気がつくとシンジはまた、夏の日差し降り注ぐ第三新東京市に居た。

(……まただ……)

 うんざりした表情でため息をついたシンジは、それでもなんとか記憶をたどって、これからどうすればいいのか思い出す。

(……確か、ミサトさんの写真を持ってるんだよな)

 ポケットを探ると、見慣れた上司の写真が出てくる。

『ここに注目→』

 媚び媚びなミサトの写真に油性ペンで書かれた能天気な文字。矢印の先には豊満な胸の谷間。
 再びシンジはため息をつく。

(間違いない……戻ったんだ……あの日に)

 シンジは振りかえった。
 山間から姿をあらわす巨大生物。
 いくつものミサイルがそれに浴びせられるが、全くノーダメージ。

(使徒だ……そうだよな。戻ってきたんだったら、居るのが当たり前だよな。
 ……僕は……またあれと戦わなくちゃいけないのか……)

 シンジの顔が暗く沈む。

(イヤだなぁ……もうおしまいにして欲しいよなぁ……)

 時に西暦2015年。

 その言葉で幕を開ける人類の行く末を決める戦いが、ここでもまた動き出した。




 
 

「使徒、再来」

 
 
written by 三笠どら 




 謎の巨大生物……使徒サキエルは飛びあがり、舞い降りる。
 その際戦略自衛隊の兵器やら何やらを踏み潰して破壊する。

 爆発で風が起こり、シンジは両腕で顔をかばう。

(うわっ……)

 そこへ現れる青い車。
 ドアが開き、黒いサングラスをした妙齢の女性は言った。

「ごめん、おまたせ!」

「ミサトさん!」

 シンジは車へ駆け込んだ。間髪入れず走り出したそれは、一路ネルフへと向かう。
 自分が初対面の相手をファーストネームで呼んだ事にシンジは全く気付いていない。

「碇……シンジくんね」

「はい」

 車中でミサトがシンジに話しかける。

「あたし葛城ミサト。これからもよろしくね」

「はい……え?」

 シンジは間抜けな声を出した。

「これから、も? ……それじゃ、ミサトさんも!」

 シンジが笑顔を見せ、ミサトがにぃっと笑いかえす。

「そ、また一緒に戦えるわね、シ〜ンちゃん」

 シンジは、今度は安堵のため息をついた。

「よかった……前回は初対面のミサトさんだったんですごくやりにくかったんですよ」

「そっか……知ってる人と初めて会うのって疲れるもんねぇ……。で、シンちゃんは何度目?」

「僕は……何回目だっけ? ええと……よく覚えてないんですけど、多分20回くらいは……」

「んじゃあ知らないあたしでも無理ないわ。
 あたしが前回シンちゃんに聞いたときは12回目とか言ってたもんねぇ。
 苦労してるのね、お疲れさま」

 シンジとミサトは初対面であるにも関わらず、まるで長年連れ添った間柄のように親密な空気で会話をかわしていた。

「それでミサトさん、これからどうするんですか?」

 シンジの問いにミサトの表情は引き締まった。
 数瞬の間を置いて、口を開く。

「使徒を倒す。それに変わりはないわ」

「それはそうなんですけど……最終的に、何を目指すんですかってことで……」

「うーん……結婚、かなぁ? あはははは……」

「加持さんと?」

「ま、まあねぇ……向こうが覚えててくれてるといいんだけど……」

 そう言うミサトの目には寂しさが灯っていた。
 それを見てシンジの表情も曇る。

「……前回も、助けてあげられなかったんですね……」

「……後味悪いのよねぇ……なまじっか記憶、残ってるぶん、元気な姿見ると……居心地悪くってさ」

 ミサトの脳裏に、まだ経験していない加持との思い出が蘇えっては消えていく。
 一度目の人生……本来の命を送るうえで気付いた加持への想いの大きさ。そして永遠の別離。その苦しみ。
 以降ミサトは、この日に戻るたびに加持を救おうと努力していたのだった。
 残念ながらその試みはまだ実を結んでいない。

