The end of Mrs.Ritsuko's disciple
EPISODE:25   Touji is destructive.











<発令所>

 ファーストからサードまで、チルドレンのシンクロ率・ハーモニクスはすっかり安定している。
 サードチルドレンについては先だってのテストでセカンドチルドレンを上回ると言う好成績を上げ、また反発すると思われていたセカンドチルドレンは苦笑しながら賛辞を述べた。

『いやまいったな、まさかこんなに短期間で抜かれるとは思わなかった。おめでとう』

(↑注意・アスカである)

 セカンドチルドレンがネルフ女子職員を辺り構わずナンパして回っているらしいという噂以外は問題も無く、チルドレン同士の関係も良好だった。

 連携がスムーズになったため使徒殲滅も以前のような自爆的なモノでは無くなり、エヴァンゲリオン各号機の破損も減少した。
 それに応じて仕事量も減ったため、人手が足りないとは言うもののそれほど過酷な労働条件では無くなっていた。

「ようマコト、今日は夜勤か? いやぁ〜最近ラクだよな」
「使徒との戦いに限って言えばな。俺はお前ほど人間できてないからな、まだ司令の女装やこの人道から外れた制服との確執は続いてるんだ。ラクなんて言えたもんじゃないさ」
「それは考え方次第だぜ。こう思ってみればいい。いいか?」

 青葉は真顔で日向に椅子ごと向き直ると言った。

「むくつけき男たちが、揃いのセーラー服に身を固めている。普通に考えれば気持ち悪いが……例えばこれがコメディ番組の1コントだとしたらどうだろう?」
「……どういう意味だ? 全然わからん」

 青葉はにかっと笑うと続ける。

「だからな、俺たちはモンティパイソンの出演者だと思えばいいのさ」
「モンティ……?……ああ、あれか! なるほど、それならあの碇司令の格好も……」

 笑い声を上げかける日向。しかし……笑みは消え。

「……ぉぉおえぇぇぇぇぇ
「まだ無理か。ま、仕方ないな、そのうち慣れるさ」
「……な゛れ゛たくな゛い……」

 これから仕事なのに一気に体力を奪われてしまった日向が青い顔をして吐き気を押さえている。

「ところでマヤちゃん見なかったか?」
「……ああ、彼女なら……うぶ……最近ずっと赤木、いや……碇博士の手伝いでドグマに潜ってるらしいぞ……ダメだ、ちょっとトイレ行ってくる」

 駆け出す日向。その背中をぼんやり見送りながら青葉は呟く。

「ドグマか……。そういやエヴァのメンテも技術課に任せっきりにして何かやってるみたいだな……いったい碇博士は何をしようとしてるんだ?」

 答えてくれるものは無かった。





 
 
 
 

<闇>

 浮かび上がるモノリス。
 お馴染みの赤い文字で表面にSELLEと描かれている。



『さて、現実問題として、どこまでシナリオの変更がききますかな?』

『さすがにフィフスチルドレンが最後の使徒というどんでん返しは覆せませんが、使徒の増減についてはアバウトでも影響は少ないと思われます』

『何!? 勝手に減らしてもいいのか!?

『その点は問題なかろう。死海文書とて完璧ではない。現に版数によって17体だったり12体だったりしているからな』

『いやいや、イレギュラーを含めれば少なくともあと2体は追加されますぞ』

『いい加減というかなんと言うか……』

『取りようによっては、我々人類がどうあがこうと、結末は決まっているという皮肉なのかも知れませんな』

『とにかく、フォースの選定に合わせる為、第壱参使徒以降をキャンセルだ』

『なるほど、3号機を補完に使うのですな』

『ではそのように取り計らおう』

『『『『『全ては我らのシナリオ通りに』』』』』





 次々とモノリスは闇に溶けて行き、最後の一枚が消えた後にはSFちっくなバイザーを被った老人が現れた。
 いや、彼だけが初めからここに居たのであり、モノリスは全て幻影だった。


(これで良い……何も初号機と碇だけが補完への道ではないのだ)


 口元だけで歪んだ笑みを浮かべる老人。
 しかし脳裏をよぎる悪い予感がチクリと痛みを発した。


(だが……13は裏切りの数字……いや、考え過ぎか)


 老人は思索の迷い道に紛れこんで囚われてしまった様子で、重い息を吐き出す。


(ここまで我らを苦しめるとは……彼女を碇に近づかせたのは失策だったと言わざるを得ないな……)


