<葛城家>

 ぷるるるるる、ぷるるるるる、がちゃ。

「……ふぁい、葛城です……」

 布団の中からにゅいっと伸びた手が受話器を取り、布団の中へ戻る。
 数秒の間を置いて。

「シンジくんが見つかったぁ!? どこよっ、どこでっ!」

 布団がばばっと跳ね上げられ、ミサトは一気に覚醒、真剣な表情で通話を続ける。
 しきりに頷いて相槌を打つミサト。その顔は疲労で彩られていた。
 それもそのはず。
 監督下にあったサードチルドレン、碇シンジが家出、行方不明になってから1週間もの間捜索に忙殺されていたからだ。

「―――な、なぁんですってぇぇぇぇぇぇ!?」

(くわ?)
 マンションを揺るがすようなシャウトに驚いてペンペンが冷蔵庫から顔を出す。

「じゃあ何、シンジくんはっ、ずっとあんたの家に居たワケぇぇぇぇぇぇぇっ!?
 ―――今あんた本部? すぐ行くから、首洗って待ってなさいよっ!!」

 がちゃんっ。
 叩きつけるように電話を切ると、ミサトは当社比400%のスピードで身支度を整え、ネルフ本部へ爆走していった。





 
 
リツコさんの弟子
 
 
written by 三笠どら




<リっちゃんのお仕事部屋>

「どうして隠してたのよっ!? これは立派な背任行為よ!」

 ダンッ!
 ミサトの手がリツコのデスクに叩きつけられる。その拍子にネコの形をした小さな置物が倒れた。

「彼が……シンジくんがそうして欲しいと望んだからよ」

 言いながらリツコの手がネコの置物を立てる。

「……欺瞞ね。冷徹な理詰めが売りの赤木リツコは、心情を察しての厚遇なんてものとは無関係のはずだわ。
 何か他に理由があるんでしょ?」
「随分とひどい言われようだけど、まあ外れてはいないわ」

 リツコは呑気にコーヒーなど口にする。

「彼、私のところに来て何て言ったと思う? これが傑作なのよ」

 クスクスと笑いながらリツコが明かしたシンジの望み。
 それを聞いてミサトは蒼白になって言葉を失う。

「それで7日もかかったというわけよ。―――そろそろ来る頃ね」
「よ、呼んだの? ここへ?」
「そうよ。あなただって会いたいでしょう? 生まれ変わったシンジくんに」
「で、でも急にそんな―――」

 ぷしゅーっ。
 ドアが開いた。
 口を半開きにしたまま、振りかえるミサトの視界に人の姿が見える。

 薄いイエローのワンピース。もうスカートだって、こぉぉぉんなにひらっひら。
 そして髪型はショートカット、だがその色は鮮やかな金色に染められている。
 なぜ染められていると分かるかと言えば、その眉毛は黒々としているから。つまりはリツコと同じカラーリング。

「あ……あ、あ……」

 現れた美少女?を指差したまま硬直するミサト。
 少女?は自信に満ちた足取りで室内に踏み込むと、腰に手を当て、無い胸を張って言った。

「ヘロウ、ミサト! 元気してた?」

「紹介するわ。彼女がエヴァンゲリオン初号機パイロット、サードチルドレンの碇シンディよ」

「ま、そういうワケだから、これからもよろしくね! ミ・サ・ト!」

 微笑む少女は、リツコの徹底指導によって人格をアスカ化された、家出人碇シンジその人だった。





<再び葛城家>

「何よコレ。相変わらずインスタントな食事ね」

 出てきた夕食の品がみんな、出来合いだったりレトルトだったりするのを見てリツコは唖然とした。

「あのねぇ、そういうセリフは押しかけてきた人間が言っちゃいけないものなの」

 プラスチックのスプーンを握った手をふるわせながらミサトが言葉を吐く。

「シンディ、やっぱり今のまま私と暮らした方がいいわよ。ガサツな同居人の影響で一生を台無しにしたくはないでしょ」
「そんなコト言ったってリツコも見たでしょ? この家に入ってきたときの荒んだ状態。ミサトを一人でおいといたら、いずれゴミに潰されて圧死しちゃうわよ!」

