『そうか……それがリリンと言うわけか』



……何を知った……タブリス、申してみよ……



『近しい人物、それは警戒を解き、心の壁を弱める。憑依は逆効果らしい』



……ならば融合せぬよう……次なる使者より改め……



『でもそれは彼女らにも言える事。まあ、一長一短だね』



……いずれにせよ次なる使者はまだ目覚めぬ……今は待つ時か……



 
 







 
 
 





 先日までは理路整然の限りを尽くしていたリツコの研究室内。しかし今日は部屋の片隅に小さなフラワーショップでも出店したのかと見紛うほどに多量の真っ赤なバラが、花開きその香りを振りまいていて、雰囲気が違った。

「―――では最後にもう一度だけ聞かせて。あなたが使徒の『声』を無視して行動しえたのは何故だと思うかしら?」

 その白衣姿と、知的な印象から女医と言われれば信じたくなるようなリツコが問いかけると、その視線が見据える対象―――両の拳を膝の上でぐっと握りしめ、緊張と興奮の入り混じった輝く瞳の少年―――はキッパリと答えた。

「葛城ムーンへの『愛』です!」
「……ありがとう、もういいわ」

 はぁ、と溜め息をついたリツコはケンスケを退室させると、端末に打ち込んだ質疑応答のデータを一瞥した。
 やはり彼からもたいした情報は得られなかったようで、その表情は明るくない。

 とりあえず一応はMAGIにチェックさせようとキーボードから指示を流していると、ぷしゅん、とドアが開いてミサトが顔を出した。
 そして部屋に踏み入るなり、開口一番、

「なぁにこのバラくさい部屋は?」
「貰い物よ。いい加減邪魔なんだけど、断っても送りつけてくるから面倒になっちゃって」
「へーリツコにも熱烈なファンがいるのねぇ。で、どんな人? まさか加持のヤツじゃないわよねぇ」
「違うわよ。彼なら薔薇じゃなくて西瓜の花でもくれるんじゃないかしら」

 バラの花束、の束、へ歩み寄ったミサトは、そこに白い手紙がささっているのに気付くと手に取った。

「おやおや、ちゃんとメッセージがついてるじゃないの。どれどれ、あー…『親愛なる赤城リツコ様』…あっちゃぁ〜、いきなり間違ってるじゃないの、これはマイナス大きいわね」
「ミサト、他人宛の手紙を勝手に読むのは良いことかしら?」
「あら失礼。でもさ、リツコに誤字つきの手紙寄越すなんて、身の程知らずもいーとこよねぇ。いったい誰が……」

 封筒を見ると、差出人の名前は『時田シロウ』と記されていた。

「あーやっぱり、写真でしか見たことないけど、しっつこそうな顔だもんねー、あれは。……おやぁん? こんなトコにも可愛い封筒はっけーん」

 水色のネコ模様の封筒。ちょっとファンシー趣味入ってる。
 今度は封を切らずに裏返してみるミサト。

「これもあの男からかなー……げっ!」

 差出人の名前は『JAガールズ』と記されていた。たちまち燃え上がるミサトの興味本位。

「リ、リツコ、これ見てみたい。開けていい?」
「構わないけど、読めないわよ」
「え? どして?」

 承諾を得て嬉々として開くミサト。だが、そこには日本語でもない、英語でもない、ましてや仏語でも独語でもない、なんだろう、不規則なアルファベットと記号の羅列が細かいフォントでびっっっっしりと記されていた。

「うわあ……これ暗号? 解読すると『愛してる』とか言葉が出てくるってヤツ?」
「さあ、何が書いてあるのか、まだ解読した事が無いから分からないわ。ただ……それは恐らく私じゃなく、MAGI宛てなんじゃないかしら。先日の一件で、彼女たちMAGIのシステムをとても気に入っていたようだから。
 ……そうであって欲しいわ」

 なぜ自分はこう、一風変わった存在にばかり好かれるのだろうか。とうんざりしながらリツコは答えた。

 ……ちなみに翌日MAGIにより解読された結果は「私たちを赤木博士の所有物にしてください」だった、と酔ったミサトが想い出し笑いをしながらシンジに告げたが、真偽の程は定かではない。


 


 それはさておき、第3新東京市近郊の地方都市。まだ前世紀の街並みを残す繁華街を歩く加持と、その腕にしがみついてはしゃぐアスカが居た。

「ラッキィ〜♪ 加持さんにショッピングをつきあってもらえるなんて」

 彼らは大きな百貨店に入ると、エレベーターに運ばれて色とりどりの布地輝く派手な売り場に足を踏み入れていた。

「なんだぁ? ここ水着コーナーじゃないか」
「ねぇねぇ、コレなんかどう?」

 アスカが赤と白の幅広ストライプなセパレートを見せると、時代の流れを目の当たりにして引きつったようなカタ〜い笑顔の加持は水着姿のアスカを想像しながら言った。

「いやはや、中学生にはチト早すぎるんじゃないかなぁ」
「加持さんおっくれてるう。今時こんくらい、あったりまえよ」

 結局買わされてしまったりした加持だったが、今では年中営業の屋上ビヤガーデンにて、その水着の使い道を聞いて納得の表情。

「ほー、そうなんだ」
「せっかくの修学旅行だもん。パーっと気分を解放しなきゃ」

 学業、訓練、シンジいびり、と忙しい日々を送るアスカにとっては待ち望まれる一大ストレス発散イベントなのだろう。浮かれるのも当然である。

「修学旅行どこ?」
「お・き・な・わ♪」

 今となっては年中夏だし、セカンド・インパクトの影響でサンゴなんぞとっくに絶滅してる影響もあってか、学校行事で気軽に利用できるほど費用が安くなっているという悲しい事実は、心底嬉しそうなアスカには伏せておいた方がいいのかもしれない。

「メニューにはね、スクーバーダイビングも入ってんの」
「スクーバね……。そういやもう3年も潜ってないなぁ」
「ねぇ、加持さんは修学旅行どこ行ったの?」
「さあ、どこに行ったのか、それとも行ってないのか、記録に残ってないから分からないな」
「……キロクって?」

 きょとん、ぱちくりと瞬きをするアスカ。加持は変わらぬ穏やかな口調で言った。

「セカンド・インパクトで事故に逢った。それで記憶がない時期が結構長いんだ」


 


 

美…少女大活躍で主役お休み働かない(汗)…戦士

葛城ムーン

第10話

「山よマグマよ温泉よ!やっぱり使徒もよ」

 


 


