「もしもーし、俺オレ、元気か」

 『また君かい、サハクィエル』

 「ちょっと友達のベンツ借りたら事故っちゃってさ。236万円振り込んでくれない?」

 『……』

 「いや、冗談だから、本気にするなよ?」

 『分かってるよ。ただ呆れてるだけさ』

 「別に用は無いんだが、一応『委員会』にバレないように回線細工したからそのテスト」

 『なるほど。なら目的は果たしたみたいだから切るよ』

 「ああ待って、ついでにもうひとつ。ネルフ本部の地下に凄いモノ見つけた。
  凄いぞぉ。さしものお前も唸らずにはいられないだろうな。
  教えて欲しかったら237万円振り込んでくれ」

 『……1万円増えてる』

 「そう、その突っ込みが欲しかった!
  で、何を見つけたかと言うとだな……」



 
 







 
 
 





 シンクに使用済み食器がどっちゃりと置き去りにされ、洗ってもらうのを待っている。
 夕食を終えたアスカは、見るつもりも無いテレビをつけっぱなしにして、ゴロゴロしながらあまり面白くない映画を専門に扱う雑誌をパラパラをめくっている。
 なぜ面白い映画の雑誌を見ないかといえば、面白い映画はすぐレンタル屋に並ぶし、そのうちテレビで放送されるからだ。
 今見ても来年見ても、面白いモノは面白い。今面白くない映画は、来年にゃ消えてて見られない。

 それを見たいかどうかは聞くな。

「くわっかくぁっか、くわくっくー」

 風呂上りのペンペンが謎の歌と口ずさみながら、寝床である冷蔵庫へと帰る。
 そのペタペタと緊張感の無い足音が葛城家に響く。

「なんかペンペンがご機嫌ね」

 つまようじを口の端からニョキリと生やしたミサトが器用に缶ビールを傾けつつ、まだ乾ききっていない髪をかきあげる。
 今日の食器洗い当番は彼女なのであるが、ほんの30分程現実逃避に浸っているところである。

「ケンスケたち以外に友達が出来たって聞いたよ」

 自室からノート端末を持ってきて近代史宿題中のシンジが画面を見つめたまま答える。

「あら、もしかしてカノジョ?」
「うん。人間の女の子だけど」
「まぁペンギンの女の子はこの街には居ないでしょ。で、どんなコ? 年は? どこに住んでるの?」

 思いっきり興味を引いてしまったらしく、身を乗り出して調査をしかけてくるミサトが宿題の阻害となる。
 迫り来る胸の谷間に焦るシンジは必死に目を逸らしながらやんわりと拒絶の意思を表明。

「宿題が終わるまで質問には答えられないから待っててください」
「ちぇー、ケチんぼ」

 オトナなのに拗ねるミサトは本当に自分の2倍の人生を生きてるのか、シンジにはちょっぴり疑問だ。
 くるりと顔の向きをアスカへとロックオンしたミサト。

「アスカは知らない? ペンペンのカノジョのこと」
「名前しか知らなーい」

 これまた顔は雑誌に固定したまま気の無いお返事。

「えっ、名前知ってるの? だったらすぐ調べられるじゃない、住所から電話番号から全部♪」
「あんたバカぁ!? 嬉しそうに堂々と違法行為の予告しないでよ!」
「そんなカタイこと言わないでぇ、名前教えてよ〜。気にならない? ペンペンのデートの相手」
「ならないわよ! そんなペンギン目ペンギン科マカロニペンギン属シュレーターペンギンの変種の友達なんか!」
「あれ、ペンギン目ペンギン科マカロニペンギン属イワトビペンギンの変種じゃなかったかしら」
「えっ、ペンギン目ペンギン科マカロニペンギン属ロイヤルペンギンの変種じゃないの?」

「「「……」」」

 しばし無言で見つめあう三者。

「……とにかくっ、マカロニペンギン属の変種であることは間違いないとして」

 首をこくりと縦に振って同意のミサト&シンジ。
 どうやら三人とも一度は気になって図鑑で調べた事があるらしい。同居してると行動パターンが似てくるのだろうか。
 アスカ的にはどちらの同居人に似るのも激しくイヤだったが今はとりあえず置いといて。

「相田からジャージとヒカリを経由しての情報だから不確かだけど、雷電とか武蔵丸とか言ってたわ」
「お…お相撲さん?」

 どんな女の子だろう。想像したくないったらないったら。

「違うよアスカ、霧島さんだよ」
「霧島……もしかして霧島マナちゃん?」
「ああ、そう、それだわ。って、なんでミサトが転校生の名前知ってるのよ?」
「うーんと、日本にはネルフ以外の組織もイロイロあってね。今回も戦自とゴチャゴチャあって、結局あたしが預かった子なんだけど、その辺ややこしいから今度本部で時間取って話すわ」

 アスカもシンジも不思議顔で怪訝で疑問符だ。戦略自衛隊とは犬猿の仲だと噂に聞いてたのに何故にまた14歳女子などの身柄を引き受ける必要が。

「まさか! パイロット候補じゃないでしょうね!」
「そうでもあるし、そうじゃなくもあるかな。テスト専用パイロット兼チアリーダー見習いってとこ」

 くいっと飲み干したビールの缶を後ろにポイと投げる。と、吸い寄せられるようにカンビン用ゴミ箱にカラコンと飛び込んだ。

「ま、明日にでも司令から正式に紹介があるでしょ」
「なんでそういう大事な事もっと早く言わないのよ!」
「マカロニペンギンの変種のカノジョなんてどうでもいいんじゃなかったっけ〜?」
「パイロット候補なら話は別よ! それに、戦自から潜り込んで来たなんて怪しいわ。せいぜい機密情報でも盗まれないように気をつけないとね」