 再度深い溜め息を吐いた老人は、デスク上に埋め込まれたモニターを起動させ、死海文書コピーのシナリオ修正を始めた。


「……時間が無い……ぐぬう、この歳になって徹夜はキツイぞ……」

 キー操作があまり得意でないらしい老人は、ひとつひとつ確かめるようにゆっくりとした指使いで文字を刻んでいった。




 余談だが、音声入力装置もあるのに使い方を知らなかったりする。

 
 
 
 





<ネルフ総司令執務室(あるいはゲンちゃんリっちゃんの憩いの間)>

 暗く広く、そしてピンクのライトが灯る部屋。
 天井に描かれていた呪術的な模様は既に、十の円すべてがデフォルメされたネコのイラストに変わっている。

(ふふふ……もう最終段階ね。私なりの補完を見せてあげるわ)

 天井を見上げながらリツコは艶然たる笑みを浮かべる。実はこの模様、リツコが立てた計画の進捗を示すグラフに使われていたりするのだった。
 そう、全ての円がネコに変わった今こそ準備は万端、あとは仕上げをごろうじるだけなのだ。

「消滅!? 確かに第二支部が消滅したんだな!?」

 冬月副指令が受話器を耳にあて、硬い声を発している。

「リツコさ……いや技術局長」

 落ちついたいつもの姿勢で隣の夫人に声をかけるゲンドウ。でもやっぱりセーラー服。

「第二支部へ『S2機関搭載実験中止』の指示は……」
「受理の報告を受けました。間違いなく届いていますし……彼らに逆らう力は残っていないはずです」

 冷静に返答するリツコ。しかしセーラー服の上に白衣を羽織ったレディーススタイル。

「すると考えられるのは……やはり老人たちか」
「ですわね。こちらに3号機を押しつけるつもりでしょう」

 特例で制服を着なくてもよい副指令が受話器を置いた。

「……碇、私は発令所に行くがお前も来るかね?」
「いや、私は次の手を考えている。第二支部と3号機の処置は任せた」
「わかった」

 副指令が部屋を去ると、リツコの科学者の仮面が剥がれ落ち、やさしい奥様に変わる。
 席を立ったリツコはゲンドウの首に腕を回しながら耳元で囁くように言った。

「どうします? ゼーレは恐らくドイツに潜んでますから、他に受入先はないし……」

 微かに香るコロンと暖かな感触にうっすら頬を赤らめるゲンドウ。もう50歳近いおじさまなのに。

「シナリオは変えられていると思うか?」
「変わっていてくれなくては困るわ。それを見越して計画を立ててるんですもの」

 才媛が企みを巡らす時の笑みは迫力がある。特にリツコの場合には前例が山のようにあるので尚の事。

「そうか……。では受け入れて構わないのだな」
「ええ。4人目を候補者から選定していいかしら?」
「……ああ」

 ゲンドウが手を伸ばしデスクの端にある小さな突起に手を触れると、カシャンと小さな作動音が聞こえ、暗闇が広がった。




 
 
リツコさんの弟子ネオ
 
 
written by 三笠どら



<校庭>

 暑い。
 日光が突き刺さるように鋭い。温度がどうこう言うよりも既に痛い。
 こんな状況下で10000メートル走をするなんて拷問としか思えない。

 ランナーズハイの前に日射病・熱射病のオンパレードで倒れそうなケンスケ少年は思った。

「……納得いかん」

 隣で友人トウジが呟いた。
 よくもこの状況で言葉を吐き出す余裕があるものだ、とある種畏敬の念を抱くケンスケ。

 すっかりやる気の無いまま27周目が過ぎた。せめて校外を回るコースにすれば少しは退屈しないかもしれないが、過去に走っている途中で自主的に行方不明になる生徒が続出したために閉じ込められている。

 だらだらした空気は先頭を切る数人を除いて殆ど全員に感染し、一番遅い人間のペースに合わせて誰もが速度を緩めているため、順位に変動は無い。
 ただ死んだ目をした人間が一塊になってのったりのったり走っているフリをしているだけである。