「ええーーーーっ!!」

 ダン!とテーブルを叩き、立ちあがるアスカ。

「修学旅行に行っちゃダメぇーー!?」

 夕食後のまったりとした一時に争いの予感。

「……そ」
「どうして!?」
「戦闘待機だもの」

 普段愛飲している銘柄じゃない銀色のビール缶を手にした1本しっぽ頭のミサトは、噛みつかんばかりに乗り出してくるアスカに心乱されることなく、さらりと言ってのけた。

「そんなの聞いてないわよ!」
「今言ったわ」
「誰が決めたのよっ!」
「作戦担当のあたしが決めたの」

 これは決して、暇そうにゴロゴロしてたアスカにおつかいを頼んだら、安かったからと言う理由で良く聞かない名前のビールを買ってこられてしまった事に対するささやかな復讐、ではない。ないったらない。
 そんな両者の対照的な態度での戦いに我関せず、湯呑みを傾けるシンジ。その落ちつきはらった様子が気に障ったらしくアスカは、軟弱の尻を叩き、かつ味方を増やすべく、腰に手をあてて彼を見下ろすと一喝した。

「あんた! お茶なんかすすってないで、ちょっと何か言ってやったらどうなの? 男でしょっ!」
「え、じゃあ、あの……」

 なんとなくこーゆーことになるんじゃないかと思って諦めていたシンジだが、アスカがあまりにも行きたそうなので恩を売っておけば、もう不条理ないじめの如き扱いを受けずに済むかも、といじましい防衛本能を発揮するのだった。

「僕が残って家のことはちゃんとやりますから。ビール2本と茶碗蒸じゃダメですか?」
「行ってよしっ!」

 コンマ2秒も置かずに即答。
 その見事な操られっぷりにはアスカも脱力してがっくりとうな垂れるように席につく。

「……情けない。飼い慣らされた女なんて先がないわ……」
「そういう言い方はやめてよ。行けるんだから素直に喜んだらいいじゃない」

 くいーっとビールを飲み干すと、ストンとテーブルに空き缶を置くミサト。既に頭の中は明日のビールと茶碗蒸で渦巻いている。嬉しそうだ。如才なく嬉しそうだ。
 対してアスカはミサトの「シンジが留守の間に家事するのがイヤ」と言う真意を見抜いて不機嫌さらに倍。

「そうは行かないわよ! あたしが修学旅行に言ってる間に使徒の攻撃があるかもしれないでしょ」
「でもほら、いつも待機、待機で、いつ来るかわからない敵を相手に守ることばっかりでしょ? 少しは息抜きしたいアスカの気持ちもわかるわ」

 つまりあたしは3日くらい居なくても問題ないと?
 さらにつのるアスカの苛立ち。

「たまには敵の居場所をつきとめて攻めに行ければいいんだけどねぇ。ま、とにかく楽しんでいらっしゃいよ。何かあったらあたしが何とかするわ」

 ぴくり。アスカの眉が反応する。

「……やっぱり行かない。」

 そうだ、ちょっぴり浮かれすぎて忘れていたが、セカンド・チルドレンたる惣流・アスカ・ラングレーは、その地位と名誉を守るため、断固として葛城ムーンの活躍を防ぐ義務があったのだ。
 その為には海に潜るなんて遊んでいる場合ではない。

「えーどうして〜、もったいなーい」
「行きたくなくなったの。クラスのみんなが修学旅行に行ってる間、少しは勉強したいし。知ってるんでしょ? あたしが学校のテストで何点取ったかなんて情報ぐらい」
「そんなの気にしなくてい〜ってばぁ。学校の成績が何よ。旧態依然とした減点式のテストなんか根詰めてやんなくたってい〜じゃない♪ あたしがアスカくらいの頃なんてテスト中居眠り常習犯で、何度追試されられた事か―――」

(くっ、こんな大人になっちゃダメだわっ! 絶対にダメだわっっ!)

 ―――結局、レイも含めてネルフ従属者は誰も修学旅行に行かない事が自主的に決定された。
 ま、中には関係の薄い人物で参加拒否をもくろむ者も、

「イヤだっ! 葛城ムーンの居ないオキナワなんかに何の価値があるものかっ! 離してくれっ! オレは行かん、行かんのだっ!」
「ほら、諦めてきりきり歩かんかい。ワシらはセンセの分まで楽しんだり土産こーてきたりせなアカンやろ」
「くわっかくゎ〜(いってきまーす) くわーくくわっかくわ〜(お土産もって帰るからねー)」

 居たようだが。


 


 ―――ざぷん。

 ネルフ本部内厚生施設、四角い温水プールに子供たちは居た。一見遊んでいるようでも待機任務中である。
 綺麗なフォームで飛びこんだ純白ワンピース水着姿のレイはそのまま、潜水で水底を進んでいく。

 遅れ馳せながら着替えてきたシンジは、プールサイドの丸テーブルにノート型端末を開いて熱心に画面を見つめているアスカを見かけて声をかけた。

「何してるの?」
「数学の勉強。あーゆー大人にならないように、次のテストは完全制覇するのよ」
「ふーん、偉いなぁ。……あれ? こんな難しい問題授業に出たっけ?」

 そこにはxとかyなんてレベルを遥かに超越した、読み方も分からない記号盛り沢山の数式が点滅している。

「え? FTT高速アルファ乗算とかまだやってないの?」
「……なに、それ」
「しまったぁ、そういうことだったのね! 難しく考えすぎてたわ」

 歯噛みするアスカと置いてかれて寂しいシンジ。

「話が見えないんだけど……」
「つまり、これが前回の敗因。問題になにが書いてあるのかわかんなかったのよ」

 ぴぽ、とアスカがキーを押すと、先日のテスト問題がズラズラ表示される。その問題文のあちらこちらに矢印と「?」マークが記されていた。

「それって……日本語の設問が読めなかったってコト?」
「そっ、まだ漢字全部覚えてないのよね。向こうの大学じゃ習ってなかったし」
「だいがく?」
「あ、去年卒業したの……で、こっちのこれはなんて書いてあんの?」
「熱膨張…だけど」
「熱膨張ぉ? 日本の学校ってヨーチな事やってるのねぇ」
「―――それ、教えてくれる?」
「うわぁっ!? いきなり現れないでよっ、心臓に悪いわねっ!」

 いつの間に水から上がったのか、首にタオルをかけたレイがアスカの後ろから顔を出した。
 シンジとアスカが何を話しているのか、少し気になったようだ。

「で、何? 熱膨張のコト?」

 こくりと頷くレイ。彼女はシンジが来る以前からずっと休みがちなので、当然成績は良くない。まあ別に成績自体どうでもいい事象に含まれているのだが、分からないよりは分かっているほうが、次にシンジに教えてもらうときに有効だから。

「とどのつまり、物ってのは、暖めれば膨らんで大きくなるし、冷やせば縮んで小さくなる、ってことじゃない」
「……そう、わかったわ」
「私の場合、胸だけ暖めれば少しはオッパイが大きくなるのかな?」

