時に西暦2015年











ひとりの少年が、少年をやめていた。

















「ヘロウ、アスカ! ヒカリ! それから……今は霧島さんでいいの?」

 それは爽やかな朝の通学路。

 友人の姿を認めた碇シンジ改め碇シンディ(14)は、すっかり堂に入ってしまっている第壱中学校女子制服の姿で声をかけた。

 にこやかに振りかえったアスカとヒカリ。そしてけだるそうに振り向くマナ。

 今日はどうしたことか妙な事全員女子の制服である。

「おっはよシンディ! 朝からアツイわねぇ〜」

 シンディの腕にからんでいる白い細いレイの手を見てニヤニヤとからかい声をかけるアスカ。

「おはよう碇さん、綾波さん」

 にっこりと挨拶をくれるヒカリだが、同じくシンディとレイの腕組みを見て何を思ったのか、ちらちらとアスカの方へ視線を飛ばす。  たぶん、いいなぁ〜自分もそうしたいなぁ〜でも恥ずかしいからして欲しいなんて言えないなぁ〜、てな感じの葛藤を抱えているのだろうが、アスカはさっぱりそのアイ・コンタクトに気付かない。

「もう、からかわないでよぉ」

 頬を染めたシンディがむずがゆそうに照れ笑いを浮かべる。

「あ、そっちこそどうしてヒカリが一緒にいるわけぇ? ヒカリんちこっちじゃないでしょぉ〜?」
「えっ、あ、あの、それは……」

 直接アスカにではなく防御の手薄そうなヒカリに反撃の矛先を向けるあたりシンディも戦い方?を心得てきているようだ。
 なぜか知らないが赤くなるヒカリが口を滑らせる?前にアスカがサポートに入る。

「昨日もうちに泊まったのよ」
「も?」
「最近マナがアレで体調崩してるのよ。ほら、マナってあたしたちと違って重いでしょ? で、精神的にも不安定になってるし、ミサトが居ない間に何かあったら困るし」
「それにコンビニのお弁当にも飽きたし?」

 話しを掴んだシンディが合いの手を挟むと、アスカは鷹揚にうなずいた。

「そーゆーこと」

 シンディは一言も口をきかないマナにいたわりの視線を投げつつ問いかける。

「顔色悪いけど大丈夫? 休んだ方がいいんじゃない?」
「……」

 ギロリ。

「ひっ」

 殺気を含んだ視線で睨みつけられて怯えるシンディ。すかさずレイが一歩前に出てシンディの盾になる。

「やめといた方がいいわよ。今のマナは冬眠に失敗した手負いの熊みたいな状態だから」
「あ、そ、そうなの……お、お大事に……さ、先行くね……」

 そそくさと歩みを早め、一刻も早くその場を立ち去ろうとするシンディ。ひきずられるようについていくレイ。

「……ぐるるるるぅぅぅ

 その背中を目で追いながらマナがヒトとしてヤバイっぽい唸り声を上げる。

「こらマナ、だめよ! 人間は美味しくないのよ! ちょっとヒカリ、そっちの腕押さえてくれる?」
「う、うん……あっ、アスカっ、始まっちゃったみたいよ!?」
「ウソっ、こんなところで!? と、とりあえず人の来ないところへ行くわよ! ああっもう遅刻確定ね……しょーがない、数学はパスするしかないわ」

「ぅぅぅううあぐぁぁぁぁぁぁっ!!」

碇さーんっ! 先生に私たち遅れるからって伝えておいてくれるーっ!?」

 シンディは背後で何が起きているのか見たくなかったので、ぎゅっと目をつぶったまま手を高くふって了解の意志を伝えると、小走りに学校へ向かった。

 たったったっ、と軽快な足音をたてる二人。
 不意にレイはシンディの腕を引いて立ち止まらせた。

「……シンちゃん、戻っていい?」
「えっ、ど、どうして?」

「おはよう、って言うの忘れたわ」

「そ……そんなの後でもいいでしょぉ?」
「でも、あの様子だと、今日は3人とも休むかもしれないわ」
「そ、そうかもしれないけど……その時は明日ってことで、ね?」

 さっきのギロリ。がトゲのように心に刺さっているらしいシンディは、苦笑にジト汗をプラスしてごねた。

「でも、もう2ヶ月も忘れてるのに。今日こそはって思ったのに……残念だわ」
「に、にかげつ?」

 シンディは、レイがあの3人にひとり頭60回づつ連続で挨拶をしている様子を思い浮かべてしまい、朝から一日分の気力を使い果たして電柱に手をつき、がっくりうなだれた。

 ちなみに、シンディと同じ境地に至りたい方のために以下に想像した情景を端的に記す。





「惣流さん、おはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはよう。洞木さん、おはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはよう。霧島さん、おはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはようおはよう。」

















その5〜9ヶ月前
(アバウト)











ひとりの少女が、少女をやめていた。

















 夜の闇が海上を埋め尽くしている。

 天空に星。

 この航空母艦、オーバー・ザ・レインボウとその護衛艦隊が灯しているライト。

 それだけが今、アスカの世界に与えられた光の全てだった。

「明日来るサードチルドレンは男の子らしいぞ。どうだろうアスカ、ここはひとつ赤木博士の陰謀に手を貸すのはやめて、清く正しい青春時代を送ってみないか?」

 ごろりと横になって星を眺める不精ヒゲが言った言葉は、アスカの苦笑を引き出す以外の効果を持たなかった。

「残念ですが加持さん、いくら貴方の頼みでも男を好きになるのは無理ですよ。分かるでしょう? 俺は、貴方なんだから」
「……違いない」

 今度は加持の苦笑がこぼれた。

「それより、いいんですか? 日本に滞在するなら、葛城と顔を合わせる事になりますよ」

 アスカは同じく星を眺めて寝転がっている。

「なるべく会わないように気をつけるさ」
「でも顔を見れば否応無しに惹かれるでしょう」
「おいおい、あんまりおどかさないでくれよ。それでなくても自分の行動を予言されるなんて気持ちのいいものじゃないんだ」

「……すみません。でも、予知してるわけじゃないんです。俺が貴方の立場に居たら、そう思うんです」

 断言されてしまうと言葉を返しづらい。
 加持は厄介なモノを贈りつけてくれた日本に居る金髪で泣きボクロの友人を恨んだ。

「まあ、俺がどう想っていても、あちらさんは俺を嫌ってるさ」
「そうだといいですね。そのためにわざわざ葛城の居るところでだけ、他のコに声をかけるんですものね」

 アスカの声は少し飽きれたような怒気をはらんでいた。

「どこかから見てたのかと聞きたくなるよ。まったく恐ろしい技術を作ってくれたものだな、赤木博士は」

「で、いつまで芝居をつづけるつもりですか? 本当にそれでいいんですか?」
「……やけにつっかかるな。俺の遣り方が気に入らないのかい?」

「万一居なくなったとき悲しませたくないから嫌われようだなんて、死ぬつもりで戦地に行くようなもんです。気に入りませんね」
「……死ぬつもりはないさ」
「じゃあ、約束してください。全てが終わったら、葛城とヨリを戻すって」

「ヨリって……風情が無いセリフだな。……惣流・アスカ・ラングレーは、それでいいのか?」

 加持はあえてフルネームで呼んだ。

「良くはありませんよ。憧れ止まりでも俺の初めて惚れたヒトだったんですから、貴方は。……でも」

 一瞬だけ、アスカの瞳は泣きそうに歪んだ。

「貴方の心には何年も前からずっと、俺が入り込む隙なんて無かったじゃないですか」





 涙は出なかった。

 暖かい星の光があたしを包み込んで、真実の痛みを和らげてくれたから。

 ……それとも、あたしはこの瞬間が訪れる事を知っていたのかもしれない。





「……やっぱり君はアスカだ。俺とは違うよ」

 加持は起き上がると、アスカに背を向けて黒い波をぼんやりと眺めた。闇と自己の胸の内以外の何も、見えはしないが。

「はじめから向こう岸に居る人間と、橋を渡った人間の違いかも知れませんね」

「後悔してるかい?」

 純粋な疑問。

「いいえ。少なくとも、どうして男と女の間に川があるのか、だけは知る事が出来ましたから」

 巨大な空母を囲んで艦隊は進む。

 その魁偉な容貌も、広大な海原に比べれば小船に過ぎなかった。

















でまた5〜9ヶ月後











ひとりの少年が、少女だと思われていた。

















「ぬわっはっはっは! いやぁおはよーさんおはよーさん! 今日もまたすがすがしい日本晴れやのぅ!」

 3号機関連の話でしばらく存在がかき消えていたトウジが、久しぶりに登校していた。
 それも気持ち悪いくらいに上機嫌だ。誰しもが何か在ったのだろうなとは感じていたが、あえて尋ねるものは居なかった。

「……騒がしいわ」

 押しつけがましい笑顔でクラスメイトひとりひとりに丁寧な挨拶を繰り返すトウジの姿が視界でちらちら動くので邪魔に感じたのか、黒ジャージに目を向けてぼそりとつぶやくレイ。
 その時たまたまトウジがこちらを向いたため唇の動きに気付いたらしく、怪訝な顔をして彼が近づいてきた。