「今度はきっと、大丈夫ですよ。何とかできるはずです」

「そうだといいんだけど……」

「ミサトさんらしくないですよ。今までだって、どんなに確率が低い作戦でも根性で押しきってきたじゃないですか」

「……そうね」

 随分彼の印象も変わったな、とミサトは感じて微笑を浮かべた。
 最初も最初、本当の初対面の時にはもっと……小憎たらしい役立たずの少年だったのに。

「よしっ、ぜっっっったいに勝つわよっ! ファイトぉぉっ!!」

 叫びをあげながら、ミサトはハンドルを切り、車を路肩に停めた。
 爆発のあおりを受けてもひっくり返らないような位置に。

「さてと、そろそろね……シンちゃん、伏せて!」

「はいっ!」

 二人が身を伏せると同時に、使徒がN2地雷によって爆炎に包まれた。
 強烈な衝撃。
 しかし、何度も体験しているシーンであり、対策もバッチリだったため、二人も車も無事だった。

「……う〜ん、我ながらパーペキ。うっし、もういっちょ飛ばすわよぉ」

「あの、急いでは欲しいんですけど、乱暴な運転はやめて欲しいなぁって……」

「わぁってるって。ちゃんとつかまっててね」

 そして車は爆走し、シンジの顔がひきつり、やがてネルフへ到着する。

「すごい。ほんとにジオフロントだー」

「ちょっとちょっとシンちゃん、何よその無感動な棒読みは」

 まるで大根役者が台本でも読むかのように発せられたシンジの言葉は、ミサトを苦笑させる。
 言ったシンジ自身もぷっと吹き出す。

「いえ、一応言っておいた方がいいのかなって思って」

 シンジの眼下には人類防衛の要、ジオフロントが広がっていたが、もう自分の庭みたいなもので、特に感慨を受ける事もなかった。

「あのねぇ……っといけない。時間があるうちにリツコ呼んで話しとかなきゃ」

 ミサトは携帯でリツコを呼び出した。






『技術局一課、E計画担当の赤木リツコ博士、赤木リツコ博士。至急作戦部第一課葛城ミサト一尉までご連絡ください』

「なにやってたの葛城一尉、人手もなければ時間も……時間は少しあるわね」

 水着の上に白衣姿のリツコがエレベーターで待っている二人に合流するまでに、さほどの時間はかからなかった。

「リツコ、いいニュースよ。彼がマルドゥックの報告書によるサード・チルドレン。
 そして……彼は、シンジくんはあたしたちと同じよ」

「本当に?」

 リツコはシンジの顔をまじまじと見つめる。
 なぜかシンジが赤くなって視線をそらすまで、ひとしきり見つめる。
 それから、フッと微笑んで手を出した。

「はじめまして、シンジくん。私は赤木リツコ。……4度目よ」

「あ、はい。よろしくお願いします、リツコさん」

 シンジも恥ずかしがりながら笑顔を返し、その手を握る。

「エヴァに関する説明は省きます。今は使徒撃退が最優先事項、わかってるわね」

「……はい」

「で、シンちゃん、どうする? お父さんとの対面、やっとく?
 シンちゃんさえよければ、もうエントリープラグに搭乗しちゃってもいいのよ」

 今のシンジはゲンドウがどんな人間なのか知っている。だが、わかっていても苦手なことに変わりはない。
 そこにミサトが気を回したのだ。

「いえ、その辺は……気が進みませんけど、こなしておきます」

「私もオーナインシステムとかB型装備のままとか言っておいた方がいいのかしら?」

「い〜んじゃないのぉ? んな細かい事誰も気にしないわよ」

「人類全てがあなたと同じだとは絶対に思わないで欲しいわ……もしそうならとっくに滅びてるもの。
 いえ……私が滅ぼしているかもしれないわね」

 リツコの呟きは本心だったが、悪意はない。
 それはわかっているのだが、だからと言ってミサトの心に芽生えた殺意が消えるわけではなかった。






 ぱっとケイジに明かりは灯る。
 シンジの前に巨大な顔面がお出ましした。

(エヴァ……母さん……)