「……なぁ、ケンスケ。おかしいと思わんか?」

 ……答えなくちゃならないのか。面倒くさい……答えて欲しければ水をくれ……と思いながらケンスケは乾いた唇を開く。

「………なにが」
「今日は男子は地獄の10キロマラソン、女子は水泳やったな?」
「………ああ」
「ほなら何故に!」

 突然トウジはケンスケに血走った目を向けた。
 そして指先は前方を走るトップ集団(それでも特に急いでる訳ではない)を指し示した。

惣流霧島が走っとるんや!」
「………俺に聞かれてもなぁ」

 確かに視界にはアスカとマナが映っていた。しかし、服装は他の男の子たちと同じ体操着であり、霧島さんに至っては肌が褐色で髪の毛が紫だったりする。

「………たぶん心意気はオトコなんだろ、二人とも」

 ああ、無駄口を叩いたら口の中が乾燥してしまった。この恨みはいつか何らかの手段で返そう……と思いながらケンスケは口を閉じた。

「……まあまだそれは構わん。あの二人が少しでもイインチョから離れてくれるなら文句はない。しかしな……」

 ぐっと拳を握り締めて目を閉じたトウジは、走りながらタメをつくると、くわっと鋭い眼光を放ち、左前方やや上の方を指差した。

「なんでシンジがあっちにおるんや!?」

 その方向には金網に囲まれたプールがあった。
 そして、プールサイドでバスタオルを纏いながら、レイやヒカリと談笑している碇シンジの姿があった。

 もちろん、スクール水着。



<プールサイド>

 トウジの眼光と、こちらを指している指に気付いたレイは、傍らのシンディに声をかける。

「ねぇねぇシンちゃん」
「ん? なに? 心配しなくても、もちろんレイも連れてくわよ」

 今までしていた映画の話題だと思ったシンディが暖かな微笑みを浮かべる。
 少し見とれて頬を赤らめてしまったレイだが、すぐにぷるぷると首を振って曰く。

「違うの。あそこ……何故いつも運動着を来ているのに体操着に着替えるのか理解できない人が、こっち見てるの」
「え? ……あ、ああ、トウジね」

 言われてみればどうしてジャージから体操着に着替えるのだろう。……暑いからかな、とシンディは理解する。

「トウジの事だからヒカリを見てるんじゃないの?」

 意地の悪い女友達のようなニヤニヤ笑いをしながら、ひじでヒカリを突つくシンディ。

「えー? やめてよ碇さん、イヤだわ鈴原なんて……暑苦しくて気持ち悪いわ
「あ、そ、そう……」

 あっさりと歯牙にもかからない否定が飛び出し、さすがに可哀相だと思ったが、現在ヒカリが置かれている立場を考えると何も言えない。

(アスカも霧島さんもかっこいいもんねー……男のあたしから見ても)

 苦笑を浮かべる他ないシンディ。一応自分が男だという自覚はあるようである。

「違うみたいだよ〜? なんかシンちゃんの事指差してがーがーわめいてるみたい」
「え、あたしを?」

 改めて校庭を見下ろすと、確かにトウジはシンディに何か言っているようだ。
 その顔つきから決して好意ある言葉でない事だけは確実だが、さっぱり聞こえないので困る。

 シンディは金網に近づくと、両手でメガホンを作って声を張った。

「聞こえないから後にしてーっ!」

 突然起こった大声にビックリした何人かの女生徒が振り返る。
 その時授業の終わりを告げるチャイムが響き渡り、くるりとバスタオルを翻しながらシンディは更衣室へと駆けていった。

「あっ待ってよシンちゃ〜ん!」

 レイが慌てて着いていく。

「碇さん!綾波さん! プールサイドは走っちゃダメでしょぉ!」

 注意するフリをしながらヒカリも後を追った。
 『最近洞木さんって硬さが無くなって可愛くなったよね』と一部で評判の笑顔なぞ見せながら。

 ……それでいいのか、と疑問に思う人間もだいぶ減ったらしい。
 理由を端的に語れば慣れたからだろうか。本当に人間の環境適応能力を甘く見てはいけない。





<ふたたび校庭>

 大いなる3時限目の終焉を告げる鐘は地獄を走る男子たちにも平等に降り注いだ。

「よーし10分休憩だ」

 名も無い体育教師の指示でヒートアップした少年達が水分を求めて蛇口に群がる。

「女の子たちはいいよな。水浴びの後は視聴覚室でお勉強だっけか」
「それに引き換え僕らは2時間連続で走り回ってカラカラになっちゃうんだもんね」

 苦笑を見あわせるアスカ(加持風味)とマナ(ムサシ状態)。
 それを目撃したトウジのこめかみに青筋が立つ。

「だったらお前らは向こう(女子の方)へ行けーっ!!」

「おや、トウジ君じゃないか。いいのかい? まだこんなところに居て」

 男臭い笑みを浮かべていた馬のしっぽ頭のアスカ(加持気質)は、トウジの顔を見て珍しい生き物に遭遇したかの様な表情をした。

 何がいな?と問う前に、グラウンドの端っこに立つスピーカーから放送が聞こえてきた。

『―――鈴原トウジ君、至急職員室まで来てください―――』

「ああ、これからか」

 妙に納得した様子でアスカ(加持モード)は頷いた。そして握手を求めるように右手を伸ばしながら……

「じゃ、いろいろ大変だろうけど、起動に成功したら仲間としてよろしく―――なんてしないわよっ!」

 ……直後に手を引っ込めた。
 何が何やら混乱しているトウジに、さらに追い討ちのように不可解な現象が見せ付けられる。

うっ!!