「綾波、今ワシになんか言わんかったか?」
「別に。視界から消えて欲しいなんて言っていないわ」
「ト、トウジっ! お、おはようっ!」

 さっと間に割ってはいるシンジ。

「おおセンセ、ひさしぶりやなぁ、おはよーさんおはよーさん! いやぁどうやこの青空を見てみい! まるでワシらの青春を祝福してくれているかのようやないか! なぁ!!」

 バシバシと背中を叩かれて目を白黒させるシンジ。愛するシンちゃんに暴力を振るう悪辣な黒い人物に敵意満載の視線を送るレイ。

 そのハイテンションのまま今度はケンスケに向かっておてんとさま大絶賛を繰り返すトウジに、あちらこちらから注がれる奇異なまなざし。
 ようやく自由になったシンジは、呆然と友人の姿を眺めながらつぶやいた。

「タイガースが優勝したのかな」

 否。
 もしそうなら、こんなもんでは済まない。きっと今ごろ2〜3人…

 その理由は朝一番、数学の時間に明らかになった。

「授業を始める前に、今日から皆さんとともに勉強していく事になった新しいお友達を紹介しましょう」

 老教師に促されてその人物が入って来た途端、まるで液体窒素に放り込まれたゴムボールのようにトウジは凍結した。
 それは掛け値なしに関東・甲信越トップクラスの美少女だったから……という理由ではない。

「えー、彼女は以前ドイツだかニューギニアだかに住んでいたそうで……」

 老教師のチョークが一閃して、黒板に名前を刻んだ。
 その間も転校生の少女は微笑みを絶やさない。ひそひそ、ざわざわと囁く声があちらこちらから漏れていた。

 その日本人らしからぬ銀髪と真紅の瞳は幻想的かつ神秘的、んでもってついでにシュールレアリズムの要素も含んでいるような気がしないでもないかもしれないくらいに美しかった。

「カ、カヲルさんっ!」

 ガタンっ、と大きな音を立ててトウジが立ち上がった。
 何事か?と注目が集まる。

 トウジはびしっと直立すると、舞い上がる鼓動を押さえつけながら深々と頭を下げた。

「ふ、不甲斐ない男ではありますが、ワシとつきあってやってくださいっ! よろしくお願いしますっ!」
「あらトウジ君、フフフ、クラスまで一緒だなんて、私たち運命的ね。こちらこそよろしく」

 赤くなったトウジを初めてみた級友たち(シンジ含む)は、それが愛の告白&受理にしか見えなかった。
 トウジ的にはゴクフツーに「ここであったもなにかのごえん、これからもよろしゅう」なつもりだったのだが、社会的には例えるなら『美女と野獣』な組み合わせを彷彿とさせる感じでイヤ〜ンな空気が広がり、教室はしばらく無音になるのであった。





 
 
リツコさんの弟子カーロボット
 
 
written by 三笠どら

このタイトルはフィクションです。
実在の人物・団体および本作品の設定、ストーリーには一切関係ありません。





<教室>

「へぇ〜〜、そうなんだぁ、カラちゃんもエヴァのパイロットなんだ。これはかなり美少女揃いって感じねぇ〜もちろんジャージ君は除くけど」

 結局アスカたちは姿をあらわさず、お昼ご飯でも食べながら親睦を深めようではないかという話になり、こうして机を寄せ集めているのである。
 急にテンションがあがってマシンガントークモードに入ったレイにもカヲルは動じなかった。

「補欠だけどね。……でも誰が聞いてるか分からないのに、言っていいの?」

 機密に配慮するカヲルの問いにシンディはさわやかに答えた。

「大丈夫よ、みんな知ってるから」
「そう、なら安心ね」

 ちっとも安心じゃない会話を交わしてなごやかムードのお三方。
 カヲルに興味を持ってチャンスをうかがっていた何名かの同級生が、エヴァのパイロットと聞いた瞬間何故か顔に幾本もの縦線を走らせて彼女たちから目線をはずした。

 いくら可愛くてもネルフに関わるのは御免だからである。気持ちは分からなくも無いだろう。急に女装に目覚めたり、ガールハント(死語)を始めたり、色が変わったり(笑)する人間は世間であんまし見かけない。

 ちなみに『カラちゃん』と言うのは先だっての転校生紹介の際にレイが独断で決めた仇名である。なぜそうなったかと問われれば、カヲルの名前を黒板に書いた老教師が、記憶違いで以下のように書いてしまったからである。

 渚カラル

 惜しい。あと一歩。

『まさか今の日本に「ヲ」が入った名前の人が居るとは思わなくてね。外国育ちだということで、そういう名前だと思ってしまったんですよ』

 と語ったとか語らないとか。

「――カヲルさぁ〜〜〜んっ! コーンサラダサンドありましたでぇ〜〜〜っ!」

 額に汗を浮かべながら昼食運び人としての使命を全うしたトウジは、まさか全力疾走してきたのだろうか、はぁはぁと呼吸を荒げながら紙袋をカヲルに手渡した。

「ありがとうトウジ君。あなたの優しさは好意に値するわ」
「は、こ、コウイ?」
「好きって事よ」

 そう耳元で囁くと、トウジの頬にちゅっとキスをする。

「うわお」

 シンディが他人事ながらドッキリ目を円くすると、その目の前で黒い人の顔だけがみるみる赤く……そう例えるならば裸締めが決まってオチそうになっている人のように変色していった。

 そして凍り付いたまま身体が傾いて行き……ドサリと床に倒れる。

「あ」

 オチたようだ。

「もう〜〜〜ダメじゃないカラちゃんっ、ただでさえジャージ君は免疫無いのにニューギニア仕込みのスキンシップなんかに巻き込まれたらそりゃあオーバーヒートしちゃうわよっ!」
「レイ、ドイツドイツ」
「あれそうだっけ? とにかく……ああもうこんな時に電話だわ誰かしらまったく……あらやだ非常召集じゃないの!急いで行かなくちゃシンちゃんカラちゃん本部に行きましょ……ってジャージ君も一応パイロットだから連れて行かなくちゃいけないかしら?……あぁんでもこんな重たい生き物担いで行くのイヤだし、だからってシンちゃんに重荷を背負わせるなんてとんでもないからなんとか楽して運ぶ方法があるといいんだけど……そうだ!そこのメガネの人!そう君よ名前忘れちゃったからメガネクン!あなた悪いんだけどジャージ君持ってネルフまで来てくれる?って言うか非常時の超法規的命令だから逆らったらひどいかも」

 てきぱきと指示を飛ばしてケンスケにトウジを担がせるレイ。
 それを見やってカヲルは苦笑を浮かべた。

「頼もしいわね」
「ひどいかも、って既にひどい扱いのよーな……」

 少し眼鏡の友人を気の毒に思うシンディだった。
 でも自分がトウジを背負うのはイヤだったので口は出さない辺りに進化が見られるようだ。





 
 
 
 

<闇>

 浮かび上がったのはなんとモノリスでは無く、人類補完委員会を含めたゼーレメンバー全員である。
 当然、残念ながら赤い字でSEELEとは書かれていない。

 しかも、普段なら立体映像なのだが、今日は違っていた。

「忙しい中、遠い所をはるばるご苦労、諸君」

 キール議長は重々しく口を開いた。

「われわれ全員を呼びつけるとは、よほどの重要事項と見える。ご説明願いましょうか議長殿」

 見た事の無い顔も幾人か混じっている。キール・ローレンツが代表の座について以来、素顔でメンバーが揃ったのは初めてだった。

「その前に明かりをつけませんか? 暗くて手元の書類がよく見えないです」

「あ、すまん。ついいつものつもりで暗くしてしまった」

 カチリ。スイッチをONにするキール。

 
 
 
 



<壁が白から黄色に変色しかかっている薄汚れた会議室>

「では改めて諸君に計画の微妙な変更を伝えようと思う」

「コーヒーくらい出ないんですか?」

「それならこちらには紅茶を」

「左様。紅茶こそが退屈な会議に唯一の潤いですな。コーヒーとは片腹痛い」

「……貴様ァ、我が祖国を馬鹿にしているのか!」

 誰がどの国の代表なのかさっぱり区別出来ないが、とにかく全員に紙コップが行き渡るまで10分に渡って中断されてしまい、苛立ちを隠せないキール。

「いいか? 進めていいんだな!? ……では手元の資料を見てくれ」

 一斉にパラパラと紙をめくる音が巻き起こる。うぉほん、と咳払いをしたキールは朗々とタイトルを読み上げた。

「エヴァンゲリオンS2機関搭載型各機へゼーレメンバー搭乗決定のお知らせ」

「ほほう、我々が搭乗を……搭乗!?