 手際良く食卓を取り仕切りながら、苦笑を浮かべるシンジ……でも今は碇シンディ。

「な、なぁんか引っかかる言われ方だけど……ま、そういうことよ。だいいち、今引越すなんて手続きがメンドーじゃない。もう本チャンのセキュリティカード、作っちゃったんでしょ? ……『シンディ』で」

 どうしてもシンジのコトをシンディと呼ぶのに抵抗があるらしく、笑顔が引きつるミサト。

「そうだ、忘れるところだったわ。シンディ、頼みがあるのよ、いいかしら?」
「あたしにできることなら何でもどうぞ」

 リツコはバッグからカードを出してシンディことシンジに渡す。

「レイの更新したカード。このところあなたにつきっきりだったから、渡すの忘れちゃった。ネルフに行く前にレイに届けてもらえないかしら」

「綾波の……」

「あっ! 今シンちゃん素に戻った!?」
「えっ――ああっ! な、何言ってるのよっ! レイに届ければ良いのね! お安い御用よ!」

 にたぁっとミサトが笑うのを見て恥ずかしくなったのか、うっすら頬を紅く染めたシンディは、そそくさとカードを持って部屋に閉じこもってしまった。

 その背中を目線で追いながらリツコがぽつりと。

「……少し暗示が解けかかってるわね。……次はもっと強いのを試してみようかしら」
「リ、リツコ、あんた……どうやってシンジくんを……?」
「ふっ、愚問ね。少なくとも胸を張って言えるような手段は用いてないわ」
「あ、あのねぇ……クスリとかは、ダメよ?」
「ノーコメント」
「ヘンな機械埋め込んだりするのもダメよ?」
「ノーコメント」
「エヴァと接触させて意図的に精神汚染させるのは言語道断よ?」
「お、お邪魔しちゃったわね。それじゃそろそろ仕事にもどるわ」
「あ、こら待てぃ! 逃げるの!? おーい―――」





<綾波さんの家>

「ちょっとぉ、いないのー!?」

 近くで何かの工事を行っているらしく、騒音がけたたましい綾波さんの家。
 取り壊し寸前というボロボロな感じの建物で、ブザーを押しても壊れていたりする。

「ったくしょうがないわねー」

 なんとなくノブを捻ると開いてしまう。

「なんだ、いるじゃないのよ。―――ごめんくださーい! 返事くらいしなさいよねー!」

 どこーん、どこーんという騒音がひどくて聞こえないのかも知れないと思ったシンディは、
「勝手に入らせてもらうわよ!」
 とのたまって上がりこんだ。

 室内は殺風景の一語に尽きる。

「なによコレ……こんなところに人が住んでるの……?」

 部屋の隅に置かれたダンボールに捨ててある血のついた包帯を見て、くらくら目眩を覚えながらシンディは呟いた。

「……ん? あれは……」

 チェストの上に置いてある壊れた眼鏡に目を止めたシンディは、それが父ゲンドウの物であると分かると、苦々しい表情で手に取った。

「パパの眼鏡……なぁんでレイが持ってるのよ」

 そして、手を離し眼鏡を床に落すと、思いきり踏んづけて破壊した!
 グシャッ!

「まったく……これだから―――ってレイ!?」

 気配を感じて振り返ると、レイはシャワーから出てきたところらしく、裸身にバスタオルという姿でシンディを睨んでいた。

「いや、ち、違うのよ……あたしは、その―――カードを……」

 無言のまま歩み寄ってくるレイはかなり怒っているようで、どす黒い妖気を漂わせている。
 あとずさるシンディ。
 チェストにぶつかり、その中身―――レイの下着が床に散らばる。

