向に避けられてアスファルトをえぐるに留まった。

【しっ、死んじゃいますよ葛城さーんっ!】
「ごっめんねぇ、日向君。相田君は怪我さしちゃマズイけど、あなたなら労災降りるからちょっとならいいって、副司令の許可もらってるのよー」
【そ、そんなぁ〜〜〜っ!!】

 ブオン! ドゴーン! とビルの壁とか、街路樹とかに穴を空けていくムーン・ロッド。
 故郷の母さん、俺、殉職するかも知れません、先立つ不幸をお許しください、と既に撲殺される運命を受け入れつつある日向は、ホラー映画で殺人鬼から逃げる犠牲者のような顔をして走るのだった。

 

<Bメロ>

【おお、おまえ綾波か? やっぱり2人目は水属性のショートカットだったんだな! うん、いいっ、いいぞっ!】
「……違うわ。私、3人目だから」
【なんだって?】
「炎の戦士……綾波マーズよ」

 それを聞いたケンスケの頬がぴくっ、と引きつった。

【マジ?】
「ええ。だから、こんな事ができるわ」

 左手を真っ直ぐ突き出したレイは拳を握る。そして右手を添えて、まるで弓を引くようにぐいっと手を引いた。
 すると手と手の間にぼんやりと光が溢れ、それは徐々に強さを増していくと、何か銃器のような形に収束していく。

【おい、それって、まさか!? ウソだろ!? 2人目だから攻撃力は殆ど無いと思っていたオレの計算が……っ!】

 やがてハッキリと光のライフルが見えるようになると、ケンスケはその正体を見破り、恐怖に青ざめた。

【まっ、待ってくれっ! 撃つなーーーっ!!】
「マーズ……ポジトロン・スナイパー」

 レイの人差し指がくいっと曲がる。と何故かカチッと音がした。
 直後、左手に持った銃身の先から、白熱した眩い光の帯が大放出される!

 

<サビ>

 グレーとオレンジのバケモノの顔面?に鮮やかな膝蹴りを叩きこんだ2機のエヴァは、そのまま着地後間髪入れずカカト落としを入れ、さらに回し蹴りをつないで使徒を蹴り飛ばした。

 舞い上がった使徒は空中で態勢を立て直すが兵装ビルに激突する。
 そこへパレットガンの一斉射と、兵装ビルから飛び出した援護の弾幕を浴びて身動きが取れず、やむなく顔?の穴からビームを放って応戦する。

【【うわああああああ!!】】

 鈍器と銃器に追い詰められていたケンスケと日向のメガネからもビームが出て、葛城ムーン・綾波マーズを撃つ。

 華麗なバック転でそれを避けたエヴァと美○○戦士たちは、それぞれ、地面からニョッキリ生えてきた装甲板のかげに隠れてビームをやり過ごし、それが止むと装甲から飛び出して、おのおの「パレットガン」「マーズ・ポジトロン・スナイパー」「ムーン・プリンセス・ハレルヤ」などで使徒を砲撃する。

 ケンスケはジュッ、と袖が焦げるギリギリで回避したが、日向は光を身体半分だけ浴びてしまい、強制的に分離される使徒の破片のもたらす痛みに苦悶の叫びを上げながら地面を転げる。

「うっわ、つらそー。ごめんねぇ半端に当てちゃって……後でラーメンおごったげるから、許して♪」

 しかし一番被害が大きいのは使徒で、全身隈なく浴びせられた弾丸のひとつが、偶然ながら2体のコアに同時命中し、その表面にビシっとヒビを入れるに至ったのだ!

 これは大ピンチと判断した使徒は、ひとまず合体だ!と離れた半身に体当たりを敢行する!

 しかし、これが最大の悲劇を生んだ。

【お、おおっ! な、なんだっ!? ひっぱられ、るっ!?】
【うわーっ、身体が勝手にっ!!】

 不意に浮かび上がるケンスケと日向。磁石が引き合うように空中を滑る二人の身体が、合体を果たせるはずも無く、無情にも両者は……

 ―――ゴイィィィンッ!!