 一瞬の静けさの後、波紋が広がった。

「「「「「「「「「「「何ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」」」」」」」」」」

 予想通りの反応を無視してキールは立ち上がってバン!と机を叩いた。

「諸君も知っての通り日本政府への圧力が効かなくなり、戦略自衛隊によるネルフ本部掌握は叶わないものとなってしまった。我々に残された手札はフィフス量産機、そして紛い物の槍しかない」

「そ、それと私がエヴァに乗る事と何の関係があるんだ!」

 22の瞳が刺すような鋭い視線でキールに説明を求めている。

「ではハッキリ言おう。今のままではサードインパクトは起きない! 絶対にだ! もはやこのドイツ支部も碇側の人間で8割以上を占められてしまった。真に信頼出来るのはこの場にいる人間だけなのだ!」

「……つまり、我らが直接ドグマに侵攻し、アダム・リリス、そしてロンギヌスの槍を奪取する、と?」

「他に、方法が無いのだ。幸い我々の持つ機体には搭乗者の思念をフィフスのパーソナルパターンに変換し、誤認させるシステムを積んだ新型のダミー・エントリープラグがある。これを持って自らの手で補完を成し遂げようではないか!」

 しん……と水を打ったように静まり返る。

「……いずれにせよ他に道は無し、ならばこれも神のシナリオ通りか」

「左様。乗る以外無いとなれば是非も無い」

「あ、ちょっと待ってください。我々は12人ですが……量産機は9機しか完成していないんですよ」

「そう。今日集まってもらったのは乗らぬ3名を決定してもらうためでもある。私は議長として搭乗する事で責務を果たすつもりだが、ここに残るのは誰が良いと思うかね?」

「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 互いの心の内を探るように視線を交わすゼーレメンバーたち。そして……

「……アレしかないかな」
「うむ、闘拳だ」
「ロックシザーズペーパーですな」

 世界の命運を左右する(かもしれない)問題であっても、結局はじゃんけんぽーんで決まってしまうのであった。





<ネルフ総司令執務室(と言うよりもリっちゃんの研究室支部)>

 久方ぶりにシンディとレイが足を踏み入れたその部屋は、もはや以前の面影も威圧感も残していなかった。

 まず天井にどーんと描かれていた妙な模様は真っ白に塗りつぶされ、ずらりと居並ぶ蛍光燈(白色)が室内を明るく和やかなムードに変えていた。無駄に広いだけだった空間にも、おそらくリツコが置いたであろう薬品棚とか、今時テープリールの大型コンピュータ(もちろん色とりどりのランプがチカチカ明滅している)が並んでいた。

 マッサージチェアとか畳&こたつがあるのは誰の仕業なのだろうか。(A.冬月)

 それでもゲンドウの机と、その側に並ぶリツコのデスクだけはそのままだ。

「フォースとフィフスはどうした」
「トウジはちょっと具合悪いみたいで鼻血とか出しちゃってるから、カヲルさんがつきそって医務室に言ったわよ」
「そうか。本部内に居るなら問題無い」

 手を顔の前で組んで毎度のポーズなのはいいが……今日はチャイナドレスかいゲンドウさん。
 見えないからいいけど、きっとその机の下ではせくしぃなスリットがずずずいっとはいっていて、ちらちらとスネゲが覗いてるんだろう。ナイロンストッキングで圧迫されて苦しげなスネゲとかを想像してしまったシンディがため息をつく。
 完全にリツコの玩具にされているではないか。

 なんだか犬みたいだなぁ、と自分のコトは棚に上げて思う。

「それで、何の用? 使徒も来てないのに非常召集なんて」
「シンディ、レイ、あなたたちにお願いがあるの」

 リツコの微笑みは、30万円の浄水機を売りつけようとしているセールスレディに良く似ているような気がして、シンディの不安をイヤというほどかきたてたのだった。

「な……何、母さん、また何かするの?」
「またなんて言い方はよしてシンちゃん、私は今まで一度だって貴方のためを思わずに行動してきた事なんて無いわ。だから話を聞いてくれるわよね」

 あるいは水も吸える業務用の掃除機の販売員とか。





<医務室>

 寝台に寝かされていたトウジが目を開ける。

「……なんや知らん天井やな」

 ゆっくりと上体を起こし周囲の状況を視認する。
 どうも学校の保健室とは違うようだ、ということと備品にNERVの紋章が入っている以外は何も分からなかった。

(カヲルさんが近くに居たような気がしたんやけどなぁ……なんや気のせいかいな)

 と思いぽりぽりと頭を掻きながらぼーっとしていると、腹の虫がぐろろろろろろぉと吠えた。

「腹減った……ちゅうても食堂がどこかなんて分からんしな……」

 呟きながらベッドから降りたトウジは、部屋の隅に置かれた事務机の上に紙袋があることに気づいた。本能的に食料の存在を感じ取った彼は一目散にかけよって袋を手にする。
 そこにはメモが貼りつけられていた。

『私を食べて♪ カヲルより』

 慌てて開けてみると中にはさきほどトウジが買ってきたパン・サンドイッチの類がパック牛乳と一緒に入っていた。
 メモの文面はおそらく不思議の国のアリス出典のユーモアなのだろうが、一瞬盛大に勘違いしたトウジは不埒な精神を振り払おうと頭をぶんぶんふった。

「ワシは……最低やな」

 反省して少し冷静さを取り戻したトウジは、ゆっくりかみ締めながら遅めの昼食を摂った。
 ただメモを見るたびに顔がにやけてしまうのはどうにも止められなかった。

 そしてトウジは白い部屋を出る。
 本部施設に興味があったのも事実だが、今彼を動かしているのは『もしかしたらほんまにカヲルさんが居るかもしれへん。なんせ共に使徒と戦う同志やからな!』と言うラヴリィ(?)だったりした。





<ふたたびネルフ総司令執務室>

「これを見ろ」

 ゲンドウは鍵のかかった引き出しからブタの貯金箱を取り出して机に置いた。
 その愛らしい丸々とした風体にレイが首をかしげる。

「ぶたさん?」
「豚だ」

 続いてゲンドウは取りいだしたるカナヅチを無造作に振り下ろした。
 ガシャン。
 陶器の豚は無残に割れてしまう。

「ひっ」

 レイがおびえた声を出して口元に手をあて身を引いた。別にブタが割れたからではない。その中に、気持ち悪い目玉お化けがぴくぴく動いていたからだ。
 シンディが何かに気づいて顔を近づけた。叩き付けられたかなづちの勢いは目玉お化けを潰してしまいそうな程だったのに、赤い光が発生してその先端を防いでいた。

「ATフィールド? 父さん、これ使徒なの?」
「そうだ。最初の人間アダムだ」
「シンちゃん、あなたはこれを使ってレイを覚醒させるのよ」
「僕が? レイを? 覚醒って?」
「説明は後だ」

 突然の展開でもとに戻ってしまったシンジの右手を取ったゲンドウは、その掌にアダムをのっけた。それはもう何気なく。ぽんと。
 するとそれはしゅわしゅわと白い煙を上げながらシンジの右手に融合した。

「うわぁぁなにっ!? なんだよこれぇっ!?」

 たちまちのうちにくっついてしまったアダムを振り払おうとするシンジ。

「シンちゃん!」
「うろたえるな。使徒だからと言って害は無い」
「そうよシンちゃん、使徒はもう人類の友なのよ」

 ニヤリニヤリと悪人顔で微笑む?父母の姿にもっと不安を煽られたシンジは、必死の形相で目玉をつかんでひきはがそうとする。

「何言ってるんだよ父さん! 母さん! くっついてるんだよ!? 使徒なんだよ!?」

 だが赤い光が出て触る事も出来ない。

「レイ、ちょっとシンちゃん押さえてくれる?」
「はい」

 シンジの背中からレイが抱き着く。途端にうくっと息を詰まらせぴたっと動かなくなるシンジ。

「とめました」
「うむ。ではシンジ、リツコさんの……いやリツコ母さんの話を聞きなさい」

 ゲンドウの目配せを受けてうなずいたリツコは、その叡智が生んだ偉大なる計画について静かに語り出した。

「私がそれを思い付いたのは、あの日、シンちゃんが初めてエヴァに乗せられた時だったわ……」







<綾波水槽前>

 アスカ、ヒカリは今朝方の変身で消耗しその後一向に改善する様子を見せないマナを連れて訪れていた。

 部外者であるヒカリは「こうすればひとり分よねっ」方式を駆使して潜入に成功。まあ実際のところ監視モニターにバッチリ顔が映っており、照合したところ第壱中の生徒洞木ヒカリであると識別されたから放っておかれているのだが。

「とりあえず鎮痛剤飲ませて横にしてるわ。しばらく安静にする以外の対処は私には無理ね」

 白衣のポケットに手を入れた格好でマヤが戻ってくる。隣室(昔レイが育ったらしい部屋)ではマナがうぅ〜んはふぅ〜んとうめきを上げ、ヒカリが傍に付き添っている。

「リツコは何してるのよ? こんな大事な時にあんたひとり置いて3号機でもないでしょうに」

 アスカが冷ややかに言うとマヤは困った愛想笑いをしながら肩をすくめた。

「先輩はもう帰ってきてるけど、本筋の計画が最後の大詰めで手が離せないの」

 そう言いながら特設事務机の引き出しからリツコ愛用だったタバコを取り出して口にくわえる。
 ここは禁煙なので火はつけられない。もっともマヤはタバコを吸った事は無いし、単にリツコのスタイルを真似ているだけなのでどうでも良いことである。