 紅白のストライプでセパレートなスイムウェアに包まれた両のソレをがしっと掌で寄せて上げるアスカ。俯瞰で見える谷間くっきり〜に赤くなるシンジ。

「大きくなると、何か意味があるの?」
「あんた横から水注さないでよ、もー」

 せっかくのシンジをからかうネタを潰されて興ざめしたアスカは、ノートを閉じると、傍らに用意してあった機材を背負って背中を向けた。

「ジャ〜〜〜ンっ、沖縄でスクーバ出来ないんだから、ここで潜るの」

 そしてパタパタとプールサイドを早歩きしていくと、

「見てみて、シンジぃ!」

 水面に背を向けて座り、

「バックロール・エントリー!」

 ざばん。と消えた。
 やっぱりオキナワ、行きたかったんだなぁ……としみじみシンジが思っていると、

「―――碇君」
「なに?」

 レイがアスカの真似をして胸を押さえながら、

「大きい方がいいの?」

 ……ぷしゅう、と湯気を上げて機能停止したシンジからは、何の答えも得られなかった。


 


 一方その頃、浅間山地震研究所より火口内に正体不明の「影」が存在すると報告を受けたネルフは、葛城一尉を現地へ派遣していた。

 高熱、高圧力、人の身で覗くことあたわぬ極限状態。溶岩の奥へと沈んでいく観測機。
 送られてくるスキャン映像と計測機の数値だけが、まだ破壊されていない証明。

 モニタを見つめるミサト、日向(母さん、オレ、生きてます)は人ンちの機材だからって普段よりちょっぴり無茶をして「影」の解析に当たっていた。

「もう限界です」

 と研究所員が声を荒げれば、

「いえ、あと500お願いします」

 と返し、ピーーーと警告音と共にアナウンスが流れ、

『深度1200、耐圧隔壁に亀裂発生』
「葛城さん!」

 と焦る所員に中止を求められては、

「壊れたら、うちで弁償します。あと200」

 と、やり放題好き放題。思い知ったかネルフ流である。
 そうこう潜っている間に、日向がモニターに反応を発見して、即座に拡大表示させた。
 楕円形の殻のような硬質に囲まれた胎児のような姿の物体。ただし大きさは桁違いに巨大だ。

「解析開始!」

 ミサトの命令を受けてパシっ、とキーボードから実行を指示すると、収集されたデータはMAGIへ逐次送られていく。
 しかし既に限界深度を超えての潜航をさせられている観測機に負荷は高く―――み゛し…みしみし……バキン、グシャッ!
 ついに耐えきれず、その軟らかくない金属外皮も、精密な内部機構もまとめて握り潰される溶岩中の観測機。

『―――観測機、圧壊。爆発しました』

「解析は?」
「ギリギリで間に合いましたね。パターン青です」
「……間違いない。使徒だわ」

 ミサト的には報告が入った瞬間には勘で「使徒。絶対。」と決まっていたのだが、これで対外的に言い訳を確保できた。
 くるりとモニタに背を向けると、室内の全員に向けて、朗々たる語り口でミサトは宣言する。

「これより当研究所は完全閉鎖。ネルフの管轄下となります」

 近隣の地形を移していた壁面のスクリーンが緑の等高線から、赤の『極秘』に代わる。

「一切の入出を禁じた上、過去6時間以内の事象は全て部外秘とします」

 研究所長から役職に就かない一般所員の即時開放要請を持ちかけられるも取り合わず、独り廊下に出たミサトは懐からおもむろに、手に余る大きさの携帯電話を取り出すと、守秘回線でないのも構わず(特殊傍受防止機能はついているが)、本部へ連絡を入れた。

「―――碇司令あてにA−17を発令して。大至急!」


 


 ネルフ権限におけるA−17の発令。それは使徒の捕獲シナリオを意味していた。
 要請を受けた司令碇ゲンドウは、緊急に上部組織である人類補完委員会を召集、発令の承認を要求した。

『A−17!? こちらから討って出るのか?』

 暗闇に浮かび上がる映像はゲンドウの要求に不服を持っているようで、誰も快く承諾してくれそうにはなかった。

「そうです」
『だめだ、危険すぎる! 15年前を忘れたとは言わせんぞ』

 パンダ模様のパジャマの男の反論は予想済みのゲンドウ。表情を読まれぬように顔の前で手を組んだいつものポーズのまま、静かな説得力を以って語る。

「これはチャンスなのです。これまで防戦一方だった我々が初めて攻勢に出るための」
『……リスクが大きすぎるな』

 バスローブ姿のキール・ローレンツ議長は懸念する。

「しかし生きた使徒のサンプル。その必要性はすでに承知のことでしょう」
『重要ではアルだろう、しかしワタシは、必要とは思えないのダガね』
「それは過去のシナリオ。既に状況は変わっています。我々の考えが及ばぬ展開を迎える前に、手綱を握る必要があるのではありませんか?」

 信頼すべきでない怪しい口ぶりだが、その言葉はキールを動かした。

『……失敗は許さん』

 やむなくであれ承認は承認。ニヤリと笑みを浮かべるゲンドウ。その傍らで見物していた冬月は呟いた。

「失敗か。その時は人類そのものが消えてしまうよ」

 そして今眼前で展開された目を疑う光景について尋ねる。

「……ところで、何故委員会メンバー全員が寝巻きなのだ? 時差にしたって、今昼の国だってあるだろうに」
「さあな。詳しくは知らんが、最近間違いの緊急召集が頻発しているらしい。おおかた夜寝れんので昼寝でもしていたのだろう」

 ゲンドウの委員会メンバーを小バカにした言葉から、そう言えば以前、通信障害で連絡が途絶えた経緯を聞いたな……と思い出した冬月は、それから何ヶ月経っているか指折り数えながら唸った。

「……まだ、壊れた衛星がどれか分からんのか? この御時世に呑気なモノだ」
「こんな時世だからこそ、金も時間も回らんのだろう。あの老人たちにはな」


 


「これが使徒ですか?」

 床に埋め込まれた幅3メートル以上のスクリーンに、観測機が遺した映像が広がる。シンジはそれが爬虫類の卵を透視撮影したモノのように見えて驚きの声をあげた。

「そうよ。まだ完成体になっていないサナギの状態みたいなものね」

 照明は足元真下からの白い光だけなので、ちょっとコワイ顔つきに見えるリツコはA−17の詳細を語る。

「今回の作戦は、使徒の捕獲を最優先とします。出来うる限り原型を留め、生きたまま回収すること」
「出来なかったときは?」
「即時殲滅。いいわね」
「「「はい」」」

 どうでもいいコトだが、ネコ耳付カチューシャを装着したまま真顔のリツコ・マヤがどう見ても可笑しい。
 いったい誰がこんな形に設計したのか、センスを疑うジト目のアスカ。しかしリツコが次の言葉を口にした瞬間―――