 突然マナ(ムサシ形態)が苦しそうにうめいたので反射的にそちらを見ると、マナ(ニセムサシ)の髪の毛が徐々に紫から栗色に変化していくではないか!
 そして肌の色も褐色から透き通った白に漂白されているかの如く変わっていく!?

「な、なななな、なななんやなんやっ!?」

 うつむいてふるふると肩を震わせていたマナが顔を上げると、以前の霧島マナに戻っていた。

染めてたんと違うんか!? なんや! どうなってるんや!?」

 目前で人間の色が変わるなんて非常識を体験したトウジは混乱を極めて頭を抱える。

「マナ、大丈夫?」
「は、はい、もうだいぶ慣れましたから……」
「うーん、でもさぼる理由にはもってこいだわ。保健室、ついてってあげるから行くわよね」
「アスカがそう言うなら♪」

 手に手を取って去り行く二人の背中を呆然と眺めながら、トウジは立ち尽くすより他に術を持たなかった。

「ほんまにネルフの関係者は変わりモンばっかりやのう……」





<リっちゃんの研究室>

 呼び出されたミサトが背中を向けてデスクに寄りかかっている。

「なによ、話って。あたしも出張の準備で忙しいんだけど?」
「その松代での起動実験、パイロットは4人目を使うわよ」

 リツコはメガネを外しながら椅子ごとくるりと回ってミサトに向き直った。

4人目? フォースチルドレンが見つかったの?」

 顔だけ振り向くミサト。

「それだけじゃないわ。なんと同時に5人目も見つかったのよ」
「マジぃ? マルドゥック機関からの報告は受けてないわよ」
「正式な書類は明日届くわ。正直、同時に2人だなんて私も驚いてるの」

 まさか3号機をネルフに押しつけるだけでなく、計画に使うつもりだなんて……。

「で、わざわざそれを言うためにトランクと格闘してるあたしを呼び出したと?」
「いいえ、それはついでよ。本題は、ダミーシステムの事なんだけど」

 ミサトの顔に暗い影が過ぎった。苦々しく言葉を吐き出す。

「まだ……答えられる段階じゃないわ」
「そう。別に構わないけど……時間、あまり無いわよ。約束の日は近い、ってね……」

 コーヒーカップを口に運ぶリツコはミサトと対照的に穏やかというか上機嫌だ。

「ねぇリツコ、どうしてもアレを使わなくちゃ補完は止められないの?」
人類補完計画?

 カップを置く。

そんなものどうでもいいわ
「ど、どうでもいいってあんたね……」
郡体としての行き詰まりとか、完全体への進化なんて私には知った事では無いのよ。私はただ、私の幸せの為に必要なら世界を変えるだけ

 きっぱりと言いきるリツコには、以前見うけられた精神的な脆さは消えて無くなっていた。
 言葉を失うミサト。

「とにかく複数の思考パターンが同居するのは、傍目に見るより悪い気分じゃないって事だけ覚えていて頂戴。いずれ時が来たら選んでくれれば良いわ」
「選ぶ……受け入れるか……否か……ね」

 部屋を出ようとしたミサトは、はたと気づいて立ち止まり振り返った。

「あ、そうだ。ひとついい?」
「なにかしら?」
「アスカは、この事……」
「ええ、知ってるわよ。だから彼女も加持君を選んだ、そうでしょう?」

 見詰め合うリツコとミサト。目線を合わせただけでも言外の情報が取り交わされる。

「……わかった、ありがと」




 
 
 
 