「へぇ〜、じゃ今頃はシンディたちと家族会議でもしてるわけ?」
「……そうかも知れないわ。シンジ君がアダム役を買ってくれるかどうか、そこが要だもの」
「アダム……ね。それで、あたしらの出番はいつなの?」

 マヤはにっこり笑って言った。

「ないわ」
「ない? 使徒とかゼーレとか来ないの? まだ全部倒してないし、リツコと司令が裏切ったのも知られてるんでしょ?」
「そうねぇ、多分もう、そこまで来てるかな」
「使徒が?」
「ゼーレよ。さっきレーダーに反応があったって聞いたから」
「それなのにあたしたちの出番はない、と」

 釈然としないアスカの頭にマヤがぽむ、と手を置く。

「アスカちゃん、今までよくがんばってくれたわね。もちろんシンジ君もレイちゃんも、マナちゃんも」
「やめてよコドモ扱いするのは」

 むっとしたアスカはマヤの手首をつかんで頭から降ろす。が、すぐに反対の手がアスカの頭に、ぽむ。

「でも、もう怖い思いはさせないから。スゴイ秘密兵器が出来たから、あなたたちが無理して戦わなくていいのよ」
「やめてったら」

 マヤの両手をがっちりつかんだままアスカはジローリとにらむ。

「で、秘密兵器って何よ」
「ふふふ、ないしょ」
「……教えないと、奥の手使うわよ」
「どうぞご自由に。秘密だから秘密兵器なんだもの、何をしても絶対教えないから」

 くすくすと微笑むマヤの手をアスカはグっと引いた。一瞬バランスを崩しかけたマヤは「あっ」と口を開いて反射的に体を後ろにひく。そこで手を放して肩を軽く押してやるとマヤはおととと、とふらつきながら事務椅子に不時着した。
 すかさず間をつめたアスカは目を白黒させて座っているマヤの後ろへまわり、両肩へ手を置いた。そして、耳元で低く囁く。

「さあ、俺に君の知る真実を教えてくれるね?」
っ! 変身しても駄目なものは駄目よ」
「これならどうかな」
「あぅっ」

 アスカのしなやかな指先がマヤのツボを的確に捉え、絶妙な指の圧力が心地よい刺激を生み出す! そうそれはめくるめく快楽の罠、指圧攻撃だった!

「さぁ、話して楽になろう……」

 ニヤリと勝利を確信した笑みをこぼして親指をくいこませるアスカ。近頃ずっとこの深〜〜い洞穴の奥でリツコに代わって重要な仕事をしていたマヤの張り詰めた精神と肩の筋肉は見る見るうちにほぐれていき、それは彼女の表情にもうっとりと表れていく。

「ぁぁ……とけていく…私が私でなくなる感じ………」
「聞かせてくれ、君の秘密を」

 おお、その千変万化する運指は時にさざなみのように心を揺すり、時に嵐のようにマヤを翻弄する。

「ぁぁ……もう言っちゃいそう……………でもダメ」
「……ちぇ。もういいわよ」

 すんでのところで理性を取り戻し、頑なに漏洩を拒否するマヤのお堅さに攻略をあきらめたアスカは、彼女の肩を平手でぱんっと叩いてマッサージを終わらせると、思い出したように周囲を取り囲むオレンジの水槽に目を向けた。もちろんその中にはぼんやりした表情の綾波の形をした何かがたゆたゆと漂っている。

「それにしてもたくさん居るわね、レイ」

 そして軽くなった肩をぐるぐる回しながら幸せそーな顔をしているマヤの前で、百点の笑顔を作って言った。

「……ひとりちょーだい♪」
「ダぁメ」

 敵は二百点の笑顔を返してきた。







<発令所>

 非常事態を告げる警報が鳴り響く中、冬月は主の居ない司令席のやや後ろで律儀に立っていた。
 そしてその精悍な細面はやや天井を向いていた。

「……未来は碇の娘に委ねられたな。ああユイ君、ここだ私はここだよ」
「この非常時に何をボケているんですか副司令っ! 既に白いエヴァンゲリオンを積んだ輸送機は視認出来る位置にありますっ! 指示をお願いしますっ!」

 メインスクリーンには渡り鳥のように編隊を組んで飛来するS2機関搭載型量産機が捉えられていた。
 青葉の適切な突っ込みで、冬月の意識が現実に戻ってくる。

「随分と早い登場だな。――迎撃の準備は」
「初号機、弐号機、零号機はエントリー準備整っています。3号機はテスト時の装甲損傷部分の交換が完了していないため第8ケイジにて待機中」
「初号機はB型装備だな?」
「各号機ともB型装備です」
「パイロットの現在位置は?」
「零号機、初号機パイロットは総司令執務室に入ったのを最後に直接の連絡は不能。弐号機パイロットはターミナルドグマでロスト。3号機パイロット及び補欠パイロットは、大浴場で確認された模様!」

 シリアスな眼差しでスクリーンから情報を得て、さらに耳からも状況を分析していた冬月が「大浴場」と言うありふれた言葉を聞いた途端、しまったと失策を悔やむ表情を見せた。

「そのまま放っておくのはまずいな……すぐに保安部を動かして3号機パイロットを救出させろ!」

 救出、の意味が理解できなかった日向は口をぽかんと開けて背後を振り向いた。

「それは3号機のエントリー準備をしろ、という意味の命令でしょうか?」
「そうではない! 急がなければ彼の人としての何かが壊れてしまうのだ! 急ぎたまえ!」
「りょ、了解!」

 結局なんなのかは分からないまま保安部にトウジ保護指令を入れる日向。

「……やはり保安部だけでは不安だな。葛城三佐を使いに出すか。彼女はどこへ行ったのかね?」
「303病室です!」

 打てば響く青葉の返答に、今度は冬月が口をぽかんと開ける。

「何故そんなところにいる?」
「分かりませんが音声のモニタが可能です! 303病室からの中継入ります!」



『やっ、ちょっとやめてよ加持君! あたしたちもう何でも無いんですからねっ』
『そう冷たいコト言うなよ葛城……ようやく決心がついたんだ。8年前に言えなかった言葉、言わせてもらうよ』
『あっ、もうどこさわっ…アスカになんてそそのかされたのか知らないけど、今更聞くつもりなんてないわよ!』
『結婚しよう』
『!』
『あの頃……君が俺に父親の影を見ていた時、俺は君に母親の姿を求めていた。いつも見ていて欲しかったんだ。だから、何も言わずに君があの部屋から消えた時、自分は捨てられたと、省みる価値の無い人間だと思った』
『……』
『それからはずっと悪い男を演じる事で自分を誤魔化しつづけていた。そうすれば葛城の記憶から早く消える事が出来ると思って。……でも見透かされたよ、アスカとリっちゃんに』
『……そんなの、あたしだってずっと昔から知ってたわよ……』
『やっぱり、そうか。……まったくアスカの言った通りだな』
『……それで、アスカは他に何て言ってたの』
『リツコには先を越されたかもしれないが大丈夫、今ならまだ20代だから年齢では勝ってる』
『なによそれぇ』
『葛城に聞かれたらそう言えってさ。どう思う?』
あん、バカ…ダメだって言ってるでしょ…まったく、人の心に土足で入ってくるみたいで失礼しちゃうわね。……でも、優しい娘だわ』
『同感だ。そこで繰り返し提案なんだが、俺たちの行き違っていた8年間をリっちゃんの手を借りずに埋められるか、試す時間をくれないか?』
『なんか……加持君、少し大人になったみたい』
『そういう感想は率直にもらさないでくれ……急にとてつもなく恥ずかしい気がしてくる』
『それを言うなら大の大人が真昼間から仕事さぼってこんなことしてるのが既に恥ずかしいわよ』
『……違いない』
『やだちょっとぉ、ヘンなモノ入れないでよ……』



「ノォ〜〜〜ッ! 葛城さ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

「……音声を切って彼を落ちつかせてくれたまえ」
「了解ッ。トリャ!

 バキ

「アウッ」

「え〜、とりあえず非常時なので見なかった事にしてだな、3号機以外のエヴァの装備を変更できるかね?
「D型以外の装備であれば20分以内に用意できますが」
「ではすぐに手配してくれ。初号機、零号機、弐号機の武装を……

 冬月は緊張の面持ちでゴクリと唾を飲むと、白いエヴァの姿をスクリーンで確認しながら告げた。

「J型に」

ですって!? 正気ですか副司令!」

 青葉の反応も予想の範囲内なのか、冬月は静かに繰り返した。

「J型装備に変更だ」





<大浴場>

「なななななんでカヲルさんがここにおるのですかっ!? もしかしてワシ間違うて女湯に入ってしもうたんか!? すすすすすんませんホンマすんません! すぐに出ますさかい堪忍してくださ……なっ、なんですかカヲルさん!? いや、アカン! あきまへんこっち来たらいやそんな一時的接触とか繊細とかそんなんとちゃいますのや! もっと単純にダメっちゅうたらアカンのですぅ〜〜っ! そんな頼んますから近づかんといてください! 違うんですキライなんてことは絶対あらしまへんのです! でもワシらちゅうがくせいですしっ、イカンもんはイカンので……お? こりゃ一体なんですか? うーむ、どこかで見たような色形ですなぁ……うーん、確かワシも下を向くとあったりなんかしよるモノでして……ん? あ? ……おお! なるほど! そういう事やったのですか!