「作戦担当者は―――」
「ハイ、ハ〜〜〜イ! 私が潜る!」

 疑念は横に置いといてパッと挙手、笑顔に変わる。
 活躍のチャンスを逃すほど甘くないと言う事か。もしくは単にダイヴしたいのか。あるいは両方。

「―――では、アスカ。弐号機で担当して」
「ハ〜〜イ♪ こんなの楽勝じゃん」
「……私は」

 レイの控えめなお仕事要求にマヤが残念そうに答える。

「プラグスーツ美少女戦士には、特殊装備は規格外なのよ」

 それを聞いたリツコが一瞬遠い目をしたような気がした。

「マヤ……自分のセリフに疑問を感じない?」
「何がですか?」
「……いえ、何でもないわ」
「? 先輩お疲れですか? 少しはお休みされた方がいいですよ。……あ、それからエヴァでもプロトタイプの零号機は規格外なの」
「万一に備えて零号機は同行させるけど……レイは本部での待機を命じます」
「はい」
「残念だったわねぇ。温泉、行けなくって」

 別に温泉に行きたかったワケではないので、絡んでくるアスカを無視するレイ。

「A−17が発令された以上すぐに出るわよ。支度して」
「「「はい」」」


 


 ロッカールーム。意気揚々と『耐熱仕様プラグスーツ』に着替えるアスカ。そしてクリップボード片手に何かのデータを書き込みながら待っているリツコ。
 着替え終えてアスカはいつもの様に真紅の薄皮に包まれた手足を見て、首を巡らせて背中を見て、?を目に宿した。

「いつものと変わらないじゃないの」
「右のスイッチを押してみて」

 リツコにボールペンで促されるまま、右手首に設けられた見慣れないスイッチを押すアスカ。
 途端にプラグスーツが変形しだす。

「ぁあぁんっ―――いやぁああああああ!」

 突然スーツが膨張を始め、美少女アスカ様が風船のような真ん丸ボディに大変身ーっ!?―――だったら面白い光景なのだろうが、そうではない。
 ブラウン管が通電した時のようなノイズがヴン……と発生したかと思うと、次の瞬間には太股、ふくらはぎから脛を覆っていた赤い皮膜が消失したかのように透明に変わる。さらに二の腕の部位も同様に透け、しかも肘から先は長い手袋のように白く変色! そればかりか、一部ではアスカ色と称される程に多用される赤いボディ部も、真っ白に色を変え、さながら水着かレオタードのようではないか!
 そしてトドメとばかりに、首回りとウエスト部をバチバチッと一周、眩しいスパークが走り、そこから水兵服のような広い襟&スコートが生えてきたかと思うと、いつの間にやら額に硬質な金色の額冠までもが装着されていた!!

「何よこれぇ〜〜〜〜っ!」

 結果。
 アスカの姿は、普段彼女が非常識で悪趣味と称している、ミサトやレイやシンジが着用しているネルフジャパン謹製プラグスーツを身にまとった、美○○戦士の如く転じたのであった!

「ちょぉっとォっ! これのどこが耐熱仕様なのよっ!?」

 怒りに震えるアスカの瞳に、何やら単なる嫌悪とは違った尋常ならざる光を見て取ったリツコは、スコートタイプスーツの有用性を説いても火に油を注ぐだけ、と判断して、あえて彼女の訴えを聞き流した。

「……弐号機の支度も出来ているわ」

 そしてケイジに移動したアスカの見上げる先には……

「―――いやああああああああ何よぉおこれえぇぇぇぇっ!?」

 見慣れた真紅の装甲はそのままに、さらにその上からアスカ同様のプラグスーツらしきモノを着せられ、腰に手を当てて仁王立ちしている弐号機の果てしなくとめどなく異様な姿があった!

「耐熱・耐圧・耐核・耐イベント防護服。局地戦用のV型装備よ」
「……これがあたしの…弐号機ぃ……?」

 さーっと縦線が降りて青ざめるアスカ。だがすぐに表情の信号は点滅して、赤に変わる。

「イヤだっ!あたし降りる! こんな面白い格好で人前に出たくないわ! そもそもイベントって何よ!? 局地戦って、デパートの屋上で戦えとでも言うつもりッ!? こーゆーのはシンジの方がお似合いよぉッ!!」

 完全に逆上したアスカはありったけの怒気を吐きながら、空を斬る指先でシンジをビシィッ!と指す。

「困りましたね」
「そうねぇ」

 反応は予想済みなのか、あんまり困ってなさそうなネコ2匹。
 指を突きつけられて脂汗モノの緊張感に浸っているシンジは善意で、恐怖から逃れたいなんて気持ちは無く、あくまで善意で、ほんとに善意で、恐る恐る唇を開いた。

「……あの…僕が……」
「私が弐号機で出るわ」
「!」

 レイが上げた手をパシッと払い除けて、アスカは忌々しげに彼女のプラグスーツを睨みつけた。

「あなたには、私の弐号機に触って欲しくないの。悪いけどっ」

 そしてリツコへ向き直ると、

「ファーストを温泉に行かすくらいなら、私が出るわ」

 つい口を滑らせるのだった。

(お、温泉?)
(温泉……がプライドより上なのかしら……)
(……私も温泉行きたいなぁ)

 たちまち静寂が訪れ、それぞれの想いが交錯して妙に喉が渇く空気に包まれるケイジ。
 ハッ、と自らの失言に気づいたアスカは、先程までと違った意味で赤い顔をそらし、再び弐号機を見上げると、語りかけた。

「すぅううう!ぅう!ぅうっ!っごくカッコ悪いけど…ガマンしてね」

 幾重にも強調される拒絶の態度がちょっぴり可哀想に見えたマヤは、リツコにちらりと目配せすると、彼女に歩み寄った。

「……あの、アスカちゃん、これがそんなに気に入らないなら、ドイツ支部設計の特殊装備もあるんだけど一応見てみる?」
「何ですってぇ!? それを先に言いなさいよ!!」
「きゃっ、ごめんなさぁいっ!」

 アスカがあんまりコワイ顔で怒るものだから、つい謝ってしまったマヤは、隣接するケイジにて『D型装備』と称される耐熱耐圧耐核防護服を見せてくれた。
 ひくひくとせわしなく、白いネコ耳をびくつかせながら。

(……うわぁ、動いてる……動いてるよ……)

 ちょっと感動しているシンジはさておき。それを見たアスカの怒りは収まるどころか3倍に膨れ上がったらしく、拳を振り上げながら怒鳴った。

「―――こっちの方が6600倍マシよっ! さっさとこれに着替えさせなさいっ!!」

 そこには、50年前のダイバーでも着てなさそうな、丸々としたフォルムで、金属金属した色の、金魚鉢ヘルメットでずんぐりむっくりした巨大な全身鎧が、くまのぬいぐるみのようなポーズで壁に寄りかかっていた。
 どう見てもカッコいいとは言えないフォルムだったが、スコートつきエヴァとどっちがマシかと問われれば、答えられないかもしれないとシンジは思った。