「よ、呼んでも出ないから……」

 レイは右手を振り上げてビンタの態勢を取った。
 反射的に目をつぶり身を引いたシンディは、足元の下着を踏んですべり、レイを巻き込む形で転倒する。

 ゴスッ。

「はうっ」

 身体の下でレイの声が、普段出さないようなレイの声が聞こえた。
 恐る恐る目を開くと。

 きゅう〜〜〜。と頭部を強打し気を失っているレイの裸身が飛びこんでくる。

「あっ、綾波ぃ〜〜〜〜〜〜っ!?」





<再びリっちゃんの仕事場>

『もうあの時はビックリしちゃったぁ、だってシンちゃんたらゲンちゃんの眼鏡踏み潰しちゃってるんだも〜ん! もう私頭に血がカーッてなっちゃってかなりキレてたって感じだったのよねぇ〜!』
『も、もうっヤメてよっ! アレは悪かったって何度も言ってるでしょう!? だいたい鍵もかけずにシャワーなんか浴びてるあんたの方こそ迂闊だったのよ!』
『あーっあーっそういうコト言う〜!? それじゃぁ質問ぶつけちゃうけっどぉ、どうしてシンちゃんてば眼鏡壊したワケぇ〜? やっぱり私が思うにぃ、私の部屋にゲンちゃんの眼鏡があるのが許せなかったワケでぇ、となるとシンちゃんは、私がゲンちゃんと絆でぎゅぅぅっと結ばれてるのが気にいらなかったってコトなんじゃないかなぁ、なぁんてね♪』
『うっ……そ、そうよ悪い!? パパみたいなムサイひげがあんたと笑いあってるの見ると腹が立ってしょーがないのよっ!』
『あぁ〜っ、紅くなってるぅ〜、やだシンちゃんったらマジで私に惚れちゃってるってコトぉ?』
『あっ、や、その……う、うるさいわねっ! 仕方ないでしょっ!』
『……嬉しいな』
『……へ?』
『も、もうやっだぁ! なぁにマジな顔しちゃってんのよ〜! シンちゃんったらかぁわいい〜っ♪』
『か、からかわないでよっ! どーせあたしは不器用なひげパパの子供ですよーだっ!』
『あ、怒った? ごっめ〜ん、シンちゃん見てるとついからかいたくなっちゃうのよねぇ〜っ♪』

「……ウソ」

 モニターを見てそう言ったきり絶句するミサト。

「幸い大事には至らなかったけれど、目覚めたらあの状態になっていたそうよ」

 またも呑気にコーヒーをすするリツコ。
 今二人が見ているのは女子更衣室である。シンジくんは男であるが、碇シンディは女性として登録されているために、ロッカールームも女子用を使用しているのである。
 なぜリツコの端末からそれが見えるのかは、今は語るべき時ではない。

「記憶はそのまま残っているようね。ただ後頭部を打ちつけた際の衝撃で、一時的に人格が混乱しているらしいわ」
「そんなコトありえるの!?」
「さあ……私は医者じゃないから。でも事実、あのレイがあそこまで喋るのを見たことは無かったわね」

『あぁ〜っ、またシンちゃんてば私の胸見てるぅ〜っ!』
『み、見てないわよっ! だれがそんな……その……』
『へっへぇ〜ん、うらやましいんでしょ♪ ほ〜ら、本物だよぉ』
『やっ、やめなさいよはしたないっ!』
『あれぇ〜? どうしたのかなぁ、シンちゃんてばかなりお顔が紅いって感じよ〜』

「あ、あれが……レイ?」
「碇司令が見たら卒倒するかも知れないわね(クス)」
「この非常時によくそんな平静でいられるわね……」
「冷徹な理詰めが売りの赤木リツコ、だからじゃないかしらね」
「まぁだ根に持ってるの……それより、あれ、なんとか出来ないの!? あんな状態で、使徒が来たら……」
「大丈夫よ。零号機の再起動実験も上手く言ったし、シンジくん……じゃなくてシンディも以前よりシンクロ率、上がってるくらいだもの」
「そうなの!? そんな話あたしのところにはひとつも―――」