 無下に晴れやかな笑顔で大きく首を縦に振ったトウジは、肺が破裂するほどに空気を吸うと力一杯叫んだ。





「裏切りよったな!
 きさんもイインチョと同じでワシを裏切ったんやあああぁぁぁぁぁっ!!」





 頬にキラリと青春の輝きを見せながら走り去るトウジの背中を眺めつつ、カヲルは両手をやれやれと広げてつぶやいた。

「あそこまで単純に引っかかってくれると、なぜか可愛いと思えてくるから不思議だね」

 作戦最大の山場を乗り越えたカヲルはほっと一息ついてお湯を堪能した。
 そして、のんびりと風呂上がりのフルーツ牛乳を嗜みながら目を細めた。

「さて、最後の仕上げだ。リリンに未来を」

 その美しすぎる裸身にフルーツ牛乳と言う組みあわせの妙には、トウジの救出に失敗した保安部員たちも遠くから眺める以上の行動に出られなかった。







<再び発令所>

 鳴り響く警報。
 スクリーンにはネルフ本部を含むジオフロントのだだっぴろい地面が映され、その地表に次々と白いエヴァが着地していく様が見て取れる。

「射出ルートからの侵入とは……ただのダミーではない、か。初号機の出撃はまだなのかね?」

 珍しく苛立ちを表に出している冬月の背後で昇降機の動作音が聞こえた。

「――お待たせしました副司令。エヴァ各機にJ型装備完了です」
「おお、さすがは伊吹一尉。良くやってくれた」

 ぐいぃぃぃん、と登ってきたのはマヤ(まるでリツコの服を盗んできたかのような姿)とアスカ、そしてヒカリとその肩に寄りかかって気分悪そうなマナだった。

「碇たちは下かね?」
「おそらくは。ヘブンズドアの最終安全装置は先刻より解除されたままです」
「そうか……ついに約束の時が訪れたのだな」

 しみじみと感慨にふける冬月。
 昇降機から降りたアスカは九機もの量産機が居並ぶ姿に少なからず脅威を覚え、硬さを含んだ声で言った。

「あたし、弐号機で出るわ」
「いや、アスカ君。その必要は無いのだよ」
「どうして!? あんなモノエヴァ以外で倒せるわけが無いじゃない!」
「もちろんエヴァを出す。だが、君が乗る必要は無いのだ」

 わけがわからない。パイロット無しにどうやってエヴァを動かすのか?
 再び疑問をぶつけようとするアスカの言葉を遮るように、青葉の声が響いた。

「白いエヴァの一機が通信回線へ乗っ取りをかけてきています! 強制排除可能ですがどうしますか!?」
「構わんよ。開けてやれ」
「了解。通常通信回線開きます」

 直後、メインスクリーンいっぱいに広がるキール・ローレンツの顔面どアップにおののかない者は居なかった。



 
 


特務機関ネルフの諸君、並びにその総司令官碇ゲンドウに告ぐ。

諸君らは我々上位組織である人類補完委員会およびその正体であるゼーレの命に叛き、
その本来の役割を全うしていない。

故に我ら自身の手で裁きを下し、即刻組織解体を行うと共に、
真なる目的を果たすための姿に変える事をここに通達する。


特に碇っ!! 貴様には言いたい事がゴマンとあるっ!
本部施設ごとボッコボコにしてやるから首を洗って待っていろ!!




あー……以上だ。


 
 



 プツン。
 一瞬の暗転の後、スクリーンは量産機とネルフ本部の映像に戻る。

「今の変な眼鏡のおじいさん、誰なんですか?」

 ぜぇぜぇ荒い息をつくマナを支えるヒカリがマヤに問いかける。マヤはうぅ〜んと首をかしげるだけだったが、耳ざとく聞いていた冬月が代わりに答えた。

「現実に絶望して逃げ出したいさかりの老人だよ。そういう意味では私も同類だがね」

 今までに見てきたゲンドウの女装姿の数々を走馬灯のように巡らせ、眩暈を抑えながら苦笑する冬月。だがすぐにキリっと表情を引き締め、凛とした声で指示を飛ばす。

「目標が本部内に侵入する前に食いとめる! エヴァ初号機、零号機、弐号機を出せ!」
「了解! エヴァンゲリオン各機、出撃!!」

 ドシュウ!
 ドシュウ! ドシュウ!

 レール周囲に散る火花を残して次々に打ち出されていくエヴァ。だがその姿を瞬間でも目にしたものは、自らの視力低下を疑ったに違いない。

 それはまるで装甲を剥がして生身をさらしたエヴァが、フリルふりふりのワンピースを着ているように見えたのだから。
 アスカもまた目を疑ったひとりだった。

「あの、マヤ、ちょっと聞いていい?」
「なに?」
J型装備って、一言で言うと、なに?」
「え、ええと……たぶんもう予想はついてると思うけど……J型のJは」

 ビーッ ビーッ ビーッ ビーッ

「今度は何だね?」
「3号機です! フォースの少年がエヴァを占拠、無断で動かしています!」
「フォース? フィフスの少年ではないの!?」

 マヤが素っ頓狂な声と大きく開いた瞼で驚愕を表す。

 ド ォ   オ  ォォ  ン! !!
    ォ ォ ォ   ォ   !

 発令所・ネルフ本部だけでなくジオフロント全域を揺るがすような強い衝撃が駆け抜け、立っている者はふらつき、座っている人間ですら振り落とされそうになる。

「次はなんだ! ターミナルドグマか!」
「これまでにない強力なATフィールドです! 光波、電磁波、粒子も遮断しています! 何もモニターできません!!」







<張り付けリリスの足元付近>

 ゲンドウはリツコと共に、アダムを受け継ぐシンジとリリスより生まれたレイを連れて最後の儀式を遂行すべく、ここに来ていた。

 さすがにこういう緊張する場面でチャイナは違うと思ったのか、以前よく着ていたタートルネックに衣装替えしているゲンドウ。リツコもタイトでスタイリッシュな例の服に白衣である。ちなみに今発令所に居るマヤが同じモノを着ているはずなのだが、何着もあるのだろう。

「これが……リリス……」

 見上げるシンジ。生憎と本部には着替えを置いてなかったので、止む無く女子制服である。

「手順はさっき説明した通りよ」
「時間が無い。今こちらに最後の使徒と3号機が向かっているようだ。急げ」

 くいと色メガネを直しながら入り口を気にするゲンドウに促され、シンジはうなずく。

「レイ……始めるわよ」
「あぁ〜んもうどうしてそこでシンディになっちゃうのかなぁ〜? もっとリラックスして、ちゃんとシンちゃんで居てよぉ」
「レ、レイだって普通じゃないじゃない」

 はらりと制服を脱ぎ捨てるレイと、これから行うべき段取りを反芻して赤面するシンディ。
 ゲンドウとリツコが見守る前でレイは下着を外して素肌を晒し、その間シンジは右掌に融合したアダムと見詰め合いながらわきわきと指を曲げ伸ばししながら落ちつけと自らを律する。

「いいわシンちゃん……来て」
「う、うん」

 うっすら頬を染めたレイの左胸にシンディの右手が触れた。
 ぴくん、と僅かに睫毛を震わせたレイは、触ったままでいつまでも動こうとしないシンジの腕を取って引っぱった。するとどうだろう! シンディの手はずぶり、とレイの体内に埋まってしまったではないか!