 


Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon


 


 分厚い金属のくまのぬいぐるみを着込んだ弐号機と、零号機は輸送機によって浅間山火口付近まで運ばれて来た。
 D型装備によって膨らんでいる為にドッキング定位置に収まらなかった弐号機は、自動車のフロントガラスに吸盤で張りつけられて吊るされた人形のように、だら〜んとぶら下がって風を受けて来たのだ。

 到着早々、待ちくたびれていたミサトに「遅いっ!」と一喝されたアスカは、D型装備付随の耐熱仕様プラグスーツごと「ぷーいっ」と膨らみながらも、溶岩へ潜る為の準備を進めていた。

 サポートと言うか見てるだけのシンジは暇を持て余して空と雲を眺めたりしていたところ、陽光を反射してキラキラ光る飛行物体を幾つも見つけた。

「……何ですか、あれ」
『UNの空軍が空中待機してるのよ』
『この作戦が終わるまでね』

 エントリープラグ内のモニタには仮設テントで作業を進めるリツコとマヤの後姿が映っている。

「手伝ってくれるんですか?」
『いえ、お目付け役よ』
『私たちが失敗するのを待ってるんですよね』
「……どういう意味ですか?」

 ネルフも同じ国連所属の組織だよなぁ、と首をひねるシンジにリツコは要らない事まで教えてくれる。

『予算縮小の隙を覗ってるのよ。ああやって飛ぶ事でプレッシャーを与えて、エヴァが捕獲作業をしくじるのを期待しているのかも知れないわね』
「ひっどぉい!」

 つながったままの通信はアスカにも聞えたようで、憤慨している。

「そんな事して、もし失敗したらどうなると思ってるのかしら!?」
『……どうなのかしらね』

 曖昧に誤魔化すリツコだったが内心は(その時はミサトが対処するだろうと踏んでる訳か……)と、一枚岩では無い国連内部の状況について思索を巡らせたりもしていた。

 

 緑鮮やかな山々を眼下に古びたロープウェイが登っていく。
 小さな鉄の箱にはここに居る筈の無い男と、子犬を抱いた見知らぬ婦人が偶然乗り合わせていた。
 彼らは互いに目を逢わせることも無く風景に見入っているようだったが、確かに会話している。

「A−17の発令ね。それには現資産の凍結も含まれているわ」

 婦人は子犬の頭を撫でながら、そう告げた。
 男……この時間ならネルフ本部に居る筈の加持は、何故か宅配便の制服を着て帽子を目深に被っている。

「お困りの方も、さぞ多いでしょうなぁ」
「なぜ止めなかったの?」

 ぐっ、と無意識に手に力が篭る婦人。驚いた子犬はがぶりと彼女の手を噛む。だが婦人は反応無し。

「理由がありませんよ。発令は正式なものです」
「でも、ネルフの失敗は、世界の破滅を意味するのよ」

 この婦人が何者なのかは、加持自身も詳しく知っているわけではないが、彼女の口調が不完全な伝聞から生じた漠然とした不安を含んでいるので、政府の中枢に近い人間では無さそうだと見抜いた。単なるメッセンジャーならば悪戯に不安を煽る事もない。

「彼らはそんなに傲慢ではありませんよ」
「……それは、彼女を『知っている』から言える答え?」
「仕事上なら調査中。プライベートなら、ノーコメント」

 それきり無言のまま籠は登り、山頂の駅に吸い込まれていく。

「……さてと、まだ配達が残ってるから行かなくちゃなあ」

 気の抜けた声を出しながらロープウェイを降りた加持は、欠伸を噛み殺しながら歩き出すと、婦人の視界から消えた。

 

 火口近辺の広汎な裂け目には垂直降下可能なクレーンが設置され、レールを走って来たレーザー発振装置が青白い光を溶岩の海へ撃ち込む。外気に触れて硬くなりつつあった部分が砕け、新鮮な?マグマが溢れ出てくる。

『レーザー、作業終了』
『進路確保』

 それが走り去ると、ぐぃーんと弐号機がレールにぶら下がって運ばれ、停止する。

『D型装備異常なし』
『弐号機、発進位置』

 両手に半ば括り付けられた奇怪な枝つき物干し竿。それは使徒捕獲用に用意された電磁キャッチャーである。地震研究所内特設指揮所のモニタにこの時初めて弐号機の姿が大写しされ、ミサトはそれを目の当たりにする。
 瞬間、うくっ、とミサトの顔が引きつった。
 丸い。弐号機が丸い。鉄の着ぐるみの如く丸い。

「了解。アスカ…(ぷぷ)準備は(ぷぷ)どう?(ぷぷぷ)」
「……いつでもどうぞっ」

 怒ってる怒ってる。

 アスカ的には『日頃あんたたちがしてる痛快な扮装と比較しても笑えるのかしらっ!? さあっ胸に手を当てて思い出しなさいっ!』な心境なのだが、ミサト的には断然、比べるまでも無く丸い弐号機の方が面白い。

「は、発進」

 なんとか笑いを声に出すことなくこらえたミサトの指示により、弐号機を吊っている冷却液循環パイプが、するすると降ろされ始めた。

 絶壁を前後に見ながら赤いドロドロの表面へ接近して行くと、グツグツと煮えたぎる音が聞えてきそうな程の陽炎が発生しているのがカメラ越しにも分かる。頑強な装備のおかげで直接(エヴァの)肌に熱を感じたりはしないが、生き物が飛びこもうものなら如何にも『じゅうう』と香ばしい音を上げそうな地獄の様相だ。

「うっわ〜〜あっつそ〜」
『弐号機、溶岩内に入ります』

「見て見て、シンジっ」
『え?』
「ジャイアント・ストロング・エントリー!」

 動作の自由が利かない両足を、それでも目いっぱい前後に開いた弐号機は、ぞぶぞぶぞぶと溶岩に沈んでいく。

『……現在深度170。沈降速度20、各部問題なし』

 液状であるとは言え岩である。地上からの光は届かず、光学観測による見通しは全く利かない。

『視界はゼロ。何もわかんないわ。CTモニターに切り替えます。……これでも透明度120か』

 アスカの声が臨時指揮所のスピーカから聞えている。
 固唾を飲んで見守るミサト以下ネルフ職員の面々。一歩間違えばエヴァそしてパイロットを失いかねない大事な場面。室内は空調が効いているとはいえ、掌が汗ばんでくる。