 うおーん、うおーん、うおーん。
 激しく鳴り響く警報がミサトの話しを打ちきった。





<ネルフ本部直上>

 八面体でビームを撃つボーリング使徒、ラミエルが穴を掘っている。
 その目的は地質調査などでは決してなく、ゆえにネルフもそれを妨害せねばならない。


<その地下>

「シンジくん」
「あたしはシンディよ!」
「……どっちでもいいから……あなたは初号機で砲手を担当」
「はーい」
「レイは零号機で防御を担当して」
「ええ〜っどうして私の方がかなりヤバイって感じの役割担当なんですかぁ〜?」
「これはシンジくんの「シンディ!」……方がシンクロ率が高いからよ。詳しい説明はしても分からないだろうから以上、おしまい」
「そういう行き当たりばったりな態度でいいワケぇ〜!? 信じらんなぁ〜いっ! 今回の作戦だって穴だらけよ! 盾が17秒しか持たないんだったら、もう一枚用意するくらいの根性ないのぉ!? あ〜あ、こんなズボラな組織で戦わなきゃいけないなんて、お先真っ暗って感じよねぇ〜」

 ブチン。
 肩を震わせていたミサトから、何かが切れた音とともに怒りのオーラが立ち上る。

「うっさい小娘!!」

 ズカズカとレイに歩み寄ったミサトはレイの顎をがしっとつかんでぐいっと引き寄せる。

「な、なによぅ……」

 マジでヤバイ感じのミサトの目つきに気圧され、本能的恐怖に心臓をぐわしっと掴まれたレイが小さく呟く。
 ミサトは、冷笑を浮かべた。

「……今すぐ3人目にしたろかい」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! い、行ってきますぅ〜〜〜〜〜〜っ!!」

「あっ、待ちなさいよレイっ!」

 涙目になって逃げ出すレイを追って駆け出すシンディ。





<双子山>

「レイは、どうしてこんなもんに乗るのよ?」

 日本中から電力を借りてきて高エネルギーで遠くから使徒を撃ち抜こう作戦開始まであと少し。
 初号機、零号機を傍らにシンディは言った。

「……こわいから……」

 レイはまだミサトの恫喝の後遺症が残っているようで、体育座りしている身体が震えている。
 シンディはぷっと吹き出しそうになるのをこらえてレイの身体をそっと抱き寄せた。

「大丈夫よ……あんたはあたしが護ってあげるから」
「……ほんとう……?」

 上目づかいに見上げてくるレイの瞳はじわーっとにじむ涙で濡れていた。
 そこまでミサトが怖かったのか? いや、違う。
 シンジの言葉が嬉しかったからだ。

「約束する。綾波は僕が護る」

「……ありがと……」

 レイは泣き顔を見せたくなくて、シンジの胸に顔をうずめた。

 ふたりの抱擁は、その後リツコから「時間はとっくに過ぎてるわよ。何してるの?」と催促がくるまで続いた。





<同、〇時過ぎ>

「発射っ!!」

 ドギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイふおんっイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!

 初号機とポジトロンライフルが放った閃光は、使徒のビームと干渉して曲がり、命中しない。

 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォン!!

「ミスった!」
「敵シールド、ジオフロントへ侵入!」
「再装填、急いで!」

「目標に再び高エネルギー反応!」
「シンジくん!」

 使徒のビームに立ちふさがり初号機を護るレイ。
 盾は熱で溶け、光は零号機を焼く。

「……ぁぁぁあああああああああ!!!」

「綾波ーーーーーッ!!」

 ドギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!! ズバァッ!!
 再度シンジの放つ閃光が使徒を貫き、その巨体を大地に沈める。