<闇>

 浮かび上がるモノリス。表面にはしつこく赤い文字でSEELEと描かれている。



『今皆の前にあるのが、私が徹夜で修正したシナリオだ。何か問題があれば言ってくれたまえ』

『ではひとつ気になる部分が……』

『なにかね?』

『3号機の起動実験が松代で行われる、という部分が修正されていないのですが……』

『な、なにっ? ……しまった、第3新東京市にするのを忘れた』

『そうなるとフィフスとの邂逅シーンですが、4号機も無くなってしまいましたし……フィフスが松代に居る必然性がありません』

『ぬおっ!』

『……そんな細かい事まで書いてあるのか死海文書って』

『それからフォースの好みは家庭的な女性ですから、今の渚カヲルタイプでは好意を勝ち取れないかと』

『ぐはぁっ!』

『あ、だったらこうしましょう! ……ごにょごにょごにょ……』

『ほほう! なるほど、ではフィフスはそれでいいとして、やはり問題はアダムもリリスも第2には無い事ですねぇ。あれ無しでどうやって補完計画を発動させるんです?』

『くっ……徹夜で直したのに穴だらけか……やり直そうにも、既に松代への輸送は始まっている……』

『まあ最悪、量産機と槍で何とかなるでしょう……ってロンギヌスの槍は!?』

『……第3の地下だ。それに量産機もまだ全部は完成してない』

『マズイ……どうしましょう……』

『シナリオの修正も容易では無いですなぁ……』

『仕方ない……とりあえず松代にフィフスを送って、フォースに取り入ってる間に修正案を練ろう』

 問題点を先送りにしながら会議は淀み無く進行した。

 だが、その場に参加していた全員が密かに「ダメかも……」と予感していた。

 
 
 
 




<第2新東京市・松代第2実験場>

『なんか予定より3号機が遅れてるみたいなのよ〜。施設から出なければどこにいてもいいから、起動実験始まるまで時間、潰しててくれる?』

 そうミサトから告げられたトウジは、黒いプラグスーツを着たまま建物内を見物していた。
 基本的にネルフのパチモンとして造られている実験場であるが故、内部構造もネルフ本部に良く似ていたが、初めて見るトウジには目新しく感じられた。

 歩き回っているうちに喉が乾いたので自販機コーナーの前で立ち止まるも、今は小銭もIDも持っていないと気づいてはぁ〜とため息をつく。

 ベンチに腰掛けてぼんやりと入院している妹の事など考えていると、目の前にすっと紙コップが差し出された。

「どうぞ」

 顔を上げてトウジは目を疑った。
 そこには、今時どこのお嬢様でもかぶらないような鍔広の白い帽子と、精神の淀んだ大人には直視できない程清楚な輝きを放つ白いワンピースに身を固めた美少女が微笑んでいたからだ。

「コーヒー、嫌い?」
「あ、いや……どうも」

 だ、誰やこのべっぴんさんは!と内心滝のように汗をかきながら紙コップを受け取るトウジ。
 さらに美少女が当然のように隣に腰掛けると、加速する動悸を止められなくなる。(止まっても困るが)

「もうすぐ起動実験ね、鈴原トウジ君」

 帽子を膝の上に置いて美少女が言った。

「どうしてワシの名前を……?」
「知らない人は居ないわ。失礼だけど、貴方はもっと自分の立場を知ったほうがいいと思う」

 じっと至近距離で見つめてくる神秘的な赤い瞳、誰でも一目で魅了されてしまいそうな輝く銀髪。
 トウジは柄にもなく自分が赤面しているコトに気づき、ますます緊張を高めて行く。

「あ、あの――」

 ♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜
 トウジの言葉を遮るように電子音の「よろこびの歌」が聞こえてくる。

「ごめんなさい、呼び出しかかっちゃった。またね」

 どこからか液晶のついた何かのカードを取り出して、残念そうに立ちあがる美少女。

「あ、あのコーヒー! ごちそうさんです……あの、よかったら名前を……」
「私はカヲル。渚カヲル。貴方と同じ仕組まれた子供。フィフスチルドレンよ」
「フィフスチルドレン? そ、そうやったんですか……渚さん」

 と言う事はこれからずっと一緒に戦って行くお仲間やな! やったでネルフ万歳!……と思っているんじゃないかなぁと推測されそうな笑顔のトウジ。

「カヲルでいいわ、鈴原君」
「ワ、ワシもトウジでいいです! ほな、また!」
「ええ、それじゃね、トウジ君」

 無機質な廊下ですら華やいだ雰囲気に変えてしまうカヲルの後姿に、ただただ見入るだけのトウジだった。





<エヴァンゲリオン3号機起動実験中周囲のスタッフもいつもと違うし初めて実機に関わる人間が妙に緊張感を高めていたりするのにリツコさんは余裕だしミサトさんは投げやりな仕事ぶりでどうも浮いている気がする実験場>