「う、うわ……あの、痛くない?」
「……嬉しい」

 レイは大胆にも(?)シンジの手を導き、下へ下へと潜らせていく。そしてその手がある地点に到達すると、目を閉じてあっ、と小さく吐息を漏らした。

「アダムとリリスの禁じられた融合……今人類は神のレールから外れ、自らの足で歩き出すのだ」
「レイ、シンジ。必ず戻って来るのよ」
「うん、わかってるよ……母さん」
「シンちゃん、私につかまって。……飛ぶわ」

 シンディが慌ててレイに抱きつくと同時に、二人の身体は宙に舞い上がる。
 遠く離れていく両親の姿を眼下に見ながらシンジとレイは、巨大な白いリリスの胸部へと接近していく。
 レイの腹部にめり込んだままの手に不安げな表情を作るシンディ。

「本当に大丈夫?」
「平気。シンちゃんの手……暖かいわ」

 上気した頬をほころばせるレイの姿は可愛すぎた。
 そうこうしてる間にリリスの顔に張りついた7つの目が描かれた仮面が目前に迫る。

「――ただいま」















「おかえりなさい。」














「……お、お邪魔します」














「いらっしゃい。」














 リリスの胸部がぐぐっと盛りあがったかと思うと、半ば融合したまま抱き合うふたりを吸いこむように取りこんだ。

「リツコさん……いや、リツコ。君には本当に世話になったな」
「……私はあなたを置いてどこかへ消えたりしないわ。なった、なんて過去形で言うのはやめてくれる?」

 目線はリリスに向けたまま、そっとリツコはゲンドウの手を握る。

「あ、後は、個々の人間が使徒を受け入れるかどうか、選択するだけだ。私たちは上へ戻ろう」
「ええ」

 リリスの両手が、それを打ちつけていた釘らしき形の金具からするりと抜けた。そしてリリスはそのぶよぶよした太い腕で、身体を貫く血の色の槍を引きぬく。

 足の無い状態だったリリスの腰がぼこぼこと増殖して膨らみ、たちまち両の脚が復元して四肢が揃った。顔に張りついていた仮面は白い糸を引いてLCLの水面に落ちる。

 その様子に見とれるかのように食い入っていたゲンドウたちには、背後に歩み寄る気配にも気付いていなかった。

「――なるほど、見事なお手並みですね」
「誰だ」
「出遅れたシ者ですよ。もうすぐ、欠けた心のパイロットも追いついてくると思いますが」
「君も……女装が好きなのかね」

 渚カヲルは女子制服を着ていた。にも関わらずゲンドウは彼が男であると見破った。

「君『も』と言われるのは歓喜に値しません。一緒にしないでください」

 にこやかだが辛辣に言い放ったカヲルは、レイの身体にシンジの顔へと変化したリリスの姿を見上げる。

「これではトウジ君が到着しても依代にはなれない……そして互いの存在を『個』として認識し、その境界線を必要としている彼女たちが肉体を捨て全ての魂をひとつにするはずもない」

「渚カヲル君。それともタブリスと呼んだ方がいいかしら?」
「お好きにどうぞ。いずれにせよ僕がこの姿を保っていられるのはあと数分ですから」
「そう……ではカヲル君。あなたはゼーレと心中するつもりなの?」

 リツコはカヲルに死海文書のシナリオから外れ、ヒトと共に生きる道があることを示していた。

「このリリンに似た形で存在を続けることが『生』なのだとすれば、僕は死ぬことになります」
「……それは貴方の本質とは違う、と言うのね」
「アダムの肉体はリリスとの融合を果たせた。ならばアダムの魂である僕もまた、リリス……そしてリリスより生まれたリリンと合一を果たせるでしょう。僕はそうするつもりです。……彼さえ許してくれるならば」

 カヲルが振り向くと丁度そこへ、エヴァ3号機の光る瞳が現れた。

「渚カヲル〜〜〜っ! 貴様だけはっ絶対にっ死んでもっ許さへんでぇ〜〜〜〜っ!!」

 エヴァにはスピーカーなどついていないのだが何故かトウジの声が増幅されて聞こえてくる。

「待っていたよ、トウジ君」

 呆気に取られるゲンドウの目前から、3号機の手によってカヲルが持ち去られた。

「よくも男の純情を踏みにじってくれよったな! このヘンタイがぁ〜っ!!」

「トウジ! 待ってよトウジ!」

「おぉ!? お、おまえシンジか!? なんやそのせくしぃなカッコは……うっ、アカン鼻血出そうや。す、すまんな、ちょっと後ろ向かせてもらうわ」

「あっ、ゴ、ゴメン」

 慌ててロンギヌスの槍を十字架に立て掛けてLCLに座り込むと手で胸を覆うリリス。

「あのさ、トウジ、何があったか知らないけど、頭に来たからってエヴァを持ち出すのは男らしくないんじゃないかな?」

「うっ……」

 激情に任せて行動してしまったトウジだが、言われて見れば確かにずるい手段だと思った。これでは空手黒帯の兄に「あいつさぁ、なんかムカツクからアニキから立場教えてやってくれねぇ?」と頼むのと同じくらい卑劣ではないか!

「気に入らない事があるなら、ちゃんと話あったほうがいいよね? だから離してあげようよ、ね?」

 肩をたたかれた3号機はびくーんと身体を硬直させると、ぱっと右手を広げた。
 自由になったカヲルはふよふよと浮かび上がり3号機の顔の前で留まる。そして微笑んだ。

「ありがとうトウジ君。僕も話をしたいと思っていたんだ、よかったら出てきてくれないかい?」

「し、しかしやな……」

「トウジ!」

「わ、わかった。ちょっと待っとれ」

 3号機はその場に座り込んで延髄の位置を下げると、エントリープラグを排出して動きを止めた。
 ハッチの開いたプラグから、よっこらせとプラグスーツ姿のトウジが出てくる。

「……あなた、そろそろ上へ」
「あ、ああ、そうだったな」

 使徒と3号機も何とかなりそうだと判断したリツコらは、ターミナルドグマを後にした。







<スイカ畑からエヴァの姿をあおりで>

 宣戦布告を終えたキールと愉快な量産機たちだったが、進行を開始しようとしたところで出鼻をくじかれてしまった。

『ま、真ん中の紫のワンピースのヤツが初号機でしょうか?』

 量産機同士を結ぶ通信から多分ゼーレ07の声が聞こえる。
 キールの乗るエヴァのセンサーは、ネルフ本部との間に立ちはだかる3機の悪夢を捉えていた。

「エヴァンゲリオン初号機……まさに悪魔か」

 プラグスーツの似合わないキールが呟きを漏らすと、その口元からボコボコと空気が泡になる。

『こちらの赤いのは弐号機でしょうな』
『……ではこれは零号機か。……聞きしに勝るおぞましさですな』
『いかがされますか議長?』

 地面の下から競りあがってきたエヴァは、仁王立ちするだけで動いていなかった。熱源反応もなし。アンヴィリカルケーブルの接続もなし。ただ立っているだけである。
 だがだからこそ策が巡らされている恐れは大きく、迂闊に動くことは出来ずに居た。しかし様子を見るのもここらで限界だろう。血気盛んな荒くれ老人たちが耐えかねて先走るのは避けたい。

 心を決めてしまえばそこから先は早かった。

「――こちらから仕掛ける! 戦力差は圧倒的だ、3部隊に分かれて3対1の状況を作れ!」

『但し、何が隠してあるか分からないですからな、注意は必要ですぞ』
『左様。我ら9人ひとりも欠ける事無くガフの扉を開くのだ!』

「かかれ!!」

 白いエヴァは3機づつの3部隊に分かれ、3機の色付きエヴァに3方向からマガイモノの槍を振るった。

 だがその時!!





<発令所>

「目標! 攻撃有効エリアに侵入しました!」
「よし! 全機、ジェニープラグ起動!」
「アンタたち揃いも揃ってバカァ!?」

 アスカがたまらず叫んだネルフへの感想は「正しい」以外の言葉で賛辞できない。





<ネルフ本部近く>

 槍が装甲の無いエヴァを貫通する予定は完全に狂った。

 ギラリーン!

 突如、電源もパイロットも何も無しに起動した紫と赤と水色のエヴァは、ジャンプ滞空中の白い量産機の前でスカートの裾をつまんで優雅に一回転したかと思うと、キラキラと輝く瞳と並びの悪い歯を見せて笑った。

 そしてダミープラグに仕込まれたゲンドウの声をボリューム最大で響かせながら、をとめちっくなポーズを決めてウインクなんて器用な芸当を見せたのだった。

「ヘロウ! ゼーレのみんな! 今日は私たちのファーストコンサートに来てくれてありがとう!」(ダミ声)
「心を篭めて歌います! 聞いてくださいっ!!」(オヤジ声)
「曲はも・ち・ろ・ん♪ Komm,susser Tod!」(悪人声)
(※劇場版の補完で弾けてるときに流れてたヤツ)

 エヴァの「顔の皮を2枚剥がしました」的な顔で満面の笑みをたたえられるのがどれだけ気持ちの悪い事か、量産機のリアクションから読みとってみよう。

 一斉に飛びかかった量産機はJenny型装備のエヴァがきゃぴるーんとポーズを決めた瞬間、ATフィールドとはまた違う見えない壁に弾き飛ばされ、ズシャァッ!と顔から地面に激突した。

 さらにそこへ追い討ちとばかりに、魂が身体から逃げたくなるような怪奇的な歌声をハモらせながらジェニーズは9機の量産機に順番にほっぺチューをお見舞いしていく。

「ぐ……ぐぉぉぉぉ……こ、これは新手の超音波攻撃かっ!」

 エヴァの唇?が触れた瞬間に関節とか口とかあらゆる場所から何故か煙を吐いて動かなくなる量産機
 手を伸ばし支えになるものを探しながらピクピクと身体を震わせて完全に行動不能に陥っているキール。
 他のメンバーも似たような状態である。至近距離でゲンちゃんヴィオスを受けて立ちあがれるものは世界にもそう多くはあるまい。





<その模様が中継されていた発令所>

 もちろんここも例外ではない。

 まさに死屍累々。戦略自衛隊でも攻め込んで来たのではないかと疑いたくなるくらいキレーに全員倒れていた。
 最終決戦と言う事もあって館内ほぼ全域にリアルタイムで状況が中継されている為、きっと他のセクションも全滅しているだろう。