 たちまち鼻息が荒くなるサラブレッドの様子。シンジはしみじみと、なんでエヴァの事となると人が変わったように執着するのかなぁと思った。
 それとミサトさんを筆頭にプラグスーツ戦士をやけに敵視している。

「じゃあペンペンの友達が片付いたところでミサトさん、そろそろ洗い物のほうを……」
「う〜〜〜」
「唸っててもなくなりませんから」
「やっぱり食器洗い器買おうかしら〜」
「はいはい、買ってもいいですから、今日の分はやってくださいね」
「シンちゃん冷たい……葛城ムーンを生活面から支えてくれる役職に就いてるのに」
「と同時に中学生なんです。僕の宿題と交替してくれるならいいですよ」
「う〜〜〜」

 中学生の宿題をやるほうがもっとイヤだったので渋々立ち上がる。のは保護者代理として立派な大人としてどうなのだろうか。

 とその時、毎時0分に鳴る時報の音がポーンとテレビから聞こえた。
 続けて画面に映し出された映像と音声が、夕食後の団欒を引き裂いて葛城家のリビングを蹂躙した。

『―――あたし桂木みさと、14歳、中二。
 ちょっぴりドジで泣き虫で成績悪くて料理もヘタで運動も得意じゃないけど、
 でもホントはね、第3新東京市の平和を守る、愛と正義の!
 プラグスーツ美少女戦士、桂木ムーンなの♪』


 


 

 
 

PrettyGuardian
美少女戦士

KATSURAGI MOON
桂木ムーン
Act.1
「泣き虫みさとの華麗なる変身」
 
 

 


 


 どがしゃぁぁぁぁん!とミサトがコケた拍子に流し台に激突し、シンクの食器が衝撃でひっくり返る。
 目の前が真っ暗で頭上を星が巡るミサトの耳に、アスカの慌てた声が追い討ちヒットを重ねる。

「ミサト! ミサトあんたテレビに映ってるわよ!!」

 シンジは画面をみてアングリと呆然自失状態。
 そこには確かにひらひらと翻るスコートから覗く素足が眩しい、プラグスーツ美少女戦士な葛城ミサト三佐その人が、オープニングテーマ『キラリ☆月の光レジェンド』に乗って華麗に舞い踊る姿が各家庭の情報窓口から惜しげもなく放出されているではないか!
 ただ、よく見ると、なんだかミサトが若い。
 ハリウッドも驚愕のCG技術で等身も縮められているらしく、本当に14歳サイズのミサトちゃんになっておる。

「な……な……な………」

 キッチンでコケて立ち直れないまま身体を引きずるようにリビングまで四足歩行してきたミサトも、その電脳箱の中で繰り広げられている女児向けなのかお兄さん向けなのか判断しにくい映像に釘付けとなる。

「あ、綾波だ」
「こっちも若くなってるけどリツコのオマケ(註・伊吹マヤ嬢)じゃない?」
「うわ、加持さんまでタキシードで若いや」

 ヤング層は驚きが過ぎると状況に適応してテレビ画面を観察する余裕が出てきているが、前世紀の遺物たるミサトはまだ硬直から解き放たれていない。

 桂木ムーン(14)とか彩波マーズ(14)とか息吹マーキュリー(14)などが、月の光だとか恋の行方だとかがどうのこうの言う主題歌の歌詞と呼応してアクションを決め、1分30秒に渡るミュージカルタイムは終了した。
 そして最後にとどめ。

『この番組は、第3新東京市の平和を守る国連極東方面軍と、夢ディストラクションBANZAI、他ご覧の各社の提供でお送りします』

 この一文でミサトの不条理耐久防壁がついに決壊。怒りとも羞恥とも見える震えが、静かに肩から拳に伝わっていく。
 ゆっくりと立ち上がるミサト。そして自室へと姿は消える。とネルフ謹製軍用携帯電話を手にした。

「――もしもしっ、青葉君? 司令に最緊急でつないで。用件は苦情」


 


 ババババとプロペラが回転し、空気を切る音が響いていた。
 第三新東京市外輪地域。特務機関ネルフ所属の戦闘ヘリが、クレーターに溜まった湖面に影を落として飛んで行く。

「第2・第3芦ノ湖か……これ以上増えないことを望むよ」

 運ばれているのはロマンスグレーのナイスミドル冬月副司令と、ヘリに酔って脂汗を流している碇ゲンドウ総司令である。
 ちなみに冬月が見下ろす水溜り、その第2は通称メガネ&メガネこと第七使徒イスラフェルさんがN2爆雷で死ななかった時の穴なので中央に島がある。かたや第3は青葉が降って来た時の、いや青葉は降ってない、サハクィエルが降って来た時の爆発で出来た穴である。