『ボーダーライン突破。起動しました』
『っしゃぁぁ! 見てくれてますかっ! 渚さぁ〜〜んっ!』

 米国、ネルフ第二支部からの空輸中、積乱雲の中でとりつくはずだった第壱参使徒がキャンセルされた為に割とあっさり起動する3号機。

「どうしたの、難しい顔して。起動したからにはこの3号機もあなたの指揮下に入るのよ、葛城三佐」
「エヴァを4機も独占か……その気になれば世界を滅ぼせるわねー」

 上の空で答えるミサト。その視線は、連動試験と称してラジオ体操第2を披露している3号機が映ったモニターを見つめて微笑んでいる少女に向けられ、猜疑心を大解放していた。

「フィフスがどうかした?」
「あの娘……使徒くさい

 くんかくんかと鼻を鳴らすミサトに、リツコが苦笑を浮かべる。

「いつもあなたの野生の勘には恐れ入るわ。お察しの通り、あの子が最後の使徒よ」
!!

 まさか当たるとは、とか、なんであんたそんなこと知って、とか、いろいろなセリフが脳裏を飛びまわって乱れ絡まり、結局何も言えず目を見開くしかないミサト。

「でも今は他言無用よ。彼には一役買ってもらう予定だから」
「……彼? マヂ?(汗)」
「全てはシナリオ通りよ。ただし、私たちの書いた新たなシナリオだけどね……フフフフフフ……」

 なんだか最近友の笑顔が妖怪じみてきたな……と思いつつも恐ろしくて口には出せないミサトだった。

『次は何したらええんですか? 蟷螂拳でもやりますかっ? ハッ! トウアッ!』

 ドゴォッ!

 勢い余って壁に3号機の指先がつき刺さる。

『3号機操縦者! 指示した動作以外はしないように!』
『おっとと、こらすんませんなぁ。で、なにします?』

「……それにしても、妹さんの転院を条件にしてる割には随分嬉しそうね、鈴原君」
「それはやはり、彼女の影響かしらね」
「……なぁるほどね、そういうことか……ってなんでしょ!?」
「とかくこの世は知らぬが仏よ。彼にこの事を告げるかどうかはミサト、あなたに一任するわ」
「……どーしてそういうしちめんどくさい事ばっかりあたしにさせようとするのよ〜」

「チルドレンの監督はあなたの仕事でしょ。たとえ真実を告げた結果、彼が世を儚んで女装に走っても責任を取れなんて言わないから安心して玉砕して頂戴」

 ミサトはリツコの言葉を引き金に、シンジが出ていってからの顛末を仔細に思い出してしまい、打ちひしがれた。
 そして、いずれ知れる事だろうから絶対自分の口からは言わないようにするぞ、と固く心に誓ったのだった。





 
 
 
 

<闇>

 浮かび上がるモノリス。もちろん表面には赤い文字でSEELEと描かれている。



『3号機が起動したそうだ』

『フィフスとフォースの接触も報告されています。結果はまずまず、との事』

『これならなんとか修正案が通じるかも知れませんな、議長』

『うむ、諸君らの手助けには厚く礼を言わせてもらいたい。では同志たちの手によってより完全なる形を得た人類補完計画の概要をここで述べさせてもらおうと思う! 疑問があればどんどん指摘してくれたまえ!』

『まずは補完に必要なカードを』

『当初の予定では「アダムとリリス」そして「初号機とロンギヌスの槍」および「S2機関搭載型量産機と槍のコピー」を豪華に惜しみなく投入して行うはずだった。しかし、初号機パイロットの自我が欠けていないため、これを3号機に差し替えるモノとする』

『量産機と槍のコピーについては、現在昼夜を徹して作業が進んでおりますので、今しばらく時間を頂ければ用意できましょう』

『なお、3号機パイロットに精神的ダメージを与える作戦は、既に開始されております』

『ロンギヌスのオリジナルについては、シナリオを変えたことが幸いして未だリリスと共にネルフ本部の地下に眠っているので、これをついでに奪取する』

『方法は?』

『日本政府に圧力をかけて戦略自衛隊を動かす手筈だ』


 
 
 
 