【【う゛っ!!】】

 したたかに頭を強打してしまい、そのメガネにもビシッとヒビが入った!
 巨体のグレーとオレンジも、接触までは出来るがそこから一向に融合を果たすことが出来ない。これ即ち使徒同士よりも、使徒とケンスケたちの結び付きが強くなっているからであろう、とリツコは推測する。

 だが何故合体できないのか理解していない使徒は、何度か離れたり体当たりしたりを繰り返し、なんとか合一を果たさんとする!
 しかしそれがもたらす結果は!

 ―――ゴスッ! ガスッッ! ゲスッッッ!! ドガスッッッ!!!

 ガンガンガンガン頭をぶつけられるメガネさんたちにダメージが増えるだけだった!
 かなり痛ましい光景に、敵ながら可哀想だと思ったミサトは、今こそとどめを刺す好機と見切って、ムーン・ロッドを胸のロザリオに格納しながら叫んだ。

「―――今よ!みんな!」

 ミサトの掛け声で、エヴァ零号機、エヴァ弐号機、綾波マーズ、そして我らが葛城ムーンが跳んだ。

 陽差しを浴びて輝く4人の戦士たちは、空中でくるりと回転しながら使徒たちの頭上へと舞い、次の瞬間、流星の如く鋭く空気を裂いてキックを落とした。

 シュウォォォォンッ―――ガキンッ!!

 コアにめり込むエヴァの足。

 メガネにめりこむ彼女たちの足。

 ―――ピシッ!

 コアとレンズが割れる音。

 ―――ビキンッ!!

 
 
 

 ――――――爆発音と歓喜の声が発令所に轟いた。

 
 
 



「エヴァ両機、葛城一尉、ファーストチルドレン確認」

 爆心地に残電力ゼロの零号機と弐号機が折り重なって倒れている。
 また都市部では綾波マーズと葛城ムーンが、そして蹴り飛ばされたケンスケと日向もそれぞれ、つづら折りにダウンしている。

「……無様ね」


 


「葛城一尉……おもい……」
「うそっ、これでも3ヶ月前よりは減ってるのよ! ……先月よりはちょびっと増えたけど」
「おもい……」
「んーしょっ……ごめん、レイ、身体うごかないの」
「おもい……碇君たすけて……」
「ふーぬっ! あ、どっこらせーっ……はぁ、はぁ…だめだぁ」


「ちょっと! あたしの弐号機になんて事すんのよ!」
「そんな、そっちが突っかかってきたんじゃないか!」
「最後にタイミング外したの、そっちでしょ!」

 非常用通信回線を使って早速昨夜の復讐を始めるアスカ。

「普段からボケボケーッとしてるからよ! なのに夜になると本性を顕して、寝てる隙に私の唇奪おうとするのよね!」
「し、してないよ! そりゃ、起きたら何故かアスカの布団に居たけど……」
「エッチ!チカン!ヘンタイ! 信じらんない!!」
「そ、そっちこそ僕の布団で寝てたじゃないか!」

 そのやりとりは全て発令所に筒抜けである。

「だいたいあんたパイロットのクセに今日が初めての実戦ってなんなのよ!? ミサトのエサ作るだけが仕事じゃないわよ!」
「そ、それだけじゃないよ! ちゃんとお風呂も沸かすし、掃除だってするし、あとそうだ、父さんの愚痴を聞きに本部までわざわざ行ったりもしてるよ!」
「んまあっ、そりゃ結構なお仕事ですこと! まさかあんたまでエプロン着けさせられてるなんて言わないでしょーねっ!」
「……ど、どうして知ってるんだよっ!」


 
 
 


 ―――司令帰還後。

「冬月。帰ってきてから職員の視線が軽蔑を帯びているようなのだが」

「自業自得だ。まったく恥をかかせおって……バカ親が」







つづく 

 
2000/12/10 前半だけ。
2000/12/14 後半追加。

「全て解けた!」なネタばらしは三笠どらまで送っちゃいやん。

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