「綾波っ!」

 溶解する零号機からエントリープラグを引き抜き、非常ハッチを開ける。

「綾波っ!!」

 涙を浮かべながら覗きこむシンジ。
 ぐったりと座席に身体を預けていたレイが、ゆっくりと目を開く。
 思わず抱きしめるシンジ。

「綾波……よかった……無事で……」

「碇君……」

 レイからは戦いの前まで持っていた生き生きした表情が消えている。

 固い表情でうっすら頬を上気させながら、レイはシンジを抱き返す。

「……レイって呼んで」
「綾波?」
「……レイって呼んで」

 声のトーンも違う。
 シンジはレイが元に戻っている事に気付いた。そして、気恥ずかしさに背筋を撫でられながら、言う。

「……レ、レイ」
「なに……シンちゃん」

 レイはゆっくりと微笑を浮かべた。





<三度リっちゃんの仕事場>

「リツコォ〜〜〜〜」

 ぷしゅーっとドアが開いて現れたのはミサト。
 手にタバコを1カートン持っている。
 上機嫌でキーを叩いていたリツコが、ちらりとその姿を確認し、仕事を再開する。

「何? こんな朝早くにあなたが来るなんて、明日は雨でも降るのかしらね」
「ちょっちお願いがあんのよ〜」
「ボーナスの査定を上げるように細工してくれ、って言う話しは断ったはずだけど?」
「そーじゃなくて、アレ、分けて欲しいのよ〜」

 ミサトはにやにやしながら、リツコの目線を遮るようにタバコを見せる。

「何のこと?」

 手を止めて、タバコを受け取りながらリツコはミサトを見る。

「まったまたぁ、とぼけちゃってぇ。例のシンちゃんとレイのあれ、あんたの仕業なんでしょ? あたしにもどうやんのか教えてくれない?」
「それにしては安い献上品ね」
「今給料前でちょーっちキツイのよねぇ……それで勘弁してくれない?」
「……ま、いいでしょ。ただし、開発中だから効果は保証しないわよ。場合によっては命に関わるかも」

 と物騒な発言をしながらデスクから栄養ドリンクのビンを取り出す。

「使い方は極めてシンプル。人格を変えたい相手に飲ませるだけ。効果が持続する時間は体質によって変わるし、データも少ないから分からないわ」
「オッケーオッケー! そこまでは高望みってもんよ〜! サンキュっ、じゃね〜♪」

 ぷしゅーと開くドア。
 ビンを持って消えるミサトを見送って、リツコはほくそえんだ。

「……相変わらず単純ね、ミサト。私が友情にほだされての厚遇をするなんて思ったのかしら?」

 リツコはデスクから目薬の容器を取り出すと、目の高さまで持ち上げて軽く振った。
 中に入っているアヤシイ色の液体が揺れる。

「さて……テストも終わったし、次が本番ね」

 ニヤリ。
 リツコの笑みは、白雪姫に毒りんごを売りつけに行く時の魔女に似ていた。





<発令所>

「碇はまだ着かんのか?」

 使徒の処理に追われておおわらわの発令所では、またも雑務の人となっている冬月副司令がぼやいていた。

「先程、到着したとの連絡がありました。もうすぐこちらに来られるでしょう」
「まったく、司令だからと言っていつも重役出勤では、私の仕事が増えるばかりじゃないか……」
「……関係各省庁から情報開示の要求が届いていますが」
「碇のデスクに送っておいてくれ。そこまでする気力は残ってないよ」
「了解」

 ぶつぶつ言いながらも適切に指示を飛ばしていく冬月。
 そんな彼の後ろで昇降機の動作音が聞こえた。

「ようやく登場か……真打にでもなったつもり―――なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
「どうしたんです副司令!!」

 初めて聞く冬月の狼狽した叫びに、周囲の視線は集中する……してしまった。

 そこには……

「ヘロウ、ネルフのみんな! あたし碇ゲンドウ……でも、ジェニーってよんでね♪」

 全身フリルひらひらのキュートなワンピに身を包んだ、50に近いヒゲ眼鏡オヤジが、満面の笑みを浮かべていたのだ!!
 ああ、リボンだって山ほど踊っているさ!!