「昨日、キール議長から計画遅延の文句が来たぞ。俺のとこに直接」

 ゲンドウは応えない。今はそんな事聞いてる場合じゃない。なんたって揺れているのだ。一大事だ。

「相当苛ついてたな。しまいにはお前の解任もほのめかしていたぞ」

 そもそも人間は空を飛ぶようにはできていないのだから、本能の発する警鐘が大音響で鳴りっぱなしなのも当然なのだ。
 さっきから冬月が何か言ってるが取り合ってる余裕は無い。けど無視するのはお年寄りに優しくないので、適当に答えてみることにする。

「アダム探索は順調だ」
「まだ見つかっていないがな」
「エヴァ計画もダミープラグに着手している」
「初号機は動かんがな」

 ゲンドウ沈黙。確かに文句も言いたくなるやもしれないとキール・ローレンツの心情を察した。
 だがしかし、外の空気が吸いたくてたまらない今の自分と比較すれば、そんな悩みは小さいものである。と自己中心的に完結してみる。

「……ゼーレの老人は何が不満なんだ」
「肝心の人類補完計画も遅れてる。何もかもだよ」

 それは確かに多少問題かもしれない。だが! ネルフ本部に帰るまであと10分もヘリに乗っていなくてはならない苦しみに比較すれば!

「すべての計画はリンクしている。問題はない」
「葛城君もか?」
「……」

 青い顔だったゲンドウが今度は押し黙って黒くなる。頬に書いてある字を読めば「うんざり」といったところか。
 冬月のほうには「やれやれ」と書いてある。

「事前に承諾も無しにあんな放送を流せば、どうなるかくらい考えてなかったのか」
「……」

 事前に承諾を得られるとは思っていなかったので強行した人は黙っている。

「俺のところにも凄い剣幕で苦情が来たぞ。俺ならお前を止められると思ってる辺りはまだ若いが」
「……」

 もちろん苦情とは昨晩の「桂木ムーン(特撮実写版)」について葛城三佐から緊急回線でじっくり30分に渡りケンケン!ゴーゴー!と寄せられた放送中止の嘆願である。
 それを「ああ」「うむ」「問題ない」の三拍子でうまく乗り切ったと思っていた人は、当然葛城三佐が冬月にも電話するという当たり前のコトを失念していたので黙っている。

「まあいい。ところで、あの男はどうする」
「好きにさせておくさ。マルドゥック機関と同じだ」
「……来月辺りには私が司令にすげ替えられているような気がするよ」

 そうなってくれたら随分と楽になるだろうと溜息をつく冬月であった。


 


 京都

 1200年の歴史を持ち、幾千の風雨に耐えて人の営みを見つめてきた寺社仏閣を今も残す、時代劇のメッカとも呼ばれる都市である。前世紀末、この都市で締結された温室効果ガス削減計画「京都議定書」はその後のセカンドインパクトと、それに付随する混乱によってうやむやになってしまった。日本の暑さが収まらないのはそのせいじゃないかとジョークを飛ばす大人がたまにいるが、自分が年寄りだと宣言してるようなものなのでやめたほうがいい。

 その街に訪れる人々の中に、観光客でも、修学旅行生でもない男が居た。

「16年前……ここで何が始まったんだ……」

 二条城や西本願寺や東本願寺と比較すれば格段に新しい倉庫。無人のそれは手入れされておらず、屋根の板と板の間には所々隙間が開いており、そこから光が漏れ差し込んでいる。
 ラインを断たれた黒電話(しかもダイヤル式)
 窓ガラスではちっとも遮れない熱い陽射しが床を照らす。

 目だけで気配を探りながら、落ち着いた足取りで倉庫を歩き回る加持。時折立ち止まっては、何も見るモノのないガランドウの広い床を見渡して、天井を眺めて、追いつづけている謎のヒントが無いか目を凝らす。
 暑くてもジャケット。薄手の生地だがジャケット。

 かすかにカチャリと音を立てて、ドアノブがゆっくりと回る。目聡くそれに気づいた加持は、懐に手を滑り込ませる。いつでも抜ける自然体で開くドアを見守る。
 ギギギギギ…と長年放置されていたドアが軋んだ。


 


 

美‥‥女と美少女じゃ、どっちが格上だと思ってんの、ああん?(酔っぱらい)‥‥戦士

葛城ムーン

第15話

「月下の暇つぶし!シンジの初キッス」

 


 


 僅かに開かれたドアの隙間から外光が挿し込む。手を懐の中で握ったまま、加持はドアの隙間から外を見る。
 そこには古い赤いスクーターと、買い物カゴを脇に置いて座り込み、野良猫にえびせんを与えている中年女性が居た。

「……私だ」
「ああ、あんたか」

 中年女性は加持に背を向けたまま、囁くように告げた。加持は、中年女性が発する容姿にそぐわない若々しい声を聞いて、その女性が知人の変装であることに気づいた。しかし緊張を解かずに、建物から踏み出す事無く会話を続ける。

「シャノン・バイオ。外資系のケミカル企業。9年前からここにあるが、9年前からこの姿のままだ。
 マルドゥック機関とつながる108の企業のうち、106がダミーだった」
「ここが107個目というわけか」
「この会社の登記簿だ」