 それでもここ発令所のメンバーは他のネルフ職員よりもジェニーに慣れているせいか何人かは軽い気絶の後に復活を成し遂げていた。

「も……目標、完黙!」
「……もういいだろう、ジェニープラグを強制停止!」
「了解!」

 嬉々として停止信号を送る青葉の手によって精神汚染放送は停止した。

 そこへ昇降機でゲンドウとリツコの両者が登場する。
 倒れている人々を眺めてゲンドウはのたまった。

「仕事中に寝るとは何事だ」
「あら、もう終わってしまったのね。せっかくアリーナ席でジェニーズの歌が聞けると思ったのに」
「それは残念だな。あのテープは私の人生でもっとも上手く歌えたと自負しているのだが」
「青葉二尉、悪いんだけど、もう一度ジェニープラグ起動させてもらえるかしら?」
「お断りです」







<ターミナルドグマ>

「いややっ! いややいややいややいややったらいやや!! なんでワシがおまえなんぞに身体貸してやらなアカンのや!」

 トウジはカヲルから「僕とひとつにならないか? それはとても気持ちのいいことなんだよ」との大雑把な説明を聞いて、首を横に振りつづけていた。

「でもトウジ……別にそれでトウジが消えて無くなるわけじゃないんだし、それに断ったらカヲル君、死んじゃうんだよ? それでもいいの?」

「ああ構わん! こーんな綺麗で女装のよく似合う笑顔のステキな生き物なんて死んでしまえばええのや! まったくもって構わんのう」

「そんな死ねなんてひどいよ!」

「シンジ、きさんには関係のない事やろ。ちょっとデカなったからいうてエラそうにすんなや!」

「べ、べつに偉そうになんかしてないよ……」

「トウジ君……僕のお願いがムシのいい話だという事は重々承知しているよ」
「なら諦めるんやな。生憎ワシの身体はワシの魂だけで間に合ってるさかい」
「そうか……」

 カヲルはとても寂しそうな儚げーな、今にも消えて無くなってしまいそうに、ガラスのように繊細な笑顔を見せた。
 ちらりと横目でそれをみたトウジは、もはや目前の人物は男であると理解しているにも関わらず、ドキっとしてしまった。

「ならばせめて、君の手で僕を消してくれ。本来なら僕はそうなる運命だったんだ。それを、君と共に生きたいなんて我が侭を言ったから、迷惑をかけてしまったね」

「……渚…どこまでおまえ汚いんや」
「? なにがだい?」
「自分とひとつになるか、殺せと言われてハイそうですかと殺せるヤツがどこにおる」
「だがそれが運命さ……ヒトを滅ぼしてまで生きていたいとは思わない。特に君のような死すべきでない存在に触れたからにはね」

「だ……だからって殺せ言うのはイヤや」
「ならひとつになってほしい」
「それもイヤや」

 腕組をしてあぐらをかき、頑固に拒絶するトウジの姿にカヲルは苦笑する。

「では僕はどうすればいいんだい?」
「ちょぉ待てや! もう少し考えさせろや! そんなん急に言われても出てこんわ!」
「……そうだね、すまなかった」

 目を閉じて頭をひねるトウジ。カヲルは彼の決断を待つことにした。
 そしてシンジを見上げる。

「碇シンジ君、待たせたね。もうここを覆っていたATフィールドは解除したから、役目を果たしてくれていいよ」

「あれ? ホントだ、無くなってる」

 リリスは手で身体を隠しながら不自然な態勢で立ちあがると、悩みつづけるトウジとその傍で答えを待っているカヲルを残して地上へと上昇を開始した。

「じゃぁまたね」

 その身体は天井を透過して、見えなくなった。








<発令所>

「ターミナルドグマより正体不明の高エネルギー体が急速接近中!」
「分析パターン青!」
「お、日向、生きてたのか」
「おかげさまでな。きっつい目覚ましだったよ、さっきの歌は」

「まさか、使徒!?」
「いや、違う!」

「ヒト! 人間です!!」

 リリスが発令所を通過していく。

「父さ〜〜ん! 母さ〜〜ん! いってくるね〜〜!」

 笑顔で手を振りながら。

「ああ、気をつけてな」
「晩御飯までには帰ってくるのよ」

 その落ち着き払った姿に青葉と日向は心底感銘を受けた。人間の器が違いすぎる。







<地底湖を眼下に望み>

 ジオフロントの森林にうずもれるように倒れる9+3=12体のエヴァンゲリオン。

「あ、そうだ。確か母さんって人類が生きた証拠を残したくてエヴァに残ったんだっけ?」

(そうよ)

「じゃあ宇宙まで運んであげようか」

(そこの白いのも一緒に持っていくといいわ)

「これって父さんが言ってたゼーレのエヴァ?」

(そう。中に首謀者たちが乗ってるみたいだから、罰として初号機のつきそい)

「あ、それならきっと母さんも寂しくないね。そうしよっか」

 リリスが手でエヴァをかき集める。何故か森林には傷一つつかず、エヴァだけが掌に残る。
 それらを持ったままリリスは上昇を再開した。










<雲をつきぬけて青い空>

 雲から上半身が生えているリリスはとりあえずエヴァ初号機と量産機を宇宙へ投げる。

「がんばってねー」

 飛び去っていくエヴァは星になった。

(次はシンちゃんのアダムがたくさん分裂して、シンちゃんの形になって世界中のひとに使徒をプレゼントするイメージ)

「……むずかしいこと言うね」

(私がやるから、イメージを合わせて)

「うん」

 リリスが掌を向き合わせてボールの形を作る。

 するとその中に白いまばゆい光が生じ、白い球体を形作った。

 そしてリリスの背中から、白い羽根が生えて空を覆っていく。







<発令所>

「ガフの部屋よりもある種おそろしい、新しい世界の始まりの扉が……ついに開いてしまうのか」

「ああ。冬月、よく見ていろ。これが私とリツコの作る新世紀だ」









<E層もF層もつきぬけて黒い宇宙>

 リリスの首から血のように赤い液体が噴き出す。

 その雫の一粒一粒が目玉お化けに変化し、そして碇シンジの形に変わる。

 しかしその服装は黄色いワンピース。

 何千、何万、何億というシンディが世界に満ち満ちていく。

 全てのヒトの前に現れて、選択を迫る。







<ターミナルドグマ>

 トウジの前にもシンディが現れた。

「なんやセンセ、もうちっこくなってしもうたんかいな」

「ちがうよ、トウジ君。それはアダムの欠片さ。君の心の希望が形になったモノ」

「ワシが……センセを望んでるちゅうんか? んなアホな」

「ちがうよ。よく見てごらん。君が誰とひとつになりたいのか、見えてくるだろう?」

 トウジは言われるままにシンディを見つめた。

 するとそれは洞木ヒカリの姿に変わる。

「!?」

 目を丸くするトウジ。

「やはり君は優しいね、トウジ君。心の底では彼女を求めているのに、彼女が君を見ていないと思って、想いを閉じ込めてしまったんだね」

「そう、なんか……?」

「でもそれは少し早合点だね。さあ、彼女の心を受け入れてごらん。真実が見えるはずさ」

 ヒカリが座り込んでいるトウジの前でしゃがみ、そっと頬に手を触れる。

「な、なんやなんや?」

「ついでだから僕も勝手にお邪魔させてもらうよ。トウジ君に任せていたら世が開けても決断してくれそうにないしね。……君は優しいから」

「あっ、こら何しよんねん! 重いて! 背中に乗るな! あっ!?」

 パシャン。

 ヒカリとカヲルはオレンジの液体になってトウジの全身を濡らした。

「な、なんなんやいったい……?」







<発令所>

日向「ああああ〜〜〜〜葛城さはぁ〜〜〜ん」

青葉「ひぃぃぃぃ! なんで俺の心は誰も求めてないんだぁぁぁぁっ!」

 パシャン、パシャン。

日向「うっなんだかわからないが急に冷たいビールが飲みたいっ!」

青葉「んー? 別に何も変わらないなぁ」



「さすがに脇役は扱いが杜撰ね」

 リツコが冷ややかな眼差しで見守る中、ネルフ職員たちの元にも次々とシンディは訪れる。
 マヤがリツコと抱き合ってるのを目撃したときにはさしものリツコもジト汗をにじませていたが、おおむね計画通りに進んでいた。

「……シンディ」

 ゲンドウとリツコの前にも。

「私たちはもう、リリスとラミエルを受け入れているからアダムの欠片は要らないわ」

 シンディは微笑んでうなずくとすーっと溶けるように薄れて消えた。

「くっ、やっぱり冬月め密かにユイの事を」
「あなたには私が居るでしょ?」
「あ、いや、その、すまん」






<303病室>

 加持とミサトの前には、8年前の二人が現れていた。

「なるほど、的確にニーズを捉えてる。さすがリっちゃんのやる事には卒がないな」
「あなたたち、悪いけど私たち自力で頑張ってみることにしたの」
「帰ったらアダムによろしく言っといてくれ」