「深度400、450……500、550……600、650」

 マヤが読み上げる数値は順調に増加していき、それは即ち、5連の冷却液循環パイプも順調に降下しているという事。
 静かに沈降は続く。

「900、950……1000……1020、安全深度オーバー」

 ピーーー、と警告音が鳴るが、D型装備にも風船アスカにも今のところ異状は見られない。

「……深度1300。目標予測地点です」
「アスカ、何か見える?」

『……居たわ』

 MAGIによる対流速度の予測は正確だったようで、CTモニタに影が映る。観測機によって撮影された映像よりは鮮明だが、それでも溶岩中に見える楕円形の異質な物体は、影としか呼べないようなモノだ。

「目標を映像で確認」
「捕獲準備」
「お互いに対流に流されているから接触のチャンスは一度しかないわよ」

 身を乗り出してマイクに近づくリツコ。ぴんと立った耳がぴくぴくとせわしなく周囲の物音をキャッチしている様子から緊張が見て取れる。

『わかってる。任せて』

 どこから湧いているのか自信たっぷりの答えが返る。頼もしい印象である。

「目標接近まであとサンマル」

『相対深度2.2。軸線に乗ったわ』

 物干し竿を使徒のタマゴに添えたアスカは、キャッチャーを作動させた。竿の枝部分から発生する板状のエネルギーで箱が形作られ、それを閉じ込める。
 ぴぴぴぴぴ、ピーー。
 キャッチャーの状態表示をしていたモニタが、目標の捕獲を感知して完了を知らせた。

『電磁柵展開。問題なし』
「目標捕獲しました」
「ナイス、アスカ!」

 目を閉じて、ふぅ、と張り詰めていた空気を吐き出したアスカは、再びキリっと表情を引き締めると、報告する。

『捕獲作業終了。これより浮上します』

 臨時指揮所にも、安堵の声が漏れる。オペレーターたちにもゆとりと余裕が生まれ、それは外で作業に当たる職員たちにも伝わり、穏やかなムードの中、ゆっくりと冷却パイプの巻き取りが始まった。

「―――アスカ、大丈夫?」
『あったり前よ。アンズ産むより買うが安しってね。やっぱ楽勝じゃん』

 どうだ見たか、これが天才美少女パイロットと決戦兵器の実力よ!と言わんばかりに嬉しそうな笑みを浮かべたアスカは、緊張が解けてようやく熱さを感じる余裕が出来たのか、自分の今の姿にうんざりしながらぼやく。

『でも、これじゃプラグスーツというよりサウナスーツよ。ああ、早いとこ温泉に入りたーい』


 


「……そうか、分かった。こちらは受け入れ準備を整えておくから、くれぐれも落とさんようにな。途中で孵化しても、何とかここに到着するまで持たせるんだ。よろしく頼んだぞ」

 捕獲成功の連絡を受けていた冬月は受話器を置くと、ゲンドウに目をやった。
 予算の決済をしているように見えるが、口元だけニヤリと笑っている。聞き耳を立てていたようだ。

「緊張がいっぺんに解けたようだな」
「……何がだ?」

 振り返りもせずにそう言う。が、足元を見れば、左右に揺れてリズムを取っている靴のつま先の動きで喜んでいるのは分かる。

「お前も今日の作戦、怖かったのだろう?」

 ピタ。
 ゲンドウの靴が動きを止めた。

「……否定はしない。下手に手を出せば、あれの二の舞だからな」
「セカンド・インパクトか……二度とごめんだよ」
「だが、作戦は成功した。シナリオは変わる」

 色眼鏡の奥、瞳に熱い光を宿したゲンドウは珍しく熱の篭った言葉を吐いた。
 はぁ……と深い息をつく冬月。

「……それは老人たちの筋書きか? それとも、我々のか?」

 答えは無い。
 遥か年下の上司はただ、ほくそ笑むだけだった。


 


 特殊ベークライトで(一応念の為、役には立たないと思うが)コーティングされた使徒タマゴは、弐号機、零号機を運んだ輸送機によって本部へと移送されて行った。

 そして待ちに待った温泉旅館へネルフ御一行様は到着していた!

「……ねぇ。あたしたち、ここに居ていいの?」
「そうだよね……」

 いつ孵化しないとも限らない使徒の心配をするアスカたちに、リツコは微笑みかける。

「今日のところは心配無用よ。捕獲された使徒は急激に活動を弱めて、今は仮死に近い状態だとMAGIは判断しているわ。恐らくマグマから出て温度が下がった影響だと思うけど」
「それに、何かあっても、本部にはレイちゃんが残ってますものね」
「そうそう、みんなが海に潜ってる間にお仕事したんだし、ちょっとぐらい休んでもバチは当たんないわよ♪」

 そんなこんなでメンバーに予定外のリツコとマヤを加えて、一風呂浴びて帰ろうとやってきたネルフ御一行様なのであった。

 

 夕日の傾く旅館の入り口、宅配便の制服を着た加持らしき男が現れた。いや、加持なのだが。

「ごめんくださぁい。ネルフの人、いますかぁ?」
「はーーーーい」

 シンジがとたとたと玄関まで出てくると、予想外の光景にフリーズしてしまった。

「加……持さん? な、何してるんですかっ、いえ、それよりも何ですかこれっ!」

 加持が居るコトも、まあ驚いたが、それよりもなによりも、そこにドカンと!置いてある『箱』が問題だった。

「いやなに、オトナの事情でね。これも仕事の内なのさ」

 その宅配便屋さんのロゴ模様のダンボールの『箱』は、シンジが両手を広げた程の幅と、気軽にはまたげないような長さがあった。一瞬ゴルフバッグでも入ってるのかとシンジは思ったが、品名に『なまもの』と書いてあったのでそれは否定された。

「じゃあ決まりなんで、ここにサインをお願いできるかな?」
「いいですけど……これ、何が入ってるんですか?」

 伝票とボールペンを渡されたシンジが名前を記入している側で、加持はガムテープをべりべりとはがし始めた。

「みんな居るんだろ? 俺もこれが最後の配達なんだ。宴会の人数、追加できるかな」

 そして蓋が開く。
 サインし終えた伝票を加持に渡しながら中を覗きこむシンジ。

 すると。

 眼が合った。

「あ……」

 ぱち、ぱち、と箱の中の生き物はまばたきをした。

「……いかり、くん?」
「あや…なみ!?」

 のそり、と起きあがる制服姿のレイ。
 ダンボールの内側が吸血鬼の棺桶の如く、赤いビロードに覆われているのはチト怖いものがある。

「独りだけ留守番じゃあ寂しいだろうと思ってさ。連れ出して来たんだ」
「来たんだ…って、これ誘拐じゃないんですかっ!?」
「そうなの?」
「そうだな」
「そうだなじゃないですよぉっ! ど、どうするんですか、父さんきっと怒ってますよ! ああっ、使徒っ! 使徒も運びこんでるしっ!」