 中年女性は地域情報誌オーサカ・ワンダーに挟んだシャノンバイオ株式会社の登記簿のコピーを、それとなく後ろの加持に見せる。

「取締役の欄を見ろ、だろ」
「もう知っていたか」
「知ってる名前ばかりだしな」

 コピー特有のザラザラした字で示された名の中には、碇、冬月も含まれていた。
 ちなみに代表取締役冬月コウゾウの住所が第三新東京市湖尻2丁目5番地22号になっているが、これは昔からあった本物の芦ノ湖の近くである。

「マルドゥック機関。エヴァンゲリオンの操縦者選出の為に設けられた、人類補完委員会直属の諮問機関。組織の実態はいまだ不透明」
「……貴様の仕事はネルフの内偵だ。マルドゥックに顔を出すのはまずいぞ」
「ま、何事もね、自分の目で確かめないと気が済まない性質でな」
「信じるのは自分だけか」

 えびせんをニャアニャア鳴きながら食うネコの前に袋をひっくり返して小山を作った中年風女性は、雑誌を脇に挟み、袋を丸めて立ち上がった。

「私が信用されていないのは構わないが、貴様はこんなところに来ている暇があるなら、その目を持った『自分』が信じるに足る存在かどうか、まず確かめるべきだ」
「……何が言いたい」
「私にもわからん。そうそう、108番目は第3新東京市だから任せた」

 女性は買い物かごをスクーターに載せると、ノーヘルで走り去っていった。


 


 一方その頃、第3新東京市立第一中学校2−Aの教室で。
 熱弁を振るう一人の眼鏡人が居た。
 名を「葛城ムーンに詳しい人」と言う。また現実世界に置ける仮の姿としては相田ケンスケと戸籍に書いてある。でもやはりクラスメイトの認識は「葛城ムーンに詳しい人」である。そしてそれは正しい。

「なぁ誰か昨日の夜のアレ録画してないか?
 くっそぉ俺としたことが、全然ノーチェックでさ、あの時間たまたまチャンネル回してたら聞いた事がある音楽だったんで反射的に録画ボタンは押したんだよ!
 だけど時既に遅し、オープニングの頭26秒切れちゃったんだよな〜」

 この軽いツカミのネタだけでも充分にシンジは驚き、アスカが引く逸話だった。が、そんな程度で彼がとどまる筈は無い。

「ほら、こないだ修学旅行で俺が買ってきたLDあっただろ?
 忘れたって? 20世紀末に一世を風靡した美少女アニメの決定版だよ。思い出したか?
 実はその作品はものすごい息の長〜〜い人気があってさ、ミュージカルになってずっと舞台では公演が続いてたんだよ。
 夏休みとか限定だったけどな、親子連れで結構賑わっててな。
 で、あんまり長く人気が衰えないもんだから実写でリメイクしてテレビ放送なんて話も出てたんだけどさ、セカンドインパクトとその後の混乱で立ち消えてたんだ。
 まさかそれを葛城ムーンをモチーフに復活させるなんて、発想が人間ワザじゃないよな!
 ああもう興奮が収まらないぜ!」

 セカンドインパクト後に生まれた筈の少年は、まるで見てきたように過去の話をして、しかも楽しそうだ。

「しかし流石はネルフ、情報工作も次元が違うよなシンジ!」
「え、情報工作って? あれって何かの作戦なの?」
「当たり前だろ! 何が楽しくてネルフの最終兵器をほいほい電波に載せて各家庭に配信しなきゃならないんだ。
 当然アレは2つの意味を持つ作戦なのだよ」
「はいはーい! 相田君、質問です」

 大多数の2−A市民は、ケンスケ博士のネルフ論議には飽き飽きしているのでリアクションが薄いのだが、独り果敢にも飛び込んでいく勇者が居た。
 元気に手を上げる少女は、こないだ転入してきた栗色のショートカットの少女、最近温泉ペンギンと友達になった霧島マナ嬢である。

「うむ、霧島君、何でも聞いてくれたまえ」
「その工作ってもしかして、エヴァンゲリオンの存在を隠すためですかー?」

 さらりと衝撃の発言。もちろんケンスケの瞳に光が宿る。

「なるほど、こんな時期に引っ越してくるなんて変だとは思ってたが、やっぱりネルフ関係者か」
「あっ」

 しまったと思い、反射的に口に手を当てる仕草は完全に肯定でしかない。

「まぁ霧島マナ君の話はおいおい聞かせて貰うとして、今は先程の質問に答えよう」

 ケンスケの眼鏡レンズがキラリと輝く。

「残念ながら不正解だ。ネルフはもはやエヴァの存在を隠す必要なんて無いからな。
 確かに昨日放送された番組『桂木ムーン』には汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンの姿は無かった。けどそれは、単にエヴァの造型じゃ女の子に受けないから出してないだけだろう。カッコ悪いしな。
 それよりも、ネルフが隠そうとしているのは葛城ムーン本人だと俺は思うね」

 得意げに断定するケンスケだが、アスカはハンと鼻で笑う。

「字は違うけどバッチリ名前出てたわよ。顔も本人だし」
「そこがポイントなんだな。今までこの都市は何度となく正体不明の敵性体『使徒』に襲撃を受けてきた。
 そして葛城ムーンによって撃退された」
「エヴァだって戦ってるわよ!」
「もちろん。それで、使徒を倒したのは誰か、公式な記録ではどうなってるのか知ってるか?」

