「ミサトさんのカレー? うん、食べた事あるよ。……味? いや、味って言うか、その……衝撃の固まりって感じで、口に入れた途端に、弱い人なら倒れるんじゃないかってくらいで……つまり……」
「何よ、はっきり言いなさいよ! 美味しいの? マズイの? 食べられるものなの? 輸送する乗り物には黒地に黄色い文字で
って書かなきゃならないようなモノなの? どうなのよ!」
「…………
かな?」
「……やっぱりあたし外で食べてくる事にするわ……悪いんだけど、ミサトと二人でよろしくやってくれる?」
「待ってよ! 今や台所では大鍋に溢れんばかりのスパイスが踊ってたりして、すぐに臨界点を突破するところなんだよ!? 今逃げたりしたら結局、じっくり煮込まれた2日目のカレーを大盛でつきつけられて『どぉぞ♪』って言われて、しかもミサトさんああ見えて結構根に持つタイプだから、テーブルの向かいに陣取ってニコニコしながら完食するまで見てるって事になりかねないんだよ!?」
「うげ……
……
……
……つまり、あたしがこの危機的状況を脱するには、
(1)今この瞬間に家を出て二度と戻らない。
(2)なんとか一皿食べ終えて、鍋に残った分は本人に消し去ってもらう。
(3)隙を見てペンペンの口に流し込んで証拠隠滅。
以上の3つしかないってワケなのね?」
「3番は動物愛護の観点から見て、どうかな……って思うけど、大筋としては間違ってないし、個人的には1番をオススメするね」
「なぁによそれ……あんた、あたしなんか居なくなればいいって思ってるワケ?」
「そ、そんなんじゃないよ……でも……素人さんには完食は不可能だよ……僕だって、何度苦渋を舐めさせられてきたものか、思い出すだけでも……うっ」
「あんたもしなくてもいい苦労で悩むの好きね。イヤだったら断ればいいじゃないのよ」
「それをしちゃったら誰も僕のことシンジだって思ってくれないよぉ……」
「……それもそうね」
「納得しないでよっ!!」
「……どうしろってのよ………で、あたしが出ていかないで、しかも食べずに済む方法を考えなきゃいけないワケだけど……ワケなのよっ! ……なぁんかない?」
「危険だけど、鍋をひっくり返すとか」
「それはさすがにちょっと可哀相な気がするわね。あ、たくさん人を呼んで代わりに食べてもらうってのは?」
「それでも自分の一皿は食べなきゃいけないし……第一呼ばれる人が気の毒だよ……」
「むぅー……」
「―――ふったりっともぉ♪ 出来たわよぉ〜〜〜ん♪」
「ゲッ……来た……」
「間に合わなかったね……」
「……ま、しょーがないわね。試しに一口食べてみて、ダメだったらシンジ、あんた食べてね」
「なんでっ!?」
written by 三笠どら
テーブルの上に並べられた地獄の片道キップ。
大きめの皿には炊き上がったばかりの白いご飯と、その上を覆うように重ねられたカレー(ミサト謹製)
ちなみにご飯を炊いたのは炊飯器であるし、お米をといだのはシンジである。
「どしたの? 遠慮しないで食べてよ」
「は……はい……いただきます」
両手を合わせて祈るシンジ。ただし、今日のこの良き日に糧を与えてくれた神様にではなく、これから向かうかもしれない極楽浄土の仏様のほうに、である。
エベレスト山頂からのバンジージャンプよりも勇気を振り絞って、スプーンを前人未踏の皿の中へ突き刺す。
スパイスの集合体から分離したかけらは、一見したところ食欲をそそる。
(……やっぱり最後の敵は同じ人間なのかな……)
シンジは覚悟を決めてスプーンと、それに付随する恐怖を口に運ぶ。
開口。投入。閉鎖。
咀嚼。
咀嚼。
沈黙。
(イメージ映像)
「シンジくん、ライスを受信。拒絶反応なし」
「続いてスパイス、送信開始」
ぴりっ。
舌に走る刺激。
徐々にそれは大きくなり、やがて衝撃。
そして破壊的。
「ダメです! ルーがライスをループ状に覆っています!!」
「ダメだわ。味覚中枢がクライン空間に捕らわれている」
「どういうこと?」
「つまり失敗ということよ」
警報が鳴り響く。
「シンジくん、カレーを拒絶!」
「胃袋内、不快感上昇!!」
「咀嚼中止! 電源落として!!」
「ダメです! プラグが排出されます!!」
「…………ぅぅぅぅうおええええええええええええええ―――」
「シンジくん!?」
「シンジ!?」
シンジは椅子ごと仰向けに倒れ、ぴくぴくと身体を痙攣させる。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!」
アスカは想像をはるかに上回る威力に鳥肌を立て、逃げようとして椅子から転げ落ちると、目に涙を溜めてあとずさる。
だが、ミサトは上機嫌ににこぉ〜〜〜〜っと微笑んで、大きく頷いた。
そして、とどめの一言をシンジに突き刺す。
「うん、倒れるほどおいしいってか!」
「ひ、ひとりはイヤ……シンジ、起きてよ……あたしをひとりにしないで……あたしを見て……」