 ひとり大慌てのシンジ。

「ああ、ところで風呂はどっちだ?」

 まったく緊張感のかけらもない加持。

「ここ……どこ?」

 加持に「シンジ君の所に行きたいかい?」と言われてうなずいたらば、あれよあれよと箱詰めにされ運送されてしまったので現状を把握していないレイ。

 さらにそこへ。

「あら、加持君?」
「や、こりゃどうも」
「えっ、どうしてレイちゃんがここに?」

 リツコとマヤまで現れて混乱は拡大していく。

「―――なっ、なんであんたがここに居るのよぉっ!?」
「よっ、お疲れ。風呂どこか知らないか?」
「ああああっ! 加持さぁ〜〜〜んっ♪ あたしの為に来てくれたのねっ!」

 旅館の女将さんからやんわりと注意されるまで、玄関先での攻防は続いたのであった。


 


 かぽーん。湯煙の中で桶が鳴く。

 A−17の影響は旅館にも出ていたりする。即ち、非常事態に備え泊まっていた客、泊まる予定だった客を浅間山から離れた他の宿に避難させてしまい、それが解除されてもまだ誰も戻ってくる気配が無い為、今日は貸し切りになってしまっているのだ。

 夕日が赤く露天風呂を染めている。
 当初の予定より大人数になった女湯は普段ありえない顔合わせでの入浴で盛りあがっていた。

「はぁ〜、極楽極楽♪」
「なんかミサトオバサンくさい」
「うっさいわねぇ」

 ぷい、と膨れるミサトをほっといて、両手両足をぐぐーっと伸ばすアスカ。
 気持ち良さそうにうっとりと目を細めて、ふう〜、と息を吐くと、しみじみと呟く。

「あ〜〜〜、お風呂がこんなに気持ちいいなんて、知らなかったな……」

 なにかを思い出してるような遠い目をするアスカ。だがその前をすい〜〜〜と横切る白いネコ耳を見て、ぐ、と苦い顔に変わる。

「せんぱぁい、そんな端っこに居ないで、こっち来てみんなであったまりましょうよー」
「私は、いいのよ。ここに居たいの」

 どうも全裸に『耳』のコーディネイト(?)が恥ずかしいらしく、遠い遠い反対の端で湯に漬かり、しかも後ろを向いて目を合わせようとしないリツコ。

「そうですか、じゃあ私もここに居ますっ♪」
「いえ、あなたは、向こうへ…」
「どうしたんです先輩? 恥ずかしがるようなぷろぽーしょんじゃないじゃないですかぁ。私なんてお昼食べ過ぎちゃってウェスト気になってるんですよー」

 全然関係無い事を言いながらリツコの腕を引いて連れて行かんとするマヤ。

「や、やめて、マヤ」

 ばしゃばしゃと争っているのかじゃれてるのかよーわからん2匹を眺めて「おーやってるわねー、どっちもがんばれー」とか呑気な感想をミサトが漏らしていると、柵を越えて頭上から声が降ってきた。

「―――ミサトさぁん、聞こえます?」
「あ、は〜い、なぁにー?」
「ボディーシャンプー、投げてくれませんか?」
「持ってきたの、切れちゃったんだ」

 加持の声が聞えてムッとするミサト。だが彼女が行動を起こすより早く、

「加持さぁ〜ん♪ 行きま〜〜〜す」
「了解ー」

 アスカが投げていた。
 放物線を描いて柵を越えていったボディシャンプーは何かにぶつかったらしく、ぽこっ、と間の抜けた音を発する。

「いたっ! もう、ちゃんと投げてよアスカぁ」
「……ちぇ、ハズレかぁ」

 加持の手に届くように狙ったのだが、外れたのでつまらなそーに呟く。

「―――大丈夫か? 今、結構強く当たったように見えたんだが怪我は無い?」
「え、ええ、別になんとも…」
「大事な所だから、傷になってないかちゃんと見たほうがいいぞ。どれどれ…」
「キャッ! あっ、ぁんっ」

 ぴくっ。
 なんかみょーに色っぽい声を聞いて動きが止まり、目だけがそーっと柵の方を見る女湯の4名。

「……ほーお。シンジ君、君はきめ細かいいい肌をしてるな。こんなにすべすべだと葛城にうらやまれるぞ」
「やだ、ぁ、くすぐったいですよぉ。もう加持さぁん」
「じゃあ、ここは?」
「うゎあっ! そ、そんなとこ触らないでくださいよぉっ!」
「ははは、いいじゃないか。へるもんじゃないだろう?」

 なまじ声しか聞えないモノだから、とてつもない場面を想像させられてしまったりする女性陣の4名は、ほんのり顔を赤くしながら、じっとみじろぎもせずに会話の行く末を見ま……いや、聞き守ってしまう。

 不自然な静寂の中、一人だけ男湯の様子を気にも留めていないレイは、じゃぶじゃぶと湯の中を歩きながら、まずミサト、そしてアスカ、さらにリツコ、マヤの胸を観察して回っていた。
 そして何事か考えながら自身のそれを手で押さえると、誰にともなくぼそりと言う。

「暖めても膨張はしないのに……どうして葛城一尉はあんなに膨らんでいるの?」

 

 逃げるようにあがったリツコと、彼女を追うようにあがったマヤ。そして元々カラスの行水なレイも食事を求めて先に露天風呂を出た。

 磨かれた岩に腰掛けて沈みゆく斜陽を眺めていたミサトの胸に、皮膚の色が薄い部分を見つけたアスカは、なんだろう?とそれを見ていた。
 どうやら過去に負った傷が再生した痕のようだ。大きくはない。が小さくもない。

「ん? ああ、これね。セカンド・インパクトの時、ちょっちね」

 指先の小さなささくれがもたらす痛み、を例えにあげるならば、彼女にとってその傷は、胸から腹まで数十センチに渡ってザックリと刻まれた醜く忌まわしい痕、ぐらいの存在感を持っているかもしれない。