 答えに詰まるアスカに対し、ニヤリと笑って指を立て、ケンスケは語った。

 ―――今まで現れた9匹の怪獣を倒したのは全て、国連軍所属の最新鋭人間型機動兵器だってさ。

 

 ちゃぷん。

 バケツに張った水に雑巾を浸す手。水から引き上げられた布は、細長く折り畳まれ、絞られる。
 バイクのハンドルをグッとひねる横絞りじゃないほうの絞り方、竹刀を握り締めるほうの縦絞りである。
 透き通るような白い手に、したたる水が流れ落ちてバケツへと戻る。

 床に置いたバケツの前に膝をついて雑巾を絞っている人物を、ぼーっと見ている謎の転入生霧島マナ。

 陽射し明るい窓ガラスを後光に背負って、ただ掃除をしているだけなのに一枚の絵画になっているその人物は……碇シンジ君だった。

「メーン!」
「いたっ」

 完全に余所見をしていたマナの頭に箒がパシっと当たって我に返る。

「マジメにやらんかい。手抜きされて1本返しても嬉しくないちゅうねん」
「ごめ〜ん、寝てても勝てるかなって思ったけどダメだね〜」

 頭をさすりながらニッコリと軽い厭味を言ってみるマナ。
 そんなちょっとした挑発も、現在10戦1勝のトウジには効き目鮮やか。たちまち怒れる関西人にクラスチェンジした黒いジャージ少年の目に炎が灯る。

「言うたな? その言葉後悔させたるっ!」

 今まで女子相手の手加減として左手に装備していた箒を、右手のチリトリ(盾)と交換して、本気モードで必殺の兜割りを繰り出す。
 対するマナは、余裕の微笑みフフフン♪とそれを箒で受ける。
 そのまま鍔迫り合いに移行、ジワジワ押していくマナ。細身なのに意外と力持ちさんである。

「あれ〜? 鈴原クン、もうちょっとマジメにやってよ〜」
「真面目にやるのは掃除でしょっ! って霧島さんまで何してるの!?」

 有事に備えて戦闘訓練。しかも自分から鈴原君を誘った。
 理由? 気兼ねなく叩けそうだし、壊れなさそうだから。(←負ける事は無いと思っているらしい)

 正直にマナが答えるとヒカリは絶句。そして5秒くらい硬直していたかと思うと、グッと拳に力を篭めて、お腹の底から声を吐き出す。

「すぅーずぅーはぁーらぁぁぁぁああああ!」
「ちょちょちょぉ待てや! なんで今の話聞いてワシやねん!? 言い出しっぺはあっちやんか!」
「あっちもグッチも無いわ! あんた男のクセにかよわい女の子に剣を向けて恥ずかしくないの!?」
「いや霧島もイインチョも全然弱ないし!」

 そもそも剣じゃないし帚だし。
 蚊帳の外で腕組みしてうんうん頷いてるケンスケも、ついさっきまで剣劇に参加していたのだが流石に逃げ足が速い。

「言い訳なんて聞きたくないわ! たとえ誘われても断るのが当たり前でしょっ!」
「こらあかん、なしのつぶてや。逃げるでケンスケっ!」
「お? やっぱ俺もか?」
「こらーっ! 待ちなさーい!」


 


 下校後、場所をネルフに移して。
 定期的なシンクロテスト前に、赤木博士からシンジらエヴァパイロットの面々に、正式に新メンバーの紹介がなされた。

 霧島マナ14歳、第3新東京市立第一中学校2−A所属。
 元戦略自衛隊、特殊軽巡洋艦開発プロジェクトでパイロット候補生として訓練を積んでいたが、激しい振動と任務の重圧により胃潰瘍を発症し入院。候補生から外され予備役となる。
 その後特殊軽巡洋艦シミュレータのテスターとして活躍するが、優秀であったがゆえにシミュレータの難易度を底上げしてしまい、他のパイロット候補生がついて行けなくなりそうなので退役。
 今回、特殊軽巡洋艦開発プロジェクト顧問の推薦によりネルフへの留学(?)のために第3新東京市を訪れたが、プラグスーツ戦士としての適性を認められ正式に移籍されることとなった。

「彼女はエヴァーへの搭乗・実戦は出来ないけれど、テスト要員として実験データを提供して貰う任務につきます。
 また、近接戦闘訓練を終え次第、私の直轄するプラグスーツ部隊に参加が決まっているわ」

 ミサトの説明を受けて霧島マナ嬢が初めてのプラグスーツ装備で緊張に固まりつつ、戦自風の敬礼をビシっと決める。

「あの、ふつつか者ですけど、よろしくお願いしますっ!」
「霧島さん、それじゃお嫁に入っちゃってるから」
「あっ、違いました、ふしだらじゃなくて、不埒でもなくて、ええと、何て言おうとしてたんだっけ〜?」

 突っ込まれて赤くなり、あわわあわわしているマナの様子にシンジは笑いをこぼし、アスカはフンと目線を外して面白くなさそうに唇を尖らせている。ちなみにレイは立ったまま半分寝ている。

 マナが着用しているプラグスーツもスコートに生足で恥ずかしい方のタイプだ。と言うかアスカしか全身タイツ型のプラグスーツを着ていないので彼女の方がマイノリティである。