<首相官邸>

 内閣総理大臣は返答に窮していた。

 彼の前には背広姿の男が二人並んでいた。

「何を迷う事がありましょうか。総理、ご決断を。」

 かたや党の長老部から『逆らってはいけない』と言われ続けている世界の闇を牛耳る組織からの使者。

「戦自は動きません。それでもゼーレに義理立てしたいと言うなら止めはしませんが、賢い行いではありませんね」

 かたやネルフの動向を探るために送りこんだはずの男。

「……たしか、加持君とか言ったね?」

 総理は不精ヒゲでタイの緩んだ一見頼りなさげな男、加持リョウジの目を見た。

「戦自が動かない理由を聞こうか」
「上層部はネルフによって懐柔されています」
「ネルフとの技術提携によってロボット兵器開発の進行が好転した話は聞いている。だがそれだけで私の内閣に背を向けるとは思えないのだがね」
「そういう欲得ずくの話ではありません。……まぁ、実物を見てもらうのが一番早いでしょう。これです」

 実物?と眉を跳ね上げる総理の高級マホガニー製デスクに、加持は携えていたジュラルミンケースを置いた。

 そこに入っていたのは第壱中学校制服を着た蒼い髪の少女だった。

「なっ、なんだっ!?」

 いや、入っていたというのは正確ではない。
 まるでその少女は、ジュラルミンケースの底とデスクの天板に穴が開けてあって、机の下から顔を出したかのように、ぬぼっと出てきたのだ。

 そして、上半身が出たところでデスクに両手をつき、よいしょと下半身をケースから抜いて全身を顕わにすると机から飛び降りた。

 言葉を失う総理と、ゼーレからの使者。

 加持はしてやったりの笑みを浮かべて言った。

「他人の心を知りたいと思ったことはありませんか?」

 少女は加持の目配せを受けて小さく肯くと、大きなデスクを回りこんで総理に近づいていく。

「ヒトは完全にお互いを理解する事は出来ない。そしてそれはココロに大きな隙間を生ずる原因になる」
「……君が何を言っているのか私には分からんよ」
「すぐに分かりますよ」

 少女は総理の椅子の前まで来ると、おもむろにその肘掛に腰掛け、上体をひねって総理の両肩に手を置いた。
 総理は不快感を顔に出す。

「こういうのは感心しないね」
「おっと、勘違いしないでください。彼女がくれるのは貴方の欠けた心……別居されているご夫人の、語られない真意です」
「な、何故それを!」

 動揺に揺らぐ総理の視界で、少女の姿が一瞬ブレた。
 そして直後。総理の両肩を掴んでいる人物は、マルーンレッドのイブニングドレスを着た品の良い顔立ちの中年女性に形を変えていた。

「お、お前!?」

 目を円くする総理に、女性の唇が押し当てられ……パシャン

 女性はオレンジ色の液体となって弾け、総理の全身を濡らして、消え去った。

「な、なんだ……なにが起きたんだ……」

 虚空を見つめたままガクガクと震え出す総理。

「さぁ、総理、考えてみましょう……なぜご夫人は理由も告げずに実家へ帰ったのですか?」
「そ、そんな事私に分かるわけ―――うっ!……な、なんだ……頭の中で声が……」

 頭を抱えて脂汗を滲ませている総理の姿に、ゼーレからの使者は不気味なものを感じている。

「……フフフフ……なるほど、そうでしたのね……」

 突然、声のトーンが変化した。
 バッと顔を上げ、椅子を立った総理は叫ぶように言った。

「妻の誕生日を忘れるなんて、あたくしはなんて愚かだったのかしら!!」
「総理!?」

 使者が目を白黒させている。

「これは一刻も早くお詫びしなくてはなりませんわねっ! そうだ、確かそろそろ結婚記念日でしたわね、早速ディナーの予約を入れておかなくては!!」

「お、お前いったい総理に何をしたんだ」
「……敵に手のうちを明かすつもりは無いね。とにかく政府は戦自を動かせないんだ、さっさと帰って報告したらどうだ?」
「くそっ、裏切り者め……我らに逆らうとどうなるか、覚えていろ!」

 逃げるように退出するゼーレからの使者。
 その背中を見送りながら、加持はぼそりと呟いた。

「……リっちゃんに逆らうよりはマシさ」

「ああっこれからはもっと家族を大切にして生きていくべきですわっ! あたくしがそれをせずにどうして国民のみなさんに伝わりましょうか!!」

 何故か感涙しながら決意を新たにしている総理。

「……総理の奥さんてこんな人なのか……随分濃いキャラなんだな……」

 役目を終えた加持もまた、逃げるように退室した。





 
 
 
 