「……知ってるんでしょ。私のこともみんな」

 目には見えないけれど、アスカも『それ』を持っている。だからそう問う。

「……ま、仕事だからね」

 『それ』はミサトにとって『知識』でしかない。だからその『大きさ』までは見えない。彼女の感じた何が解るでもない。
 でも、似ている。
 そんな気がした。

「お互いもう昔のことだもの……気にすることないわ」

 ―――重ねているだけなのかしら……自分自身に押し潰されそうだった、あの頃の私を―――

 何が出来るでも無い自分だが、ただ今はなんとなく、温もりだけは伝えておきたくて。

 すぐ傍に、ここにも生きて、考えている命があるんだと知って欲しくて。

「―――あんっ」

 ミサトは衝動に突き動かされるまま、自分の半分も生きていない少女の身体を抱いていた。

「何を……」

 不意のことに目を白黒させるアスカだが、自らに何が起きたか、肌で理解すると瞼を閉じて大きく息を吸った。

 そして、ぴたりと停止。

「……ミサト」

 不機嫌に跳ね上がる眉毛。彼女の鋭い嗅覚が、何かを感じ取ったのだ。

「飲んでるでしょ」
「実はさっきサンゴー缶を3本程くくくいっと」

 どげしっ。

「離れなさいよっ! この麦芽ターボ搭載暴走タンクローリーがっ!」
「お、それ上手い例えねぇ。なるほどぉ、ターボかぁ……」
「感心するなぁーーっ!」





 
つづく 
 






「ちょぉーっと待ったぁ! まだだ! まだ終わりじゃないぞ!!」

 むすーっと黙り込んでジト目で土産開闢(かいびゃく)を見ていたアスカがたまりかねて解散を命じ、それを受けて葛城家にお邪魔していたヒカリが立ち上がろうとした瞬間、ケンスケは自信たっぷりに制止を呼びかけた。

「もういいわよ……あんたなんかに何の期待もしてなかったけど、ここまでワンパターンだと絶望すら感じるわ」
「ごめんねアスカ、私もさすがに相田までは監視できなかったの」
「ヒカリは悪くないわ。いえ、相田も決して悪いとは言わないわ。ただ……感性が合わないのよ。生理的に」

 達観しそうなまでに希望を打ち砕かれたアスカの前には、ケンスケが披露したオキナワ土産の数々が並んでいた。
 名を連ねれば『とれとれキャッチさんの景品・シーサーぬいぐるみ』『シーサー焼(小倉・クリーム詰め合わせ)』『琉球戦隊シーサーファイヴ・ソーセージ』『シーサー・ちゃんぷるーの素』『シーサー危機一髪!ゲーム』『巨大プレッツェル・シーサー味』『日めくりシーサーくん(2013年版)』『DX超合金シーサーロボ(既に右のパンチだけ無くなってるが)』などなど……

 なぜよりによってこれを選んだのだろうと疑問に思うような品ばかり。

「う〜ん、やっぱり君のような世間知らずのお嬢様には、このチープでリーズナブルな庶民マインドは理解できないのかもしれないねえ。いや、残念残念」

 彼がなんで勝ち誇っているのかは良くわからないが、無茶無茶くやしい気分になるアスカ。

「あんたバカぁ!? なんであたしがこんな、紙の色が変わってるような、しかも2年前のカレンダーで喜ばなきゃいけないのよ!」
「レアだろ?」
「poorよっ!!」(poor = 貧しい、みすぼらしい、おもしろくない)
「あっ、あの、ところで、あとは何があるの?」

 これ以上長引くとアスカのつっこみが『なんでも戦隊にすればいいと思ってるのか』とか『シーサーなんか食べられないのに何で味がわかる』とか『海賊が飛ぶゲームのパチモンじゃないか』と発展していくのは目に見えていたので、早くネタを出し切ってお開きにしてもらおうと、呼び水を流す苦労性のシンジ。

「おお、そうだそうだ、そうだった。ふっふっふ、見て驚けよ……それは、これだーーっ!!」

 音速を超えたケンスケの手が大きなカバンの中に消え、次の瞬間にはまた現れる!
 そこには日焼けして色あせたアニメらしき絵柄のレーザーディスクがあった。

「どうかね諸君!」
「どう…って言われても……」
「なんだよみんな、知らないのか!?」

 そんな、信じられないと言う顔をして、ひとりひとりの鼻先にケースをつきつけ、よーくジャケットが見えるようにする。が、誰もが首を横にふるばかり。

「なんて事だぁ! 君たちはそんな事も知らずにミサトさんと同居しているのかね!?」

 OH!NO!と天を仰ぐケンスケ。

「これはなぁ、俺が長年探し求めていた伝説の中の伝説、『21世紀に残したいアニメ』にも選ばれた、20世紀最高の傑作『セー▽ー△ーン』の劇場版なんだぞ!!」

 ……知らない。

 独りだけ目がギラギラしてるケンスケとは逆に、しら〜〜〜っと静まり返るアスカ、シンジ、ヒカリ。

「ほんとに知らないのか!? じゃあ20世紀末に暗躍した謎の地球外生命体などと戦った、美少女戦隊の噂も聞いたことないのか!?」

 ……ぜんぜん。

「ってことは俺たち専門家の間でこの作品が『葛城ムーン』の原作じゃないかとの仮説が立てられている事も知らないって言うのか!?」

 ……まったく。

 って言うか原作ってなんだ。

「いつから専門家になったのさ……」
「その『道』を選んだ時からだ!! いいか、悪いことは言わない。これは必ず知ってなくてはならない基礎だ! まだ俺も見ていない貴重品だが、特別に貸してやるから見ろ! そして泣け!」
「要らないわよそんなアヤシイ偽物なんか!」
「なっ、なんだと貴様! その言葉は全国15万のファンを敵に回したぞ!」
「はっ! なによ15万だなんて微妙にリアルな数字持ち出して! だいたいあんたらみたいな―――」

 中略。

 度重なるシーサー攻めで限界まで押し縮められていたアスカがついに、爆発して放った罵詈雑言は、傍らで一部始終を見ていたシンジやヒカリが青ざめる程強烈だったので割愛。

 ……とにかく、戦いが終わるとケンスケは、男泣きに泣いていた。

「くっ……すまんっ、戦士たちよ…俺が不甲斐ないばかりに君たちの栄光に傷を付けてしまった……!」

 セルに描かれた美少女戦士たちの活躍が如何にすばらしいものだったかを語り聞かせたケンスケだったが、温泉でリフレッシュしてきたアスカの敵ではなかったようだ。

「マーズ、ジュピター、ヴィーナス、マーキュリー、そしてセレニティ! どれだけ時代が進んでも、人々が喧噪の日々に夢を失っても、俺は君たちを忘れない!」

 一瞬ケンスケの背中に日本海の荒波がざっばぁ〜〜んっ!と見えたような気がして脱力するシンジの肩を、ちょいちょい、とつつく者がいた。

「ん? どうしたのペンペン」
「くわっ(これっ)」
「え、僕におみやげくれるの?」
「くあっ(うんっ)」

 彼の羽根に載っていたのは、たぶん海岸で拾ったのであろうピンクの貝殻だった。

「ありがとう。なんか……この騒ぎだからかな、もの凄くいい物もらったような気がする……」

 微笑むシンジ。

 でも、なぜ学校の誰も、修学旅行にペンギンが参加するのを止めなかったんだろう……。

 きっと、その問いに答えてくれる者は居ない。






 
つづく 

 
2001/02/16 誤字修正。

「シンちゃんらぶ♪」なチョコレートは三笠どらまでお送りください。私が強奪して食べます(笑)

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