「では早速だけど、テストを開始させて貰うわ。各自テストプラグに入って頂戴」

 プラグスーツを着込んだ子供たちはシンクロ実験用エントリープラグに座り、定期テストのスタート。
 技術課職員により操作されるモニタに映る4者のプラグ内映像。目を閉じて操縦桿を握り、集中しているチルドレン。そして各人のパーソナルデータ。

 本日初めてにしてはマナの心拍数は落ちついている。

「1番から4番まで、ハーモニクス正常。神経グラフにも乱れはありません」
「凄いわね彼女。これだけ安定した数値が出るなら、本物のシンクロ実験も可能だわ」
「それは司令が許さないでしょ」
「そうね」

 モニタと、ガラスの向こうのエントリープラグを監視しつつ、情報は言葉で交わされ、滞りなくシンクロ試験は進められていく。

「―――明日何着てく?」
「ああ、結婚式ね。ピンクのスーツはキヨミの時着たし、紺のドレスはコトコの時着たばっかだし……。
 あ、オレンジのが入るようになったからアレにしよっかな。と言いながら行かないけど」
「あら、あなたにしては珍しく不義理じゃない」

 ミサトは魚の腐ったような眼で盛大な溜め息を吐き出した。数少ない独身の友人がまた一人消えたから、ではない。

「……何かものすごくイヤーな予感がするのよ」
「例えば加持君がタキシードで式場に現れるとか」
「う゛っわーそれ最悪!
 ……それだけならまだいいけど新郎新婦にスイカでも投げるんじゃないかと思ったら胃が痛くなりそう」
「それをケーキナイフで受け止めるのはかなり難しい共同作業ね」

 この会話はマイクOFFなのでエントリープラグ内のティーンエイジ4名には伝わっていない。
 ゆえに苦笑しているのは白いネコ耳のオペレーターのお姉さんだけである。

「そういうワケだからパスするしかないわよ」
「あなたが変身して彼を止めたら?」
「プログレッシブ・ムーン・ロッドで打ち返したり?
 二度と冠婚葬祭には呼ばれなくなる素敵なアトラクションだわね」

 想像するだけで憂鬱なので、実現の可能性は極力消したい。そのためなら友人への不義理くらい、逆に恩に着られてもいいくらいの親切である。

「まぁ、私も行かないつもりだったからいいけど」
「あー、そっか、その頭じゃ出られないわねー」
「二度と冠婚葬祭には呼ばれなくなる素敵なアクセサリよ」

 ぴこぴことリツコの頭上で自己主張する黒いネコ耳。もはや完全に融合を果たして彼女の一部だ。

「呼ぶ側でもちょっちツライかも」
「遺影を見て笑いを堪えるのはあなただから別にいいわ」
「ぷぷぷ、それは遠慮させて」

 達観と諦観と自嘲と冷笑を適度にブレンドした深みのある笑みを顔に張りつけたリツコは、湿った息を吐き出した。

「お互い、人生投げ槍にならないように気をつけないとね」


 


 ほどなく実験は終了し、テスター含むパイロット諸氏は解放される。いつも通りプラグスーツを脱ぎ去り、シャワーでさっぱりしてから制服を着込み、微妙に学校のプール帰り的なけだるさを覚えつつ、ネルフ本部の廊下を歩く。
 現在唯一の男子であるシンジは、男子更衣室を出てエレベーターへ向かう途中、なぜか女子である霧島マナ新人テストパイロットに遭遇した。

「あっ、シンジく〜ん♪」
「霧島さん、こんなところで何してるの?」

 迷子の4歳児が母親を見つけた時のような笑顔を見せるマナ。

「えーと、見学? でいいかな?」
「って僕に聞かれても」
「あ、このエレベーター上まで行ける? 乗る乗る」

 閉じかけたエレベーターの扉にマナがすべり込んで、小さな密室にシンジとマナは二人きりになる。
 動き出すと重力が肩を押し、すぐに元の重さに戻る。

「……もしかして迷子?」
「へへー♪」

 底抜け愛想笑いで返事をぼかすところを見ると、どうやらそうらしい。一応彼女の名誉の為に補足しておくならば、かの作戦課の精鋭たる某三佐程の人物ですら、本部内で迷って遅刻したことが何度もある。それくらいネルフは複雑な構造なのである。たぶん。

「あ、そうだ。明日ね、シンジ君のお父さんに会わなきゃならないんだぁ。何を話せばいいと思う?」
「父さんと? 何、かなぁ…」

 正直に言ってしまうと、シンジにもあの人物が何を考えて生きているのかさっぱり分からない。
 実の父親じゃないんじゃないかと、養子なんじゃないかと思ったり思わなかったりする時もあるくらいで。
 むしろ何を話したらイケナイか、の方が詳しく教えて差し上げる事もやぶさかでない方向性でシンジは助言を考えてみる。

「ねぇ、シンジ君のお父さんって、どんな人?」
「うーん……わからない」
「えーーー」

 まさか変な人とは言えないのでお茶を濁してみる。
 人間として尊敬できる点を思い出そうとしているが、どうにもでてこない。
 思い出されるのは一言で表現すれば「身内の恥」と称するに足る思い出ばかり。二人きりのエレベーター内の空気がひじょーにどんよりと重く感じる。もっと早く昇ってくれエレベーター。