 紫の巨人。シンジの母が眠る初号機。

 時計を見たリツコがシンジに囁く。

「シンジ君、そろそろ使徒が近づいてきてるから、手早くお願いね」
「……ええ、わかりました」

 初号機を見上げたまま答えるシンジ。
 そして……振りかえれば、頭上に碇ゲンドウの姿が見えた。

「これは……父さんが作ったんだね」

「そうだ。久しぶりだな」

「父さん……」

 3年ぶりの対面。

 だが幾度も繰り返してきた歴史のなかで、シンジの父に対する想いは変化しつつあった。
 何がゲンドウを狂わせていたのか、今では知っているつもりだ。

 それでもかける言葉は浮かんでこない。

 沈黙は流れ……そして意外な形で破られた。

「シンジ……今度こそ人類補完計画を阻止するのだ」

「! ……父さん!?」

 衝撃がケイジを走る。
 シンジ、ミサト、そしてリツコまでもが動揺をあらわにしていた。

「司令!? 記憶が……残ってるの!?」
「……まさか、こんなことが……いえ、予想しておくべきだったわ。碇司令が……『戻って』きている可能性を」

 目を見開いたまま硬直する三人の姿を見やって、ゲンドウは笑みを浮かべた。

「人は分かりあえない悲しい生き物だと思っていた……だが、分かりあおうと努力することは出来るのだな」

 ゲンドウは目を閉じた。そして愛しき亡き妻の姿を瞼に浮かべる。

「ユイ……これもお前の望んだ道なのか……ならば私は行こう。シンジとともに」

「と……父さん……」

「シンジ。出撃だ」

「……はいっ!」

 シンジは駆け出す。
 死より恐ろしい敵が待ちうける茨の道へと。








 かつてない、強力な援軍を背に。














 
 





「シ〜ンジっ」

 コントローラを握るシンジの後ろからアスカは飛びついた。
 突然首に手を回され、シンジは目を白黒させる。

「うわぁっ、な、なに?」

「あんたまだそれやってるの?」

「うん……今やっと『ゲンドウ』が転生してくれたところなんだ。やっとクリアできそうだよ」

 ゲーム機に差しこまれたソフトには『ライブ感覚RPG 新世紀エヴァンゲリオン』の文字。

「あんたねぇ、その家族とか知り合いの名前入れてゲームするのやめなさいよぉ」

「いいじゃないかぁ、このほうが感情移入できて面白いんだよ」

「ん〜なこと言って、死んで居なくなるキャラにあたしの名前入れないでよね!」

「だ、大丈夫だよ……多分……はははは……。
 あ、ほら、この髪の長い女の子なんてアスカにそっくりだろ?
 この娘の名前アスカにしていい?」

「あっ、このショートのキャラ、レイにそっくりじゃない?」

 どうこう言ってもイメージの合うキャラには知人の名前をつけてしまう二人。

「さぁて、あたしの名前をつけた以上、無敵のシンジ様とくっつけなきゃダメよ!
 ……あたしたちみたいにね♪」

「うぁっ、ア、アスカ……のっからないでよ……」

「嬉しいくせにぃ」

「そ、それはそうだけど……」

「……あのさぁシンジ、たとえば……たとえばの話だけど……あたしが……」

 ふとアスカの声が真剣さを帯び、抗っていたシンジの動きが止まる。

「2回目、だったら……どうする?」

 シンジは微笑んでアスカを抱き寄せた。

「何回目でもアスカはアスカだよ、そんなこと関係ない」

「シンジ………」

 アスカの顔に安堵の色が広がる。

「…それにね、アスカ」

 アスカの頭を胸に抱いてシンジは呟く。

「僕だって23回目なんだよ………やっとそばに居られるのに、離すもんか」






 
 


















奇跡は起こるよ、何度でも


魂の、ルフラン


















 
1999.09.02/v1.01
 「嘘、大袈裟、紛らわしい」以外のアポイントは三笠どらまでどうぞ。

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