 8年前の記憶の二人は、そっと病室のドアを開けて、また記憶の中へと戻っていった。

「さて、失った時間を取り戻すにはどうすればいいと思う?」
「さぁねぇ、さっぱりわかんないわ。でも……取り合えず挙式はドイツでしよっか」
「そうだな。早く有給つかっちまわないと組合がうるさいし」
「あんたねぇ……スパイが労働組合なんか入ってんじゃないっつーの」
「そう言われても表向きは公務員なんだぜ?」

 こうして笑いあうのも随分久しぶり。






<発令所>

 既にシャムシェルを受け入れているアスカの前にはシンディ。

「あんたさぁ……あたしのパチもんの分際であたしより人気あるんですって!?」

 引きつった苦笑で手を広げ首を横にふるシンディ。

「……ま、いいわ。悪いんだけど、あたしの加持さん、持っていってくれる?」
「私の…ムサシもついでに、お願い」
「マナ……」
「やっぱりさ、こういうので人の気持ち知っちゃうのって、ずるいよね」
「ムサシとかいう子、本当に居るんだ」
「……うん。ケイタと同じ仲間だった」

 シンディはアスカの左手と、マナの右手を持つ。

「だった」
「ロボットとか好きでね、絶対日本一のパイロットになるっていつも言ってた。でも……激しい振動で内臓をやられちゃって辞めさせられたの。私なんかよりよっぽど向いてたのに」

 シンディが一歩後ろへ下がると、アスカとマナの身体から半透明の人形がずるっと引っ張り出される。それは加持とムサシの姿をしていたが、シャムシェルとガギエルに姿を変え、さらにアダムの形に変化すると、蒸発するように消えてしまった。
 すると今にも倒れそうだったマナの顔色が急激に良くなる。

「好きだった?」
「わからない。憧れてたけど、もしかしたら男の子に生まれたかっただけかもしれない」
「ま、とにかく、あたしたちは敵になるはずだったのに友達になれたワケで。使徒と同居するのもやめたんだし、自分でなんとかするしかないのよね」
「そうね、がんばるっきゃないか♪ ……あ、ヒカリちゃんとこにジャージ君が」

 この大事な時にゲンちゃんヴォイスで気絶したままの洞木さんには、選択の余地なくトウジ君がパシャンと浴びせられるのであった。








<衛星からの映像ですという感じで地球は青かった>

 リリスの腕が、頭が崩れて落ちる。

 抱えていた白い球体は一瞬、身近な恒星のように眩い輝きを帯びると、直後破裂して赤い光の粒と緑の光る十字架をバラ撒いて消えた。

 赤い粒はアダムを受け入れた人々の元へ飛び、その胸に吸い込まれて息づく。

 緑の十字架は自らの足で歩く事を選んだ人々の頭上で祝福を祈るように回ると、弾けて消えた。

 それはヒトの居るところ地球の隅々まで広がっていく。








<リリスの頭が落ちたところ>

 眼を見開いたまま微動だにしないリリスの頭部。

 その額の部分に筋が走り、第三の瞳が開いた。

 さらにその黒目(赤いけど)の一部がわずかにぷくっと盛り上がり、ちょろっと人間の手らしきモノが出てくる。

 その手は2本になり4本になり、やがてレイとシンジがずばっと上半身までの脱出に成功した。

 二人とも衣服を着ていなかったが、それよりも気になることがシンジにはあった。

「ここ……どこかな」

「浅瀬だと思う」

「浅瀬はいいんだけど、どこの浅瀬かな」

「日本国内だと思う」

「日本はいいんだけど、日本のどこの浅瀬かな」

「関東地方からは外れてないと思う」

「関東はいいんだけど……」

 捜索隊がふたりを発見するまでの2時間20分、ずっとそんなやりとりをしていた。














* * *














<学校>

 被害は少なかったとはいえ、まあゴタゴタが片付くまでに1〜2ヶ月はかかったわけで。
 ようやく平和を取り戻した第3新東京市には若干の変化が見て取れた。

「す・ず・は・らぁ〜♪ おっはよぉ〜♪」
「おお、イインチョ、おはようさん。お、髪切ったんか? 前のもいいけど今度のはもっとええなぁ」
「ほんと? 嬉しいからはい、お弁当大盛りよ」
「おういつもすまんなぁ……って誉めんかったら大盛りじゃなくなるんかいな?」
「そうそう、ここで私が食べて減らしてね」
「はははは、そら見物やなー、今度いっぺん気づかないフリしたろか」
「えー、もしそんな事したら罰として今度の日曜、荷物持ちだからね!」
「おいおい、そない言われたらますます気づかないでおらなあかんやないか。っちゅうかそんなん罰にならんで? 頼まれんでも行きたいがな」
「ほ、ほんと?」
「ああ、ホンマや。んじゃ日曜日荷物持ち決定やな。何時に迎えに行こか」

 朝から暑いってーのにさ、ますます熱くしてくれるトウジとヒカリのハッピーライフももう2週間になるだろうか。
 どうやら欠けていたデリカシーがカヲルによって補完されたため一気に進展したらしい。

「なんかこー、前の彼女が他の男と歩いてるの目撃した感じ?

 だるそうに頬杖をついたアスカが漏らすと、マナもうなずいた。

もう霧島の時代も終りっしょ、って言われたときの空しさとかかな」
「霧島さん、そんな事言われたことあるの?」

 引きつった笑みのシンジが問う。

「あらぁ、シンジ君もう女装はしないの? 男の子のカッコしてるってことは私たちに狙ってください、って言ってるようなものよ?」
「そうそう、鬼の居ぬ間になんとやらってね。今は隠居の身だけど、百人斬りのアスカって言ったらネルフではちょっと名の知れたハンターなのよ」
「レ、レイの居る前では冗談でも言わないでね」
「あら、本気かもよ? だぁってこのクラス、ロクな男いないんだもーん!」
「女の子は結構かわいいのにね」
「いっそ、そっちに本腰入れようかしらねぇ、マナ」
「それもいいですわね、アスカオネエサマ♪」

 以前のコトがあるのでどこまでジョークなのか分からない二人の漫才を見て困ることしか出来ないシンジ。



「よろこべ男子ぃ〜〜! 今日はこのクラスの美少女の歴史に新たな1ページが加わることになったわよ〜!」

 やっぱしそうなのね、って感じで担任におさまったミサトの紹介で入ってきたのは、黒髪でメガネの文学少女……ではなくて、どこかアスカに似ているが日本的容貌の少女だった。

「マ…マ……?」

 アスカはその少女を興味なさそうに見ていたが、突然そう呟いて立ちあがると指をさして大きな声を出した。

「ママ! なんで子供に戻ってるのよ!?」
「まぁまぁアスカ、落ちついて。実はサルベージしたけど失敗しちゃって身の丈たんないんだってさ」
「はぁ!? そんなのありなの!?」
「足りないものは仕方ないじゃないアスカちゃん♪ というわけで惣流キョウコですっよろしく〜♪」
「だぁーっ! 残り30行なのに新キャラ出すんじゃないわよーっ! しかも男女比率がますます悪くなるーっ!」

 ガラ。

「……遅くなりました」
「遅刻者の検挙ごくろーさん。さ、愛しのシンジ君が待ってるから早く席についてね〜」
「ミ、ミサトさん!」
「あらぁ、学校では先生って呼んでちょうだいね、シンちゃん♪」

「こうなったら打開策はひとつしかないわっ! あたしは当初の予定通りレイに目標を絞るからマナ、あんたはシンジをとっちゃいなさい!」
「それは名案ねっ! 霧島マナ任務了解〜っ♪」
「わぁっ、や、やめてよ霧島さんっ! レ、レイがぁ……」

 ブチ。

「私の……シンちゃんに……さわるなぁ〜〜〜〜〜っ!!」












宇宙に投げ出されたキールたちはどうなったんだろう?とかはさておいて。

つまるところリツコの計画は、意中の相手の心を知る方法、または
自分の心をどんどん出して相手に伝える手段として使徒の力を借りることであって。

それは即ち互いに想いを打ち明けられないような内気な人にこそ効果があるのであって。

結局すれ違うこともあれば通じない想いもあるわけで。

使徒と共存する道は見つかったけれど、人類の苦悩はまだ暫くなくなりそうにないのでした。

それでも。








<碇家(新築)玄関>

「あなた、遅れるわよ。早く乗って」
「ああ」

 助手席に乗り込みドアを閉めるゲンドウ。
 遅れるといってせかしておきながら発進しない乗用車に疑問を抱いたゲンドウはリツコの方を向く。

「出発しないのか」
「んもう! 行ってきますのキスは?」
「こ、ここでか」
「あら、私はネルフについてからでもいいのよ」
「い……行って、きます」

 CHU♪








リツコさんが感じるささやかな幸せの前には全て小さなコトなのです。

男と女はロジックじゃないらしいですから、仕方ないですな。



恋する全ての人々に、幸多からん事を。











リツコさんの弟子












 

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