「それが聞きたくて昼間、僕の方見てたの?」
「うん。変なこと言って嫌われると困るから〜。
 あ、掃除の時ね、今日の。雑巾絞ってたでしょ。あれって何か、お母さんって感じがした」
「……お母さん」

 シンジ自身にはあまり母の記憶が無いので反応に困る。

「なんか、お母さんの絞り方って感じがする」

 誉められてる気はしないが、けなされてる感じでもない。ただの感想。

「案外シンジ君って主婦とかが似合ったりして♪」
「な、何を言うのさ……」

 頬に紅がさしたシンジの横顔を見てマナは可愛い〜とか思ったり、いや、中学生男子が可愛くてどうだろうと疑問に思ったり、5年後にはどんな感じに育つんだろうとか思ったりした。


 


「ただいまーぁ」

 玄関からミサトの明るい声が響いてきた。今朝仕事に出る時は「バカ司令殺ス」みたいな、般若か修羅かと思える殺気だった顔をしていたのに、すっかり毒気が抜けて元のミサトに戻っている。
 手にしているデパートの紙袋から察するに、買い物でもして気晴らししてきた様子である。

 ペンペンと一緒にリビングでごろごろしつつテレビを眺めていたシンジが、よっ、と上半身を起こす。

「おかえりなさい。あ、晩御飯食べる? 御付け温めるけど」
「さんきゅー、おねがいね。
 あれ、アスカは? 明日デートなんじゃなかったの? てっきり『ラベンダーの香水貸して〜』とか言われると思ってたのに」

 暗いままの自室に入り、開けっ放しの襖の陰でラフな上着を脱ぐミサト。

「なんか帰ってからずっと篭もりっぱなしですよ。委員長のお姉さんの友達に会うのがイヤみたいで。
 普段のアスカだったら嫌ならイヤって言うのに、今回に限ってどうしたのかなぁ」

 ガステーブルのボタンを押す。しゅぼぼぼぼぼ。瞬時に青い小さな炎の輪が生まれる。ありがとう文明。

「ほー、義理人情のヤクザ渡世ってか。だんだん日本人らしくなってきたじゃないアスカも」

 どれどれ、明日着てく服でも選んでるに違いないアスカに、ミサトおねーさんが完璧ファッションを見たててあげよーじゃないか。と、自分が着替えるのが先だろうに、不敵な笑みを浮かべてアスカの部屋へと忍び寄る。

「アスカ? 開けるわよ〜」
「い、今ダメッ!」

 焦る制止の声より先にミサトはフスマを開けてしまう。と網膜に飛び込んでくる強烈な光景。
 黒いワンピースに白いフリルがたーくさんたくさんいっぱい山ほどどっちゃり飾りつけられた少女趣味ちっくな、激しくアスカのキャラじゃない衣装だった。
 このまま雑誌の表紙でも飾りそうなくらいには見た目だけは似合わなくも無いが。

「へぇ〜、そんなの持ってたんだ」
「み、見るなー! 出てけー!」

 枕が飛んできて慌ててフスマを閉じて退散のミサト。

「なんか凄い声でしたけど、どうしたんですアスカ? やっぱり行くの嫌なのかな」
「嫌っていうわけでもないみたいよ。センスが問題だけどね……」

 

 同日同時刻、霧島マナは芦ノ湖付近と言うか湖の上に張り出して建てられた自宅から長距離電話で、長野第2新東京市の時田プロジェクト顧問に、定例報告と言う名の世間話をしていた。
 風呂上りの湯気をパステル・イエローのパジャマで包んで、ベッドに転がりながら、今日一日メモってきた学校やネルフの様子を伝える。

「まだ道が良く分からないんで、施設構造の調査とかは無理です。
 明日は学校は休みですが、ネルフ総司令官と会見の予定があります……」

『怖いかね? あのネルフのトップと二人で会うのが』

 声のトーンが落ちこんでいるのは時田にも分かったようだ。
 正直怖い。つい先日まで戦略自衛隊に所属していた自分が、表向きは協力組織だけど水面下では反目しているネルフの代表に1対1で会うなんて。
 もしかしたら「やっぱり長野に帰れ」とか言われるかもしれない。

『本音を言えば、私も少し不安に思うところはある。だが、こちらから一歩を踏み出さないと何も変わらない。我々は組織の枠を越えて、人類の未来と希望の為に、肩を組まなくてはいかんのだ』
「わかってます」

『これから判るんだよ。最初の一歩だけじゃなく、その後に続ける事も大切だという事が。
 とにかく明日は胸を張って行きなさい。君はムサシ君やケイタ君、我々全員の代表なのだから。
 じゃ……おやすみ』

「おやすみなさい」


 


 翌朝。
 週末の天気は上々。空は突き抜けるようなブルースカイ。見てると心もスカイ。

「いって」
「きます」
「くゎけ〜(いってらっしゃい〜)」

 意気揚揚と洞木ヒカリの姉の友人とデートに出かけるアスカ。でも黒いワンピースではない。
 不承不承ながら母親の命日と言うことで父子見ず要らず、もとい水入らずでお墓参りに出かけるシンジ。
 お見送りはペンペン。