<さっそく計画の一角が崩れているとは知らない闇>

 浮かび上がるモノリス。それでも表面には赤い文字でSEELEと描かれている。



『第3新東京市地下のリリスについてはこちらで動かせません。また量産機完成まで時間もかかる事ですし、とりあえず3号機およびフォース、フィフスが第3新東京市に移されるまで待つ事にしました』

『碇はアダムをどうしただろうか?』

『以前のヤツならば自分の手に埋め込んででも手放さなかっただろうが……』

『逆にどこに置いているか想像しにくいですな』

『使うつもりが無くなって、エヴァに握りつぶさせているかも知れませんね』



『『『『『……(汗)……』』』』』



『……諸君に調査を依頼したいが、よろしいかな?』

『なんでしょうか、議長』

『……アダムとリリスが無くてもサードインパクトを起こす方法を、何とか見つけられないだろうか……』



『『『『『……(汗)……』』』』』



 前途はまだまだ多難なようである。

 
 
 
 





<コンフォート17・シンジ&レイの愛の巣>

 狭いベッドから落ちないように、シンディにしがみつくようにして眠るレイ。
 シンディは妙な胸騒ぎがして眠れずにいた。

「トウジの奴……何が言いたかったのかしら」
「シンちゃん、まだ起きてるの?」
「あ、起こしちゃった?」
「ううん、起きてた。だってシンちゃん、昨日からずっと鈴原君の事でブツブツ言ってるんだもん……どうせしばらく帰って来ないのに」
「来ないの?」
「あれ、知らないんだ。鈴原君、3号機のパイロットやるんだよ」
「ウソっ!」
「ホントだも〜ん。もう松代に行ってるはずだよ」
「どうしてそういう大事なこと誰もあたしに教えてくれないのー!?」
「大事かなぁ? 私はどーでもいいと思ってるんだけどな〜」
「だってトウジが3号機に乗ったら、大変な事態になるかもしれないのよっ!」
「どんな?」

「……弐号機と喧嘩はじめたらどうする?

「……どうしよ」
「でしょう?」

「……霧島さんのロボットは、絶対アスカの味方するよね」
「アスカも、加持さんになってない時は本気で反撃するかもしれないじゃない」

「……困るね」
「でしょう?」







<セントラルドグマの奥深く>

 たくさんのレイが浮かんでいる水槽の前に、金髪で白衣姿の女性が居た。
 と言ってもリツコではない。彼女はまだ松代の空の下だ。

 スチールデスクにぼんぼんぼんと計測機器とMAGI端末を並べて作られた、急ごしらえの作業場で女性は孤独な戦いを繰り広げている。

「―――これでよし、と」

 一段落したのかキーを打つ手を止めて、ネコの柄のついたマグカップでコーヒーを飲む女性。
 ますますリツコっぽいが、違う。なぜなら彼女は―――

 ♪トルルル、トルルル、トルルル、ガチャ。

「―――はい、もしもし? ……はい、計画は2%も遅れていません。先輩が戻るまでには完了させられます」

 伊吹マヤ改めネオ赤木リツコだからである。

「……いえ、政府との交渉には加持君に行ってもらいました」

 口元に笑みが浮かんでいるが、いつもの爛漫な明るい笑顔ではなく、どことなくアンニュイな大人の微笑みになっているあたりがリツコ2号なのかもしれない。

「―――ええ、ダミーシステムの最終試験も兼ねて……勿論満足な結果になりました。戦自や支部へ送った分を含めると、20人程レイをお借りしましたが構いませんね?」

 喋りながらちらりと水槽を見る。オレンジの液体にたゆとうレイの形をしたモノたち。

「これで残る課題はひとつだけですが……」

 そこで言葉を切り、電話相手の返答を待つマヤ。

「……そうですね、先輩から話して頂く方がシンジ君たちもいいと思います。……はい、おやすみなさい」

 電話を切ったマヤは軽く伸びをして、もう一口コーヒーをすすった。
 おやすみとは言ったが、まだ仕事をする気である。








 
 
 
 



 透明な筒が立っている。
 中には液体が満たされ、全裸の人間がひとり目を閉じて立っている。

 その筒を中心にして、円く作られている部屋。
 筒の上部から伸びた細い管やコードが天井部の仰々しいメカにつながっている。

 そして天井から吊るしてあるダミープラグみたいなモノの中で、虹色に輝く巨大なデータディスクが回転している。

 何を記録しているかは知らないが、その赤いエントリープラグには「Jenny」と言う文字が書かれていた。



 筒の中に居るのは、裸のゲンドウだった。



 
 
 
 







――長くなっちゃたのでつづく。すんません次回こそ終わります。 

 

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