「うっ……」

 ―――その破壊力たるや、吐き気を催して早退するもの68名。

「ううっ……」

 ―――その日を最後に退職したもの31名。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあああぁああああああああああああああああああああっっ!!!」

 ―――逃げ出したきり行方不明になったもの24名を数えた。

「まったくしっつれいしちゃうわねっ! こんな絶世の美女を見て逃げ出すなんて……あ、もしかしたら、みんな、あたしのために薔薇の花束なんか用意してくれちゃってるのかなぁぁぁぁぁっ? うふふっ♪」

 重ねて記述するが、50近いヒゲ眼鏡のおじさんである。





<リっちゃんの仕事場4度目>

「リィィィィィツコォォォォォォォォォォッッ!!」

 血走った目と仁王の顔つきで飛びこんできたミサトは、リツコのデスクに栄養ドリンクのビンを叩きつけるように置く。
 その衝撃でビンにビシっとヒビが入り、ネコの形をした小さな置物が倒れる。

「これぜんっぜん効かないじゃないのよっ!!」

 リツコは机に突っ伏して仮眠を取っていた。

「こぉらっ! 起きろーーーっ!!」

「……んー?」

 目を半分開けて、けだるそうにのびをしたリツコはミサトの顔を見て小首を傾げる。

「なに?」

「なにじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!! ったくぅっ、コレは効果ないし、司令はおかしくなってるしっ!
 どういうコトなのか説明してもらおうじゃないのよっ!!」

「えっ、司令!? 司令がどうかしたの!?」

 目を見開き、ガタンと席を立つリツコ。

「どうもこうも無いわよ!! 急にひらひらの服着て現れたかと思ったら『ジェニーって呼んでね♪ うふっ♪』だなんて……
 ―――ぅぅぅぅうおおおおええええええええええっ

 ゲンドウの強烈な姿を想起してしまい足元をやられてふらつくミサト。
 対してリツコの目にはギラーンと光が灯った。

「ホントなの!? やったぁ〜〜〜っ! これで私と司令の仲も急接近♪ シンちゃんレイちゃんに負けずにラブラブ一直線まちがいなしっ!! やっぱり私ってばかなり頭イイって感じ〜〜〜〜っ!!」

 指をあごに当てて、にたぁぁっとヤバめの微笑を浮かべたリツコは、

「さっそく私の気持ちを改めてゲンちゃんに教えてあげなくっちゃ〜〜〜♪ うふふふふっ♪」

 と風の様に消えてしまった。

 あとに残されたミサトは茫然自失。

「……科学は本当に人を幸せにできるのかしら……」

 などと普段考えた事も無いような疑問と戦いつつ、ひとり寂しく帰路につくのであった。





 後日、正気に戻ったゲンドウは、出回った女装画像等あらゆる記録の恒久的抹殺を交換条件に赤木リツコ女史の求婚を承諾。

 それと同時にネルフ全域でウイルスが発生、ゲンドウ……いやジェニーに関する情報のみを全て削除して、程なく自ら消失した。
 誰も公言はしないが皆「ああ、赤木博士の仕業だな」と思っていた。

 シンジくんは女装をやめ碇シンジに戻ったが、金髪はそのまま残し、リツコを「母さん」と呼んで恥ずかしがらせているらしい。

 もちろん人格変異中に綾波レイと築いた絆はそのまま。
 周囲も羨むほどの睦まじさを振りまいてトウジ・ケンスケから敵視されるに至っているそうだ。

 となると、一番貧乏籤を引いたのはやはりこの人と言うことになる。


<葛城家>

「レトルトも飽きたわね……あああああシンジくんの作った肉じゃがが、きんぴらが、金目鯛の煮付けが食べたいいいいいいいいいいっ!」

 生活の礎だったシンジを失ったミサトは、空き缶と空き瓶とゴミ袋に囲まれた中、レンジが暖めてくれた夕食を口に運ぶ。

 うまいさ。

 そりゃうまいよ。味はね。

「誰か来てよぉ〜〜〜ぅっ! 日向くんでもいいから、あたしとゴハン食べてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 葛城ミサト。
 30まであと一歩である。




 

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