ガクガクと震えながらイヤイヤと首を横に振るアスカ。
ミサトが、満点の笑顔で振り向く。
「アスカ、初めてだったわよね?」
「あ、あたし……いらない……」
「そんな遠慮しなくていいのよ♪ ほらあ〜んして、あ〜〜〜〜〜ん」
ミサトがカレーの乗ったスプーンを突き出す。
スプーンの実物は小さなモノだが、アスカにはそれが数十メートルに見えた。
「イヤ……わたしを殺さないで……」
じりじりと後退するアスカの背中に壁があたる。
「死んじゃうほどおいしいかもねぇ〜〜〜♪」
迫り来るスプーン。
アスカの心の壁を突き破って、テリトリーに侵入してくるスプーン。
「イヤぁぁっ、それだけは、絶対に死んでもイヤぁぁぁぁぁぁっ!!」
必死の抵抗も空しく、アスカの口に、ミサトの手に寄ってスプーンが突っ込まれる。
(イメージ映像)
衛星軌道上に浮かぶ使徒から放たれた光がアスカを照らす。
「きゃぁああああああああああああああああああああああああっ!!」
「アスカ!!」
「敵の指向兵器なの!?」
「いえ、熱エネルギー反応微弱! 舌が火傷するほどまではいきません!」
「心理グラフが崩れて行きます! 精神汚染が始まります!!」
「使徒の心理攻撃!? まさか人の味覚を破壊するつもりなの!?」
激しく点滅する警報。
気力を振り絞るアスカはポジトロンライフルを乱射する。
「陽電子、消滅!」
「ダメです! 射程距離外です!!」
「食材の分析は!?」
「カレーライスに近いものですが、詳細は不明です!!」
「アスカは!?」
「危険です! 精神汚染、Yに突入しました!!」
身体を丸めて拒絶しているアスカ。
「いやぁぁぁあああああああああああああああっ!!」
「私の中に入ってこないで!!」
「痛い! 痛い!! 痛い!!! 痛い!!!! イヤっ、イヤっっ、イヤぁぁぁっっっ!!」
「私の食道を通らないで! お願いだからこれ以上私の胃を犯さないで!!」
「アスカ!!」
「心理グラフ限界!」
「精神回路がズタズタにされている。これ以上の過負荷は危険過ぎるわ!!」
「アスカ、戻して!!」
「イヤよ!」
「命令よっアスカっ!! 吐き出しなさいっ!!」
「イヤ!! 絶対にイヤ!! 今戻すならここで死んだほうがマシだわっ!!」
「アスカっ!!」
ごくん。
アスカはプライドにかけてカレーを飲みこみ、そのままグッタリと崩れ落ちる。
「アスカ!?」
「食欲ゼロ……もうミサトのカレーなんて見たくない……」
ぶつぶつと呟くアスカの目からは生気が失われている。
「ちょ……何よそれ!! しっつれいしちゃうわねぇ〜〜〜〜!!!」
怒りに目をむくミサトはカレーの皿を持って、スプーンを突っ込むと、これでもかとばかりに山盛りに一口取って、自ら食してスプーンを取り落とし、皿もひっくり返してしまって、自分も倒れた。
「…………今日のは………………ちょぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っぴりだけ、し……し、失敗…………だったかな…………」
横たわるミサトの手が、何かを掴もうとするかのごとく伸び、ぴくぴくと指が震える。
「……加持くん…………あたしの料理法……間違ってなかったわよね…………」
がっくり。
目標、完全に沈黙。
<翌週>
「よぉぉぉぉぉしっ♪ 先週の教訓を生かして作り上げたこの新作カレーで今度こそ『おいしいですっミサトさんっ!!』とか『すごいじゃないミサト! あんたもやればできるのねぇ!』とか言わせて見せるわっ!!
今日のポイントは、カレーの真ン中に落した、な・ま・た・ま・ごっ♪ これで味がまろやかになるのよ〜〜ん♪」
「葛城のカレー? ああ、食った事あるよ。……味? いや、味って言うか、その……衝撃の固まりって感じで、口に入れた途端に、弱い使徒なら倒せるんじゃないかってくらいで……つまり……なんだって!? オ、オレを、招待してくれるって!? い、いやぁすまないが、今、急に向こう三ヶ月の予定が埋まったところなんだ! 悪いな、せっかくのお誘いなのになぁ! いやぁ残念残念!! ま、そういうワケだから後はよろし―――な、何をするつもりだ!? おい、ちょっと待て……は、話せば分かる……おいシンジくん、アスカ、どうしてオレの腕を掴むんだ……? な、なんだその笑顔は!? おいっ本気でシャレにならないぞそれはっ! おいっ、ふたりともっ!! やめろっ!!! やめ―――」
「……つまり、あたしたちがこの危機的状況を脱するには、
(4)食べても生命維持に支障のない人を連れてきて全部食べてもらう。
ってのが最適なワケよ!!」
1999/07/20
初版。
「おいおい……(汗)」なお言葉は三笠どらまでどうぞ。
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