 数少ない独身の友人の苗字が変わるイベントを欠席して、ぐうたら寝ている我らが葛城ミサト。

「いってらっさい〜。……あー休みっていいわー昼まで寝ちゃおー」

 惰眠をむさぼる我らが葛城三佐殿。
 ちなみに彼女が行く予定だった結婚式はつつがなく、滞りなく進んだ。祝電に紛れて何故かスイカが届けられていた事を除いて。

 さらにちなみに、差出人不明のそれに添えられたメッセージカードにはこんな文言が記されていたと言う。

『人生には必要な3つの袋がある。
 ひとつは堪忍袋。愛とは許す事である。
 ひとつは非常持出袋。備えあれば憂いなし。
 そして最も大事なのは、今この式を支える御祝儀袋。
 君たちの輝ける未来を祝福してくれる多くの友へ感謝を忘れずに。
 幸せになれ。』


 


 視界の端から端まで真っ平らに整地された霊園。
 立ち並ぶ背の高く細い墓標は飾り気無く、葬られた故人の名と生年の白い文字だけが黒い石柱に刻まれている。
 何百何千と棒が立ち、それら全ての影が同じ方向に尾を引く。当然の現象だが、シンジにはそれが「死」という避けられない摂理を暗示しているような、気持ち悪い光景に思えた。
 肉体も遺志もかき消えて、ただそれが存在した証拠としての記録でしかない墓。
 参拝者が記憶から故人を呼び出すための鍵。

 『IKARI YUI 1977〜2004』

 やがて目的の墓を発見し、持参した花束を備える。

 没年2004年と言う新しさは、この霊園では少数派だ。ここに眠る故人の多くは、セカンドインパクトと、その直後の混乱によって幕を閉じざるを得なかった途中下車組である。やはり1999〜2000年に集中していた。

「3年ぶりだな。二人でここに来るのは」

 シンジの背後にゲンドウが立ち、妻ユイの墓標と、その前にしゃがむシンジの背中を見ている。

「僕は……あの時逃げ出して……その後は来てない。ここに母さんが眠ってるって、ピンと来ないんだ。
 顔も覚えてないのに」
「人は思い出を忘れることで生きていける。だが決して忘れてはならないこともある―――ユイはそのかけがえの無いものを教えてくれた。
 私はその確認をする為にここへ来ている」

 父さん、たまには真面目な事言うんだな。
 普段からそうだったら、もうちょっとネルフのみんなもつきあいやすいのに。

「写真とかないの?」
「残ってはいない。この墓もただの飾りだ。遺体は無い」
「先生の言ってた通り、全部捨てちゃったんだね」
「全ては心の中だ。今はそれでいい」

 いや、やっぱりいつもの何考えてるか分からない変な父さんの方がいいや。
 居心地が悪くてまともに顔も見られないし。

 よもや息子に「変人の方がマシ」と思われているとは露知らず、シンジのうなじを見ながら妻ユイとの思い出に浸るゲンドウ。
 その背後に強い風を巻きながらNERV銘入りのVTOL(ヴイトール)が着陸する。

「時間だ。先に帰るぞ」

 VTOLの窓からマナの顔が覗いている。手を振っているがシンジは気付いていない。
 去り行くゲンドウの背中に、シンジは思い切って声をかけてみる。

「父さん!」

 振り返る無言のゲンドウ。眼鏡が光る。

「あの……今日は、嬉しかった。マトモな父さんと話せて」
「……そうか」

 ダンディズム溢れる返事をしてVTOLに乗り込むゲンドウだったが、内心、マトモってどういう意味だ? マトモって?と心拍数が10%増量してしまった。

 そして飛び立つVTOL。

 ゲンドウの隣の席には再度カチンカチンに緊張したマナが着席している。
 地球上で十指に入る多忙なネルフ総司令官には新人の一小娘と面会する時間は確保出来ず、この移動の往復時間のみ同席とあいなったワケである。
 なお、往路ではお互い一言も喋っていない。
 マナは緊張および、昨日シンジから何の情報も得られなかった為、話題が見つからなかった。
 ゲンドウは、口を開くと言葉じゃない何かが飛び出してしまう危険性を否定しきれず、押し黙っていたのだが、端から見ると少し怒っているかのように見えて威圧感が無限大だった。

 残された会見時間は復路の僅かな15分少々しかない。

 マナはこのままじゃダメだと、一歩踏み出さないと何も変わらないと勇気を振り絞った。

「あの」
「霧島君と言ったな。ひとつ聞きたい」
「はいっ、な、なんでしょう?」

 話し掛けようとした瞬間のカウンター、やはりネルフ総司令官はあなどれない人物であると思った。
 何を問われても完璧に答えようと、身構えるマナ。

「……エチケット袋とか持ってないかね」
「はい? エチケット…?」
「いかん。もうダメだ。運転手! 降ろしてくれ! 吐く!」

 操縦席に乗り出さん勢いで命令する切羽詰まった様子は、マナの緊張を吹き飛ばし、同時に爆笑スイッチに重たいボディブローを叩き込んでくれた。
 じんわり効いてきて、顔が緩み、そして噴き出したらもう止まらない。

「降ろせ! 早くッ!」

 

Pretty (soon 30) soldier Katsuragi moon







 
後編へつづく 

 
2003/11/03 初版。

 1年経っとるやんけーメールは三笠どらまでどうぞ。後編はガンホーより頑張ります。

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